「おお振り」×「◆A」

【再び合同練習、その7!】

「気にするな!出会い頭のまぐれだ!」
マウンドに駆け寄った阿部は、三橋に声をかけて、肩をポンポンと叩いた。
三橋は落ち着いた表情で「だい、じょぶ!」と答えた。

西浦と青道、Aチームの試合は5回。
スコアは2対0で、西浦がリードしていたのだが、今青道に1点が入った。
前園のソロホームランだ。
これで2対1、まだどちらが勝つかはわからない。

ホームベースを踏んだ前園にも、阿部の言葉は聞こえた。
出会い頭、まぐれ。
思わず不機嫌な表情になった前園だが、外れてはいない。
完全に裏をかいて、ツーストライクまで持ち込んだ。
だが最後、半ば自棄で振り回したバットにいい感じで当たってしまったのだ。

「絶対、勝とう!」
三橋は阿部にきっぱりとそう言った。
だが内心は、悔しいはずだ。
当たったのはまぐれでも、スタンドまで運ばれてしまったのだから。
阿部はミットを外すと、左手をそっとかざす。
三橋はそれに右手を合わせた。
西浦の面々からは「お手」と呼ばれる、2人のコミュニケーションだ。

「そうだな。勝つぞ!」
阿部は三橋の肩をポンポンと叩くと、ホームに戻った。
何だかんだ言っても、三橋は切り替えがうまい。
そして後続の打者を打ち取って、1点止まりで押さえた。

「いいぞ、三橋!」
ベンチに戻ると、阿部は三橋にタオルを渡す。
そして三橋が汗を拭き終わったところで、スポーツドリンクを渡してやった。
チームメイトが「過保護」と言っていることは知っている。
だが言いたいヤツには、言わせておけばいい。

阿部にしてみれば、こんなことしかできないのがもどかしいのだ。
打たれれば、見ている人間はどうしても投手の責任だと思いがちだ。
さっきの出会い頭のホームランだって、自責点は三橋につく。
だからせめて、少しでも投げやすくしてやりたいと思うのだ。

だから絶対に勝つ。まずは追加点だ。
阿部は改めて固く決意し、青道のベンチを見る。
そして同じようにこちらを見ている御幸と目が合った。

ここまではこっちの勝ちですよ。
阿部はそんな思いを込めて、御幸から視線を逸らさなかった。

*****

「にしても、ホントに嫌なチームだよな」
倉持の言葉に、御幸が頷く。
沢村はぼんやりと、そんな2人のやり取りを聞いていた。

前園のホームランでようやく1点を追加。
これで2対1、西浦がまだ1点リードしている。
この程度の点差では、まだまだ試合はわからない。
だが青道にとって、ここまでの展開は、予想外だった。

相変わらず、西浦は徹底的にこちらを研究していた。
しかも沢村対策も万全だった。
本当は5回まで投げる予定だった沢村は、4回の途中であえなく降板。
リリーフは降谷だ。
一応予定では8回あたりから、川上が投げることになっている。

嫌なチーム。本当にその通りだ。
新設2年目の県立高校だからと侮るつもりはない。
だが有力選手を集めて、環境も整った強豪校とは、スタートから違うはずなのだ。
それなのに、いい勝負を仕掛けてくる。
しかも勝つ気でいるのだ。

「相変わらず、阿部は過保護だねぇ」
倉持が冷やかすように、そう言った。
御幸は「そうだな」と答える。
だがそうしたくなる気持ちはよくわかった。

前園のホームランは、完全に出会い頭だ。
あれで投手に自責点がつくのは、かわいそうだと思う。
だからせめて、気持ちを上向けてやるために、できることをしたくなるのだ。

御幸はチラリと沢村を見た。
まったく阿部に騙されたと思う。
阿部は試合前に「先発は降谷がいい」と暗示めいたことを言った。
それを御幸は「降谷に先発されたくないと思わせようとしている」と思った
つまり実は降谷に照準を合わせていて、裏の裏をかいたと。
だからわざわざ監督に、先発は沢村を推した。

だが阿部はさらにその裏をかいた。
沢村対策を万全にしたから、沢村を先発させたかったのだ。
確かに冷静に考えれば、わかったはずだ。
西浦の女性監督がサウスポーでそこそこ投げられる人だとは知っていたのだから。

打たれて、予定回数を投げられなかった沢村は肩を落としている。
阿部のように、声をかけて、世話を焼いてやりたいが、御幸にはできない。
他にも投手がいるし、何より御幸は主将なのだ。
沢村1人ばかりに気を配るわけにはいかない。
もっとも御幸のキャラでは、やったところで気持ち悪いだろうが。

何となく羨ましい気持ちで西浦のベンチを見ていたら、阿部と目があった。
挑むような視線から、絶対に勝つ気なのだとわかる。
御幸は視線を外さず、強気な視線を返した。
こっちだって、負けるつもりはないのだ。

このまま沢村を負け投手にはしない。
御幸は強くそう思った。

【続く】
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