「おお振り」×「◆A」

【初日、投球練習!】

「す、ごぉぉ~い!」
「わははは!そうだろう!!」
三橋の心からの賞賛の叫びに、沢村が豪快な笑いを返している。
正反対な性格に見えるこの2人が、実は一番初めに打ち解けていた。

青道高校と西浦高校の合同練習。
初日は身体を慣らすために軽めのメニューになっている。
まずは準備運動の後、野球はシートノックで守備練習。
そして投手と捕手はブルペンで投球練習だ。

西浦高校の投手、三橋はとにかく練習開始から驚きの声を上げ続けていた。
まずは練習グラウンドの大きさに驚き、部員の多さに驚き、その他の設備の立派さに驚く。
そしてそのたびに沢村が「そうだろ、すごいだろ!」と高笑いだ。
最初は「お前の手柄じゃねぇ」とツッコんでいた川上や降谷も、次第に面倒になった。

ブルペンに入ると、ますます三橋の驚きは続く。
まず数人が同時に投げられるスペースに「りっぱ、だ!」と驚く。
そして実際にその中に入ると、足場の感触に「投げ、やすい!」と驚く。
またしても沢村は「そうだろ、そうだろ!」といちいち盛大に答えている。

「三橋、うるさいぞ。少し落ち着けよ」
見かねた阿部が三橋を注意すると、三橋が「ご、ごめん、なさい」とあやまる。
だが御幸がフォローするように「別にうるさくねーぜ」と笑った。

「オレら沢村で慣れてるからな。」
「なんスか、それ!」
御幸の軽口に、沢村が猛然と言い返す。
だが川上に「その声がデケェんだよ」と冷静に指摘されて、沢村は言葉に詰まった。

「それじゃ、始めるぞ!」
御幸が掛け声をかけると、一気に場が引き締まった。
そして捕手たちが所定の位置につく。
阿部に投げるのはもちろん三橋、御幸には降谷、そして小野には川上、沢村は狩場だ。

こうして4人の投手は、投球練習を始めた。
両校にとって実り多い合同合宿のスタートだ。

*****

球、遅っせぇ。
それが沢村が三橋の投球を見た最初の印象だった。

そもそもこの小柄な投手には、少なからず驚いたのだ。
沢村が知る投手たちは、ほぼ全員自己主張が強い者ばかりなのだ。
その最たるは降谷だ。
とにかく投げたがりで、試合の前後、そして試合中に、監督の背後に立ってアピールする。
すでに引退した丹波や他の強豪校のエースたちは、そこはかとない迫力があった。
比較的おとなしめの川上だって、投球を始めればキリリと引き締まった雰囲気を出す。
だがこの三橋という投手には、まるでそんな気配は見えなかった。

だけど三橋を1人の野球少年として見れば、十分に好感は持てた。
青道の練習施設の大きさや設備に素直に驚き、感激している。
それは沢村にも覚えがあることだった。
中学の野球部は顧問も含め素人集団であり、練習設備なんてないも同然だった。
沢村も初めてここを見た時には、かなり驚いたのだ。
だからその声には共感できたので、いちいち同じテンションで「そうだろ!」と返した。

「まぁ総勢10名の県立高校だもんな」
ポツリとそう呟いたのは、川上だった。
降谷は何も言わなかったが、その呟きには同意したようだ。
そして捕手たちも同じ印象を持ったらしい。
小野と狩場は苦笑いをかみ殺しているようだ。

「三橋、ラスト10球!」
阿部が声を張ると、三橋が頷いた。
青道の全員がこの飛び入り参加のバッテリー、もっと言えば投手を注目している。
だが当の三橋は、そんなことなどおかまいなしに、淡々と球を投げ込んでいる。
視線を無視しているのではなく、集中しているのだ。

「こっちもラスト10球だ。ちゃんと集中しろ!」
御幸も声を張り上げると、青道の3人の投手を見た。
三橋に気を取られていないで、こちらも集中しろという警告だ。
投手たちは顔を見合わせると、慌てて表情を引き締める。
新主将にして正捕手の御幸には、すべてお見通しだ。
沢村は「はいっス」と元気よく答えると、狩場のミットに集中した。

*****

「なぁ、三橋の球、受けてもいい?」
投球練習が終わるなり、御幸が阿部に迫っている。
それを聞いた青道の面々は「はぁぁ?」と声を上げていた。

「10球。いや5球でいい。」
「ええ~!?それならオレの球、捕ってくださいよ」
すかさず沢村は、その会話に割り込んだ。
その後ろでは降谷ももっと投げたいオーラを発動している。
だが御幸は「お前らのは、いつだって捕れるし」と軽くいなしてしまう。

「すみませんが、明日はこの合同練習中は、球数制限してるんで。」
阿部は素っ気なくそう答えた。
そもそも無理な注文なのだ。
この合同練習中に、御幸とは試合で対戦することになる。
そんな相手にわざわざ球スジを見せるなんて、ありえない。

「やっぱりダメかぁ」
「ダメですよ。三橋、終わりだぞ。」
阿部は御幸の申し出をきっぱりことわると、モノ欲しそうな顔の三橋に釘を刺した。
基本は投げたがりの三橋は、相手が誰であれ、もう少し投げたいのだ。

「じゃあ先にグラウンドに行きますんで!」
阿部は三橋の肩を抱くようにして、さっさとブルペンを出て行く。
まだ投げたいと思いながら、のんびりとタオルで汗を拭いていた三橋は「うわ、わ」と声を上げる。
そして半ばひきずられるような勢いで、連行されていった。

「過保護だなぁ」
御幸はブルペンを出て行く2人の見送りながら、苦笑する。
だがそれを見ている沢村は、何とも言えない気分になった。
今までにもう数えきれないほど、御幸のミットに球を投げ込んできた。
だけど試合以外は決められた練習か、または沢村が捕って欲しいと頼んだときだけだ。
御幸の方から投げてくれと頼まれたことなんかない。
あの遅い球のどこに、御幸にそこまで言わせるだけのものがあるのか。

何だ、この気持ち。
沢村は自分の気持ちがよくわからずに困惑する。
なぜ三橋なのか、なぜ自分ではないのか。
焦るようなこの気持ちは、一体なんだ?

その気持ちの正体は嫉妬。
沢村が気付くのはもう少し先のことだ。

【続く】
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