「おお振り」×「◆A」

【再び合同練習、その6!】

「タイム、お願いします!」
プレイがかかった直後、阿部は主審にそう告げる。
そして打席の沢村に「おい!」と声をかけた。

西浦と青道、Aチームの試合は3回の表、青道の攻撃。
未だにスコアは0対0。
だが1、2回の内容を見る限り、押しているのは西浦だ。
1、2回ともランナーを出したものの、あと1つ、点につながらない西浦。
だが青道は、春市のヒットのみで、全員が凡退した。

3回の表、ワンナウト、ランナーなし。
ここで打席に入ったのは、投手の沢村だ。
バントが妙に上手いものの、打撃センスが皆無な沢村。
だが西浦バッテリーに油断はない。

「しやす!」
沢村は勢いよく頭を下げると、打席に入った。
阿部は他の打者にするのと同様に、沢村の様子を観察する。
だがすぐにあることに気付いて、主審に「タイム、お願いします!」と叫んだ。
すぐに主審がタイムをコールした。

「沢村、スパイクのヒモ、ほどけかかってるぞ」
阿部は沢村にそう伝えた。
沢村は「え、マジで!?」と、慌てて自分の足元を見る。
スパイクのヒモはほどけてはいなかったが、少し緩んでいた。

「わりーな。サンキュー!」
「よく注意しろよ。こんなことでケガでもしたら大変だぞ」
「おお!助かった!」
沢村はその場にかがみこんで、スパイクのヒモを結び直す。
阿部はマウンドの三橋を見た。
まさに投げ込もうとしている瞬間のタイムに、リズムが狂わないかと心配したのだ。

だが三橋は右手でボールを転がしながら、静かに深呼吸を繰り返していた。
三橋は挙動不審なところはあるが、投球中の集中力に関してはすごいものがある。
こんなことでリズムが狂うほど、ヤワじゃない。

だがその表情に何だが妙な凄味がある気がする。
いつもの打者を微妙にイライラさせる笑みはなく、沢村を凝視しているような感じだ。
それでも再びプレイがかかると、冷静に阿部のサインを見ている。
そしていつも通りのコントロールで、沢村を三球三振に打ち取った。

気のせいだったか。
阿部はホッとしながら「ツーアウト」と声を張り上げた。

*****

「沢村、スパイクのヒモ、ほどけかかってるぞ」
阿部は沢村にそう声をかけた。
ベンチでそのやり取りを見ていた御幸は「マジか」と声を上げていた。

3回に入って、未だにスコアは0-0。
しかも西浦は毎回ランナーを出しているが、青道はヒット1本だ。
だが少しも焦ってはいない。
今のところ西浦が押し気味ではあるが、その理由がわかっているからだ。

先発の三橋も沢村も、進化している。
だが甲子園に出場した青道については、調べやすい。
何しろ試合はテレビ中継までされたのだから。
だが西浦に関しては、成長分のデータがまったくない。
それが序盤の展開の差になっているのだ。

だから青道のベンチは少しも焦っていなかった。
西浦が情報を駆使して、挑んできているのはわかる。
それは決して侮れないし、手を抜くつもりもない。
だがやはり自力が違うのだ。プライドもある。
有力選手を集め、野球に専念できる環境で、厳しい練習を重ねている。
それに甲子園では、もっと厳しい状況はいくらでもあった。
思い通りの試合展開ではないが、こんなのはピンチのうちに入らない。

だが今のタイムはいただけない。
御幸は思わず、ため息をついていた。
沢村のスパイクのヒモがほどけかかっているのを、気付けなかった。
御幸だって、阿部の三橋への過保護っぷりには、少々引いている。
とてもじゃないけど、あんな風に気を配るなんてできない。
だがさすがにスパイクのヒモは、気づくべきだった。
下手をすれば転倒、大ケガにつながることなのだ。
しかもよりによって、相手チームの捕手に指摘されるとは。

「オレもまだまだだな。」
思わず口に出してしまうと、チームメイトたちは一斉に御幸を見た。
倉持が「今気付いたのか」と叫び「ヒャハハ」と笑う。
前園が「どうしたんだ?」と、暑苦しくも真剣に身を乗り出してきた。
他の選手たちも不審そうな目を向けてくる中、御幸はコホンと咳払いをして誤魔化した。

今日、沢村は調子がいいとはいいにくい。
悪くはないのだが、波に乗りきれていないのだ。
理由はやはり監督の百枝が、沢村のフォームを真似て、練習をしていたことだ。
自分たちが他チームの研究をするように、青道だって研究されている。
だがあんな形で目の当たりにして、多少なりとも衝撃を受けたのだろう。
ほどけかかったスパイクのヒモにも気づかないほどに。

「切り替えろよ!」
三球三振して戻ってきた沢村に、御幸は声をかけた。
沢村が「おぉ!」と悔しそうに叫ぶのを聞いて、苦笑する。
そしてマウンド上の三橋を見た御幸は「あれ?」と思う。
何だか三橋の表情が険しい気がしたのは、気のせいだろうか?

【続く】
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