「おお振り」×「◆A」

【再び合同練習、その4!】

2、3球でいいから、オレに受けさせてくんねぇ?
御幸は三橋にそう言った。

合同練習、2日目の午後。
青道と西浦のAチーム、つまりレギュラーがついに戦う。
集合は1時だったが、昼食を終えた者はさっさとグラウンドに来ていた。
そしてキャッチボールやランニングなどしながら、身体を慣らし始めている。
1時になったら、公式戦の試合前同様、両チームがシートノックをする。
その後、いよいよ試合開始だ。

1時15分前にグラウンドに現れた御幸は、田島とキャッチボールをしている三橋を見つけた。
そして阿部の姿はまだ見えない。これはチャンス!
御幸は小走りで三橋に近づくと「なぁ、三橋」と声をかける。
キャッチボールに集中していて御幸に気付いていなかった三橋は「うおお!」と声を上げた。
すると御幸は「お前も面白いなぁ」と笑う。
御幸にしてみれば、投手は概ね面白いのだ。

でさ、頼みがあるんだけど。
御幸は本人的には飛び切りの、そして青道の部員たちからは腹黒いと定評の笑みを見せた。
それを見た三橋は、思わず怯えた表情になる。
そしてキャッチボールの相手をしていた田島も、何だか不穏な空気を感じて三橋に駆け寄った。
そのリアクションは少々不満だが、今は時間もない。

2、3球でいいから、オレに受けさせてくんねぇ?
御幸は三橋にそう言った。
すると三橋が答える前に、田島が「もう試合が始まるし」とやんわり断る。
御幸が「だから2、3球だって」と食い下がった。
例によって、西浦はしっかりと青道を研究してきているようだが、こちらにはデータがないのだ。
せめて今の三橋の実力くらい見せてもらいたいと思う。
すると三橋本人が「投げ、ます!」と答えた。

まずいんじゃねーの?
田島は三橋を諌めるが、三橋は「へーき!」と答えた。
そして「これで、負ける、ほど、うち、弱く、ない!」と豪語する。
その言葉に、御幸はニンマリと頬を緩ませた。
ここで手の内を見せる程度のことでは負けないというわけだ。

じゃあ田島、ちょっと三橋を借りるぞ。
御幸は軽い口調でそう告げると、ミットを付けて、腰を落とす。
前回の合宿から半年以上、三橋がどれほど成長したのか、これでわかる。

*****

沢村がグラウンドに出たのは、1時10分前。
今日は練習試合ではあるが、先発だ。
しかも今回、沢村を先発にと監督に進言したのは御幸だという。
それならばますます期待に応えなければならない。
絶対に勝つと勢い込んで、グラウンドにやって来たのだが。

あろうことか、三橋が御幸相手に投球練習をしていた。
御幸は防具をつけておらず、ミットだけだ。
それでもきちんと腰を落として座り「もう1球」なんて声をかけている。
単なるキャッチボールだけでないのは、明らかだ。

沢村は投手として、捕手の御幸を独占したいと思っている。
だが同時にそれが不可能なことであることもわかっていた。
なぜなら今の高校野球、そして激戦区の東京は、投手1人だけで勝ち進めるほど甘くない。
だから降谷や川上が御幸に投げることも、まぁ納得できる。

だが他校の三橋が投げていることは、沢村にとって衝撃だった。
今まで御幸が、練習試合の相手投手の球を受けているのなんか見たことがない。
つまり御幸は、学校の枠を飛び越えて、三橋と言う投手に魅力を感じだということだ。
御幸が前々から、三橋のボールを受けたがっていたことは知っていた。
だけどそれを目の当たりにして、沢村は自分でも信じられないほどのショックを受けていた。

何だ、これ。
沢村は仲良く(?)投球練習をする御幸と三橋に、ツキンと胸が痛んだ。
そしてこの気持ちの正体がわからなくて、途方に暮れてしまう。
だが沢村の物思いは、不意に割り込んできた声によって、破られた。

何やってんだ!
グラウンド中に響き渡る声で、割り込んできたのは阿部だった。
途端に三橋が「う、わわ!」と奇妙な声と共に、オロオロと同様する。
だが御幸は悪びれた様子もなく「オレが無理に頼んだんだよ」と涼しい顔でフォローする。
結局、御幸と三橋の投球練習は、ほんの数球で終わってしまった。

そんなに三橋に投げたかったんすか!?
そろそろ試合がはじまろうかという時に、沢村は御幸にそう言った。
声にどうしても恨みがましい色が混じってしまい、少々恥ずかしい。
だが御幸は動じた様子もなく「それだけじゃねーよ」と答えた。

先発、お前だろ。
ちょっとでも楽に投げさしてやりたかったから、偵察がてらな。
事もなげにそう告げる御幸に、沢村は「マジっすか」と驚く。
御幸は「嘘ついてどうするんだ」と軽い口調で、答えた。
沢村はそれだけで嘘のように気分が軽くなった。
それどころか自分のために偵察してくれたなんて、嬉しすぎる。

さすが、リーダーっすね!
すっかり上機嫌になった沢村は、気づかなかった。
御幸は軽口を叩いているが、目はほとんど笑っていないことに。

【続く】
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