「おお振り」×「◆A」

【再び合同練習、その1!】

よぉ!元気だったかぁ?
御幸は三橋に近づくと、ワシャワシャと髪をかき回した。

青道高校が甲子園出場を果たし、そして学年が変わって早1ヶ月。
西浦高校と青道高校は、再び合同練習をすることになった。
ゴールデンウィーク期間のうちの3日間、西浦高校が再び青道高校寮に滞在する。
以前の合宿から早半年、両校とも成長しているはずだ。
そんなお互いの姿を見て、いい刺激を感じながら、密度の濃い練習をするのが目的だ。
そしてもちろん、練習試合もすることになっている。

そして合同練習初日朝、西浦高校野球部が到着した。
青道高校の部員たちは、全員でそれを出迎える。
御幸は久し振りに再会する顔ぶれを見て、懐かしさに頬を緩ませる。

だがその反面、随分頼もしくなったとも思った。
前回は1年生ばかりの総勢10名、当然のように全員、身体の線が細い。
頼りないとまでは言わないが、まだまだこれからという印象だった。
だが今回はみな身体が大きくなっている。
単に身長が伸びただけではなく、しっかりと筋肉がついているのだ。
しっかりと効果的な身体づくりをしてきた証拠だ。
さらに新1年生をしっかりと従えて、貫録さえ感じさせる。

その中でやはり目立っているのは、三橋だった。
2ヶ月ほど前、沢村と「失踪事件」を起こしたことは、記憶に新しい。
特に沢村とはすっかり「親友」と言えるほどの関係を築いている。
よくメールのやり取りもしているようで、沢村から西浦の話を聞くことも多かった。
案の定、西浦の到着と共に、沢村が真っ先に三橋に駆け寄る。
そして走っている勢いそのままに「待ってたぜ、三橋!」と勢いよく抱き付いた。
そんな手荒い歓迎など予想していなかった三橋は「う、お!」と叫ぶ。
だが避ける暇もなく、勢いに押されて、沢村共々床に転がることになった。

まるで兄弟のようなじゃれ合いを、全員が微笑ましい目で見ている。
だがただ1人、例外がいた。
阿部は慌てて駆け寄ると、沢村をむんずと三橋から引き剥がした。
そして「ケガ、してねーだろうな?」と威嚇するように確認する。
三橋が「ない、よ!」とコクコク頷くと「よし」と偉そうに頷いた。
相変わらず、過保護は健在のようだ。

よぉ!元気だったかぁ?
御幸は三橋に近づくと、ワシャワシャと髪をかき回した。
沢村といい、三橋といい、どこか弟気質の投手。
何となく放っておけないのは、捕手の本能なのかもしれない。

*****

何としても、勝ちてぇな。
阿部はブルペンで三橋の球を受けながら、そう思っていた。

久し振りの青道高校との合同練習。
御幸が西浦の成長を感じるように、阿部もまた青道の変化を感じていた。
一言で言えば、王者の風格だ。
甲子園出場、さらに勝ち星も上げた青道はステージを上げた。
こうしてブルペンにいても、ヒシヒシと感じる。
隣で投げる沢村も降谷も川上も、以前とは違う。
球威もコントロールも変化球のキレも、何から何まで。

何としても、勝ちてぇな。
阿部はブルペンで三橋の球を受けながら、そう思っていた。
いや勝たなければダメなのだ。
昨年は部が発足したばかりで、とにかく全力で頑張った。
おかげで埼玉ではまぁまぁ中堅くらいの力はあると思う。
いろいろな人が「意外に強い」とか「よく頑張った」なんて言ってくれる。
だけどそれは「県立」とか「全員1年」とか「部員10名」という条件付けがあるからだ。
それらを抜いて考えれば、戦績はごく普通。
強豪校に限っての対戦成績は、夏の初戦の桐青高校に1勝のみだ。
しかもこちらは綿密に対策を立てて、相手はこちらをノーマークという状態だった。

去年はまだ強豪に負けても、それが糧になるのだと思った。
それは決して嘘ではないが、もうそんな甘えは通用しないとも思うのだ。
何が何でも、ここで青道に勝ちたい。
そんなことさえできないで「甲子園優勝」なんて目指せない。
阿部は秘かにそんな意気込みを抱えて、この練習に参加している。

よぉし、三橋。ラスト!
阿部は三橋にそう声をかけると、最後のボールを受ける。
これで午前の投球練習はおしまいだ。
午後は守備とバッティング、そして連携プレイの練習がメインになる。

三橋は物問いた気な表情で、阿部を見た。
だが阿部はそれに答えるように、大きく頷く。
実は以前の合同練習の後、三橋が習得したバックスピン、つまりストレートを投げていない。
普段の練習ならば、持ち球は一通り投げるのにだ。

もちろん意図的なことだ。
姑息だとは思うけど、新しい武器は試合まで見せないでおきたい。
そして三橋の「まっすぐ」が小気味いい音を立てて、阿部のミットに吸い込まれる。
三橋の調子も悪くない。
これならちゃんと青道と勝負できるはずだ。
とにかく「あの青道に勝った」という事実が欲しかった。

何かたくらんでるだろ?
どこか腹黒さを感じさせる笑顔で阿部に声をかけてきたのは、御幸だった。
さすが強豪校の主将、阿部の顔色を読んでいる。
だけどこういう駆け引きにだって、負けてはダメだ。
阿部はポーカーフェイスを保ちながら「勝ちたくて必死なだけですよ」と答えた。
そして頭を下げて行き過ぎようとしたが、ふと思い直して御幸の方に向き直った。

できれば練習試合の先発、降谷だといいんですけど。
阿部はそう言い捨てると、御幸の答えを聞かずにブルペンを出た。
さて、御幸は今の言葉をどう受け取るだろう。
阿部はちょっとだけ愉快になり、軽い足取りで三橋の後を追った。

【続く】
33/41ページ