「おお振り」×「◆A」
【さらに後日談、その6!】
ったく、心配かけやがって。
御幸はようやく戻って来た沢村と三橋を見ながら、深いため息をついた。
沢村と三橋が見つかったという連絡を受けたのは、深夜だった。
幹線道路を歩いていたところを、車で捜索に出ていた高島に発見されたのだ。
やはり2人は球場からここまで歩いて帰ろうとしていたのだ。
せ、青道、の、寮、久しぶり、だ!
そうだよな。まぁ上がれ、上がれ!
そんなことを言いながら食堂に入って来た三橋と沢村は、ギョッとする。
なぜならほとんどの部員が2人のことを気にして、寝ずに待っていたからだ。
お前ら、能天気すぎるぞ。
そして沢村「上がれ、上がれ」って、ここはお前の家じゃねーぞ。
部員たちはほぼ全員が心の中でツッコミを入れた。
だが2人は部員たちと話す前に、監督の部屋に「連行」されて行く。
今日の出来事について、監督や部長たちの事情を聞かれるのだろう。
ったく、心配かけやがって。
御幸はようやく戻って来た沢村と三橋を見ながら、深いため息をついた。
そして部員たちに「お前らももう寝た方がいいぞ」と声をかける。
だが誰も部屋に戻ろうとはしなかった。
理由は簡単、事と次第によっては、甲子園出場にも差し支える事態だからだ。
さすがにチームが出場辞退にはならないだろうが、沢村個人についてはわからない。
みんなそれが気になって、終わったという気にならないのだ。
それでも無事だったことに、全員がホッとしているのは間違いない。
少しだけ緩んだ雰囲気の中、玄関から「こんばんは」「失礼します!」と声がかかる。
そして程なくして、2人の人物が食堂に現れた。
御幸は慌てて立ち上がり、2人に駆け寄ると「こんばんは」と頭を下げた。
現れたのは三橋と面差しがよく似た女性。
年齢から考えても、三橋の母親だろう。
そしてもう1人は、西浦の捕手の阿部だった。
三橋って、母ちゃんそっくりだな。
御幸の耳元でそう囁いたのは倉持だ。
その途端、御幸は思わず小さく吹き出してしまい、慌てて咳払いをして誤魔化した。
いくら何でもここで笑うのは、不謹慎だ。
監督に三橋の母親が来たと知らせなければ。
御幸が気を取り直してそう考えたが、それは不要となった。
ちょうど話が終わった監督や沢村たちが、食堂へと戻って来たからだ。
*****
あ、あ、阿部、君、どうして?
沢村と楽しそうに話していた三橋が、阿部の姿を見るなり、オロオロと慌て始める。
阿部にはそれがどうにも気に入らなかった。
三橋たちが見つかったと連絡が入ったとき、阿部はちょうど三橋邸にいた。
そして三橋母が車で青道の寮まで引き取りに行くと言うので、同行させてほしいと頼んだのだ。
さすがに夜遅いので、三橋母は「帰った方がいいわ」と言った。
だがやはり三橋の無事をこの目で見ないと、落ち着けない。
このまま家に帰っても、きっと眠れないだろう。
わかったわ。一緒に行きましょう。
阿部が絶対に折れないのを見て、三橋母は苦笑する。
そして阿部は、三橋母が運転する車で青道の寮までやって来たのだ。
だが結果的に役に立てたと思う。
青道の寮には合同練習で来ているから、勝手がわかっているのだ。
車を駐車させる場所とか、寮の入口など、初見では戸惑いそうなところを誘導できた。
久しぶりに寮の食堂に足を踏み入れたとき、三橋と沢村も現れた。
おそらく別室で、青道の監督や部長たちから事情を聴かれていたのだろう。
三橋は「おかーさん!」と母親を見つけて手を振る。
だが阿部の姿を見つけると「うぇぇ」と驚きの声を上げたのだ。
あ、あ、阿部、君、どうして?
沢村と楽しそうに話していた三橋が、阿部の姿を見るなり、オロオロと慌て始める。
阿部にはそれがどうにも気に入らなかった。
だがそれを締め上げるのは、後日でいい。
阿部はちょいちょいと三橋を手招きする。
三橋はトコトコと歩いて来て、阿部の前に立った。
どこもケガはねーな?
阿部はそう言いながら、左手を掲げる。
すると三橋はいつもの条件反射で、右手を合わせてくる。
そして「オレ、へーき!」と元気よく答えた。
食堂に集まっている青道の部員たちから「久々に見た」「お手だ」と声が上がる。
どうやら合同練習で、これで三橋の調子を計っていたのを覚えられていたようだ。
だが何と言われようと知ったことではない。
三橋はどこもケガもなく、手も冷たくない。
つまり精神的にショックを受けたようなこともなさそうだ。
栄純、君、も、無事、だよ!
三橋は元気よく報告するが、阿部は「あ、そ」と冷たくスルーだ。
だがふと思い出して「沢村!荷物、預かって来たぞ!」と叫ぶ。
携帯電話も含めて、沢村のカバンは田島が持ち帰った。
それを今、車で持ってきたのだ。
沢村が「悪ぃな!サンキュー!」とカバンを受け取るが、これまたスルーだ。
阿部の関心は、また三橋に戻っている。
帰るぞ、三橋!
阿部がそう叫ぶと、三橋は「えええ!?」と声を上げた。
どうやら青道の面々と話をしたいようだが、阿部は首を振った。
ダメージがないのはわかったが、疲れているのは間違いないだろう。
とっとと帰って休ませたい。
阿部は未練たっぷりな様子の三橋をほとんど引きずる勢いで、青道の寮を出た。
*****
相変わらず過保護だったなぁ、阿部。
倉持がゲラゲラと笑っている。
御幸はそれに頷きながらも「笑い声、デケーよ」と注意した。
結局、沢村は監督からの軽い叱責だけで終わった。
沢村と三橋は、球場付近で、ガラの悪い少年たちにからまれて逃げた。
2人によると、その連中はわざと青道と沢村の名を連呼していたという。
どうやら暴力沙汰に巻き込んで、甲子園出場をさせないつもりだったのだろう。
だが沢村は知らない顔だったという。
まったく面識もない相手に、ひどい嫌がらせ行為だ。
そちらは一応、警察に届けることになった。
その連中は、あの球場界隈にはよく現れるらしいから、捕まえられる可能性も高い。
厳しく罰して、二度とこんな馬鹿げた真似などしないでもらいたいものだ。
かくして三橋は母親の車で帰って行った。
実は御幸も久しぶりに三橋と話をしたかったが、阿部が問答無用で車に連れて行ってしまったのだ。
そして部員たちもようやく部屋に戻った。
食堂には御幸と倉持、前園の主将トリオだけが残っている。
そして寮内の照明も落とされ、いつもの静かな夜に戻った。
相変わらず過保護だったなぁ、阿部。
倉持がゲラゲラと笑っている。
御幸はそれに頷きながらも「笑い声、デケーよ」と注意した。
一緒に高笑いしたいところだが、もう寝ている部員もいることだろう。
いっそ見事で、すがすがしい。
御幸は先程の阿部を思い出しながら、苦笑する。
本当に三橋しか見ていないという感じだったのだ。
青道の部員たちには目もくれず、三橋の体調確認。
そして無事とわかるなり「帰るぞ、三橋!」と来たもんだ。
あの手を合わせるヤツも久々に見たな。
前園も声を殺して、思い出し笑いだ。
倉持も「ああ、お手な」と笑う。
合同練習で初めてあれを見た時にはかなり引いたし、失笑さえした。
だが毎回見ているうちに、あの2人ならありなのかと思った。
だが今回は三橋に感謝だろ。
御幸がそう言うと、倉持と前園が頷く。
タチの悪い連中にからまれた時「逃げよう」と言い出したのは三橋だそうだ。
バカで曲がったことが嫌いな沢村だけだったら、乱闘になっていたかもしれない。
おかげで青道も沢村も事なきを得て、甲子園に行ける。
御幸は自分と沢村が、阿部と三橋のように手を合わせるシーンを想像してみる。
だがすぐに首を振った。
やってみたい気もするが、沢村と御幸ではどうにもキャラが合わない。
だから妄想の中だけで、我慢だ。
沢村がケガも精神的なショックもなく元気なら、それだけでいい。
【続く】
ったく、心配かけやがって。
御幸はようやく戻って来た沢村と三橋を見ながら、深いため息をついた。
沢村と三橋が見つかったという連絡を受けたのは、深夜だった。
幹線道路を歩いていたところを、車で捜索に出ていた高島に発見されたのだ。
やはり2人は球場からここまで歩いて帰ろうとしていたのだ。
せ、青道、の、寮、久しぶり、だ!
そうだよな。まぁ上がれ、上がれ!
そんなことを言いながら食堂に入って来た三橋と沢村は、ギョッとする。
なぜならほとんどの部員が2人のことを気にして、寝ずに待っていたからだ。
お前ら、能天気すぎるぞ。
そして沢村「上がれ、上がれ」って、ここはお前の家じゃねーぞ。
部員たちはほぼ全員が心の中でツッコミを入れた。
だが2人は部員たちと話す前に、監督の部屋に「連行」されて行く。
今日の出来事について、監督や部長たちの事情を聞かれるのだろう。
ったく、心配かけやがって。
御幸はようやく戻って来た沢村と三橋を見ながら、深いため息をついた。
そして部員たちに「お前らももう寝た方がいいぞ」と声をかける。
だが誰も部屋に戻ろうとはしなかった。
理由は簡単、事と次第によっては、甲子園出場にも差し支える事態だからだ。
さすがにチームが出場辞退にはならないだろうが、沢村個人についてはわからない。
みんなそれが気になって、終わったという気にならないのだ。
それでも無事だったことに、全員がホッとしているのは間違いない。
少しだけ緩んだ雰囲気の中、玄関から「こんばんは」「失礼します!」と声がかかる。
そして程なくして、2人の人物が食堂に現れた。
御幸は慌てて立ち上がり、2人に駆け寄ると「こんばんは」と頭を下げた。
現れたのは三橋と面差しがよく似た女性。
年齢から考えても、三橋の母親だろう。
そしてもう1人は、西浦の捕手の阿部だった。
三橋って、母ちゃんそっくりだな。
御幸の耳元でそう囁いたのは倉持だ。
その途端、御幸は思わず小さく吹き出してしまい、慌てて咳払いをして誤魔化した。
いくら何でもここで笑うのは、不謹慎だ。
監督に三橋の母親が来たと知らせなければ。
御幸が気を取り直してそう考えたが、それは不要となった。
ちょうど話が終わった監督や沢村たちが、食堂へと戻って来たからだ。
*****
あ、あ、阿部、君、どうして?
沢村と楽しそうに話していた三橋が、阿部の姿を見るなり、オロオロと慌て始める。
阿部にはそれがどうにも気に入らなかった。
三橋たちが見つかったと連絡が入ったとき、阿部はちょうど三橋邸にいた。
そして三橋母が車で青道の寮まで引き取りに行くと言うので、同行させてほしいと頼んだのだ。
さすがに夜遅いので、三橋母は「帰った方がいいわ」と言った。
だがやはり三橋の無事をこの目で見ないと、落ち着けない。
このまま家に帰っても、きっと眠れないだろう。
わかったわ。一緒に行きましょう。
阿部が絶対に折れないのを見て、三橋母は苦笑する。
そして阿部は、三橋母が運転する車で青道の寮までやって来たのだ。
だが結果的に役に立てたと思う。
青道の寮には合同練習で来ているから、勝手がわかっているのだ。
車を駐車させる場所とか、寮の入口など、初見では戸惑いそうなところを誘導できた。
久しぶりに寮の食堂に足を踏み入れたとき、三橋と沢村も現れた。
おそらく別室で、青道の監督や部長たちから事情を聴かれていたのだろう。
三橋は「おかーさん!」と母親を見つけて手を振る。
だが阿部の姿を見つけると「うぇぇ」と驚きの声を上げたのだ。
あ、あ、阿部、君、どうして?
沢村と楽しそうに話していた三橋が、阿部の姿を見るなり、オロオロと慌て始める。
阿部にはそれがどうにも気に入らなかった。
だがそれを締め上げるのは、後日でいい。
阿部はちょいちょいと三橋を手招きする。
三橋はトコトコと歩いて来て、阿部の前に立った。
どこもケガはねーな?
阿部はそう言いながら、左手を掲げる。
すると三橋はいつもの条件反射で、右手を合わせてくる。
そして「オレ、へーき!」と元気よく答えた。
食堂に集まっている青道の部員たちから「久々に見た」「お手だ」と声が上がる。
どうやら合同練習で、これで三橋の調子を計っていたのを覚えられていたようだ。
だが何と言われようと知ったことではない。
三橋はどこもケガもなく、手も冷たくない。
つまり精神的にショックを受けたようなこともなさそうだ。
栄純、君、も、無事、だよ!
三橋は元気よく報告するが、阿部は「あ、そ」と冷たくスルーだ。
だがふと思い出して「沢村!荷物、預かって来たぞ!」と叫ぶ。
携帯電話も含めて、沢村のカバンは田島が持ち帰った。
それを今、車で持ってきたのだ。
沢村が「悪ぃな!サンキュー!」とカバンを受け取るが、これまたスルーだ。
阿部の関心は、また三橋に戻っている。
帰るぞ、三橋!
阿部がそう叫ぶと、三橋は「えええ!?」と声を上げた。
どうやら青道の面々と話をしたいようだが、阿部は首を振った。
ダメージがないのはわかったが、疲れているのは間違いないだろう。
とっとと帰って休ませたい。
阿部は未練たっぷりな様子の三橋をほとんど引きずる勢いで、青道の寮を出た。
*****
相変わらず過保護だったなぁ、阿部。
倉持がゲラゲラと笑っている。
御幸はそれに頷きながらも「笑い声、デケーよ」と注意した。
結局、沢村は監督からの軽い叱責だけで終わった。
沢村と三橋は、球場付近で、ガラの悪い少年たちにからまれて逃げた。
2人によると、その連中はわざと青道と沢村の名を連呼していたという。
どうやら暴力沙汰に巻き込んで、甲子園出場をさせないつもりだったのだろう。
だが沢村は知らない顔だったという。
まったく面識もない相手に、ひどい嫌がらせ行為だ。
そちらは一応、警察に届けることになった。
その連中は、あの球場界隈にはよく現れるらしいから、捕まえられる可能性も高い。
厳しく罰して、二度とこんな馬鹿げた真似などしないでもらいたいものだ。
かくして三橋は母親の車で帰って行った。
実は御幸も久しぶりに三橋と話をしたかったが、阿部が問答無用で車に連れて行ってしまったのだ。
そして部員たちもようやく部屋に戻った。
食堂には御幸と倉持、前園の主将トリオだけが残っている。
そして寮内の照明も落とされ、いつもの静かな夜に戻った。
相変わらず過保護だったなぁ、阿部。
倉持がゲラゲラと笑っている。
御幸はそれに頷きながらも「笑い声、デケーよ」と注意した。
一緒に高笑いしたいところだが、もう寝ている部員もいることだろう。
いっそ見事で、すがすがしい。
御幸は先程の阿部を思い出しながら、苦笑する。
本当に三橋しか見ていないという感じだったのだ。
青道の部員たちには目もくれず、三橋の体調確認。
そして無事とわかるなり「帰るぞ、三橋!」と来たもんだ。
あの手を合わせるヤツも久々に見たな。
前園も声を殺して、思い出し笑いだ。
倉持も「ああ、お手な」と笑う。
合同練習で初めてあれを見た時にはかなり引いたし、失笑さえした。
だが毎回見ているうちに、あの2人ならありなのかと思った。
だが今回は三橋に感謝だろ。
御幸がそう言うと、倉持と前園が頷く。
タチの悪い連中にからまれた時「逃げよう」と言い出したのは三橋だそうだ。
バカで曲がったことが嫌いな沢村だけだったら、乱闘になっていたかもしれない。
おかげで青道も沢村も事なきを得て、甲子園に行ける。
御幸は自分と沢村が、阿部と三橋のように手を合わせるシーンを想像してみる。
だがすぐに首を振った。
やってみたい気もするが、沢村と御幸ではどうにもキャラが合わない。
だから妄想の中だけで、我慢だ。
沢村がケガも精神的なショックもなく元気なら、それだけでいい。
【続く】