「おお振り」×「◆A」

【さらに後日談、その4!】

ったく、どこで何してやがる!
阿部はイライラとせわしなく動き、泉に思い切り肘鉄砲を食らった。

阿部は三橋家のリビングにいた。
家にいても落ち着かず、押しかけたような感じだ。
田島と泉もいる。
結局三橋、沢村とはぐれたまま、なすすべもなく戻ってきた。
そして三橋の両親に事の顛末を説明するために、三橋家を訪れたのだ。

「どうやらゲーセンで、沢村がからまれたらしいっす。」
心配そうな三橋の両親に、泉が説明する。
田島と泉も、ただスゴスゴと帰ってきたわけではなかった。
周辺で聞き回って、三橋と沢村と思われる2人ががガラの悪そうな連中にからまれていたと知った。
それが三橋たちだと断定できた理由は、その連中が「青道の沢村」と連呼していたと聞いたからだ。
さらにゲームセンターの店員に聞くと、彼らは素行が悪いので、界隈では有名らしい。

それを聞いた田島と泉は、青くなった。
三橋も沢村も投手なのだし、ケガでもしたら大変だ。
だが乱闘を見たという人間は、1人もいなかった。
その代わりに、ものすごいスピードで走って逃げる三橋たちを見た人間はたくさんいた。
三橋たちはうまくやりすごそうとしたが、それができずに逃げたのだろう。

「ゲーセンの店長が警察に通報しました。あと三橋たちが現れたら電話をくれることになってます。」
泉はそう告げて、説明を締めくくった。
いろいろ聞き込みをしても、三橋たちが戻って来る様子はない。
だからゲームセンターの店長に伝言を頼んで、泉たちは戻ってきたのだ。
そしてこうして三橋の家で、三橋の両親と共に連絡を待っている。

「あいつら、財布は持ってるんだろ。何で連絡してこねーんだよ。」
「携帯がないと、番号がわかんねーんじゃねぇ?」
阿部の問いに、田島がもっともな答えを返して来た。
そう、沢村も三橋も携帯電話をカバンごと田島たちに預けている。
だから番号もわからないということは、充分あり得るだろう。

すると三橋家の電話の着信音が鳴り響いた。
三橋母が弾かれたように立ち上がると「もしもし、三橋です」と電話を取る。
次の瞬間「え?警察ですか?」と声が裏返った。
どうやら何か情報が入ったらしい。
全員が三橋母が「はい、はい」と緊張した声で相槌を打つのを聞いていた。

「廉と沢村君にからんだ子たちは捕まったそうよ。でも2人はまだ見つかってない。」
電話を切った三橋母は、そう告げた。
阿部たちは顔を見合わせて、ため息をついた。
からんだ連中が見つかったなら、三橋たちが危機的状況ではないと思われる。
だが肝心の行方がわからないなら、喜べない。

とりあえずここまでの情報を、御幸に知らせよう。
阿部は携帯電話を取り出すと、電話帳で「御幸一也」の番号を呼び出した。

*****

「そうか、わかった。ありがとな。」
御幸は礼を言うと、通話を終えた。
すると周りを囲んでいた部員たちが、一気に身を乗り出して来た。

御幸は寮の食堂で、連絡を待っていた。
警察、もしくは西浦高校からの連絡は、監督の片岡宛てに入ることになっている。
だから部屋に戻るようにと、高島に言われた。
でも部屋にいても、落ち着かない。
だからこうして食堂で、携帯電話を睨みながら、待っていたのだ。

他の部員たちの何名かも、食堂に詰めていた。
やはり沢村のことが心配なのだろう。
まして相手は沢村を青道の野球部員と知って、からんだらしい。
卑劣な策略に嵌められそうになったことに、全員が怒っている。

同室で何かと沢村をかまっている倉持や、仲のいい金丸や春市などはわかる。
だがどんなときでも練習を欠かせない前園も、今日はここにいる。
こうして見ると、やはり沢村はみんなに好かれていたのだと思う。

「阿部からだ。沢村たちにからんだ連中は警察に捕まったらしい。」
「じゃあ、沢村は?」
勢い込んで聞いてきたのは、倉持だ。
だが御幸は「沢村も三橋もまだ見つかってない」と首を振る。
途端に集まっている一同が、失望のため息をついた。

「あいつ、何で連絡してこないんだ?」
「連絡できねー状態ってことじゃねーの?」
「そういや、携帯は西浦の連中に預けたままなんだっけ」
「もしかして電車で帰ってくる途中?」
「だったらとっくに戻って来てるだろ」
1年生たちが、不安げにそんな話をしている。
そう、こんな時間にまだ戻っていないことが問題なのだ。

「なぁ、まさか歩いてるってオチ、ないか?」
ふとそんなことを言い出したのは、川上だ。
御幸は「は?」と間の抜けた声を上げてしまう。
まさか、そんなことが。ありえるのだろうか?

「あいつのことだから、金が足りなくなって歩いてるとか」
川上が重ねて、そう言った。
前園が「そりゃねーだろ」と答えて、御幸も「だよなぁ」と答える。
誰からともなく笑いが起きようとした瞬間、倉持が「そうかな」と首を傾げた。

「ありうるぞ。あいつバカだし」
倉持が真面目な顔でそう告げて、全員の笑いが凍った。
確かに。バカで何をしでかすかわからないのが沢村だ。

実は倉持の予想は大当たりで、三橋と沢村は徒歩で帰ろうとしている真っ最中だった。
そのことを後で知った青道高校の面々は、呆れてため息をつくことになる。
だが今は、ただただ心配だ。
御幸は祈るような気持ちで、鳴らない携帯電話を睨んでいた。

【続く】
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