「おお振り」×「◆A」
【さらに後日談、その3!】
「ここ、どこ?」
三橋はキョロキョロと辺りを見回しながら、聞いてみる。
だが沢村も三橋と同じことを思っているようで、困ったような顔をしていた。
プロ野球の試合を見た後、球場横のグッズショップで土産物を買った。
そして田島と泉が待つゲームセンターに行こうとしたところで、からまれたのだ。
どうやら彼らは、沢村の顔を知っていたらしい。
三橋には、沢村を挑発して揉め事を起こさせようとしているように見えた。
多分、甲子園に出場する青道高校を妬んでのことだ。
その証拠に、彼らはやたらと青道高校と沢村の名を連呼する。
出場辞退に追い込むのが目的なのだろう。
三橋は冷静にそれを理解し、そして怒っていた。
野球選手の勝負はグラウンドでするべきだ。
こんなところで嫌がらせをするなんて、許せない。
「沢村、君。走る、の、得意?」
三橋は沢村の耳元で、そっと囁いた。
沢村は「誰にも負けねぇ!」とデカい声で聞き返してくる。
そういえば練習試合の時も、沢村は夜中までタイヤを引いて走っていた。
三橋はそのことを思い出して、余計な心配だったことを悟った。
「じゃあ、逃げ、よう。」
「何で!?」
「甲子園、行く、ん、だろ?」
三橋の潜めた小声に対して、沢村はウンザリするような大声で答える。
思わず反射的に耳を塞ぎながら、逃げることを提案した。
負けず嫌いの沢村は逃げたくないようだったが「甲子園」の威力は絶大だ。
ようやく声のトーンを落として「お前は走れるのかよ」と言った。
「1500、走、は、2位、だよ。1位、は、田島、君!」
「わかった。じゃあ行くぞ!」
沢村がいきなり彼らに背を向け走り出し、三橋はその後に続いた。
からんできた連中は「待て、コラ!」「逃げるのかよ!」と叫ぶ。
だが沢村と三橋は、人混みの中をスラロームしながら、とにかく走った。
しばらくはバタバタと足音が追いかけてきていたので、何度も角を曲がり、全力で駆け抜ける。
「逃げ、切った?」
力尽きた2人はようやく足を止め、壁にもたれかかって、ハァハァと荒い息を整える。
そうしながら、周囲を見回し、耳を澄ました。
追って来る者もなく、不審な足音も聞こえない。
どうやら逃げることに成功したようだ。
「お前、足早いな!」
「沢村、君、も!」
ようやく息が整った2人は、視線を交わして笑顔になる。
だが次の瞬間、とんでもないことに気付くのだ。
「ここ、どこ?」
三橋はキョロキョロと辺りを見回しながら、聞いてみる。
だが沢村も三橋と同じことを思っているようで、困ったような顔をしていた。
どうやら逃げ切ることに必死で、完全に迷子になってしまったのだ。
「田島、君、たち、に、連絡。。。あ!」
「どうした?」
「ケータイ!田島、君、たちに、カバン、預けた、まま、だ!」
「オレもだ!」
2人は顔を見合わせて、呆然とした。
どこだかわからない場所で、携帯電話もない。
期せずして、とんでもない危機に陥ったのだ。
*****
「ゴメン、ほん、とに、ゴメン!」
三橋は何度もあやまる。
だが沢村は「三橋のせいじゃねーよ」と答えた。
三橋のせいではない。
むしろあの場で逃げるのは、正しい選択だった。
沢村だけだったら、あの連中とやり合ってしまった可能性が高い。
そうなればせっかくの甲子園出場も、危うくなっていたかもしれないのだ。
「電話、捜、そう!」
三橋はそう叫ぶと、歩き出した。
携帯電話がないのだから、公衆電話を捜すしかない。
沢村は「おぉ!」と答えて、2人は元気よく歩き出す。
だが駅などでもない限り、公衆電話はそうそう見つからない。
ようやく見つけたのは、歩き始めてから15分も経過した頃だ。
「あ!」
ようやく電話ボックスを見つけた三橋は、また声を上げる。
沢村はすかさず「どうした?」と聞く。
三橋は情けなさそうに眉を下げて「番号、わから、ない」と答えた。
沢村は思わず「そう言えば、オレも」と言った。
三橋も沢村も自分から電話やメールをするタイプではない。
必要に迫られてする場合も、携帯電話のアドレス帳機能を使う。
つまり自分で番号をボタンで押すこともないので、番号を覚えていないのだ。
この場合は、まず心配しているであろう田島と泉に電話したいが、それができない。
2人とも覚えているのは、実家の電話番号くらいだ。
「家、に、かけて、みる!」
三橋はそう叫んで、受話器を取り、硬貨を入れる。
沢村はその横で、必死に寮の電話番号を思い出そうとしたが、無理だった。
一度は見ているのだが、どうしても思い出せない。
これは三橋頼みだと思ったが、その三橋は何も喋らないうちに受話器を置いていた。
そして申し訳なさそうに「誰も、出ない」と告げたのだった。
三橋の両親は電話がかかったとき家にいたが「公衆電話」という表示を見て、出なかったのだ。
「仕方がないな。駅を捜そうぜ。」
沢村はすっかりしょげてしまった三橋を元気づけるように、そう言った。
何だかんだで、もう試合が終わってから1時間以上が過ぎている。
泉も田島ももうゲームセンターにはいないだろう。
連絡ができないのなら、帰るしかない。
「そう、だね。」
三橋が力なく頷き、2人は何となく人が多そうな方へ歩き出した。
とにかくここにいても、何も始まらない。
遠くに鉄道の高架が見えるから、駅ならばそれが目印になる。
それに人通りは多いから、迷っても道を聞くのは難しくなさそうだ。
だがここで問題が起きた。
駅に向かって歩き出した2人だったが、その途中の道にはとにかく飲食店が多い。
そして漂ってくる香しいにおいが、2人の胃袋を刺激した。
試合観戦中にスナックフードを食べたりしたが、そこは育ちざかりの高校生。
とにかく腹が減っていたのだ。
「お腹、すいた、ね。」
三橋が思わずそう言いながら、クンクンと鼻を動かす。
沢村も「オレも」と答える。
2人が足を止めたのは、餃子が有名なチェーン店だ。
「三橋、お前、いくら持ってる?」
「・・・1500、円、くらい。」
「スゲーな。オレ480円だ。」
沢村と三橋は顔を見合わせ、2人の間に微妙な沈黙が漂った。
2人合わせて、2000円弱。
ここで何かを食べてしまえば、帰りの電車賃が足りない。
どう考えても正解は「我慢する」なのだ。
だが一度思考が「食べる」に向かってしまった2人の食欲。
こうなると、我慢するのは至難の業だ。
「食べたいよな?」
「食べ、たい!」
2人はお互いに頷き合うと、まるで吸い寄せられるように店に入った。
実はこの頃、2人の行方がわからないと、阿部と御幸が電話で話をしていた。
そして後々、ひどく怒られることになる。
あんなに心配をかけたのに、当のお前らはメシを食っていたのかと。
だが沢村も三橋も知る由もない。
2人はラーメンと餃子を注文し、腹を満たした。
だがその代償として、2人の所持金はほぼゼロになってしまう。
そしてこの後、三橋と沢村はとんでもない決断をしてしまうのだ。
【続く】
「ここ、どこ?」
三橋はキョロキョロと辺りを見回しながら、聞いてみる。
だが沢村も三橋と同じことを思っているようで、困ったような顔をしていた。
プロ野球の試合を見た後、球場横のグッズショップで土産物を買った。
そして田島と泉が待つゲームセンターに行こうとしたところで、からまれたのだ。
どうやら彼らは、沢村の顔を知っていたらしい。
三橋には、沢村を挑発して揉め事を起こさせようとしているように見えた。
多分、甲子園に出場する青道高校を妬んでのことだ。
その証拠に、彼らはやたらと青道高校と沢村の名を連呼する。
出場辞退に追い込むのが目的なのだろう。
三橋は冷静にそれを理解し、そして怒っていた。
野球選手の勝負はグラウンドでするべきだ。
こんなところで嫌がらせをするなんて、許せない。
「沢村、君。走る、の、得意?」
三橋は沢村の耳元で、そっと囁いた。
沢村は「誰にも負けねぇ!」とデカい声で聞き返してくる。
そういえば練習試合の時も、沢村は夜中までタイヤを引いて走っていた。
三橋はそのことを思い出して、余計な心配だったことを悟った。
「じゃあ、逃げ、よう。」
「何で!?」
「甲子園、行く、ん、だろ?」
三橋の潜めた小声に対して、沢村はウンザリするような大声で答える。
思わず反射的に耳を塞ぎながら、逃げることを提案した。
負けず嫌いの沢村は逃げたくないようだったが「甲子園」の威力は絶大だ。
ようやく声のトーンを落として「お前は走れるのかよ」と言った。
「1500、走、は、2位、だよ。1位、は、田島、君!」
「わかった。じゃあ行くぞ!」
沢村がいきなり彼らに背を向け走り出し、三橋はその後に続いた。
からんできた連中は「待て、コラ!」「逃げるのかよ!」と叫ぶ。
だが沢村と三橋は、人混みの中をスラロームしながら、とにかく走った。
しばらくはバタバタと足音が追いかけてきていたので、何度も角を曲がり、全力で駆け抜ける。
「逃げ、切った?」
力尽きた2人はようやく足を止め、壁にもたれかかって、ハァハァと荒い息を整える。
そうしながら、周囲を見回し、耳を澄ました。
追って来る者もなく、不審な足音も聞こえない。
どうやら逃げることに成功したようだ。
「お前、足早いな!」
「沢村、君、も!」
ようやく息が整った2人は、視線を交わして笑顔になる。
だが次の瞬間、とんでもないことに気付くのだ。
「ここ、どこ?」
三橋はキョロキョロと辺りを見回しながら、聞いてみる。
だが沢村も三橋と同じことを思っているようで、困ったような顔をしていた。
どうやら逃げ切ることに必死で、完全に迷子になってしまったのだ。
「田島、君、たち、に、連絡。。。あ!」
「どうした?」
「ケータイ!田島、君、たちに、カバン、預けた、まま、だ!」
「オレもだ!」
2人は顔を見合わせて、呆然とした。
どこだかわからない場所で、携帯電話もない。
期せずして、とんでもない危機に陥ったのだ。
*****
「ゴメン、ほん、とに、ゴメン!」
三橋は何度もあやまる。
だが沢村は「三橋のせいじゃねーよ」と答えた。
三橋のせいではない。
むしろあの場で逃げるのは、正しい選択だった。
沢村だけだったら、あの連中とやり合ってしまった可能性が高い。
そうなればせっかくの甲子園出場も、危うくなっていたかもしれないのだ。
「電話、捜、そう!」
三橋はそう叫ぶと、歩き出した。
携帯電話がないのだから、公衆電話を捜すしかない。
沢村は「おぉ!」と答えて、2人は元気よく歩き出す。
だが駅などでもない限り、公衆電話はそうそう見つからない。
ようやく見つけたのは、歩き始めてから15分も経過した頃だ。
「あ!」
ようやく電話ボックスを見つけた三橋は、また声を上げる。
沢村はすかさず「どうした?」と聞く。
三橋は情けなさそうに眉を下げて「番号、わから、ない」と答えた。
沢村は思わず「そう言えば、オレも」と言った。
三橋も沢村も自分から電話やメールをするタイプではない。
必要に迫られてする場合も、携帯電話のアドレス帳機能を使う。
つまり自分で番号をボタンで押すこともないので、番号を覚えていないのだ。
この場合は、まず心配しているであろう田島と泉に電話したいが、それができない。
2人とも覚えているのは、実家の電話番号くらいだ。
「家、に、かけて、みる!」
三橋はそう叫んで、受話器を取り、硬貨を入れる。
沢村はその横で、必死に寮の電話番号を思い出そうとしたが、無理だった。
一度は見ているのだが、どうしても思い出せない。
これは三橋頼みだと思ったが、その三橋は何も喋らないうちに受話器を置いていた。
そして申し訳なさそうに「誰も、出ない」と告げたのだった。
三橋の両親は電話がかかったとき家にいたが「公衆電話」という表示を見て、出なかったのだ。
「仕方がないな。駅を捜そうぜ。」
沢村はすっかりしょげてしまった三橋を元気づけるように、そう言った。
何だかんだで、もう試合が終わってから1時間以上が過ぎている。
泉も田島ももうゲームセンターにはいないだろう。
連絡ができないのなら、帰るしかない。
「そう、だね。」
三橋が力なく頷き、2人は何となく人が多そうな方へ歩き出した。
とにかくここにいても、何も始まらない。
遠くに鉄道の高架が見えるから、駅ならばそれが目印になる。
それに人通りは多いから、迷っても道を聞くのは難しくなさそうだ。
だがここで問題が起きた。
駅に向かって歩き出した2人だったが、その途中の道にはとにかく飲食店が多い。
そして漂ってくる香しいにおいが、2人の胃袋を刺激した。
試合観戦中にスナックフードを食べたりしたが、そこは育ちざかりの高校生。
とにかく腹が減っていたのだ。
「お腹、すいた、ね。」
三橋が思わずそう言いながら、クンクンと鼻を動かす。
沢村も「オレも」と答える。
2人が足を止めたのは、餃子が有名なチェーン店だ。
「三橋、お前、いくら持ってる?」
「・・・1500、円、くらい。」
「スゲーな。オレ480円だ。」
沢村と三橋は顔を見合わせ、2人の間に微妙な沈黙が漂った。
2人合わせて、2000円弱。
ここで何かを食べてしまえば、帰りの電車賃が足りない。
どう考えても正解は「我慢する」なのだ。
だが一度思考が「食べる」に向かってしまった2人の食欲。
こうなると、我慢するのは至難の業だ。
「食べたいよな?」
「食べ、たい!」
2人はお互いに頷き合うと、まるで吸い寄せられるように店に入った。
実はこの頃、2人の行方がわからないと、阿部と御幸が電話で話をしていた。
そして後々、ひどく怒られることになる。
あんなに心配をかけたのに、当のお前らはメシを食っていたのかと。
だが沢村も三橋も知る由もない。
2人はラーメンと餃子を注文し、腹を満たした。
だがその代償として、2人の所持金はほぼゼロになってしまう。
そしてこの後、三橋と沢村はとんでもない決断をしてしまうのだ。
【続く】