「おお振り」×「◆A」

【合同練習、開始!】

「よーし、みんな気合い入れろよ!」
西浦高校野球部主将、花井梓は声を張った。
他の9名の部員たちが「おお!」と力強く応える。
そして彼らは遠征先である青道高校のグラウンドへと足を踏み入れた。

「東京の青道高校で、合同練習をします!」
監督の百枝まりあがそう宣言したのは、1週間ほど前のことだ。
発端は、百枝が高校野球の指導者を育成するセミナーに参加したことだった。
全国から野球部の監督やコーチ、またはそれを目指す者たちが参加した。
そこで知り合ったのが、東京の青道高校野球部副部長にして理事長の娘である高島礼だ。
2人はすぐに仲良くなった。
何しろ数十名の参加者の中で、女性は2人だけだったのだ。
すっかり意気投合した百枝と高島は、携帯電話の番号とアドレスを交換した。
その縁で実現したのが、今回の合同練習だった。

日程は、土、日、祭日の三連休を利用した2泊3日。
その間寝泊まりする場所として、青道高校の寮を使わせてもらう。
3年生が夏で引退したばかりなので、部屋には余裕があるそうだ。
初日は軽く身体を慣らし、2日目はBチーム、そして最終日の3日目はAチームと試合をする。

「今回は2試合とも、勝ちを狙います!」
百枝は高らかにそう宣言した。
通常練習試合は、何かの課題を設定して、それをクリアすることを優先する。
例えば投手の新しい球種を試すとか、リードや打順を変えてみるとか。
それが勝敗よりも大事であることなど、珍しくはない。

だが今回、百枝が課したのは勝利だった。
西浦高校野球部は1年生しかいないにもかかわらず、強豪相手にきちんと試合ができるチームだと思う。
だがいい試合をするのと勝つのは、別の問題だ。
この先、勝ち進んでいくためにも、強豪相手に勝つイメージを持つことが重要。
この遠征は、そのためのものだ。

「やっぱりさすがに強豪校だな。練習設備がすごい。」
「寮もすごかったもんな。」
主将の花井と副主将の栄口が、ボソボソと喋っている。
グラウンドに屋内練習場、ブルペン。
そのどこにも最新鋭の設備が揃っている。
それに寮だって立派だった。
グラウンドに入る前に、先に寮に案内してもらったのだ。
西浦高校野球部の面々は、寮の空いている部屋を割り当てられ、着替えてからグラウンドに集合した。
3年生が引退して抜けてなお数十人の部員が集う寮は、まるで小さな街のようだった。

「こんだけすげぇと、倒しがいがあるなぁ!」
何となく引き気味の主将と副主将を見ながら、豪快にそう言い放ったのは、我らが田島だ。
その声が聞こえたのだろう。
グラウンドにいた何人かの青道の選手が、チラリとこちらを見た。
花井が慌てて「声、デケェよ!」と田島の口を押さえたが、もう遅い。

「整列だ。挨拶するぞ!」
花井は大きくため息をつくと、半ば自棄気味にそう叫んだ。
すると青道側も「集合!」という掛け声とともに、選手たちも集まって来た。
こうして両校が集まると、人数の違いは歴然としている。
まったく話には聞いているが、目の当たりにするとやはり迫力がある。

いよいよ始まる。
西浦高校野球部の面々は、表情を引き締めた。
全国から才能ある部員が集まるレベルの高い強豪校での練習は、きっと貴重な経験になるはずだ。

*****

「集合!」
青道高校野球部主将、御幸一也は、部員たちに向かって声を張り上げた。
集まって来る部員を見ながら、3年生がいなくなって人数が減ったことを痛感する。
だけど今日から練習に参加する高校の野球部員たちは、それよりもさらに少なかった。

「西浦高校?」
監督の部屋に呼ばれ、野球部副部長の高島礼から話を聞いた御幸は、思わず聞き返した。
埼玉の県立高校が、2泊3日、寮に泊まり込んで一緒に練習をするのだと言う。
少なくても御幸が入学してから、そんな話はなかった。
それに過去にそんなことをしたというのも、聞いたことがない。
だが監督の片岡も部長の太田も特に異議を唱えていないのだから、別に御幸が反対する理由もない。

「西浦高校について、絶対に事前に調べたりしないでね。」
高島の言葉に、御幸は「へィヘィ」と頷いた。
西浦が絶対に勝つという課題を設定しているのと同じで、青道にも目的がある。
今回はデータがまったくない高校と対戦する場合のシミュレーションだ。
ブロック予選の1回戦など、こちらは相手の情報が何もないというケースは少なくない。
だが青道は強豪校なので、常に相手は何かしらのデータは持っている。
つまり今回の課題は、ノーデータの相手に勝つことだ。

「うちとの差を見せつけられたらトラウマになっちゃうんじゃねーの?」
この合同練習の話を部員たちに伝えたとき、副主将の1人、倉持はそう言った。
主将である御幸は「そういうの油断につながるぞ」と、たしなめる。
だが他の部員たちも同じような感想を持っているのは、仕方のないことだと思う。
ここに集まるのは、中学時代にはエースだの4番だの、とにかくチームのトップを張っていた者ばかり。
そんな連中が3年間野球に打ち込むと覚悟して、全国からここに集められたのだ。
油断ではなく、1年生ばかりの県立高校といい勝負なんかしていられない。

そして迎えた合宿当日、御幸は西浦高校の面々を見て「あれ?」と思った。
見覚えのある顔があったからだ。
1人は名門ボーイズチーム「荒川シー・ブリームス」の4番だった田島悠一郎だ。
ズバぬけた野球センスの持ち主で、東京の強豪校でも声をかけた学校があるのではないだろうか。
そんなヤツがなんでこういう高校にいるのかは、謎でしかない。
そしてもう1人は、名前はわからないが、顔は覚えている。
シニアチーム「戸田北」で逸材と言われている投手、榛名元希とバッテリーを組んでいた捕手だ。
その球はすごく早くて威力もあり、自分なら捕れるだろうかと思いながら見ていたのだ。

さすが礼ちゃん。面白いヤツらを連れて来たなぁ。
御幸は今更ながらに、高島の手腕に感心していた。
田島と「戸田北」の捕手はともかく、他の面子も堂々としている。
普通部員10名のチームがこんなところに来たら、それだけでビビッてしまってもおかしくないのに。

「何か、中学の頃を思い出すなぁ。」
しみじみと、いつもの騒がしいキャラに似つかわしくない声を上げたのは1年生投手の沢村栄純だった。
なるほど。沢村は確か中学時代、地方の弱小校の野球部員だった。
1年生ばかり10名の西浦高校野球部は、中学時代の自分たちとかぶるということなのだろうが。

「多分、お前の中学時代とは違うぜ?」
御幸は沢村にそう声をかけた。
沢村は一瞬キョトンとした表情になったが、すぐに「わかってます!油断するなってことっすね!」と叫ぶ。
どうやら御幸の言葉を戒めと解釈したようだ。

「そんな簡単に勝てる相手じゃなさそうだけど。」
御幸がポツリと呟いた言葉は、誰の耳にも届かずに消えた。
そしてその予感は見事に的中し、青道高校野球部の面々は度肝を抜かれることになる。

【続く】
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