「おお振り」×「◆A」

【後日談、その6!】

「ウヒ、ヒヒ」
三橋は携帯電話の画面を見ながら、不穏な笑い声を上げた。

三橋にとって、この年末年始は思いがけず楽しいものになった。
それは大晦日の夕方、いきなり現れた沢村によるところが大きい。
最初「泊めてほしい」とメールが来た時には、冗談かと思ったのだ。
だけど沢村は本当に、ここ埼玉までやって来た。

明るく賑やかな沢村は、三橋家を大いに楽しませてくれた。
吃音気味で、声があまり大きくない三橋と、沢村は真逆だった。
とにかく元気よく大きん声で、よく笑う。
実は兄弟が欲しかった三橋は、新たな兄貴分の登場に、大いに喜んだ。
そしてそれは三橋の両親も同じだった。
息子と同い年の気のいい少年の来訪を大歓迎した。
そして三橋家は、例年とは違う楽しい年末年始を過ごしたのだった。

何より楽しかったのは、2人で一緒に練習ができることだった。
元々年末年始は、ノースローということになっていたのだ。
だがさすがにめったにない客がきたことで、なし崩し的に「少しならあり」になった。
結局阿部も参加してくれて、1人が的に、1人が阿部に投げる。
少し見ただけで、あの合同練習よりかなり成長したことがわかった。
それに三橋も成長したということを、沢村が感じ取ってくれたこともまたわかった。
こんな風に付き合える他校の投手は叶以来で、三橋はもうテンションが上がりっぱなしだった。

三が日が過ぎて、沢村は帰ってしまったが、思い出は携帯電話に残っている。
田島や泉、阿部と一緒に、近所の神社で撮影した画像があるのだ。
三橋はそれを待ち受け画面に設定している。
中学はいろいろあって、孤独な3年間を過ごした。
高校になって、こんな風に友人に囲まれ、投球練習までできた。
それは本当に嬉しかったのだ。

「ウヒ、ヒヒ」
三橋は携帯電話の画面を見ながら、不穏な笑い声を上げた。
知らない者から見れば、かなり危なくて怖い。
だが三橋をよく知る者が見れば、本当に嬉しかったのだと察せられる笑みだった。

*****

「・・・ったく」
阿部は面白くないという気持ちを隠すことなく、悪態をついた。
この年末年始、阿部にとってはまったく予想外だったのだ。

三橋と出逢って、初めての年末年始。
阿部は特にそう思って、身構えていたわけではない。
だが少しだけ、期待はしていた。
ノースローとは言っていたが、身体をほぐす程度なら投げてもいい。
そのときは的ではなく、自分のミットで受けてやろうと思ったのだ。

だが沢村の登場で、すっかり予定が狂った。
三橋は沢村と自宅の投球練習場で、ガッツリと投げ込みをした。
阿部もそれに付き合ったが、2人きりの練習を妄想していたので、大いに当てが外れたのだ。
そもそも田島や泉と初詣の約束をしたことだって、気に入らないのに。
結局年末年始、三橋と2人だけになれる時間はまったく取れなかった。

「阿部、機嫌悪すぎ」
年が明けて、初めての練習、部室で阿部に声をかけたのは泉だった。
阿部は思い切り「何だ、それ」ととぼけてみる。
だが新年のことで、未だに自分の機嫌が直っていないのは明らかだった。

「ったく、しょうがねーな」
泉は呆れたようにそう言うと、ポケットから携帯電話を取り出した。
そしてなにやらゴソゴソと操作する。
すると阿部の携帯電話が、ピロリンとメールの着信音を鳴らす。
どうやら泉が何かを送ったのだろう。
めんどくささを隠そうともせず、メールを開いた阿部は思わず目を見開いた。

泉が送ってきたのは、初詣のときの画像。
初詣は、田島、泉、阿部と三橋、そして沢村の5人で行った。
だが送られてきたのは、阿部と三橋のツーショットだ。
しかも2人ともカメラに気付いておらず、ごく自然に寄り添っていた。
本当にたまたま撮れた「奇跡の一枚」だ。

「それやるから機嫌直せ。三橋に当たるなよ」
泉は兄ちゃんよろしくそう言い放つと、答えも聞かずに離れていく。
阿部は完全に見透かされているようで、面白くない。

それでも送られてきたツーショットを見ると、思わず頬が緩んでしまう。
画面の中の三橋と阿部は、本当に楽しそうに笑っているからだ。
いろいろ気に入らないけれど、全てを帳消しにできる。
阿部はそのメールに保護設定をかけると、何事もなかったように着替え始めた。

【続く】
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