「おお振り」×「◆A」

【後日談、その5!】

「へへへ」
沢村は携帯電話で送られてきた画像を見ながら、笑っていた。
そしてその行動は、青道高校野球部にちょっとした波紋を巻き起こした。

正月三が日を過ぎ、青道高校野球部の寮に部員たちが戻り始めた。
そして監督、部長、副部長が戻った5日から、自主練も解禁だ。
その中にはもちろん沢村もおり、今日も賑やかに練習をしている。

御幸ももちろん、新年の初日から自主練開始だ。
今年の目標は全国制覇、気合い充分だ。
何より主将であるのだから、率先して練習するべしとも思っている。
正月休みに鈍った身体を、慎重にならしていく。
それは心地よい感覚だった。

だが1人だけ全開の男がいた。沢村だ。
御幸は投球練習に付き合ったが、新年早々なかなかいい球を投げている。
しかも無理して飛ばしているのではなく、本当に調子がよさそうなのだ。
そのことに御幸は怪訝に思った。

なぜなら沢村は今年、実家に戻らなかったと聞いていたからだ。
年末年始、この寮では自主練は禁止になっていた。
そのことは事前に部員に通達していたのだが、沢村はすっかり忘れていたらしい。
御幸は「相変わらずバカだ」と盛大に笑い飛ばしてやった。
だが実際、寮に残っていたとしたら、ずっと身体を動かしていないはずなのだ。
それなのに沢村の投球からは、ブランクなど少しも感じられなかった。
毎日投げ込んでいなければ、こんな風にはいかないはずだ。

「お前、やっぱり帰省したのか?」
投球練習を終えるなり、御幸は沢村にそう聞いた。
だが沢村は「帰ってないっすよ」と澄ました顔だ。
そして「充実した正月休みを送りました」と意味あり気に笑ったのだ。

こいつ、バカのくせにムカつく。
御幸は少々気に入らなかったが、それだけのことだった。
どうせ結局帰省して、昔の仲間相手に練習していたのだろうと思った。

*****

「お前、沢村と初詣に行った?」
初日の練習後、御幸に声をかけてきたのは倉持だった。
御幸は「行ってない」と首を振り「なんで?」と聞き返した。

倉持は顎をクイっとしゃくって、屋内練習場の壁に寄りかかっている沢村を示した。
携帯電話を開いて画面を見ながら、ニヤニヤと笑っている。
何ともしまりのない表情を見た御幸は、蹴飛ばしたいような衝動に駆られた。

「何か鳥居みたいなのが写ってる画像を見てるんだけど。」
「覗いたのかよ」
「偶然ちょっとだけ見えたんだよ。」
「どうせ若菜だろ」
若菜とは沢村の友人で、球場に応援に来たこともある美少女だ。
倉持は「彼女」ではないかと茶化しているが、沢村は「幼なじみだ」と否定している。

「沢村に『若菜か?』って茶化したら、違うっていうんだよ」
「だからって何でオレなんだよ。」
「沢村が『み・・・』って誰かの名前を言おうとして、慌てて止めたって感じだったからさ」
「み?」
「新しい相手かと思って。てっきりお前かと」

誰かの名前で、頭の文字は「み」。
だから倉持は、御幸ではないかと疑ったのだ。

だけど御幸には覚えのないことだ。
倉持はバツが悪そうに「何か、すまない」と言った。
そして逃げるようにして、寮へと戻っていく。
御幸はもう一度、沢村を見た。
こちらのことなど気付いていない様子で、メールを打っている。
もしかしてこの正月、好きな人でもできたのだろうか。
そんなことを思わせるほど、嬉しそうな表情だ。

何だか面白くない。
御幸は不機嫌に眉を寄せると、無駄に勢いよく沢村に背中を向けた。
その日一日、御幸は機嫌が悪く、新年早々部員たちは恐怖を感じることになった。

*****

「お前、正月はどこにいたの?」
その夜、部屋にやって来た御幸は、沢村にそう言った。
沢村としては、何としても言いたくないことだった。
正月休みの間、寮は練習禁止であることを聞き逃し、挙句に実家に帰るタイミングも逃した。
帰るに帰れず、1人で寮にいるのも手持ち無沙汰で、結局三橋の家で過ごしたのだ。
だがやはりカッコ悪い。
それは楽しかったし、三橋宅の手製の投球練習場で身体も動かせたけど、何だか恥ずかしかった。

「何で!?寮にいたし!」
沢村は必死に嘘をつく。
だが御幸は「嘘を言うな」とあっさりスルーだ。

「寮は練習禁止だった。だけどお前、しっかり調整できてるじゃん」
「それは、その」
「寮で勝手なことをしたんじゃねーの?だとしたら問題だし。」
御幸は咎めるように、切り込んでくる。
もちろんそれは吐かせるためのフェイクなのだが、沢村にはわからない。

「もし規則を破ったなら、しばらく練習は。。。」
「わ~、もう!言いますよ!」
練習禁止になどされたら、たまらない。
沢村は携帯電話を取り出すと、メールを開き、さらに添付されていた画像を表示させる。
そして思いっきり御幸の顔の前に突き出した。
正月、三橋たちと初詣に出かけたときに、神社で撮った沢村と三橋のツーショットだった。

「お前、三橋の家に行ったのかよ!」
「ったく、絶対に知られたくなかったんすよ!」
沢村は思い切り文句を言う。
だが対する御幸は、霧が晴れたような爽やかな気分だった。
よくよく考えてみれば、こんなに練習漬けの日々で、恋人を作るような余裕はないのだ。

なるほど「み」は三橋の「み」か。
御幸はニヤニヤ笑いながら、携帯電話を沢村に返した。
すっかりふて腐れた沢村は、憮然とした様子でそれを受け取った。

【続く】
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