「おお振り」×「◆A」

【後日談、その4!】

「すげーな、お前ん家!」
沢村はその大きな「屋敷」を見て、ただただ圧倒された。

沢村栄純が、三橋の家で年末年始を過ごすことになったのは、そもそも不注意からだった。
親元を離れて初めての正月、沢村は帰省しないことにした。
目指すは甲子園優勝、そしてエースナンバー。
そのためには正月だって、休んでなんかいられない。
ただただ練習あるのみだ。

かくして年末、学校が終わると、部員のほとんどが実家に戻っていった。
いつもはわいわいと賑やかな寮も、打って変わって静かな雰囲気になる。
寂しいけれど、これはチャンス!
と思ったのに、すぐに思わぬ事態に直面することになる。
何と年末年始のこの期間、自主練習は禁止なのだ。
理由は簡単、監督も部長も副部長も、全員帰省するからだ。
責任を取れる大人がいない状況で、勝手な自主練習は許可されないのだ。

じゃあ沢村も帰省すればいいと、普通は思うだろう。
だがそれができないのが、沢村の性格だった。
何しろ家族や地元の友人たちに「練習があるから」とカッコつけたのだ。
しかも再三「帰って来い」と言われたのに、ことわった。
今さらどの面下げて、帰れるというのか。

別にいい、本でも読んで年末年始を過ごせばいい。
沢村は一度はそう思い、開き直ることにした。
だがほとんど人のいない寮に1日いるだけで、すっかりへこたれた。
ふと思い浮かぶのは、御幸の顔だ。
あの人、実家、東京だよな。泊めてくれないかな。
だけど携帯電話を取り出したものの、それを頼む勇気もない。

そんな大晦日、たまたまメールをしてきたのが三橋だったのだ。
内容は、ごくごく普通の年末の挨拶だ。
沢村は思い切って「お前の家に泊まりに行ってもいい?」と返信する。
ダメで元々というつもりだったが、程なくして三橋から「いいよ」と返信が来たのだ。
かくして沢村は、埼玉の三橋宅に身を寄せることになったのだが。

「すげーな、お前ん家!」
沢村はその大きな「屋敷」を見て、ただただ圧倒された。
長野の沢村の実家だって、それなりに大きいけど、いわゆる田舎の家だ。
三橋の家は大きいだけでなくお金持ちのお屋敷だと、沢村はさしたる根拠もなく直感した。

*****

「すげーな、お前ん家!」
沢村は広い庭に作られたその空間を見て心から驚き、もう一度同じセリフを叫んだ。

「せっかく、だし、投げる?」
三橋がそんなことを言い出したのは、年が明けた元日のことだ。
本当に昨晩から、歓待されている。
大晦日のメニューはすき焼きで、結構高価そうな牛肉が大量に三橋と沢村の胃袋に消えた。
元日はおせち料理と雑煮の他に、寿司も届けられていた。
これまた立派寿司桶に入った高級品で、これまた2人の高校球児は盛大に食べた。
さすがの沢村も申し訳ない気分になったが、三橋の両親はニコニコと笑っていた。

結局、三橋の家に来てから、2、3キロ増えたんじゃないかと思うくらい食べた。
一応三が日を過ごさせてもらうつもりだが、このままでは帰る頃には体型が変わりそうだ。
そんな心配をし始めた元日の午後、三橋は沢村に「投げる?」と誘ったのだ。
沢村はもう一も二もなく「投げる!」と叫んでいた。
食べ過ぎのせいばかりではなく、そろそろボールが恋しくなってきていたのだ。
そんな沢村が案内されたのは、三橋家の敷地内。
庭の一角にある手作りの投球練習場だった。

「すげーな、お前ん家!」
沢村は広い庭に作られたその空間を見て心から驚き、もう一度同じセリフを叫んだ。
手作り感は満載だが、ちゃんとマウンドもある。
テープで作られた的だって、ちゃんとストライクゾーンがわかるようになっている。

「も、すぐ、田島君、たち、来る。それ、まで、やろう」
三橋は元気よく、そう言った。
元々、田島、泉と3人で、近所の神社に初詣に行く予定だった。
沢村も来たので一緒に行くとメールし、2人からは「楽しみだ」と返信が来ていた。
待ち合わせは三橋の家なので、ここで練習しながら待てばいい。

それにしても、三橋はすごい。
沢村は改めて、三橋のコントロールの良さを思い知ることになった。
的になっていると、本当によくわかるのだ。
そもそもこの手作り投球練習場は、かなり使い込まれた感じがある。
つまり部の練習以外でも、かなり練習しているということだ。
オレももっと頑張らなくちゃと思った途端、この場に似合わない怒声が響いた。

「テメェ、正月早々、何やってやがる!」
不意に響き渡った声に、聞き覚えがある。
誰だっけと沢村が首を傾げていると、声の主が練習場へ飛び込んできた。

*****

「正月の三が日はノースロー。そう言ったよな?」
タレ目のくせに、目付きの悪い男はそう言った。

沢村と三橋の投球練習に割り込んできたのは、阿部だった。
一瞬誰だかわからなかった沢村が「阿部か」と認識した時には、もう三橋の眼前にいた。
そして「どういうことだ?」と詰問する。

「ちょっと、だけ。ほんとに、ちょっと」
「何がちょっとだ」
「投げないと、新年の気、しない」
「ダメだって言ったよな」

阿部は怒りとも呆れともつかない口調で、詰問する。
だが三橋も引く様子はなく「ちょっと、だけ」と繰り返す。
どうやら三橋は年末年始、球数制限されていたようだ。
だが投げたくてうずうずしていたところで、沢村が来たのだ。
投球練習場に沢村を案内するのを口実に、三橋は投げてしまったのだ。

「正月の三が日はノースロー。そう言ったよな?」
タレ目のくせに、目付きの悪い男はそう言った。
だが三橋は「あと5球」と食い下がっている。
あの凶暴そうな表情のヤツ相手によくもと、沢村は感心する。
そのとき、元々の訪問客である田島と泉が、自転車に乗って現れた。

「よぉ、沢村。あけおめ」
「今年もよろしくな~」
沢村も2人に「おお、あけおめ」と答える。
田島と泉は自転車から降りると、三橋と阿部の攻防を見て、ため息をついた。

「阿部、球数制限守ってるか、見に来たのかよ」
「ストーカーだ、ストーカー」
三橋の兄ちゃんずこと田島と泉が、呆れたようにそう言った。
そして田島が三橋に「初詣、行くぞ~!」と声を張る。
続いて泉が「阿部も来たかったら、来てもいいぞ」と言った。
随分な言い方だと、沢村は少しだけ阿部がかわいそうになったのだが。

「三橋が行くなら、オレも行く。」
阿部は少しもメゲた様子がなく、そう言った。
本当に阿部の世界は、三橋中心で回っているらしい。

うらやましいけど、少しウザいかも。
沢村は自分が投げるべき捕手の顔を思い浮かべると、苦笑する。
そして三橋母が貸してくれた自転車にまたがると、西浦の面々と初詣に繰り出した。

【続く】
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