「おお振り」×「◆A」
【後日談、その1!】
「かんぱ~い!」
2人の女は、高らかに宣言すると、ビールのジョッキをゴチンと合わせた。
ここは都内某所の居酒屋。
テーブル席で向かい合っているのは、高校野球好きの2人の若い女。
青道高校野球部副部長の高島礼。
そして西浦高校野球部監督の百枝まりあだ。
2つの学校が合同練習を組みことになったきっかけになった2人だ。
「お疲れ様でした!」
まず口を開いたのは、高島だった。
すると百枝が「ありがとうございました」と答える。
高校野球の世界において、女性は本当に数が少ない。
監督やコーチなどはだいたい高校の頃に野球を経験した者がなるものなのだ。
だからこそ2人は、どっぷりと高校野球にハマっている女性の友人ができたことを喜んでいる。
「その後、どうなの?」
高島はジョッキのビールを一気に半分ほど飲み干すと、そう聞いた。
「おかげさまでいい刺激になったみたいです。」
百枝は元気よくそう答える。
グラスの中身は高島よりも少しだけ減りが多かった。
「青道みたいな強豪といい試合ができた。それだけでも自信になります。」
「こっちだって、普通ではできない試合ができたからね。」
高島は慎重に言葉を選んで、そう言った。
青道側の狙いは、無名な弱小校でもナメてかからないようにすること。
だけどそれをきっぱりと百枝の前で口にするのは、失礼だと思ったのだ。
その後、2人の女の酒宴は楽しく進んだ。
練習方法の話、選手とのコミュニケーション、そして学校や父兄たちとの付き合い方など。
とにかく共通の話題は事欠かない。
そして何よりも共感できるのは、女であることの苦労だ。
男主導の高校野球の世界で、女はどうしても軽く見られる。
2人ともそんな理不尽には今さら怯むことはないが、やはりこういう場ではグチりたくなるのだ。
「うちの主将さ、最初監督が女だから入部しないなんて、言いやがったんですよ。」
「あ~わかる。うちの主将ね、私のこと『ちゃん』付けで呼ぶの。ナメてるよね。」
高島は百枝のグチに調子を合わせながら、きっと彼女の方が苦労は多いと思う。
自分がしているのはあくまでも裏方であり、グラウンドで何かすることはない。
選手を直接指導するだけでなく、ノックやバッティング投手まで務める百枝は只者ではない。
「ねぇ、話は変わるんだけど。」
「何です?」
程よく酔いが回った頃、高島は思い切って切り出した。
あの合同練習で、すごく気になっていたことだ。
「阿部君と三橋君って恋人同士?」
高島はストレートにそう聞いた。
とてもデリケートな問題なので、聞かないと思っていたこと。
だけど酔いも手伝って、するりと口にしてしまっていたのだ。
*****
「阿部君と三橋君って恋人同士?」
高島のあまりにもストレート質問に、百枝は一瞬答えに詰まった。
痛いところを突くなぁ。
百枝は酔いの回った頭で、そう思う。
男ばかりの部員たち、特に西浦は人数が少ないから、百枝の目が届くのだ。
百枝が確信しているのは、水谷が篠岡を好きであること。
そしてその篠岡は阿部が好きであることだ。
だがその阿部が誰を見ているのかと考えると、少々気分が重くなる。
阿部は間違いなく三橋を見ており、三橋の阿部への信頼も並々ならぬものがある。
BL風に言うなら「フラグが立っている」とでもいう感じかもしれない。
ではこの2人の関係はと問われれば、百枝にも正確なところはわからない。
バッテリーであるだけだと言うと、それだけじゃないと思う。
では恋愛関係かと言うと、まだそこまではいっていないという気がするのだ。
ちなみに応援団の浜田と泉を見ていても、同じような雰囲気を感じる。
「そういうのって青道の方が多くないですか?人数も多いし、寮生活だし。」
「え~、ないない!うちはないよぁ!」
「・・・そうですか?」
「誰かそんな感じのヤツら、いた?」
「ええと、御幸君と沢村君、とか。」
百枝は率直な感想を口にした。
何となく阿部と三橋を見ていて感じる雰囲気を、彼らも持っているような気がしたのだ。
すると高島は「う~ん」と首を傾げている。
だけど百枝はその表情に、あながち自分の読みが外れていないことを知った。
おそらく高島も何かを感じているのだ。
「高校野球って部内恋愛をしたら、不祥事になるのかしら?」
「そんな規定はないと思いますが。。。」
「でも世間にバレたら、いろいろまずいわよね。」
「父兄は騒ぎますね。あと青道はファンも多いから、うちより反発が多そうです。」
「やめさせた方がいいのよね。本当は」
「ええ、何より練習に差し支えるようなことがあったら、困りますし。」
2人の女はそこまで話すと、しばし無言で酒を煽った。
そう、部内恋愛なんてない方がいいに決まっている。
恋なんて余計な感情は、野球をする上ではプラスにならない。
少なくても高校生の彼らは、きちんと恋と野球を分けることなどできない気がするのだ。
「それでもやめさせたくはないです。」
沈黙が下りたテーブルで、百枝はポツリとそう告げた。
すると高島も「そうね」と頷く。
人に言えない、何もプラスにならない恋。
それでも初々しい彼らを見ていると、やめさせるなんてあまりにも無粋な気がするのだ。
「ビール、大ジョッキ、2つ追加!」
重い雰囲気を断ち切るように、高島が店員を呼び止めて、叫んだ。
百枝も「あと唐揚げ。それとほっけの塩焼き!」と声を上げる。
高島が「まだ食べるの?」と呆れているが、百枝は「当然です!」と答えた。
決して楽しいだけではない高校野球。
それでも2人の女は、その魅力にすっかりハマっている。
【続く】
「かんぱ~い!」
2人の女は、高らかに宣言すると、ビールのジョッキをゴチンと合わせた。
ここは都内某所の居酒屋。
テーブル席で向かい合っているのは、高校野球好きの2人の若い女。
青道高校野球部副部長の高島礼。
そして西浦高校野球部監督の百枝まりあだ。
2つの学校が合同練習を組みことになったきっかけになった2人だ。
「お疲れ様でした!」
まず口を開いたのは、高島だった。
すると百枝が「ありがとうございました」と答える。
高校野球の世界において、女性は本当に数が少ない。
監督やコーチなどはだいたい高校の頃に野球を経験した者がなるものなのだ。
だからこそ2人は、どっぷりと高校野球にハマっている女性の友人ができたことを喜んでいる。
「その後、どうなの?」
高島はジョッキのビールを一気に半分ほど飲み干すと、そう聞いた。
「おかげさまでいい刺激になったみたいです。」
百枝は元気よくそう答える。
グラスの中身は高島よりも少しだけ減りが多かった。
「青道みたいな強豪といい試合ができた。それだけでも自信になります。」
「こっちだって、普通ではできない試合ができたからね。」
高島は慎重に言葉を選んで、そう言った。
青道側の狙いは、無名な弱小校でもナメてかからないようにすること。
だけどそれをきっぱりと百枝の前で口にするのは、失礼だと思ったのだ。
その後、2人の女の酒宴は楽しく進んだ。
練習方法の話、選手とのコミュニケーション、そして学校や父兄たちとの付き合い方など。
とにかく共通の話題は事欠かない。
そして何よりも共感できるのは、女であることの苦労だ。
男主導の高校野球の世界で、女はどうしても軽く見られる。
2人ともそんな理不尽には今さら怯むことはないが、やはりこういう場ではグチりたくなるのだ。
「うちの主将さ、最初監督が女だから入部しないなんて、言いやがったんですよ。」
「あ~わかる。うちの主将ね、私のこと『ちゃん』付けで呼ぶの。ナメてるよね。」
高島は百枝のグチに調子を合わせながら、きっと彼女の方が苦労は多いと思う。
自分がしているのはあくまでも裏方であり、グラウンドで何かすることはない。
選手を直接指導するだけでなく、ノックやバッティング投手まで務める百枝は只者ではない。
「ねぇ、話は変わるんだけど。」
「何です?」
程よく酔いが回った頃、高島は思い切って切り出した。
あの合同練習で、すごく気になっていたことだ。
「阿部君と三橋君って恋人同士?」
高島はストレートにそう聞いた。
とてもデリケートな問題なので、聞かないと思っていたこと。
だけど酔いも手伝って、するりと口にしてしまっていたのだ。
*****
「阿部君と三橋君って恋人同士?」
高島のあまりにもストレート質問に、百枝は一瞬答えに詰まった。
痛いところを突くなぁ。
百枝は酔いの回った頭で、そう思う。
男ばかりの部員たち、特に西浦は人数が少ないから、百枝の目が届くのだ。
百枝が確信しているのは、水谷が篠岡を好きであること。
そしてその篠岡は阿部が好きであることだ。
だがその阿部が誰を見ているのかと考えると、少々気分が重くなる。
阿部は間違いなく三橋を見ており、三橋の阿部への信頼も並々ならぬものがある。
BL風に言うなら「フラグが立っている」とでもいう感じかもしれない。
ではこの2人の関係はと問われれば、百枝にも正確なところはわからない。
バッテリーであるだけだと言うと、それだけじゃないと思う。
では恋愛関係かと言うと、まだそこまではいっていないという気がするのだ。
ちなみに応援団の浜田と泉を見ていても、同じような雰囲気を感じる。
「そういうのって青道の方が多くないですか?人数も多いし、寮生活だし。」
「え~、ないない!うちはないよぁ!」
「・・・そうですか?」
「誰かそんな感じのヤツら、いた?」
「ええと、御幸君と沢村君、とか。」
百枝は率直な感想を口にした。
何となく阿部と三橋を見ていて感じる雰囲気を、彼らも持っているような気がしたのだ。
すると高島は「う~ん」と首を傾げている。
だけど百枝はその表情に、あながち自分の読みが外れていないことを知った。
おそらく高島も何かを感じているのだ。
「高校野球って部内恋愛をしたら、不祥事になるのかしら?」
「そんな規定はないと思いますが。。。」
「でも世間にバレたら、いろいろまずいわよね。」
「父兄は騒ぎますね。あと青道はファンも多いから、うちより反発が多そうです。」
「やめさせた方がいいのよね。本当は」
「ええ、何より練習に差し支えるようなことがあったら、困りますし。」
2人の女はそこまで話すと、しばし無言で酒を煽った。
そう、部内恋愛なんてない方がいいに決まっている。
恋なんて余計な感情は、野球をする上ではプラスにならない。
少なくても高校生の彼らは、きちんと恋と野球を分けることなどできない気がするのだ。
「それでもやめさせたくはないです。」
沈黙が下りたテーブルで、百枝はポツリとそう告げた。
すると高島も「そうね」と頷く。
人に言えない、何もプラスにならない恋。
それでも初々しい彼らを見ていると、やめさせるなんてあまりにも無粋な気がするのだ。
「ビール、大ジョッキ、2つ追加!」
重い雰囲気を断ち切るように、高島が店員を呼び止めて、叫んだ。
百枝も「あと唐揚げ。それとほっけの塩焼き!」と声を上げる。
高島が「まだ食べるの?」と呆れているが、百枝は「当然です!」と答えた。
決して楽しいだけではない高校野球。
それでも2人の女は、その魅力にすっかりハマっている。
【続く】