「おお振り」×「◆A」
【3日目、試合後、主将談義!】
「つまり捕手は腹黒って結論でいいんじゃね?」
まとめとばかりに倉持が締めくくると、阿部と御幸以外の4人が大きく頷いた。
青道高校と西浦高校の合同練習の最終日。
全日程が終了し、最後に青道の寮で夕飯を共に食べることになった。
他の面々は誰とはなしに、ポジションごとで固まっている。
だが主将と副主将の6人は、ポジションに関係なく固まっていた。
「うまそぉ!」
食事の前、花井がそう叫ぶと、阿部と栄口も「うまそぉ!」と続く。
御幸と前園、倉持はその勢いに苦笑しながらも「うまそぉ」と倣った。
そして食事をしながら、自然と話題は野球の話になった。
特にお互いに興味深いのは、どのように部を運営しているのかだ。
伝統ある大所帯を仕切っている青道の主将たち。
新設で1年生だけで、何から何まで自分たちで決めていかなければならない西浦の主将たち。
同じ野球部でありながら、境遇は真逆だ。
だからこそ思いもよらないエピソードが聞ける。
「花井ってさ、主将っていうより、お母さんって感じだな。」
食事が終わる頃、ふとそんなことを言い出したのは、青道の副主将、倉持だった。
御幸と前園が確かにと頷き、栄口が「当たってますね」と答えた。
この食事中だけでも、花井は大忙しだったのだ。
会話をしながらも、部員たちの食事の様子を見ていたのだ。
そして時折「田島、飯粒を飛ばすな!」とか「三橋、食い終わるまで寝るな!」とか叫ぶ。
御幸たちが青道や出身のシニアチームなど記憶を探っても、こういうキャラの主将はいなかった。
「うちの主将は、腹ん中、黒いからな。」
そう言い出したのは、前園だ。
試合中、特に打席に立つと般若のような顔になる男は、心の中は真っ直ぐだ。
そしてルックスが良く女子からの人気も高い御幸が、実は腹黒だったりする。
「うちの腹黒担当は阿部ですよ。」
今度は栄口が、西浦の内情を暴露する。
当の阿部は「別に普通だけど」と言うが、花井と栄口は首を振る。
「つまり捕手は腹黒って結論でいいんじゃね?」
まとめとばかりに倉持が締めくくると、阿部と御幸以外の4人が大きく頷いた。
*****
「それにしても、10人しかいないのに、よく面子が集まったな。」
御幸はそう言いながら、内野手が集まっている辺りを見た。
視線の先にいるのは、小湊春市と喋っている田島悠一郎だ。
そして次にチラリと一瞬だけ、三橋を見た。
「あいつ荒シーの田島、だよな」
「さすが。よく知ってますね。アイツ家から近いってだけの理由で、うちに来たんすよ。」
御幸の問いに答えたのは、阿部だった。
倉持が「ラッキーじゃん」と口を挟む。
前園が「うちに来てても、すぐレギュラーかもな」と言った。
「三橋は?あのコントロールなら中学時代活躍してそうだけど、知らねーんだよな。」
「・・・あいつの話は長くなるんで。」
阿部は田島の時とは対照的に、さっさと会話を打ち切った。
三橋の中学時代のつらい経験は、簡単にペラペラと話せることではないからだ。
だが御幸は意味あり気な表情で「へぇぇ」とからかうような声を上げた。
「お前と三橋って、ほとんど恋人だよなぁ。」
「はぁ?」
御幸の言葉に、阿部は不満の声を上げた。
そして沢村たちと一緒に食事をしている三橋を見た。
三橋は箸を持ったまま、居眠りしそうになっている。
今日はハイテンションで投げたから、電池切れしているのだ。
「ちょっとすみません。」
阿部は箸を置くと、ため息と共に立ち上がる。
そしてズンズンと三橋に歩み寄り、隣に腰を下ろすと「起きろ、バカ!」と耳元で叫んだ。
思わず「う、お!」と驚く三橋に「寝るな、さっさと食っちまえ」と声をかけている。
その場を動かないところを見ると、どうやら食事の終了まで見届けるつもりらしい。
「やっぱり恋人じゃん。」
「っていうか、夫婦の域ですよ。手のかかる亭主と口うるさい女房。」
栄口が御幸の言葉を訂正すると、花井が頷き、倉持と前園が「ぶ」と吹き出した。
*****
夫婦か。
栄口の言葉を、御幸は心の中で反芻していた。
食事を終えた三橋の横で、阿部はまだ食べている。
途中で居眠りを始めた三橋のところへ行き、食事が終わるまで見守っていたからだ。
そして食べ終えた三橋は、そのまま机に突っ伏して寝てしまった。
阿部は三橋の食器を片づけると、戻ってきて自分の食事を再開した。
食事はすっかり冷めていて、美味さは半減しているだろう。
それでも阿部は黙々と食べている。
そして時折、寝てしまった三橋の方に視線を向けていた。
三橋のためなら、自分の食事など二の次ということか。
「オレ、3年間、三橋に尽くすって決めたんですよ。」
御幸の視線には「よくもまぁ」という気持ちが出ていたんだろう。
阿部は少々言い訳がましく、そう言った。
それは青道高校では、絶対に言えないセリフだ。
なぜなら西浦と違い、青道は世間的にも優勝候補のうちの1校とされているから。
厳しい大会を、投手1人で乗り切るなんて、ありえない。
正捕手が投手1人だけに尽くすなんて許されないことなのだ。
たった1人を3年間見続けるなんて、とんでもなく贅沢なことだと思う。
御幸は投手たちが固まっている場所を見た。
川上、降谷、そして沢村。
沢村が賑やかに喋り、川上がポツポツとツッコんでいる。
降谷はマイペースでだんまりだ。
三橋が眠ってしまったから、投手エリアは普段の青道と変わらない光景になっていた。
勝つためには多分、投手1人だけなんて無理だ。
だけどあいつだけをずっと支え続けるってのも、ちょっと羨ましいかもな。
御幸は心の中でそう呟くと、投手の輪の中でひときわ高らかに笑う男を見た。
【続く】
「つまり捕手は腹黒って結論でいいんじゃね?」
まとめとばかりに倉持が締めくくると、阿部と御幸以外の4人が大きく頷いた。
青道高校と西浦高校の合同練習の最終日。
全日程が終了し、最後に青道の寮で夕飯を共に食べることになった。
他の面々は誰とはなしに、ポジションごとで固まっている。
だが主将と副主将の6人は、ポジションに関係なく固まっていた。
「うまそぉ!」
食事の前、花井がそう叫ぶと、阿部と栄口も「うまそぉ!」と続く。
御幸と前園、倉持はその勢いに苦笑しながらも「うまそぉ」と倣った。
そして食事をしながら、自然と話題は野球の話になった。
特にお互いに興味深いのは、どのように部を運営しているのかだ。
伝統ある大所帯を仕切っている青道の主将たち。
新設で1年生だけで、何から何まで自分たちで決めていかなければならない西浦の主将たち。
同じ野球部でありながら、境遇は真逆だ。
だからこそ思いもよらないエピソードが聞ける。
「花井ってさ、主将っていうより、お母さんって感じだな。」
食事が終わる頃、ふとそんなことを言い出したのは、青道の副主将、倉持だった。
御幸と前園が確かにと頷き、栄口が「当たってますね」と答えた。
この食事中だけでも、花井は大忙しだったのだ。
会話をしながらも、部員たちの食事の様子を見ていたのだ。
そして時折「田島、飯粒を飛ばすな!」とか「三橋、食い終わるまで寝るな!」とか叫ぶ。
御幸たちが青道や出身のシニアチームなど記憶を探っても、こういうキャラの主将はいなかった。
「うちの主将は、腹ん中、黒いからな。」
そう言い出したのは、前園だ。
試合中、特に打席に立つと般若のような顔になる男は、心の中は真っ直ぐだ。
そしてルックスが良く女子からの人気も高い御幸が、実は腹黒だったりする。
「うちの腹黒担当は阿部ですよ。」
今度は栄口が、西浦の内情を暴露する。
当の阿部は「別に普通だけど」と言うが、花井と栄口は首を振る。
「つまり捕手は腹黒って結論でいいんじゃね?」
まとめとばかりに倉持が締めくくると、阿部と御幸以外の4人が大きく頷いた。
*****
「それにしても、10人しかいないのに、よく面子が集まったな。」
御幸はそう言いながら、内野手が集まっている辺りを見た。
視線の先にいるのは、小湊春市と喋っている田島悠一郎だ。
そして次にチラリと一瞬だけ、三橋を見た。
「あいつ荒シーの田島、だよな」
「さすが。よく知ってますね。アイツ家から近いってだけの理由で、うちに来たんすよ。」
御幸の問いに答えたのは、阿部だった。
倉持が「ラッキーじゃん」と口を挟む。
前園が「うちに来てても、すぐレギュラーかもな」と言った。
「三橋は?あのコントロールなら中学時代活躍してそうだけど、知らねーんだよな。」
「・・・あいつの話は長くなるんで。」
阿部は田島の時とは対照的に、さっさと会話を打ち切った。
三橋の中学時代のつらい経験は、簡単にペラペラと話せることではないからだ。
だが御幸は意味あり気な表情で「へぇぇ」とからかうような声を上げた。
「お前と三橋って、ほとんど恋人だよなぁ。」
「はぁ?」
御幸の言葉に、阿部は不満の声を上げた。
そして沢村たちと一緒に食事をしている三橋を見た。
三橋は箸を持ったまま、居眠りしそうになっている。
今日はハイテンションで投げたから、電池切れしているのだ。
「ちょっとすみません。」
阿部は箸を置くと、ため息と共に立ち上がる。
そしてズンズンと三橋に歩み寄り、隣に腰を下ろすと「起きろ、バカ!」と耳元で叫んだ。
思わず「う、お!」と驚く三橋に「寝るな、さっさと食っちまえ」と声をかけている。
その場を動かないところを見ると、どうやら食事の終了まで見届けるつもりらしい。
「やっぱり恋人じゃん。」
「っていうか、夫婦の域ですよ。手のかかる亭主と口うるさい女房。」
栄口が御幸の言葉を訂正すると、花井が頷き、倉持と前園が「ぶ」と吹き出した。
*****
夫婦か。
栄口の言葉を、御幸は心の中で反芻していた。
食事を終えた三橋の横で、阿部はまだ食べている。
途中で居眠りを始めた三橋のところへ行き、食事が終わるまで見守っていたからだ。
そして食べ終えた三橋は、そのまま机に突っ伏して寝てしまった。
阿部は三橋の食器を片づけると、戻ってきて自分の食事を再開した。
食事はすっかり冷めていて、美味さは半減しているだろう。
それでも阿部は黙々と食べている。
そして時折、寝てしまった三橋の方に視線を向けていた。
三橋のためなら、自分の食事など二の次ということか。
「オレ、3年間、三橋に尽くすって決めたんですよ。」
御幸の視線には「よくもまぁ」という気持ちが出ていたんだろう。
阿部は少々言い訳がましく、そう言った。
それは青道高校では、絶対に言えないセリフだ。
なぜなら西浦と違い、青道は世間的にも優勝候補のうちの1校とされているから。
厳しい大会を、投手1人で乗り切るなんて、ありえない。
正捕手が投手1人だけに尽くすなんて許されないことなのだ。
たった1人を3年間見続けるなんて、とんでもなく贅沢なことだと思う。
御幸は投手たちが固まっている場所を見た。
川上、降谷、そして沢村。
沢村が賑やかに喋り、川上がポツポツとツッコんでいる。
降谷はマイペースでだんまりだ。
三橋が眠ってしまったから、投手エリアは普段の青道と変わらない光景になっていた。
勝つためには多分、投手1人だけなんて無理だ。
だけどあいつだけをずっと支え続けるってのも、ちょっと羨ましいかもな。
御幸は心の中でそう呟くと、投手の輪の中でひときわ高らかに笑う男を見た。
【続く】