「おお振り」×「◆A」

【3日目、試合後、投手談義!】

「青道の寮、ご飯、美味しい、ね!」
三橋はニッコリと笑うと、健啖な食欲で食べ続ける。
かなりがっついているのに、下品に見えないのが不思議だ。

青道高校と西浦高校の2日に渡る練習試合は終わった。
合宿を兼ねて、青道の寮に滞在していた西浦の面々は、今日帰る。
だが最後に、青道の寮で夕飯を共に食べることになっていた。
ここで会ったのも何かの縁、親睦を深めておこうということだ。

食事はポジションごとで固まることになった。
つまり三橋は沢村、降谷、川上と一緒だ。
三橋の元気いっぱいの「うまそぉ!」コールに、3人は一瞬たじろぐ。
だがすぐにやや恥ずかしそうに「うまそぉ!」と宣言し、箸を取った。
そして3人は、勢いよくご飯を頬張る三橋に、再びたじろぐことになった。

「よく、食べるなぁ。。。」
降谷が呆然と呟く。
「オレ、胸焼けしそうだ」
川上はそう言いながら、胃の辺りをさすった。
「負けねぇ!」
沢村はなぜか闘志を燃やして、食事をかっ込んでいる。

「青道の寮、ご飯、美味しい、ね!」
三橋はニッコリと笑うと、健啖な食欲で食べ続ける。
かなりがっついているのに、下品に見えないのが不思議だ。
川上が呆れたように「普段からそんなに食うの?」と聞く。
すると三橋はコクコクと頷くと「でも、身体、なかなか、大きくならない」と答えた。

「三橋。それ、増子センパイに言ったら、命が危ないぞ。」
川上が心配そうに辺りをキョロキョロと見回した。
今日の試合を観戦していた3年生たちが、寮の方にも顔を出していたのだ。
監督に「もっと食え」と言われる野球部員の中で、唯一「お前は食うな」と言われた3年の増子。
しかも引退後、顔を合わせるたびに身体が大きくなっている気がする。
もしも彼が今の三橋の言葉を聞いたら、暴れ出すかもしれない。

「三橋、よく噛んで食えよ!」
不意に背後から声が聞こえ、三橋がほとんど脊髄反射の勢いで「よく、噛む!」と叫んだ。
西浦の捕手、阿部だ。
川上は「お前んトコ、結構過保護だな」とため息をついた。

*****

「すごいコントロールだね。」
いつも通り、静かにそう告げた降谷の声には、羨望が滲んでいた。

「最後のPK、自信あった?」
恐ろしい食欲で食事を終えた三橋に、声をかけたのは降谷だった。
PKとは、試合後に阿部が御幸に持ちかけた勝負の話だ。
バッティングティーに乗せたボールを、投球で落とす。
引き分けだった試合に勝敗をつけようとしたあの提案のことだった。
三橋はキョトンとした表情で「じし、ん?」と聞き返した。

「ボールを確実に落とせる?」
降谷は重ねて質問した。
すると三橋は「うん。た、ぶん」と答えた。
その言葉に降谷は瞠目し、川上は「マジ、で?」と聞き返す。
三橋と張り合って、まだ食べ続けていた沢村は箸を落とした。

「すごいコントロールだね。」
いつも通り、静かにそう告げた降谷の声には、羨望が滲んでいた。
決めた場所に確実に投げられるコントロール。
それは投手なら誰でも欲しい能力なのだ。

「降谷君、の方が、すごい!球、早い!」
「あ、川上、さんの、落ちる球、も、すごい!サイド、スロー、カッコいい!」
「沢村君、の、ムービング、も。左、うらやま、しい!」
当の三橋はというと、コントロールを誇る様子はない。
それどころか、青道の投手陣たちの長所を並べ立て、褒めちぎっている。
青道の投手3人は、まんざらでもない気分で頬を緩ませた。
三橋はどう見ても嘘やお世辞をいう人間には見えず、その口からの賛辞には重みがあった。

今までこんなこと、なかったな。
降谷は今までの経験を思い起こして、それを痛感した。
中学時代はチームから遠ざけられていたし、高校では他の投手がライバルだ。
こんなにあからさまに褒められた経験なんかない。
そのことで自惚れてはいけないが、励みにするのは悪くないと思う。
三橋がコントロールのよさに甘えず、他の投手の特性を貪欲に見ているように。

「三橋のコントロールだって、負けないくらいすごいよ。」
降谷は静かにそう言った。
いい気分のお返しは、心からの賛辞だ。

*****

「ボールを確実に落とせる?」
降谷の質問に、三橋はあっさりと「うん。た、ぶん」と答えた。
その言葉は、沢村にとって衝撃的だった。

沢村の目下の最大の悩みは、インコースに投げられないことだ。
一時期のようにまったく投げられないということはないのだが、コントロールが定まらない。
つまり武器としてはまったく使えないのだ。
だからホームベース上のボールを確実に落とせるという三橋のコントロールは、羨ましい。

それに三橋のように、投手が1人というのも羨ましかった。
どんなに勝っていようと、負けていようと、マウンドは自分だけのもの。
そして捕手を独り占め。
そう、先程川上も言っていたが、阿部は三橋に関しては本当に過保護だ。
とにかく常に視界に入れて、行動をチェックする。
そして少しでも身体に負担がかかる可能性があると思うと、声をかけるのだ。
おれではまるで恋人ではないか。
沢村は御幸にあんな風にされている自分を妄想した。

「いいなぁ」
ふとそんな本音が、沢村の口をついて出た。
そして慌てて他の投手たちを見た。
川上は「そうだよな、三橋のコントロール」と答えてくれる。
上手い具合に誤解してくれたようで、沢村はホッとした。

三橋のことが羨ましいとは思うが、妬ましいとは思わなかった。
それはおそらく三橋の性格のせいだ。
美味しいものを美味しいと言い、投手たちを惜しみなく褒める。
その笑顔は素直で、純粋だ。
だから一緒に頑張ろうという気になれる。

「オレも早くエースになる!」
沢村は結局、前向きな決意を新たにしていた。
とりあえず、それが一番だ。
少しでも多くマウンドに上がりたい。
御幸への気持ちは自分でもよくわからないが、エースになれば答えが出るような気がする。

「エースはずっとオレだけど」
降谷がそう呟いたので、沢村は「今に見てろ!」と答えた。
川上がポツリと「オレもいるんだけど」と文句を言う。
すると三橋が「ライバル!いい、なぁ!」と盛大に羨ましがった。

ない物ねだりの投手たち。
だが全員、純粋で前向きだ。

【続く】
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