「おお振り」×「◆A」15年後
【熱中症にご用心】
「熱中症、だって」
ソファでのんびりとスマホを見ていた三橋が、顔を曇らせている。
阿部が「マジで」と呻き、御幸が「日本も暑いんだな」と苦笑する。
異常気象とやらで、今は世界のあちこちが猛暑らしい。
今日は御幸の試合もなく、オフだった。
だけど4人はリビングで好き勝手な時間を過ごしている。
パソコンを広げる阿部と、スマホを見る三橋。
そして本を読む御幸と、爆睡する沢村だ。
キチンと座っているのは阿部だけ。
御幸と三橋は寝転び、沢村はソファから半分ずり落ちている。
何でせっかくの休みにそんなことになっているのか。
答えは簡単、暑いからだ。
季節外れの猛暑のせいで、気温がバカみたいに上がっている。
こんな日はエアコンが効いた室内が良い。
だから4人でダラダラと過ごしていた。
そんな中、スマホを見ていた三橋が「あ」と声を上げた。
阿部がパソコンを打ちながら「どうした?」と聞く。
こういうところは今も昔も変わらない。
阿部は常に三橋に気を配っていて、ちょっとした声にも反応する。
「熱中症、だって」
「え?誰が?」
「西浦のエースの子。倒れた、みたい。」
「え?マジで?」
阿部はパソコンを打つ手を止めて、三橋の隣に座る。
三橋は阿部にスマホを渡した。
阿部が画面を指でスクロールし、もう一度「マジか」と呻いた。
深刻な2人の様子に、御幸が本を閉じた。
「日本も暑いんだな」
「関東は35度超えだそうですよ。」
「その倒れた子は大丈夫なの?」
「命に、別状、ないそうですけど」
「じゃあ、よかったじゃん?」
御幸は軽い気持ちで会話に加わった。
西浦高校野球部のエースが熱中症。
話を聞く限り、あまり愉快ではないニュースだった。
だけど日本も暑いのだし、珍しい話ではない。
命に別条がないなら不幸中の幸いだろう。
だが三橋と阿部は「「よくないです!」」と期せずして声が揃った。
「え?何?何?」
2人の声に、気持ちよく昼寝していた沢村が起きた。
そしてソファから転がり落ちる。
コテコテのコントのような展開に、その場の空気が和んだ。
*****
「西浦、今年投手難なんですよ。」
「実質、投手はエースの子、1人状態で。」
阿部と三橋が西浦高校の実情を教えてくれる。
それを聞いた御幸は「なるほど」と頷いた。
御幸は子供の頃から、そこそこのチームにいた。
人数も多く、まずレギュラーを勝ち取ることから始まる。
だから人数が少ないチームの苦労を知らない。
話には聞くし、想像もできる。
だけど今1つ、実感がないのが本音だ。
「オレらが高校入ったころは、10名からスタートでしたよ。」
「そうか。そうだったな」
「実際、三橋が倒れたらそこでゲームセットって感じでした。」
「今の西浦ってそんな感じなの?」
「そんな感じらしいです。」
御幸は「そっか」と顔を曇らせた。
日本の高校野球は、今頃予選の最中だろう。
ほぼ唯一の投手の不調は、かなり響くはずだ。
「そんな暑さなのに、外で練習してたのか?」
ずっと黙っていた沢村が唐突に会話に加わってきた。
どこか咎めるような口調なのは、実際怒っているから。
たった1人のエースなら、自覚が足りないのでは?
沢村の口調からはそんな咎めが感じ取れた。
「それは、青道目線だよ。」
三橋がいつになく強い口調で、そう言った。
沢村が思わず「え?」とたじろぐ。
短い微妙な沈黙を破るように、阿部が「青道は恵まれてるから」と苦笑した。
「西浦はさ、屋内練習場どころか野球部専用の施設なんかないんだ。」
「グラウンドも、他の部と、調整しながら、使う。」
「だからどうしても投げ込みたいときは、炎天下でも外で投げるんだ。」
「好きで、外で、練習してたわけじゃ、ないんだ。」
阿部と三橋に西浦の事情を説明され、沢村は「ごめん」とあやまった。
沢村だって中学の頃は、設備などない弱小校にいた。
だけど1回戦負けばかりだったのだ。
炎天下でも無理して投げ込むような状況ではなかった。
「こっちこそ、ごめん。責めるつもり、なくて」
「ああ。悪かった。」
三橋と阿部もあやまり、沢村が「へへ」と笑う。
後輩たちの可愛いやり取りに、御幸も笑った。
「早く良くなるといいな。」
御幸が締めくくるように呟くと、みんなで頷く。
残念ながら手を貸せるようなことはない。
ただただ遠いアメリカの地から、祈ることしかできなかった。
*****
「ところでさ、廉。何で知ってたの?」
沢村がふと思った疑問を口にする。
三橋は「へ?」と首を傾げた。
「いや。いくら母校でもエースの熱中症とか普通知らんだろ」
「ああ。田島君」
「田島?元西浦の4番?プロに行ったよな。」
「うん。田島君のジィちゃんから、ラインで」
「「ハァァ?」」
驚く沢村と御幸の声が被った。
何で田島の祖父なのか。
すると阿部が苦笑しながら、会話に割り込んできた。
「田島の実家って、西浦高校から徒歩2分なんすよ。」
「2分?」
「グラウンドと田島んちの畑が隣接してて、何かあればすぐわかります。」
「そりゃまた」
「で、田島の家族のライングループになぜかこいつ、入ってるんです。」
御幸と沢村は驚きながら、マジマジと三橋を見た。
高校時代田島と仲が良いのは知っていたが、まさかそんなことになっているとは。
家族のライングループに入って、違和感がないのも凄すぎる。
青道の御幸の代のグループにもなぜか入っているし。
みんなの弟分と言わしめる末っ子体質で、気を許してしまうのだろうか。
「廉ってまだまだ隠れたポテンシャルがあったんだなぁ。」
しみじみと呟く沢村に、御幸も阿部も頷いた。
当の三橋は「ウヘへ」と笑っている。
こうして暑いオフの日は過ぎていった。
ヤマもオチも意味もない。
エアコンで程よく冷えた部屋は、怠惰でただただ居心地が良かった。
【続く】
「熱中症、だって」
ソファでのんびりとスマホを見ていた三橋が、顔を曇らせている。
阿部が「マジで」と呻き、御幸が「日本も暑いんだな」と苦笑する。
異常気象とやらで、今は世界のあちこちが猛暑らしい。
今日は御幸の試合もなく、オフだった。
だけど4人はリビングで好き勝手な時間を過ごしている。
パソコンを広げる阿部と、スマホを見る三橋。
そして本を読む御幸と、爆睡する沢村だ。
キチンと座っているのは阿部だけ。
御幸と三橋は寝転び、沢村はソファから半分ずり落ちている。
何でせっかくの休みにそんなことになっているのか。
答えは簡単、暑いからだ。
季節外れの猛暑のせいで、気温がバカみたいに上がっている。
こんな日はエアコンが効いた室内が良い。
だから4人でダラダラと過ごしていた。
そんな中、スマホを見ていた三橋が「あ」と声を上げた。
阿部がパソコンを打ちながら「どうした?」と聞く。
こういうところは今も昔も変わらない。
阿部は常に三橋に気を配っていて、ちょっとした声にも反応する。
「熱中症、だって」
「え?誰が?」
「西浦のエースの子。倒れた、みたい。」
「え?マジで?」
阿部はパソコンを打つ手を止めて、三橋の隣に座る。
三橋は阿部にスマホを渡した。
阿部が画面を指でスクロールし、もう一度「マジか」と呻いた。
深刻な2人の様子に、御幸が本を閉じた。
「日本も暑いんだな」
「関東は35度超えだそうですよ。」
「その倒れた子は大丈夫なの?」
「命に、別状、ないそうですけど」
「じゃあ、よかったじゃん?」
御幸は軽い気持ちで会話に加わった。
西浦高校野球部のエースが熱中症。
話を聞く限り、あまり愉快ではないニュースだった。
だけど日本も暑いのだし、珍しい話ではない。
命に別条がないなら不幸中の幸いだろう。
だが三橋と阿部は「「よくないです!」」と期せずして声が揃った。
「え?何?何?」
2人の声に、気持ちよく昼寝していた沢村が起きた。
そしてソファから転がり落ちる。
コテコテのコントのような展開に、その場の空気が和んだ。
*****
「西浦、今年投手難なんですよ。」
「実質、投手はエースの子、1人状態で。」
阿部と三橋が西浦高校の実情を教えてくれる。
それを聞いた御幸は「なるほど」と頷いた。
御幸は子供の頃から、そこそこのチームにいた。
人数も多く、まずレギュラーを勝ち取ることから始まる。
だから人数が少ないチームの苦労を知らない。
話には聞くし、想像もできる。
だけど今1つ、実感がないのが本音だ。
「オレらが高校入ったころは、10名からスタートでしたよ。」
「そうか。そうだったな」
「実際、三橋が倒れたらそこでゲームセットって感じでした。」
「今の西浦ってそんな感じなの?」
「そんな感じらしいです。」
御幸は「そっか」と顔を曇らせた。
日本の高校野球は、今頃予選の最中だろう。
ほぼ唯一の投手の不調は、かなり響くはずだ。
「そんな暑さなのに、外で練習してたのか?」
ずっと黙っていた沢村が唐突に会話に加わってきた。
どこか咎めるような口調なのは、実際怒っているから。
たった1人のエースなら、自覚が足りないのでは?
沢村の口調からはそんな咎めが感じ取れた。
「それは、青道目線だよ。」
三橋がいつになく強い口調で、そう言った。
沢村が思わず「え?」とたじろぐ。
短い微妙な沈黙を破るように、阿部が「青道は恵まれてるから」と苦笑した。
「西浦はさ、屋内練習場どころか野球部専用の施設なんかないんだ。」
「グラウンドも、他の部と、調整しながら、使う。」
「だからどうしても投げ込みたいときは、炎天下でも外で投げるんだ。」
「好きで、外で、練習してたわけじゃ、ないんだ。」
阿部と三橋に西浦の事情を説明され、沢村は「ごめん」とあやまった。
沢村だって中学の頃は、設備などない弱小校にいた。
だけど1回戦負けばかりだったのだ。
炎天下でも無理して投げ込むような状況ではなかった。
「こっちこそ、ごめん。責めるつもり、なくて」
「ああ。悪かった。」
三橋と阿部もあやまり、沢村が「へへ」と笑う。
後輩たちの可愛いやり取りに、御幸も笑った。
「早く良くなるといいな。」
御幸が締めくくるように呟くと、みんなで頷く。
残念ながら手を貸せるようなことはない。
ただただ遠いアメリカの地から、祈ることしかできなかった。
*****
「ところでさ、廉。何で知ってたの?」
沢村がふと思った疑問を口にする。
三橋は「へ?」と首を傾げた。
「いや。いくら母校でもエースの熱中症とか普通知らんだろ」
「ああ。田島君」
「田島?元西浦の4番?プロに行ったよな。」
「うん。田島君のジィちゃんから、ラインで」
「「ハァァ?」」
驚く沢村と御幸の声が被った。
何で田島の祖父なのか。
すると阿部が苦笑しながら、会話に割り込んできた。
「田島の実家って、西浦高校から徒歩2分なんすよ。」
「2分?」
「グラウンドと田島んちの畑が隣接してて、何かあればすぐわかります。」
「そりゃまた」
「で、田島の家族のライングループになぜかこいつ、入ってるんです。」
御幸と沢村は驚きながら、マジマジと三橋を見た。
高校時代田島と仲が良いのは知っていたが、まさかそんなことになっているとは。
家族のライングループに入って、違和感がないのも凄すぎる。
青道の御幸の代のグループにもなぜか入っているし。
みんなの弟分と言わしめる末っ子体質で、気を許してしまうのだろうか。
「廉ってまだまだ隠れたポテンシャルがあったんだなぁ。」
しみじみと呟く沢村に、御幸も阿部も頷いた。
当の三橋は「ウヘへ」と笑っている。
こうして暑いオフの日は過ぎていった。
ヤマもオチも意味もない。
エアコンで程よく冷えた部屋は、怠惰でただただ居心地が良かった。
【続く】
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