「おお振り」×「◆A」15年後
【パパラッチ、撃退】
「えっ!ホント、に?」
リビングでのんびりとスマホを見ていた三橋が、急に慌て始めた。
御幸が「どうした?」と、阿部が「落ち着け」と声をかける。
だが三橋はワタワタしながら「これ」とスマホを差し出した。
穏やかな午後だった。
御幸は試合も移動もないので、自宅のジムでトレーニングをした。
そしてリビングでスポーツドリンクを飲みながらクールダウン中だ。
阿部は同じくリビングで、パソコンを叩いていた。
御幸の映像やデータをチェックして、トレーニングメニューを見直している。
さらに三橋と沢村もリビングにいて、スマホを見ていた。
三橋はレシピサイトをチェック中だ。
今日の夕食は何にしようと、ネットの力を借りていたのだ。
いろいろ予定が狂って、今は御幸邸に居候状態。
だからお礼に美味しい食事を!と張り切っていた。
そんな三橋のスマホがパランと軽快な音を立てた。
メッセージアプリの受信音だ。
アプリを開き、メッセージを見た
そして「えっ!」と驚き、「ホント、に?」と声を上げる。
「どうした?」
「落ち着け」
御幸と阿部が声をかけると、三橋はスマホを差し出した。
受け取った御幸がそれを見て「マジか」と肩を落とす。
後ろから覗き見た阿部も「残念ですね」と呟いた。
それは御幸の盟友であった倉持洋一からだった。
今シーズン限りで引退する。みんなありがとう!
数日以内に正式に発表になるので、よろしく!
倉持の名前がついた吹き出しの中のシンプルなメッセージ。
御幸からすれば、ついにきたかという感じだ。
同世代の中でプロに進んだ者も多いが、そのほとんどが引退している。
そんな中、倉持は数少ない現役プレイヤーだ。
日本とアメリカ、離れていても頑張っている仲間がいるのは嬉しかったのに。
「もう同世代がいないなぁ。哲さんも鳴も引退しちゃったし」
御幸がしみじみとしたところで、阿部が「なぁ」と声を上げた。
違和感があったからだ。
なんで御幸の元チームメイトのメッセージを、御幸より先に三橋が知るのか。
「お前、そのメッセージ、どっから受け取った?」
「青道の、ライン、グループ」
「まだ入ってたのか?」
「うん。」
阿部が「まぁいいけど」と呆れ顔だ。
それはかつて三橋と御幸が日本で同じチームにいた時の名残だった。
御幸は今でこそスマホを持っているが、結構最近までガラケーユーザーだった。
メッセージアプリの類も使わない。
だから青道の御幸の代のグループに入ることもなく、連絡事項は1人だけメールだった。
だが三橋が御幸とチームメイトになったタイミングで、三橋を特別にグループに入れたのだ。
かくして三橋が連絡役になり、御幸にわざわざ別枠でメールを送る手間を省いたのである。
その流れで、三橋は今も青道のグループに入ったまま。
だから御幸より先に三橋が倉持の引退を知ることになった。
「つまり今でも連絡役なのか。」
「三橋。倉持に日本に帰ったら飲もうってメッセージ打って」
「わかり、ました!」
「お前はアレクサか?Siriか?OK googleか?」
ワイワイと騒ぐ中、沢村だけが静かだった。
それに気づいた三橋が「栄純、君?」と声をかける。
沢村が慌てて「何?」と聞き返してきた。
「倉持先輩、今シーズンで、引退だって」
「えええ~!?倉持先輩が~!?」
なぜか心ここにあらずだった沢村は聞いていなかったらしい。
御幸が「おい」、阿部が「今?」とツッコミを入れる。
だが沢村は「マジか~!」とワンテンポどころか十テンポくらい遅い反応だ。
かくして大事件のはずだった倉持の引退は、ここ御幸邸では妙な空気になった。
この後、三橋が倉持にメッセージを送り、また新たな珍事件のきっかけになる。
だけど今は知る由もなく、4人は倉持洋一という偉大な選手の引退を惜しんだ。
*****
これでよかったのかな。
沢村はため息とともに肩を落とした。
まさかこんな年齢になって、未だに恋に揺れるなんて思わなかった。
時間は遡り、三橋が倉持のメッセージを受信する数時間前。
沢村は御幸邸を出て、買い物に出ていた。
必要な衣類と日用品、そしてみんなで食べる菓子などを購入。
だが買い物を終え、戻ったところで声をかけられた。
「沢村さんですよね?御幸選手の後輩の」
話しかけてきたのは、胡散臭い笑顔の中年男性だった。
とりあえず日本語だったことにはホッとする。
だけどそれ以外は少しも安心できない。
「御幸選手の交際相手について、御存知ですか?」
思いもよらない質問に、沢村は呆然となった。
だがすぐに思い至った。
御幸は前に根も葉もない熱愛報道がされたとき、好きな人がいると発言した。
だがその相手は明かしていない。
つまり御幸の想い人を知ろうと躍起になっている記者も少なくないのだ。
「教えていただけませんかね?謝礼はお払いしますよ?」
ヘラヘラと笑う相手に、沢村は内心ため息をつく。
まさか「俺がそうです」とは言えない。
沢村は「知りません。すみません」と答えて、やり過ごそうとする。
だけど相手は「そんなわけないでしょう」と食い下がってきた。
「沢村さんはずっと御幸選手のお宅に滞在してますよね。」
「はぁ。はい。」
「じゃあ知ってるでしょう?」
「いや、本当に知らないです。」
沢村が早足で歩きだすと、相手も「お願いしますよ」と並んで歩き出した。
嘘がバレているのか、それとも絶対に知っていると確信しているのか。
沢村は歩調を早めながら、ウンザリした。
これが世に言う「文〇砲」とかいうヤツか?
彼らも仕事、簡単には諦めてくれないようだ。
だから仕方ないと、沢村は一気に全力でダッシュした。
そうなるとさすがについてこられないようだ。
こうして沢村は逃げるように、御幸邸に帰還したのだった。
だからそこからはボーっとしていた。
リビングでスマホを見ていたけれど、ちっとも頭に入ってこない。
チラチラと御幸の顔を見ながら「これでよかったのかな」と思う。
御幸は一時期、沢村との交際を公表しようかと迷っていた。
それは御幸なりの誠意だった。
しっかりと恋愛相手と知らしめることで、沢村の立場を確立しようと思ってくれた。
だけどデメリットを考えて、その話はなくなった。
同性愛に世間は寛容になりつつあるのかもしれないが、マイノリティなのは間違いない。
いわれのない誹謗中傷などで、沢村が傷つかないように。
だから御幸は公表するのを思いとどまったのだ。
やはり公表した方がよかったのか。
そもそも御幸と恋愛関係にあるのが、間違いなのか。
沢村はスマホを見るフリをしながら、悩んでいた。
まさかこんな年齢になって、未だに恋に揺れるなんて思わなかった。
だけどやはり御幸と別れるなんて、できそうにない。
「栄純、君?」
不意に名を呼ばれ、沢村は我に返った。
沢村が慌てて「何?」と聞き返す。
すると「倉持先輩、今シーズンで、引退だって」と告げられ、驚いた。
「えええ~!?倉持先輩が~!?」
かなり遅れた反応になり、御幸と阿部が呆れている。
いろいろと混乱した沢村は、この後の三橋の言葉を聞いていなかった。
そのことでさらに混乱するのだが、今は知る由もない。
スマホを取り出し倉持へのメッセージを打ちながら、やはり平静ではいられなかった。
*****
「何だ、これ~!?」」
沢村は絶叫し、スマホを床に落とした。
大声とスマホの落下音に驚いた三橋が、リビングに駆けこんできた。
倉持からメッセージを送ってきて、数日後。
所属している球団から、彼が今シーズンをもって引退すると発表された。
御幸ほどではないにしろ、倉持だって一流の選手なのだ。
その日の日本のスポーツニュースは軒並みこれを取り上げた。
沢村は寂しい気分で、スマホをいじっていた。
スポーツニュースをハシゴして、倉持の記事を拾い読みだ。
だがそんな中、とんでもない記事を見つけた。
見出しは「御幸選手、熱愛発覚!?」。
驚き、その記事を開いて、さらに仰天した。
記事自体は大したことはなかった。
御幸が自身のSNSで、女性とのツーショット写真を投稿したというものだ。
沢村は驚き、御幸のSNSを開いた。
ちなみに御幸のSNSは、メジャーリーガーになってから作ったものだ。
そして自分で更新しているわけではない。
多くのメジャーリーガー同様、支えてくれるスタッフがいて、一任していた。
御幸のSNSを見た沢村は、絶叫し、スマホを落とした。
騒ぎを聞きつけた三橋が、リビングに飛び込んできた。
ちなみに今は御幸はホームゲームの試合があるので、球場に行っている。
もちろん阿部も同行しており、ここにいるのは沢村と三橋だけだ。
「ど、したの?栄純君」
「こ、これ、御幸、先輩、が!」
沢村が三橋にスマホを見せる。
三橋は画面を見て、目を丸くした。
そして「何で、驚く?」と沢村を見る。
三橋は写真ではなく、驚く沢村を見て驚いていた。
「これ、オレが、加工した。」
「加工?」
「元の写真、これだよ。」
三橋は自分のスマホを取り出し、ちょいちょいと操作する。
見せられた画面に出てきたのは、良く知っている2人のツーショット。
御幸が渡米する直前に壮行会と称して集まった時に撮った写真だ。
「これ、嘘、だろ?」
沢村は動揺しながら、2つの写真を見比べた。
三橋のスマホの元の写真と、沢村のスマホの加工後の写真。
御幸の姿はまったく同じ、だけど隣の人物だけが違った。
「これ、倉持先輩」
「そ、だよ。アプリ使って、女性の顔にした。服も可愛い感じに変えて」
「すげぇ。別人。しかも美人!」
「これでパパラッチ、しばらくごまかせるよ」
「・・・そうか」
真相を知れば、何ということもない話だった。
元の写真は御幸と倉持のツーショット。
倉持の部分だけをアプリで女性に変えたのだ。
しばらくマスコミは「この女性を捜せ!」となるだろう。
現実にはいない女性を追いかけてもらうのだ。
それにバレても言い訳が立つ。
引退発表した倉持へのちょっとしたシャレだと言えば良い。
「廉、すっげぇアイディア!」
「倉持先輩から、メッセージ、来た日に、ゆったけど?」
「え?そうだっけ?」
「うん。加工写真、アップするって」
そうだったか?と沢村は首を傾げるが、思い出せない。
あの日はパパラッチっぽい男に遭遇して、動揺していたから。
でも三橋は「ちゃんと、ゆった!」と繰り返した。
「倉持先輩のSNS、逆バージョン、上がってるよ?」
「逆?」
「御幸先輩が、女性になってる、バージョン。」
慌てて倉持のSNSをチェックした沢村は吹き出した。
倉持と寄り添っている御幸が、女性にされていた。
なまじ元の顔が整っているから、超絶美人に仕上がっている。
「オレらも、やろっか?」
三橋が不意にそんなことを言い出した。
沢村はすぐに「やろう」と応じて、ニヤリと笑った。
難しく考えるより、楽しんでしまえ。
三橋を見てるとそんな気になるから不思議だ。
かくして三橋と沢村はアプリを駆使して、面白写真を量産した。
そしてそれは時折御幸のSNSを飾った。
そのたびにニュースになるけど、知ったこっちゃない。
こうして御幸邸は少しの間、写真加工ブームに沸き立った。
【続く】
「えっ!ホント、に?」
リビングでのんびりとスマホを見ていた三橋が、急に慌て始めた。
御幸が「どうした?」と、阿部が「落ち着け」と声をかける。
だが三橋はワタワタしながら「これ」とスマホを差し出した。
穏やかな午後だった。
御幸は試合も移動もないので、自宅のジムでトレーニングをした。
そしてリビングでスポーツドリンクを飲みながらクールダウン中だ。
阿部は同じくリビングで、パソコンを叩いていた。
御幸の映像やデータをチェックして、トレーニングメニューを見直している。
さらに三橋と沢村もリビングにいて、スマホを見ていた。
三橋はレシピサイトをチェック中だ。
今日の夕食は何にしようと、ネットの力を借りていたのだ。
いろいろ予定が狂って、今は御幸邸に居候状態。
だからお礼に美味しい食事を!と張り切っていた。
そんな三橋のスマホがパランと軽快な音を立てた。
メッセージアプリの受信音だ。
アプリを開き、メッセージを見た
そして「えっ!」と驚き、「ホント、に?」と声を上げる。
「どうした?」
「落ち着け」
御幸と阿部が声をかけると、三橋はスマホを差し出した。
受け取った御幸がそれを見て「マジか」と肩を落とす。
後ろから覗き見た阿部も「残念ですね」と呟いた。
それは御幸の盟友であった倉持洋一からだった。
今シーズン限りで引退する。みんなありがとう!
数日以内に正式に発表になるので、よろしく!
倉持の名前がついた吹き出しの中のシンプルなメッセージ。
御幸からすれば、ついにきたかという感じだ。
同世代の中でプロに進んだ者も多いが、そのほとんどが引退している。
そんな中、倉持は数少ない現役プレイヤーだ。
日本とアメリカ、離れていても頑張っている仲間がいるのは嬉しかったのに。
「もう同世代がいないなぁ。哲さんも鳴も引退しちゃったし」
御幸がしみじみとしたところで、阿部が「なぁ」と声を上げた。
違和感があったからだ。
なんで御幸の元チームメイトのメッセージを、御幸より先に三橋が知るのか。
「お前、そのメッセージ、どっから受け取った?」
「青道の、ライン、グループ」
「まだ入ってたのか?」
「うん。」
阿部が「まぁいいけど」と呆れ顔だ。
それはかつて三橋と御幸が日本で同じチームにいた時の名残だった。
御幸は今でこそスマホを持っているが、結構最近までガラケーユーザーだった。
メッセージアプリの類も使わない。
だから青道の御幸の代のグループに入ることもなく、連絡事項は1人だけメールだった。
だが三橋が御幸とチームメイトになったタイミングで、三橋を特別にグループに入れたのだ。
かくして三橋が連絡役になり、御幸にわざわざ別枠でメールを送る手間を省いたのである。
その流れで、三橋は今も青道のグループに入ったまま。
だから御幸より先に三橋が倉持の引退を知ることになった。
「つまり今でも連絡役なのか。」
「三橋。倉持に日本に帰ったら飲もうってメッセージ打って」
「わかり、ました!」
「お前はアレクサか?Siriか?OK googleか?」
ワイワイと騒ぐ中、沢村だけが静かだった。
それに気づいた三橋が「栄純、君?」と声をかける。
沢村が慌てて「何?」と聞き返してきた。
「倉持先輩、今シーズンで、引退だって」
「えええ~!?倉持先輩が~!?」
なぜか心ここにあらずだった沢村は聞いていなかったらしい。
御幸が「おい」、阿部が「今?」とツッコミを入れる。
だが沢村は「マジか~!」とワンテンポどころか十テンポくらい遅い反応だ。
かくして大事件のはずだった倉持の引退は、ここ御幸邸では妙な空気になった。
この後、三橋が倉持にメッセージを送り、また新たな珍事件のきっかけになる。
だけど今は知る由もなく、4人は倉持洋一という偉大な選手の引退を惜しんだ。
*****
これでよかったのかな。
沢村はため息とともに肩を落とした。
まさかこんな年齢になって、未だに恋に揺れるなんて思わなかった。
時間は遡り、三橋が倉持のメッセージを受信する数時間前。
沢村は御幸邸を出て、買い物に出ていた。
必要な衣類と日用品、そしてみんなで食べる菓子などを購入。
だが買い物を終え、戻ったところで声をかけられた。
「沢村さんですよね?御幸選手の後輩の」
話しかけてきたのは、胡散臭い笑顔の中年男性だった。
とりあえず日本語だったことにはホッとする。
だけどそれ以外は少しも安心できない。
「御幸選手の交際相手について、御存知ですか?」
思いもよらない質問に、沢村は呆然となった。
だがすぐに思い至った。
御幸は前に根も葉もない熱愛報道がされたとき、好きな人がいると発言した。
だがその相手は明かしていない。
つまり御幸の想い人を知ろうと躍起になっている記者も少なくないのだ。
「教えていただけませんかね?謝礼はお払いしますよ?」
ヘラヘラと笑う相手に、沢村は内心ため息をつく。
まさか「俺がそうです」とは言えない。
沢村は「知りません。すみません」と答えて、やり過ごそうとする。
だけど相手は「そんなわけないでしょう」と食い下がってきた。
「沢村さんはずっと御幸選手のお宅に滞在してますよね。」
「はぁ。はい。」
「じゃあ知ってるでしょう?」
「いや、本当に知らないです。」
沢村が早足で歩きだすと、相手も「お願いしますよ」と並んで歩き出した。
嘘がバレているのか、それとも絶対に知っていると確信しているのか。
沢村は歩調を早めながら、ウンザリした。
これが世に言う「文〇砲」とかいうヤツか?
彼らも仕事、簡単には諦めてくれないようだ。
だから仕方ないと、沢村は一気に全力でダッシュした。
そうなるとさすがについてこられないようだ。
こうして沢村は逃げるように、御幸邸に帰還したのだった。
だからそこからはボーっとしていた。
リビングでスマホを見ていたけれど、ちっとも頭に入ってこない。
チラチラと御幸の顔を見ながら「これでよかったのかな」と思う。
御幸は一時期、沢村との交際を公表しようかと迷っていた。
それは御幸なりの誠意だった。
しっかりと恋愛相手と知らしめることで、沢村の立場を確立しようと思ってくれた。
だけどデメリットを考えて、その話はなくなった。
同性愛に世間は寛容になりつつあるのかもしれないが、マイノリティなのは間違いない。
いわれのない誹謗中傷などで、沢村が傷つかないように。
だから御幸は公表するのを思いとどまったのだ。
やはり公表した方がよかったのか。
そもそも御幸と恋愛関係にあるのが、間違いなのか。
沢村はスマホを見るフリをしながら、悩んでいた。
まさかこんな年齢になって、未だに恋に揺れるなんて思わなかった。
だけどやはり御幸と別れるなんて、できそうにない。
「栄純、君?」
不意に名を呼ばれ、沢村は我に返った。
沢村が慌てて「何?」と聞き返す。
すると「倉持先輩、今シーズンで、引退だって」と告げられ、驚いた。
「えええ~!?倉持先輩が~!?」
かなり遅れた反応になり、御幸と阿部が呆れている。
いろいろと混乱した沢村は、この後の三橋の言葉を聞いていなかった。
そのことでさらに混乱するのだが、今は知る由もない。
スマホを取り出し倉持へのメッセージを打ちながら、やはり平静ではいられなかった。
*****
「何だ、これ~!?」」
沢村は絶叫し、スマホを床に落とした。
大声とスマホの落下音に驚いた三橋が、リビングに駆けこんできた。
倉持からメッセージを送ってきて、数日後。
所属している球団から、彼が今シーズンをもって引退すると発表された。
御幸ほどではないにしろ、倉持だって一流の選手なのだ。
その日の日本のスポーツニュースは軒並みこれを取り上げた。
沢村は寂しい気分で、スマホをいじっていた。
スポーツニュースをハシゴして、倉持の記事を拾い読みだ。
だがそんな中、とんでもない記事を見つけた。
見出しは「御幸選手、熱愛発覚!?」。
驚き、その記事を開いて、さらに仰天した。
記事自体は大したことはなかった。
御幸が自身のSNSで、女性とのツーショット写真を投稿したというものだ。
沢村は驚き、御幸のSNSを開いた。
ちなみに御幸のSNSは、メジャーリーガーになってから作ったものだ。
そして自分で更新しているわけではない。
多くのメジャーリーガー同様、支えてくれるスタッフがいて、一任していた。
御幸のSNSを見た沢村は、絶叫し、スマホを落とした。
騒ぎを聞きつけた三橋が、リビングに飛び込んできた。
ちなみに今は御幸はホームゲームの試合があるので、球場に行っている。
もちろん阿部も同行しており、ここにいるのは沢村と三橋だけだ。
「ど、したの?栄純君」
「こ、これ、御幸、先輩、が!」
沢村が三橋にスマホを見せる。
三橋は画面を見て、目を丸くした。
そして「何で、驚く?」と沢村を見る。
三橋は写真ではなく、驚く沢村を見て驚いていた。
「これ、オレが、加工した。」
「加工?」
「元の写真、これだよ。」
三橋は自分のスマホを取り出し、ちょいちょいと操作する。
見せられた画面に出てきたのは、良く知っている2人のツーショット。
御幸が渡米する直前に壮行会と称して集まった時に撮った写真だ。
「これ、嘘、だろ?」
沢村は動揺しながら、2つの写真を見比べた。
三橋のスマホの元の写真と、沢村のスマホの加工後の写真。
御幸の姿はまったく同じ、だけど隣の人物だけが違った。
「これ、倉持先輩」
「そ、だよ。アプリ使って、女性の顔にした。服も可愛い感じに変えて」
「すげぇ。別人。しかも美人!」
「これでパパラッチ、しばらくごまかせるよ」
「・・・そうか」
真相を知れば、何ということもない話だった。
元の写真は御幸と倉持のツーショット。
倉持の部分だけをアプリで女性に変えたのだ。
しばらくマスコミは「この女性を捜せ!」となるだろう。
現実にはいない女性を追いかけてもらうのだ。
それにバレても言い訳が立つ。
引退発表した倉持へのちょっとしたシャレだと言えば良い。
「廉、すっげぇアイディア!」
「倉持先輩から、メッセージ、来た日に、ゆったけど?」
「え?そうだっけ?」
「うん。加工写真、アップするって」
そうだったか?と沢村は首を傾げるが、思い出せない。
あの日はパパラッチっぽい男に遭遇して、動揺していたから。
でも三橋は「ちゃんと、ゆった!」と繰り返した。
「倉持先輩のSNS、逆バージョン、上がってるよ?」
「逆?」
「御幸先輩が、女性になってる、バージョン。」
慌てて倉持のSNSをチェックした沢村は吹き出した。
倉持と寄り添っている御幸が、女性にされていた。
なまじ元の顔が整っているから、超絶美人に仕上がっている。
「オレらも、やろっか?」
三橋が不意にそんなことを言い出した。
沢村はすぐに「やろう」と応じて、ニヤリと笑った。
難しく考えるより、楽しんでしまえ。
三橋を見てるとそんな気になるから不思議だ。
かくして三橋と沢村はアプリを駆使して、面白写真を量産した。
そしてそれは時折御幸のSNSを飾った。
そのたびにニュースになるけど、知ったこっちゃない。
こうして御幸邸は少しの間、写真加工ブームに沸き立った。
【続く】