「おお振り」×「◆A」15年後

【熱愛報道】

「「三橋さ~ん!沢村さ~ん!」」
顔なじみのテレビスタッフが、駆け寄ってくる。
帰ろうとしていた2人は足を止め、顔を見合わせた。

ハワイにやって来た沢村と三橋は、わかりやすく観光を楽しんでいた。
日本人がハワイに来たら、絶対来るだろうショッピングモールを散策する。
その最中に、日本人の一団に声をかけられたのだ。
前に2人がバラエティ番組に出演したときのテレビスタッフだ。
もちろん彼らは旅行ではなく、撮影のために来ているのだ。

「うわ。すごい偶然だなぁ。ねぇ2人とも野球やらないですか?」
人懐っこいディレクターが、笑顔で誘ってくる。
彼らは今日の分の撮影が終わり、後は自由時間だという。
三橋と沢村は元気よく「「やりたいです!」」と答えた。
投げるの大好きな2人、野球の誘いをことわるという選択肢はない。

そして2人は大いに楽しんだ。
メンバーはテレビタレントとスタッフ、もちろんレベルは高くない。
せいぜいちょっと上手い草野球という感じだ。
だけど久しぶりにボールを投げるのは、嬉しかった。
バッティングだって、素人相手ならまぁまぁ打てる。
久しぶりにしっかりと野球をしたという実感があった。

「楽しかった、です。」
「あざぁ、した!」

緩い試合が終わった後、三橋と沢村は頭を下げた。
汗をかいたし、さっさと引き上げよう。
滞在している三橋家所有のリゾートマンションはバスルームも豪華だ。
シャワーで汗を流して、いやその前に敷地内のプールで泳ぐのもいいかもしれない。
だが立ち去ろうとした2人に「三橋さ~ん!沢村さ~ん!」」と声がかかった。

「このまま番組に出てもらえませんか?」
番組スタッフの1人が駆け寄ってきて、そう言った。
2人は気付かなかったが、野球の様子も撮影をしていたらしい。
三橋と沢村は一瞬、顔を見合わせる。
だが三橋は首を振り、沢村が「すみません」と頭を下げた。

「プライベートの旅行だし、今はタレント活動もしていないんで」
沢村が固辞すると、相手の表情が変わった。
かすかな不機嫌さを匂わせているのを見て、悟る。
最初から下心込みで、野球に誘ったのだ。
歪めた口元から「この流れで断るのか」という不満が漏れている。

「あのさ。今の野球の映像だけ使ってOK、ってことにしたら?」
険悪な雰囲気になりかけたのを察した三橋がそう言った。
沢村は「え~?」と声を上げたが、確かにそれが一番穏便だと思った。
野球をしようという言葉に釣られて、迂闊にも撮られてしまった。
それならもうそこで線を引いた方が、角が立たない。

「そういうことでいいっすか?」
沢村が渋々という感じで切り出すと、相手も「仕方ないっすね」と折れた。
この時点で、三橋も沢村も気づいていない。
2人がこの旅を始めた頃、勝手に撮影されてアップされた動画が日本で話題になっている。
つまり今の2人は日本のテレビ業界では需要があると見なされていたのだ。

「それじゃこれで。」
今度こそ立ち去ろうとしたところで、今度は若い女性が駆け寄ってきた。
最近人気が出てきたアイドルタレントだ。
沢村は内心「こいつナントカ坂だっけ?」と首を傾げる。
三橋に至ってはまったく知らなかった。

「私、三橋さんが好きなんです。この後夕食でも!」
彼女は三橋の前に立ち、やや伏し目がちに見上げた。
おそらく可愛く見える角度や表情は計算済みだろう。
三橋は未だに少年っぽい可愛らしい見た目だし、家が裕福であることも知られている。
つまり女子からすれば、まずまずの狙い目なのだ。

ちゃんとことわれるか?
すっかり兄目線で心配になった沢村だが、三橋は冷静だった。
困ったように笑いながら「ごめんなさい」と頭を下げる。
かのアイドルは「え~?」と舌足らずな甘え声を出すが、三橋は動じなかった。

「好きな人、いるから。誤解されたくないんです。」
三橋はきっぱりと言い切って、さっさと歩き出した。
沢村はニカっと笑うと「それじゃ」と手を振って、三橋の後を追う。
後には間抜けな顔のアイドルが残されたが、フォローする者はいなかった。

*****

『廉、すっげぇカッコよかったんだぜ~!』
スマホの中で、なぜかドヤ顔の沢村の声が響く。
御幸はニヤニヤ笑いながら、絶句する阿部を肘で小突いた。

試合がなく、自宅で寛いでいた御幸に沢村から連絡があった。
スマホ経由のビデオ通話だ。
沢村の横には当然三橋もいて、御幸も阿部を隣に座らせた。
つまり4人のオンライントークである。

話題はとあるバラエティ番組の宣伝動画だった。
もうタレント活動はしないはずの沢村と三橋が出ていた。
沢村はその釈明を始めたのだ。
見知ったテレビスタッフに出会い、草野球に誘われた。
そのまま流れで出演させられそうになり、仕方なく草野球の画像だけ放送OKにしたと。
きっぱり拒否しなかったのは、大人の対応。
この先何があるかわからないし、敵は少ない方が良いのだ。

『っていうか、俺らにも非があるよ。野球に誘われてホイホイ乗っちゃって』
『うん。やりたくなっちゃった、もんね』

神妙な顔をする2人に御幸と阿部は笑った。
心配になるほど無防備な彼らだが、少しは成長しているらしい。
今回も罠に嵌りかけたようだが、まぁ良しとしてやろう。
どうやら少しは反省もしているようだから。

「他に何も変わったことはなかったか?」
御幸は苦笑しながら、さらに話題を振ってみる。
すると途端に三橋が慌て始めた。
そして沢村がニヤニヤしている。
アラサーなのに、こんなにわかりやすくて大丈夫か。
御幸はやや不安になりながら「何?」と促した。

『廉がさぁ、アイドルに口説かれたんだよ!』
「ハァ!?」

デカい声で反応し身を乗り出したのは、ずっと黙っていた阿部だ。
三橋が『別に口説かれたわけじゃ』とオロオロしている。
だが沢村は『好きって言われたじゃん!』と笑い飛ばした。

「何だよ。アイドルって誰?」
阿部が不機嫌に会話に割り込んだ。
御幸が「顔、怖すぎ」と茶化す。
沢村が明るく話す時点で、心配ない話だとはわかってる。
だけどやはり気分は良くないだろう。

『何だっけ。ナントカ坂の最近よくテレビに出てる子』
「誰だか全然わかんねぇ」
『廉に好き~!一緒にご飯行こう~!って』
『栄純君!』

沢村は完全に面白がり、三橋は完全に困っている。
御幸は見かねて「で?」と先を促した。
すると沢村が『カッコ良くフッたよ!』と笑った。

『好きな人がいて誤解されたくないから~ってことわってた』
『だって、ホントだし?』
『アイドルなんか目じゃないよな!』
『もう、恥ずかしい、から!』
『廉、すっげぇカッコよかったんだぜ~!』

スマホの中で、なぜかドヤ顔の沢村の声が響く。
御幸はニヤニヤ笑いながら、絶句する阿部を肘で小突いた。
だが内心、阿部には同情する。
確かにアイドルにそんな決めゼリフを言い放つ三橋はカッコ良いだろう。
思わず惚れ直して、照れて、リアクションに困る気持ちは理解できる。

『話題変わるけどさ、三橋家所有のマンション、すごいよ!?』
「へぇ。そんなに豪華なの?」
『もはや城だよ!』
『一部屋だけ、だよ?』
『その一部屋がデカいんだよ!それにプールやジムもあるし』
『次は、4人で、来ようね!』

ケラケラとはしゃぐ沢村と三橋を見て、御幸も阿部も笑った。
シーズンオフにハワイもありかと、思わず頬が緩む。
この数日後、今度は御幸がちょっとしたトラブルに見舞われる。
だが今は知る由もなく、4人はオンライン越しに笑っていた。

*****

「嘘だろ。。。」
スマホをガン見していた沢村が、呻く。
三橋は沢村の肩を叩き「嘘に決まってる」と声をかけた。

草野球の日から数日。
沢村と三橋はハワイ観光を楽しんでいた。
ダイヤモンドヘッドに登り、ココヘッドトレイルを歩き、カメハメハ大王像を見た。
カカアコエリアで映え写真も撮った。
ファーマーズマーケットで買い出しをして、楽しく自炊した。
某家電メーカーのCMでおなじみの「気になる木」も見た。
つまりコテコテ定番のオアフ島を満喫していたのだ。

さて次はどうするか?
もう少しハワイを楽しむか、それとも一度御幸邸に戻るか。
他の島にも行きたい、アメリカ本土にもまだ見たい場所はある。
どうしたものかと思ったところで、衝撃的なニュースが出た。
メジャーリーガー御幸一也と人気女性アーティストの熱愛報道だった。

「嘘だろ。。。」
スマホをガン見していた沢村が、呻いた。
相手は白人女性で、アメリカだけではなく世界的に有名な歌姫だった。
2人が仲睦まじく腕を組んで歩く動画と、愛を囁き合う会話の音声が出たのだ。
動画も声も間違いなく御幸本人と思えた。

「嘘に決まってる」
三橋は動揺する沢村の肩を叩いて、そう言った。
だが沢村は「ホントにそう思う?」と聞き返した。
いつもの豪快で元気な彼らしからぬ不安げな様子に、三橋は驚く。
だがすぐに気を取り直して「そう思うよ」と答えた。

「写真も、音声も。いくらでも作れるよ。今はAIとか?」
「AI」
「そう。ディープフェイクって、やつ。」
「フェイク。そっか。だよな。」

三橋の見解に、沢村は少し落ち着きを取り戻した。
それを裏付けるように、スマホが鳴る。
沢村は相手を確認し、飛びつくように通話ボタンを押した。
その様子を見て、三橋は察した。

「とりあえず、帰ろう?」
三橋が通話を終えた沢村にそう言った。
このニュースがとんでもない誤報であり、御幸もちゃんと説明しただろう。
だけどやはり不安なはずだ。
沢村は「そうしていいか?」と聞いてきた。
もう少しハワイ観光したいと話していた矢先だったからだ。
だけど三橋は「一度御幸先輩の家に帰ろう」と繰り返した。

「うん。ありがとう。ごめんな。廉」
「いいって。本土にも行きたい場所あるし。」
「そうじゃなくて。この間、アイドルが廉にコクったって茶化したじゃん」
「え?ああ。あれ」
「廉がアイドルなんかと浮気するはずないのに、俺面白がった」

ああ、そのことか。
三橋は納得して、頷いた。
根も葉もないことを口にして、面白がった。
それが今、この状況で申し訳なくなったらしい。
三橋は「気にしなくていいって」と笑った。

「面白がって、いいよ。だって、嘘、なんだから」
「そうか?」
「うん。だから帰って、御幸先輩のこと、揶揄って、笑おう?」
「は?」
「だって、嘘だもん。笑い話に、しちゃおうよ。」

元気づけるなんてガラじゃない三橋だが、これだけは言いたかった。
三橋の目から見たって、御幸は絶対に浮気なんかしないと断言できる。
だからこれは笑い話なのだ。
揶揄って茶化して、それで終わる些細で些末なこと。

「ありがとな。」
ようやく本心からの笑顔になった沢村が礼を言った。
三橋は「気にしないで」と笑い返して、2人して荷造りを始めた。
冷蔵庫の中を整理し、部屋を掃除し、飛行機のチケットを手配する。
そして空港に向かう途中で、このニュースの続報を聞いた。

御幸は所属球団を通じて、コメントを出した。
出回った動画や音声は身に覚えのないことであること。
そして動画と音声は専門機関に分析を頼み、フェイクであると断定できたこと。
さらにこれらを制作、または拡散した者を告訴することもだ。
そしてコメントは「好きな人がいるから誤解されたくない」と締めくくられていた。

「御幸先輩、廉のセリフをパクったな。」
コメントをすべて読んだ沢村が、ニヤニヤしていた。
三橋は「そう、だね」と苦笑する。
こうして2人はハワイを離れ、アメリカへと戻ってきたのだった。

【続く】
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