「おお振り」×「◆A」15年後

【バカンスに行こう!】

「「バカンス~!?」」
リビングで寛いでいた御幸と阿部の絶叫が重なった。
だがその原因たる2人はご機嫌で、完全に浮かれていた。

アメリカ放浪旅を続ける三橋と沢村は、まだ御幸邸にいた。
いろいろトラブルはあり、御幸と阿部には説教された。
連絡は絶やさない、危ないことはしない。
まるで子供に諭すように言われてしまった。

三橋も沢村も同意した。
今は人生の休憩時間、気ままな旅を楽しみたい。
そうは思っているけれど、御幸や阿部を心配させるのは本意ではない。
だから2人は旅のプランを大幅に変えた。

2人の当初の予定は非常にざっくりしたものだった。
一筆書きの要領で、アメリカの主要都市を回る。
一応東海岸から南下して、さらに西海岸かな?くらいに考えていた。

だがこれをやめて、御幸邸をベースにすることに決めた。
御幸邸から行きたい場所を決めて出かけ、また戻る。
そしてまた次に行きたい場所に向かい、また戻る。
それを繰り返すことにしたのだ。

御幸も阿部もこれには大賛成だった。
日本を出てから好奇心のままに行動していた2人は連絡もままならない。
しかもたまにおかしな動画を撮られて、動向を知らされていたのだ。
それはそれで面白いけど、心配ではある。
だから定期的に顔を見せに来るのは大歓迎だった。

そんなこんなで話はまとまり、三橋と沢村はまた旅に出ることになった。
だがその行き先を聞いた御幸と阿部は絶叫することになる。
なんと2人はバカンスに行くなんて言い出したのだから。

「バカンスって」
「ハワイ、行って、きます!」
「ハワイ?」
「じぃちゃんのじぃちゃんの別荘があるんだって!」
「別荘じゃなくて、マンション、だよ?」

一連のやり取りを聞いた御幸は、阿部を見た。
視線だけで「お前、知ってたか?」と問う。
三橋の祖父がハワイに別荘またはマンションを持っている件だ。
それを察知した阿部は、静かに首を振った。
初耳の情報である。
だが三橋家の金持ちっぷりは今さらで、もう驚かない。

「「南の島の大王は~♪その名も偉大なハメハメハ~♪」」
呆然とする御幸と阿部の前で、三橋と沢村は軽快に歌い出した。
どうやら2人の間では、もう決定事項なのだ。
そしてすでにテンションは上がっているようだ。

「お土産って、やっぱりマカダミアナッツ?」
「ト定番過ぎねぇ?

2人はなおもキャラキャラと盛り上がっていた。
こうなればもう仕方ない。
御幸はため息をつくと、すぐに「2人とも」と声をかけた。

「向こうにいったら?」
「「連絡を欠かさない!危ないことはしない!」」

御幸が掛け声よろしく振れば、2人は綺麗にハモった。
阿部がボソっと「主将ですねぇ」と呟く。
御幸は「それは言うな」と反論しながら、はしゃぐ2人を見た。
これが可愛いと思えてしまえるんだから、もう仕方ない。

かくして三橋と沢村の旅路の次の目的地が決まった。
そしてその翌日、2人は念願のバカンスに向かったのだった。

*****

「もはや日本だな。」
ハワイ最大のショッピングモールで、沢村は開口一番そう言った。
三橋も辺りを見回しながら「日本人、多いね」と頷いた。

三橋と沢村はホノルルに到着した。
ハワイにはいくつか島があるが、最初にくるのはまずこの地だろう。
宿泊地はアラモアナ。
ここには三橋の祖父が所有するマンションがある。

ちなみに所有しているのは、リゾートマンションの一室である。
とはいえ普通に家族で来るには、充分な広さだ。
2人ならむしろ広すぎる間取りだった。

「大したことないでしょ?」
三橋はそう言って、苦笑した。
マンション所有と聞いて、沢村は最初マンション1棟を持っていると思ったのだ。
だけど実際は部屋1つだけなのだと、謙遜している。

でも沢村からすれば、超豪華マンションだった。
外見も高級感漂うデザイン。
ホノルルの一等地という素晴らしい立地。
さらにマンション内には、住人だけ使えるプールやジムがある。
これが自宅でなく、たまにしか来ない別宅なのだ。

「いや。すげぇよ。間取りも広いし、家具とかもすげぇ。」
「そう?よかった。」
「よろしくお礼を言っといてくれよ。すごいとこ泊まれて嬉しいって。」
「じぃちゃんに、伝えとく。きっと、喜ぶよ」
「キッチンとかもデカいな。料理好きの人は楽しいかも」
「ああ。泊まりに、来たときは、出張シェフ?呼ぶんだ。」
「・・・」

もう何も言わん。
沢村は密かにそう誓った。
時々忘れてしまうけど、三橋はなかなかのおぼっちゃまなのだ。
でもそれで三橋との関係が変わることはないが。
なぜなら三橋は良いヤツで、可愛い弟分なのだから。

そして2人は荷物を置くと、さっそく街に繰り出した。
すぐ近くには、ハワイ最大のショッピングモールがある。
だがここを訪れた2人は同じ感想を持った。
曰く「もはや日本だ」と。

立ち並ぶ店は多種多様だが、日本から出店している店もまぁまぁある。
そして日本人が多い。
観光シーズンは少し外しているが、それでも日本語の会話があちこちから聞こえる。

「何、食べよっか?」
「とりあえず全部美味そうだな。」

三橋と沢村は通りを闊歩しながら、店を物色していた。
好き嫌いはないがハワイでの最初の食事、しっかり選びたい。
だがそこで2人は聞き覚えのある声に呼び止められた。

「あれ~?沢村さんと三橋さん?」
「あ、ども」
「こ、こんにちは」

声の主はテレビ局のディレクターだった。
2人は旅立つ前に、テレビのバラエティ番組に一緒に出演した。
そのときのスタッフだ。

「うわ。すごい偶然だなぁ。ねぇ2人とも野球やらないですか?」
人懐っこいディレクターが、笑顔で誘ってくる。
三橋と沢村は数秒ほど考えた後「「やりたいです!」」とハモった。

*****

「ったく、何やってんだ。。。」
阿部が頭を抱え、御幸はため息をつく。
まさかのリゾート地で、彼らの恋人たちはまたやらかしていた。

三橋と沢村が御幸邸から旅立ってから数日後。
御幸はシーズン中であり、野球漬けの毎日だ。
専属トレーナーである阿部は常に帯同し、念入りにケアしている。

そんなとき御幸にかつてのチームメイトからメッセージが届いた。
御幸が主将のときに、副主将であった倉持だ。
ニヤニヤ笑う絵文字にデコられた文面は「これ、見た?」。
添付されたURLをクリックすると、動画に辿り着いた。

映っていたのは、野球の試合だった。
といってもプロの試合ではなく、草野球だ。
ボールも硬式のものではなく、軟らかいものだろう。
ユニフォームすら来ておらず、全員ラフなTシャツ姿だ。

素人の野球好きが、空き地で草野球をしている。
そんなレベルなのだが、それだけではなかった。
プレイをしている面々にチラチラと知っている顔がある。
テレビで見たことがある、芸能人だ。

そしてそんな中、ひと際目立つ2人はいた。
言うまでもない、沢村と三橋である。
なぜかこの草野球に加わっているのである。

「それ、日本のバラエティ番組の公式サイトですね。」
後ろから御幸のスマホを覗き込んだ阿部が、そう言った。
御幸が「そうなの?」と聞き返す。
すると阿部が「ほら、三橋と沢村が出演したヤツ」と答えた。

「なるほど」
御幸がうなづきながら、動画のコメント欄を見る。
すると番組ロケでハワイに来ましたと注意書きがあった。
そして以前出演した2人と草野球をしたと。
つまり番組のPR動画に、2人がゲスト出演しているのである。

「結局何やってんだ」
御幸は深い深いため息をついた。
阿部が「この2人ですから」と苦笑する。
ちゃんと連絡しろと言ったのに。
いや連絡はあったのだ。
だけどこんな形で動画に出るなんて、一言もなかった。

「引退したとはいえ、プロですね。」
阿部が動画を見ながら、そう言った。
御幸は「だな」と頷く。
今までは沢村がマウンドにいた。
だが攻守が交代になって、今は三橋がマウンドにいる。
そんな2人は、妙に目立っていた
周りとはレベルが違うから、プレイが際立っているのだ。

「それにしても楽しそうだな」
御幸は2人の表情を見ながら、そう言った。
阿部は「草野球だからっすかね?」と笑う。
学生時代のような、負けたら終わりの試合ではない。
プロのように貪欲に勝ちを求める試合でもない。
ただただ楽しむだけの試合なのだ。
だから三橋も沢村も心からの笑顔で笑っている。

「俺がああいう野球をできるのは、まだ先だな。」
阿部が苦笑と共に、そう言った。
羨ましくないと言えば、嘘になる。
だけど年齢を重ねてなおトップレベルでプレイできる今は、実に幸運なのだ。

「とりあえず元気なことはわかったから、いいんじゃないすか?」
「だな。後はマカデミアナッツを待とう。」

2人はそんなことを言い合い、動画を閉じた。
楽しそうに笑っていたから、まぁ良し。
後は無事な帰還を待つだけである。

【続く】
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