「おお振り」×「◆A」
【3日目、試合終盤!】
やっとかよ。
ホームベースを踏んだ御幸は、大きく安堵のため息をついた。
西浦高校との練習試合はついに9回に突入した。
8回が終わった時点で5対4、青道が1点リードしている。
御幸はヒットが1本、四球が1回。
だが点数には結びついていなかった。
ったく、こりゃ後で説教されそうだな。
御幸はチラリと片岡の横顔を盗み見て、そう思った。
三橋がオーバーペースで投げているのは、もはや間違いない。
だが少しも手を緩めることもなく、渾身の投球を続けている。
青道打線はポツポツと点を取れてはいるが、爆発という感じにはなっていなかった。
しかも降谷は5回で降板だ。
これは予定通りではなく、今日は行けるところまで降谷で行こうと思っていたのだ。
だが降谷は三橋の投球に影響されたのか、調子が悪かった。
それに配球を読まれて打たれたと思われるヒットも何本かある。
御幸にしてみれば、うまく波に乗らせてもらえないようなもどかしさがあった。
そして9回、御幸はネクストバッターズサークルで打席を待った。
御幸の前の3番、前園は最後の打席と力んだのか、三球三振に終わった。
さて自分の番だと力んだ大振りだ。
沢村が「何やってんすか!」と叫んでいる声が聞こえた。
うるせーし。
バッターボックスに向かおうと立ち上がった御幸は、沢村が両手でフェンスを握りしめているのを見た。
あのバカ、投手の手を何だと思ってる!
慌てて声を上げようとする前に、クリスが沢村に何かを話しかける。
すると沢村はフェンスから手を離して「あざっす!」と頭を下げた。
クリスが御幸より先に注意してくれたのだろう。
だがホッとする気持ちと同じだけ、何とも微妙な気分になった。
あいつ、俺よりクリス先輩になついてるもんな。
御幸は苦笑しながら、打席に入る。
皮肉なもので、何だかうまく力が抜けた。
思い切り振ったバットは打球を捕え、見事にバックスクリーンに消えていく。
ダメ押しのソロホームランだ。
やっとかよ。
ホームベースを踏んだ御幸は、大きく安堵のため息をついた。
これで2点差、この裏の西浦の攻撃を押さえれば勝ちだ。
*****
このままでは終わらせてくれるなよ!
阿部はベンチの中で、ただただ声を張り上げていた。
2点リードされた9回の裏、打順は9番の三橋からだった。
三橋の辺りはボテボテの当たりそこねだったが、全力で一塁に駆け込む内野安打。
そして1番はレフト前に浅いヒットを打ち、ノーアウト1、2塁だ。
栄口がバントでランナーを2、3塁に送った。
だが3番の巣山は凡退し、ツーアウト、ランナー2、3塁になった。
まったくこれは大きな反省だ。
阿部はもう何度したかわからない後悔を繰り返した。
西浦はかなり力を入れて、降谷対策をした。
昨日先発の沢村対策もそれなりにしたつもりだ。
だが今日のリリーフ、川上の対策は充分ではなかったのだ。
決して舐めていたつもりはない。
1年生2人の印象が強すぎて、川上の印象は薄かった感は否めない。
あまり経験のないサイドスローの投手に、西浦打線は思いのほか戸惑った。
その結果が9回のこの点差だ。
オレのリードもまだまだだ。
阿部は捕手としても、反省すべき点を痛感した。
青道のように何人も投手がいれば、交代させることで流れを変えられる。
ガラッと違う投球をされれば、なかなか慣れないものだ。
だが西浦は三橋しかいない。
だからこそもっと考えなければならないのだ。
ピンチの時に流れを変えられるような配球を工夫しなければ。
そういう意味で、今日の試合は得るものも大きかった。
阿部は三塁にいる三橋を見ながら、そう思った。
青道なんて強豪と試合を組めたのは幸運だった。
死力を振り絞った勝負だから、いろいろと学ぶことができる。
そして最後、勝利で飾れれば言うことなし。
ここまで頑張った三橋を、何としても勝たせたい。
そしてバッターボックスは、我らが4番田島様だ。
このままでは終わらせてくれるなよ!
阿部はベンチの中で、ただただ声を張り上げていた。
今、阿部にできることはもうそれしかないのだ。
まずは同点、そして逆転。
そして田島のバットは、川上のボールを捕えた。
「やった~!」
「回れ!走れ!」
三橋と泉は全力で塁を蹴り、田島もバットを捨てて一塁へ走る。
西浦ベンチは一気にわき返り、全員が全力で叫んでいた。
*****
まじかよ!
9回裏、最後の最後で起きたドラマに、沢村は身を乗り出した。
沢村にとってこの試合は、精神衛生上、実によくないものだった。
何ともモヤモヤと落ちつかない気分になる。
理由は、西浦のバッテリー、阿部と三橋のせいだった。
とにかく阿部は過保護というか、常に三橋を気を配っている。
話しかけるだけでなく、手に触ってチェックしたり、スポーツドリンクを渡したりする。
さほど注意をしていなくても、そんな光景が目に入って来るのだ。
御幸だって、沢村を含め、投手には気にかけているのはわかる。
だけどそれは沢村1人に向けられるものではない。
降谷、川上、そして沢村。
やはり登板する投手が最優先になるのは、間違いない。
そう、御幸の気持ちを独り占めできないことを思い知らされたのだ。
この感情の正体は、沢村にはよくわからない。
だけど人に話せるものではなく、心に秘めておくべきだということはわかった。
だからこうして応援にかこつけて、声を張り上げている。
もちろん青道の勝利を願っているのは、間違いない。
だから叫んでいる間だけは、余計な雑念は消える。
そしてようやく試合が終わると思った。
9回表に御幸のダメ押しのホームランが出て、2点差。
このまま逃げ切れると思ったのだ。
だが最終回、ついに川上が捕まった。
ツーアウト2、3塁で、4番に回ったのだ。
まじかよ!
9回裏、最後の最後で起きたドラマに、沢村は身を乗り出した。
田島の当たりは、ライトの頭を越えるヒット。
三橋、泉が本塁を踏んで、同点に追いついた。
三塁コーチの手が回り、打った田島は三塁に向かって全力疾走だ。
そしてライト白洲からの返球も、三塁へと送られる。
残念ながら、もう青道の勝ちはない。
この試合は練習試合と言うこともあり、延長はしないことになっているのだ。
つまりこの田島がホームまで戻れれば西浦の勝ち、アウトならば引き分けで終わりだ。
田島が滑り込み、サードの金丸がタッチに行く。
全員が固唾を飲んで、審判のコールを待った。
アウトか、セーフか。
この試合最大のクライマックスだ。
【続く】
やっとかよ。
ホームベースを踏んだ御幸は、大きく安堵のため息をついた。
西浦高校との練習試合はついに9回に突入した。
8回が終わった時点で5対4、青道が1点リードしている。
御幸はヒットが1本、四球が1回。
だが点数には結びついていなかった。
ったく、こりゃ後で説教されそうだな。
御幸はチラリと片岡の横顔を盗み見て、そう思った。
三橋がオーバーペースで投げているのは、もはや間違いない。
だが少しも手を緩めることもなく、渾身の投球を続けている。
青道打線はポツポツと点を取れてはいるが、爆発という感じにはなっていなかった。
しかも降谷は5回で降板だ。
これは予定通りではなく、今日は行けるところまで降谷で行こうと思っていたのだ。
だが降谷は三橋の投球に影響されたのか、調子が悪かった。
それに配球を読まれて打たれたと思われるヒットも何本かある。
御幸にしてみれば、うまく波に乗らせてもらえないようなもどかしさがあった。
そして9回、御幸はネクストバッターズサークルで打席を待った。
御幸の前の3番、前園は最後の打席と力んだのか、三球三振に終わった。
さて自分の番だと力んだ大振りだ。
沢村が「何やってんすか!」と叫んでいる声が聞こえた。
うるせーし。
バッターボックスに向かおうと立ち上がった御幸は、沢村が両手でフェンスを握りしめているのを見た。
あのバカ、投手の手を何だと思ってる!
慌てて声を上げようとする前に、クリスが沢村に何かを話しかける。
すると沢村はフェンスから手を離して「あざっす!」と頭を下げた。
クリスが御幸より先に注意してくれたのだろう。
だがホッとする気持ちと同じだけ、何とも微妙な気分になった。
あいつ、俺よりクリス先輩になついてるもんな。
御幸は苦笑しながら、打席に入る。
皮肉なもので、何だかうまく力が抜けた。
思い切り振ったバットは打球を捕え、見事にバックスクリーンに消えていく。
ダメ押しのソロホームランだ。
やっとかよ。
ホームベースを踏んだ御幸は、大きく安堵のため息をついた。
これで2点差、この裏の西浦の攻撃を押さえれば勝ちだ。
*****
このままでは終わらせてくれるなよ!
阿部はベンチの中で、ただただ声を張り上げていた。
2点リードされた9回の裏、打順は9番の三橋からだった。
三橋の辺りはボテボテの当たりそこねだったが、全力で一塁に駆け込む内野安打。
そして1番はレフト前に浅いヒットを打ち、ノーアウト1、2塁だ。
栄口がバントでランナーを2、3塁に送った。
だが3番の巣山は凡退し、ツーアウト、ランナー2、3塁になった。
まったくこれは大きな反省だ。
阿部はもう何度したかわからない後悔を繰り返した。
西浦はかなり力を入れて、降谷対策をした。
昨日先発の沢村対策もそれなりにしたつもりだ。
だが今日のリリーフ、川上の対策は充分ではなかったのだ。
決して舐めていたつもりはない。
1年生2人の印象が強すぎて、川上の印象は薄かった感は否めない。
あまり経験のないサイドスローの投手に、西浦打線は思いのほか戸惑った。
その結果が9回のこの点差だ。
オレのリードもまだまだだ。
阿部は捕手としても、反省すべき点を痛感した。
青道のように何人も投手がいれば、交代させることで流れを変えられる。
ガラッと違う投球をされれば、なかなか慣れないものだ。
だが西浦は三橋しかいない。
だからこそもっと考えなければならないのだ。
ピンチの時に流れを変えられるような配球を工夫しなければ。
そういう意味で、今日の試合は得るものも大きかった。
阿部は三塁にいる三橋を見ながら、そう思った。
青道なんて強豪と試合を組めたのは幸運だった。
死力を振り絞った勝負だから、いろいろと学ぶことができる。
そして最後、勝利で飾れれば言うことなし。
ここまで頑張った三橋を、何としても勝たせたい。
そしてバッターボックスは、我らが4番田島様だ。
このままでは終わらせてくれるなよ!
阿部はベンチの中で、ただただ声を張り上げていた。
今、阿部にできることはもうそれしかないのだ。
まずは同点、そして逆転。
そして田島のバットは、川上のボールを捕えた。
「やった~!」
「回れ!走れ!」
三橋と泉は全力で塁を蹴り、田島もバットを捨てて一塁へ走る。
西浦ベンチは一気にわき返り、全員が全力で叫んでいた。
*****
まじかよ!
9回裏、最後の最後で起きたドラマに、沢村は身を乗り出した。
沢村にとってこの試合は、精神衛生上、実によくないものだった。
何ともモヤモヤと落ちつかない気分になる。
理由は、西浦のバッテリー、阿部と三橋のせいだった。
とにかく阿部は過保護というか、常に三橋を気を配っている。
話しかけるだけでなく、手に触ってチェックしたり、スポーツドリンクを渡したりする。
さほど注意をしていなくても、そんな光景が目に入って来るのだ。
御幸だって、沢村を含め、投手には気にかけているのはわかる。
だけどそれは沢村1人に向けられるものではない。
降谷、川上、そして沢村。
やはり登板する投手が最優先になるのは、間違いない。
そう、御幸の気持ちを独り占めできないことを思い知らされたのだ。
この感情の正体は、沢村にはよくわからない。
だけど人に話せるものではなく、心に秘めておくべきだということはわかった。
だからこうして応援にかこつけて、声を張り上げている。
もちろん青道の勝利を願っているのは、間違いない。
だから叫んでいる間だけは、余計な雑念は消える。
そしてようやく試合が終わると思った。
9回表に御幸のダメ押しのホームランが出て、2点差。
このまま逃げ切れると思ったのだ。
だが最終回、ついに川上が捕まった。
ツーアウト2、3塁で、4番に回ったのだ。
まじかよ!
9回裏、最後の最後で起きたドラマに、沢村は身を乗り出した。
田島の当たりは、ライトの頭を越えるヒット。
三橋、泉が本塁を踏んで、同点に追いついた。
三塁コーチの手が回り、打った田島は三塁に向かって全力疾走だ。
そしてライト白洲からの返球も、三塁へと送られる。
残念ながら、もう青道の勝ちはない。
この試合は練習試合と言うこともあり、延長はしないことになっているのだ。
つまりこの田島がホームまで戻れれば西浦の勝ち、アウトならば引き分けで終わりだ。
田島が滑り込み、サードの金丸がタッチに行く。
全員が固唾を飲んで、審判のコールを待った。
アウトか、セーフか。
この試合最大のクライマックスだ。
【続く】