「おお振り」×「◆A」15年後

【トラブルメーカー三橋廉】

「Really?Did you check it properly?」(本当に?ちゃんと確認した?)
阿部が電話の向こうの相手にイライラと捲し立てている。
それを見ていた沢村は、スマホを持つ阿部の手が震えていることに気付いた。

突然だった。
御幸のアメリカでの住まいの近くで事件が起こった。
近くのブランドショップに強盗が押し入ったのだ。
犯人グループは盗難車で乗り付け、店内で銃を乱射し、金品を奪って逃走した。
それだけなら「よくある」とまでは言わないが、珍しくないニュースだ。

問題はおそらくその時刻に、三橋が一人でその辺りにいたと思われることだ。
それから数時間経っても、三橋は帰宅せず、連絡もない。
動揺した沢村から連絡を受けた御幸は、阿部を1人で帰宅させた。
そして夜、阿部が御幸邸に戻ってもまだ、三橋の行方はわからなかった。

「ったく。なんでスマホを置いてくかな。」
阿部はイライラと文句を言いながら、あちこちに電話をかけていた。
まずは地元の警察に、だが要領を得ないらしい。
その後は近隣の病院に、事件で負傷した日本人が運び込まれていないか。
それでも欲しい情報はない。

「現場に行ってくる。メディア関係者とか目撃者とかいるかもしれない。」
「じゃあ、俺も」
「お前はここにいてくれ。ひょっとしたら連絡が入るかもしれないし」

阿部は沢村を残して、御幸邸を飛び出していく。
だが1時間足らずで戻ってきて、また電話をかけていた。
せめて何かの役に立ちたいと思い、ネットで事件を検索してみる。
だけどこれまた言語の壁で、情報など得ようもなかった。

廉、愛されてるよな。
こんなときなのに、沢村はそんなことを思う。
阿部は遠征先からとんぼ帰りで、疲れているはずだ。
なのに必死に三橋の行方を捜している。
強張った表情と震える手が、隠せない焦りを伝えていた。

緊迫した事態が激変したのは、明け方だった。
沢村と阿部は言葉もなく、リビングのソファに座っていた。
斜め向かいに座り、声もなく項垂れる。
食事もとらず、眠ってもいなかったが、それどころではない。
その重苦しい沈黙の中、玄関ドアが開いたのだ。

「ただいま。遅くなった。ごめんね」
何事もなかったように現れた三橋が、申し訳なさそうに手を合わせる。
この瞬間、沢村は知った。
人間は心の底から驚くと、力が抜けて言葉も出なくなると。
実際阿部と沢村は、絶句して膝から崩れ落ちたのだ。

「あれ?遠征、は?」
だが三橋はいるはずのない阿部を見て、コテンと首を傾げた。
それで床に座り込んだ2人が我に返る。
そして阿部が三橋の頭に拳骨を落とすという、ある意味お約束な展開となったのだった。

*****

「よかったよ。無事で」
全てを聞いた御幸は、心の底から安堵の息を吐く。
耳に当てたスマホからは『とんだお騒がせですよ』と阿部のうんざりした声が聞こえた。

御幸は予定通り、遠征先で試合をこなした。
一応本人的には、いつも通りプレイしたと思う。
でもチームメイトからもそう見えていたかと聞かれれば自信がない。
それほど三橋の失踪には動揺していた。
沢村とは意味が違うが、大事な存在なのだ。

だから遠征先のホテルでも眠れない夜を過ごした。
そして明け方、阿部からメッセージが届いたときにも起きていた。
内容は短く、三橋の無事だけを伝えるもの。
おそらく試合後、御幸は寝ているかもしれないと通話は避けたのだろう。
だが御幸は即座に阿部に電話をかけていた。

「よかったよ。無事で」
『とんだお騒がせですよ』
「で?何してたんだって?」
『ブランドショップでケガをした日本人観光客に付き添ってたそうです。』
「観光客?見ず知らずの人だろ?」
『何か英語が話せなくて困ってるのを、放っておけなかったらしいです』

なるほどね。
御幸は何となく事態が読めて、苦笑した。
言葉が通じなければ、ケガをしても何がつらいのか伝えられない。
たまたま居合わせた三橋は、同情してしまったのだろう。

「でもさ、何で帰りが明け方になったのさ?」
『病院に付き添ったけど、結構離れた場所に搬送されちゃったそうで』
「お金、なかったの?カードは?」
『小銭とカードは持っていたけど、スマホを忘れてたから』
「あ~、なるほど」

アメリカ、特に御幸の居住地の辺りは日本ほど公共交通機関が発達していない。
帰宅するならタクシーを使うのが普通だ。
だけどタクシー会社によってはスマホアプリで決済するのが、一般的だったりする。
小銭しかなく、スマホを持っていなかった三橋は、タクシーに乗れなかった。
だから歩いて帰ってきたのだ。

「とりあえずタクシーに乗っちまって、帰ってから払えばよかったんじゃね?」
『俺もそう言ったら、なるほどって感心されましたよ』
「思いつかなかったのか。。。」

あまりにもあっけない、そして三橋らしいオチだ。
お人好しなのも、危なっかしいのも、結果オーライになってしまうことも。
それは沢村にも通じるところがある。
今回の旅行だって、はっきり言ってハチャメチャだ。

『明日にはそちらに戻ります。』
「いや。今回はそっちにいてよ。」

遠征先に戻ろうとする阿部を、御幸は止めた。
今回の遠征は短いし、阿部がいなくても何とかしのげる。
それよりも切実に頼みたいことがあった。

「とりあえず俺が帰るまで、あいつらを足止めしといて」
『足止めですか?』
「ああ。このままじゃ危なっかしくて放っておけない。」
『・・・わかりました。』

電話が切れた後、御幸は闘志を燃やしていた。
戻ったら説教だ。
もう大人だとか、関係ない。
もう少し安全な旅行をしてもらわなければ、こちらの身が持たない。
学生時代の主将モードに戻った御幸は、そう決意していたのだった。

*****

「ううう。すみません。。。」
三橋は涙目で、しょんぼりと肩を落とした。
迷惑をかけた自覚はあるが、ここまで怒られるとは思わなかったのだ。

たまたま強盗事件を目撃し、困っている日本人を助けた。
三橋としては、その程度の認識だった。
居合わせてしまったのは、本当に偶然。
その上で助けないという選択肢はなかった。
だって本当につらそうだったから。
言葉が通じない場所でケガなんて、怖いに決まってる。
それにもう1つ、三橋には助ける理由があった。

何だかんだで御幸邸に戻ったら、遠征に出た阿部が戻っていた。
そこで三橋はひどく心配をかけてしまったと理解する。
阿部と沢村にひたすらあやまった。
沢村は「よかった」と喜び、許してくれた。
だが阿部は難しい顔で「御幸先輩が戻るまでここにいろ」とだけ言った。

その理由がわかったのは、御幸が遠征先から戻った後だった。
御幸は戻るなり、三橋と沢村に「そこに座れ」と地面を指差した。
ソファでも椅子でもない。床である。
2人はその場に正座し、御幸の説教が始まった。

「だいたい迂闊すぎる。事件だと思ったらさっさとその場を離れろ。」
「ううう。すみません。。。」
「っていうか、廉だけだろ?俺は関係なくね?」
「お前もだ。ここに来るまでにいろいろやってるだろ!」

御幸の説教に、言い返す三橋と沢村。
だがそうすると、さらに御幸の説教が重なる。
完全に主将モードだ。
三橋は涙目でしょんぼりと肩を落として、反省した。
どうやらかなり心配をかけたのだと。

だが同時に「いいなぁ」と思った。
青道野球部ってこんな感じなのかと思ったのだ。
上下関係が厳しい「ザ・運動部」という感じがする。
西浦は良くも悪くもアットホームだった。
正座して説教なんて、されたことがない。

「なぁ、何かちょっとニヤけてない?」
どうやら顔に出てしまったらしく、すかさず御幸からツッコミが入った。
三橋は「なんか部活っぽくて」と答える。
すると御幸も横で見ていた阿部も、怒りで目を吊り上げた。
だが三橋もここは譲ることなく「でも」と言い返した。

「でも、あの人。御幸先輩の、ファン、だったんです。」
「俺の、ファン?」
「御幸先輩の背番号入りのTシャツ、着てた。」
「そうなの?」
「うん。で、御幸先輩が、この辺に住んでるのも、知ってました。」

そう、三橋が助けた日本人は御幸のチームの公式Tシャツを着ていたのだ。
御幸の背番号と「MIYUKI」という名前入りのやつだ。
そしてネットなどで、御幸の住処に当たりをつけていた。
観光がてらもしかしたら会えるかもと思ってやって来て、事件に巻き込まれた。

「だから、助けない選択肢、ないです。」
三橋はきっぱりとそう言い切った。
そして「スマホ、忘れないようにするので」と付け加える。
心配をかけた反省はするけど、行動に後悔はないということだ。
御幸は大きくため息をつくと、正座する2人と真っ直ぐに向かい合った。

「いいか。お前に何かあったら、阿部も俺も悲しむ。それを忘れるなよ」
「はい。」
「沢村、お前も同じだからな?」
「うっす!」

御幸は最後にそう言って、説教を終えた。
三橋はまたしても「いいなぁ」と思う。
これもまた部活っぽい。
やっぱり御幸はみんなの主将だ。
最後にちゃんと心に響くことを言ってくれる。

「気を、つけます!」
「俺も!」

三橋が元気に頷き、沢村も同意した。
自分の意志は曲げられないが、心配してくれる人がいるのは忘れない。
こうして三橋と沢村の旅の第二章が始まった。

【続く】
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