「おお振り」×「◆A」15年後

【芸能界デビューするの?】

「いち、にぃ、さん。。。」
沢村は声を上げながら、腹筋を繰り返す。
その横で三橋は息を切らせながら、腕立て伏せをしていた。

アメリカを旅行中の沢村と三橋は、御幸のシーズン開幕戦を観戦した。
そしてそのまま御幸邸に落ち着いた。
数日程滞在させてもらうつもりだった。
試合を観戦して、久々に恋人らしい時間を楽しむのが目的だ。

到着した昨晩は、軽い説教モードだった。
2人はあちこちで妙に目立ち、写真や動画をアップされまくったのだ。
日本では軽くネットニュースになったらしい。
それを沢村は御幸に、三橋は阿部に咎められた。
曰く「無駄に悪目立ちするな」と。

だが当の2人は「は~い」と返事したものの、あっさり聞き流していた。
なぜなら2人とも、元はプロ野球選手。
写真や動画を撮られることには慣れている。
それに勝手にネットにアップされるのも珍しいことではなかった。
だからイチイチ反応しても仕方ないという感じなのだ。

だが一夜明けて、思いもよらない問題が発生した。
発端は三橋だ。
改めて自分たちの隠し撮り動画を見た三橋は「栄純君、太った?」と言い出したのだ。
沢村は「え~?」と首を傾げる。
だが半信半疑で測った体重計に乗った沢村は悲鳴を上げた。
確かにしっかり体重が増えていたからだ。

理由は簡単、この旅行でハイカロリーな食生活を送っていたからだ。
三食しっかりと、こってりボリュームのあるものを食べた。
その合間におやつとして、スナックや甘い菓子も食べた。
日本とは微妙に違う食事は、とても楽しく美味しかった。

つまり増えるべくして、増えたのだ。
そこで沢村は御幸の豪邸の一室、トレーニングルームで身体を動かしていた。
三橋も面白がって、それに付き合っている。

「なぁ、何で同じモン食ってて、三橋は太んねぇの?」
腹筋をしてから、エアロバイクにまたがった沢村が問う。
ストレッチをしていた三橋が小首をかしげて「体質?」と答えた。

「昔から、太れないんだ。チーム一大食い、だったのに。」
「マジか?全国のダイエット女子を敵に回すぞ?」
「事実だから。筋力も付きにくいから、苦労した。」
「そっか。太らないってのは苦労もあんのか」
「うん。身体が大きい人、うらやましかった。」
「オレは絶対、太んない方がうらやましいけど」

三橋と沢村はそんなことを言い合いながら、身体を動かしていた。
沢村が時折「不公平だ」とボヤき、三橋が「ウヒ」と笑う。
かくして2人はのんびりと、予定外の時間を過ごしていた。

*****

「三橋~、ちょっと来い」
トレーニングルームから出てきた三橋は、阿部に呼び止められた。
三橋は何だか嫌な予感がしたが「わ、わかった」と従った。

「座れ。そして飲め」
リビングに誘導された三橋は椅子に座り、目の前に置かれたドリンクを飲んだ。
良く冷えた野菜ジュースだ。
現役時代、阿部が良く作ってくれたものだ。
バランス良い食事を、阿部はいつも気にかけてくれた。

阿部は不機嫌な顔で、ジュースを飲む三橋を見ている。
そして半分ほど飲んだのを見届けると、三橋の隣に座った。
わかっている。言いたいことは。
三橋はぐっと腹に力を入れて、阿部の言葉を待った。

「お前、こっちに来て、何を食った?」
「食事、だよね。お肉が多かった。」
「肉?ステーキとかか?」
「うん。あとハンバーガー。パンも多かった」
「そっか。食事以外に菓子とか食った?」
「うん。こっちのは味が濃くて、量も多いね。」
「野菜とか、食った?」
「少しは、食べた?かな?」
「何で疑問形なんだよ。。。」

阿部が呆れているのを見て、三橋は「ごめん」とあやまった。
予想通り、食生活の聞き取りだった。
三橋はどういうわけか、食べてもあまり太らない。
だけど一緒にいる沢村の体重増加を見て、阿部は心配になったのだ。
おそらくほぼ同じものを食べている三橋も、健康状態は良くないのではないかと。
予想通り、振り返って考えると、少々カロリーが多い生活だった。

「とにかく野菜の量増やせ。あとできれば腹8分目な。」
「わかりました。」

三橋は神妙に頷くが、頬が緩むのを止められなかった。
何だかんだで自分の心配をしてくれる、阿部の心遣いが嬉しいのだ。
阿部は「嬉しそうにすんな」と文句を言う。
ぶっきら棒だが照れているのがわかって、それさえ嬉しい。

「バランス、大事!」
「その通り。これからちゃんと意識しろよ。」

阿部が大きな手で三橋の頭をわしゃわしゃとなでる。
三橋は猫のように目を細めて「ウヘへ」と笑った。
しばらくは遠距離恋愛、だからこそこうして会える時間が嬉しかった。

*****

「沢村~、ちょっと、おいで」
トレーニングの後、シャワーを浴びた沢村に、御幸が声をかけてきた。
沢村は「なんすか~?」と答えながら、御幸の後に従った。

「テキトーに座って」
そう言われたので、沢村は手近なソファに腰を下ろした。
ここは御幸の私室。
日本人の感覚では、広すぎるベットルームだった。
さすがアメリカ、何畳くらいあるのか。
沢村の体感では、おそらく青道の寮の3人部屋の数倍の広さがある。

御幸はその向かいのソファに座った。
そしてじっと沢村を見る。
次の瞬間「確かにちょっと太ったな」と笑った。
沢村は「絶対体重を落とす」と心の中で誓っていた。

「日本の芸能事務所?から連絡が来たぞ。」
「芸能?先輩、芸能界デビューするの?」
「なわけ、ないだろ?お前だよ。」
「オレぇ!?なんで!?」
「お前、日本からの電話やメッセージ、放置状態だろ?」

沢村と三橋の動画は、日本でもちょっとしたニュースになっていた。
そして沢村は引退後、バラエティ番組に出演していたのだ。
これを機にまた出て欲しいと思われるのは、必然だった。

だが当の沢村はアメリカにおり、連絡がつかない。
そこに御幸の試合観戦をしている動画が上がったのだ。
元チームメイトで先輩の御幸経由で、沢村が捕まらないか?
そう考えたテレビ関係者が、御幸に問い合わせてきたのだった。

「お前さ、この旅行が終わったらどうすんの?」
「え~?」
「またテレビ出んの?」
「いや、そりゃ多分ない?」
「何で疑問形なんだよ。」

沢村は「まぁまだ自分探し中でして」と誤魔化すように笑う。
御幸は「ハァァ」とため息をついた。

「じゃあテレビ局にはことわっておくな。」
「よろしくお願いします!」
「あのさ、お前、ちゃんと今後のことを考えろよ?」
「オレとしては、もう少し廉とバカやってたいんすけどね。」
「一緒にすんな。あいつはもう将来が決まってて、その合間の旅だろ?」

御幸は余計なことを言っていると自覚していた。
もう子供じゃないんだし、今後のことなんて自分で決めるべきだと。
だけどやはり沢村の今後は気になるし、口が出てしまう。
三橋はしっかりと将来のことを決め、その前にこの旅行をしている。
フラフラと根無し草のような沢村とは違うのだ。
だから沢村にもそうあってほしくて、説教になってしまうのだ。

「とりあえず身体は健康にな。食事に気をつけて運動しろよ?」
「あざっす」

御幸は最後にさらに余計なことを言って、締めくくった。
沢村は相変わらずヘラヘラと笑っている。
それにかすかに苛立ちながら、御幸はもう1度ため息をついた。

【続く】
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