「おお振り」×「◆A」15年後

【ナイアガラでも】

「まったく。何やってんだか」
阿部は深いため息と共に、肩を落とす。
御幸は「面白過ぎる」と拳を唇に当てて、笑っていた。

次のシーズンに向けて、御幸の準備は順調だった。
それはひとえに阿部の存在が大きい。
御幸や三橋、沢村が野球選手として活躍する傍ら、阿部も努力を続けていた。
勉強し、努力して、しっかりとキャリアを重ねていたのだ。
そして今、その力は御幸のためだけに使われている。

やがてキャンプも始まり、チームメイトにもすっかり認知された。
御幸と常に一緒にいるからだ。
最初は見慣れない日本人がいると、警戒もされた。
だけど御幸が信頼を寄せているのが、徐々に伝わったのだろう。
今では軽口を叩き、笑いあう仲間になった。

そしてシーズン開幕も近くなったある日。
自宅のリビングでくつろいでいた御幸のスマホが鳴った。
ちなみにずっとガラケーを愛用していた御幸も、今はスマホを使っている。
理由は単純に、もうガラケーは製造されていないから。

「倉持だ」
画面を確認した御幸はそう言った。
同居人であり、同じくリビングでくつろいでいた阿部が顔を上げる。
御幸は高校時代のチームメイトの倉持と、よく連絡を取っている。
普段なら、かつての仲間の近況などを知らせてくれているのだが。

「何だ、こりゃ!?」
御幸が倉持が送って来たリンクをクリックすると、動画が現れたのだ。
声に驚いた阿部が「どうしたんすか?」と声をかけると、御幸がスマホを渡してくれる。
阿部はそれを受け取り、画面を見て「は?」と呆れた。

それは超大手動画サイトにアップされた1本の動画だった。
タイトルに「元プロ野球選手の沢村栄純と三橋廉、なぜジャグリング!?」とある。
そしてその通り、沢村と三橋はジャグリングと思しきことをしていた。
正確にはお手玉の上級バージョンだ。
2人は楽しそうに歌いながら、色とりどりのカラーボールを操る。
そして結構なギャラリーが集まり、盛り上がっていた。
動画はそのギャラリーの1人が、アップしたのだろう。

「まったく。何やってんだか」
阿部は深いため息と共に、肩を落とした。
御幸は「面白過ぎる」と拳を唇に当てて、笑う。
いつもみんなの中心で注目されるのは、2人がエースである所以なのか。

「日本じゃ結構な騒ぎになっているらしいけど、当の2人は」
「まさか気付いてないんすか!?」
「一応メッセージは送ったらしいが。」
「本当に、何やってんだか!」

阿部はもう1回、深い深いため息をつく。
御幸は「野球してなくても面白いよな」と笑った。

*****

「そろそろ、移動しよっか」
三橋がモグモグとサンドイッチを頬張りながら、繰り出す。
沢村は「名残惜しいけどなぁ」と答えながらも、頷いていた。

2人はニューヨークのカフェにいた。
良く晴れた昼下がり、少し遅いランチタイムだ。
ニューヨークの物価は、信じられないくらい高い。
だけどセントラルパークのパフォーマンスで、食事代くらいは稼げていた。

当初は2週間の予定だったが、結局1か月近くいた。
どこを観光するか、日本でだいたい見当はつけてきていた。
だけど実際、この地にきたら、見るものすべてが楽しい。
あっちもこっちもと欲張るうちに、予定を超過していた。

正直なところ、まだまだこの街を楽しみたい。
だけどキリがないのだ。
そろそろここら辺で決断するべきだろう。

「次はどこ?」
「とりあえず、ここは外せない!」

三橋はスマホにアメリカの地図を表示させ、ピンチアウトする。
表示されたのは、ナイアガラフォール。
カナダのオンタリオ州とアメリカのニューヨーク州を隔てる有名な滝だ。

「明日、移動しよ?」
「そうだな。」
「あ、阿部君に知らせよう!」
「オレも御幸先輩に、知らせる。」

2人はそれぞれのスマホを使い、メッセージを打ち始めた。
彼らは現在、日本からの情報をほぼ遮断していた。
なぜなら送られるメッセージが多すぎるからだ。
そのほとんどが仕事のオファー。
バラエティ番組に出演したせいだろう。
同様の誘いがたくさん来ている。
それが鬱陶しくて、メッセージを読まずにスルーしていた。
家族から、そして阿部と御幸からのメッセージのみ読んでいる。

だからパフォーマンスの動画がアップされたなんて、知らなかった。
動画をセントラルパークだと特定し、わざわざ2人を見に来た日本人もいたりする。
だけど当の2人は知る由もなく、さっさと次の場所に向かおうとしていた。

「廉のサンドイッチも美味そうだな!」
「じゃあ、半分食べたら交換しよ?」
「わかった!」

2人はまるで子供のように、食事を分け合った。
本当に毎日が楽しい。
今だけしかない貴重な時間を、三橋も沢村も満喫していた。

*****

「今度は何だ?」
またしても送られてきたリンクに、御幸は顔をしかめる。
阿部は「諦めて、見ましょう」と声をかけ、2人でスマホを覗き込んだ。

あのジャグリング動画から、数日後。
御幸には沢村から、阿部には三橋からメッセージが来た。
内容はどちらも同じ。
そろそろニューヨークを離れ、ナイアガラの滝を見に行くという。

2人も「了解」と返した。
そしてジャグリング動画のリンクを添付する。
だけど2人とも、見なかったらしい。
それ以上、返信が来ることはなかった。
一方、ジャグリング動画はすごく盛り上がっていた。
日本ではネットニュースになり、テレビのワイドショーネタにもなったそうだ。

「これじゃバラエティのオファー、殺到だろうな。」
「それ以前に、仲間内からも茶化すメッセージ、行ってるでしょ。」
「だからメッセージ、スルーしてんのか?」
「そうかもしれないっすね。」

御幸と阿部は図らずも事実を言い当てていた。
一方的にメッセージは送るけど、来たメッセージに返信しない。
送られるメッセージが多すぎるからだ。

そんな中で御幸はしっかり調整を重ね、阿部はサポートに徹した。
こちらはこちらで楽しく、充実した日々である。
御幸はいつになく調子が良いことを実感していた。
これならきっと今シーズンも好調で行ける。
そんな実感をしている頃、また倉持からメッセージが来た。

「このパターン、嫌な予感しかしない」
「既視感、ありありですね。
「今度は何だ?」
「諦めて、見ましょう」

御幸はリンクをタップし、阿部は横から覗き込む。
そして2人の予感は、的中した。
走っていく白人の若い男、その後頭部に数個のカラーボールが直撃する。
ついているキャプションによると、白人男は泥棒らしい。
それを居合わせた日本人が、機転を利かせてボールをぶつけ、足止めをした。
最後に映ったのは、ナイアガラの滝をバックにニカっと笑う見覚えがある2人。

「何で普通に観光できないんだ?」
「今さらですね」

御幸と阿部が顔を見合わせ、苦笑した。
なぜだかどこに行っても目立ちまくっている2人。
こちらができるのは、せめてケガがないように祈るだけだった。

【続く】
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