「おお振り」×「◆A」15年後
【愉快な飲み会】
「三橋の家ってどんだけ金持ちなわけ?」
御幸は呆れたように、広い室内を見まわす。
阿部は「慣れてください」と苦笑しながら、ノートパソコンを開いた。
御幸と阿部、そして三橋と沢村は三橋宅にいた。
群馬の豪邸ではなく、埼玉の実家だ。
今まで住んでいた三橋祖父所有のマンションは引き払った。
そして渡米までの間、三橋家で世話になることにしたのだ。
「それに心も広いよな。」
「それは俺も思います。」
御幸の本音に、阿部も頷く。
三橋の両親は鷹揚で、心が広い。
三橋が「御幸先輩と栄純君、泊めていい?」と聞いたら、あっさり了承した。
すぐ渡米する御幸はともかく、沢村は三橋と一緒に旅に出るまで滞在する。
普通だったら、面倒がると思う。
だけど三橋母は「息子が増えたみたい」と無邪気に喜んでいた。
ちなみにここは三橋宅の二階、三橋の部屋の隣。
三橋の両親が、御幸と沢村に用意してくれた部屋だ。
普段使っていないという部屋は、広い。
三橋の部屋だって、平均的な実家の部屋に比べれば相当広い。
御幸は今さらながらに、三橋家の財力に驚くばかりだ。
そして現在、御幸は阿部にレクチャーしていた。
阿部は正式に御幸の専属トレーナーとして、アメリカに同行する。
英語力は何とかなりそうだが、それだけではダメだ。
だから受験勉強の一夜漬けよろしく、いろいろ詰め込んでいた。
阿部がノートパソコンでチェックしているのは、御幸のチームの名簿である。
チームメイトやスタッフの顔と名前は、覚えておいた方が良い。
記憶力が良い阿部も、さすがに人数が多いので苦戦している。
それでも努力を惜しまない性格なので、じきに把握するだろう。
「それじゃ、オレはそろそろ。」
ノートパソコンの時刻表示を見た阿部は、電源を落とした。
御幸が「ああ」と頷く。
阿部だけは渡米まで、ここではなく自分の実家に泊まることにしている。
当分訪れないであろう家族との時間を過ごすためだ。
「じゃあ、また明日。」
阿部が立ち上がり、ドアを開けると、キャラキャラと笑う声が聞こえた。
隣の三橋の部屋では、三橋と沢村が盛り上がっているらしい。
阿部が「まったく投手ってヤツは」と顔をしかめたのを見て、御幸は笑った。
御幸もマイペースでお気楽な隣室の2人に、同じことを思っていたからだ。
*****
「意外にオレって必要とされてなかったみたい。」
沢村は肩を落としながら、グチる。
すると「酒癖悪い」と容赦ないツッコミが入ってしまった。
三橋と一緒にアメリカ旅行に出かけることを決めた沢村は、都内某所の居酒屋にいた。
呼び出したのは、かつてのチームメイトの小湊春市。
渡米の前に、友人に会いたくなったのだ。
すると春市が声をかけた同学年の者たちが集まってくれた。
金丸と東条、そして降谷だ。
かくして同期5人の同窓会的な飲み会が始まった。
この中でプロに進んだのは、沢村と降谷、そして小湊の3名だ。
そして現役を続けているのは、小湊のみ。
金丸と東条は、休日に草野球などをしているという。
だがこの中で一番の有名人は、やはり沢村だった。
理由はもちろん、引退後にチョコチョコとテレビに出ていたから。
野球に興味のない人さえ、バラエティ番組などで知ってくれている。
だから乾杯の前に、金丸が沢村に注意した。
「頼むからデカい声出すなよ?お前ってバレたら、無駄に目立つ。」
「心配すんな!大丈夫だ!!」
「「「「その声がデカい!!」」」」
久しぶりに会ったけれど、あの頃のままの空気だ。
みんな今だけ、心は高校生。
まずは乾杯して、それぞれの近況を話す。
沢村は三橋と一緒に長い旅に出ることを話せば、全員のテンションが上がった。
「いいなぁ。栄純君!1年も旅行なんて!」
「三橋とは相変わらず、仲良しか。」
「ってか、お前ら2人で大丈夫か?」
小湊も東条も金丸も程よく酒が回り、沢村に話しかけてくる。
上機嫌の沢村も「大丈夫だって!」と笑った。
するとここまで無口だった降谷がおもむろに口を開いた。
「栄純、テレビの仕事は大丈夫なの?」
ポツリと呟くように、投げられた質問に、他の3人が「確かに」と首を傾げた。
テレビのバラエティ番組に、チョコチョコ出ている沢村なのだ。
それなりに結構先まで出演予定があったのではないか?
「それがさぁ」
沢村は一転して情けない顔になった。
実は沢村もそれを心配していた。
だからすでに入っているオファーのうち、断れるものは断る。
でもそうしてもダメなものだけ、受けるつもりだった。
だからおそらく先に渡米した三橋を追いかける形になると思っていたのだ。
なのに契約している事務所に話したら、あっけなく全部断れてしまった。
本職のテレビタレントではない沢村、代わりは簡単に見つかるのだ。
「意外にオレって必要とされてなかったみたい。」
沢村は肩を落としながら、グチる。
すると「酒癖悪い」と容赦ないツッコミが入ってしまった。
沢村は「お前ら、冷たい」と泣き真似をしながら、さらにビールを煽った。
楽しい時間を過ごした後、沢村は滞在している三橋宅に戻った。
すると三橋や御幸に「酒くさい」と文句を言われる。
だけどつかの間の友人たちとの再会を楽しんだ沢村はどこ吹く風。
心許せる友との時間は、あっという間に過ぎていった。
*****
「それじゃ、乾杯!」
4人はそれぞれの飲み物を掲げる。
4つの缶がゴツンと鈍い音を立て、飲み会が始まった。
沢村が高校時代の仲間と集ってから数日後。
今夜は三橋宅で、部屋飲みをすることになった。
明日、御幸はチームに合流するために渡米する。
専属トレーナーに就任した阿部も一緒に。
だからこれが送別会だ。
御幸と阿部は缶ビール、沢村と三橋は缶チューハイ。
そしてテーブルに広げたスナック菓子や乾き物を摘まむ。
簡単で気楽な飲み会は楽しく進んでいた。
「栄純君が、ずっと一緒で、嬉しいなぁ。」
中でも一番上機嫌だったのは、三橋だった。
沢村を旅行に誘ったものの、全行程に付き合ってくれるとは思わなかった。
だから完全に浮かれていて、飲むピッチも早い。
「ところで廉、どこ回るかは決まった?」
沢村が隣でニコニコ笑顔の三橋に話題を振る。
三橋は「ウヒ」と笑うと、沢村の方に身を乗り出した。
よくぞ聞いてくれましたといわんばかりだ。
「最初は、絶対、ニューヨーク!」
「おぉ!ニューヨーク!自由の女神!」
「メッツやヤンキース、見たいよね!」
「ブロードウェイのミュージカルも見たい!」
「そこから、ワシントン、かな。ホワイトハウス、見たい。」
「テレビでしか、見たことないもんな!」
「後、ボストン。時間があれば、遠出して、ナイアガラの滝。」
「ナイアガラ!」
「東海岸はそんな感じ、次は南、マイアミとか」
「泳いだり、できるかな?」
「あと、ニューオリンズ。本場のジャズ、聞きたい。」
「おおぉ~!」
「次は西海岸、サンフランシスコ、ロサンゼルス」
「ジャイアンツとドジャース!」
「ラスベガス!グランドキャニオン見よう!カジノはほどほどで。」
「おおぉ~!」
「最後は絶対、ハワイ!大筋は、こんな感じ」
「ハワイ~!!」
三橋と沢村が盛り上がっているのを、御幸と阿部は黙って聞いていた。
最初は呆れていたけれど、だんだん興味が湧いてくる。
三橋は案外しっかり計画を立てていたのだ。
しかも実に楽しそうで、最後の方は羨ましくさえなった。
「おいおい、オレらの送別会だろうが」
「そんなの、こいつら気にしませんよ」
御幸のツッコミに、阿部は静かに首を振った。
三橋と沢村は「ごめんなさい」と言いながら、また酒を煽る。
かくしてしばしの別れの前夜、4人は愉快な飲み会を満喫したのだった。
【続く】
「三橋の家ってどんだけ金持ちなわけ?」
御幸は呆れたように、広い室内を見まわす。
阿部は「慣れてください」と苦笑しながら、ノートパソコンを開いた。
御幸と阿部、そして三橋と沢村は三橋宅にいた。
群馬の豪邸ではなく、埼玉の実家だ。
今まで住んでいた三橋祖父所有のマンションは引き払った。
そして渡米までの間、三橋家で世話になることにしたのだ。
「それに心も広いよな。」
「それは俺も思います。」
御幸の本音に、阿部も頷く。
三橋の両親は鷹揚で、心が広い。
三橋が「御幸先輩と栄純君、泊めていい?」と聞いたら、あっさり了承した。
すぐ渡米する御幸はともかく、沢村は三橋と一緒に旅に出るまで滞在する。
普通だったら、面倒がると思う。
だけど三橋母は「息子が増えたみたい」と無邪気に喜んでいた。
ちなみにここは三橋宅の二階、三橋の部屋の隣。
三橋の両親が、御幸と沢村に用意してくれた部屋だ。
普段使っていないという部屋は、広い。
三橋の部屋だって、平均的な実家の部屋に比べれば相当広い。
御幸は今さらながらに、三橋家の財力に驚くばかりだ。
そして現在、御幸は阿部にレクチャーしていた。
阿部は正式に御幸の専属トレーナーとして、アメリカに同行する。
英語力は何とかなりそうだが、それだけではダメだ。
だから受験勉強の一夜漬けよろしく、いろいろ詰め込んでいた。
阿部がノートパソコンでチェックしているのは、御幸のチームの名簿である。
チームメイトやスタッフの顔と名前は、覚えておいた方が良い。
記憶力が良い阿部も、さすがに人数が多いので苦戦している。
それでも努力を惜しまない性格なので、じきに把握するだろう。
「それじゃ、オレはそろそろ。」
ノートパソコンの時刻表示を見た阿部は、電源を落とした。
御幸が「ああ」と頷く。
阿部だけは渡米まで、ここではなく自分の実家に泊まることにしている。
当分訪れないであろう家族との時間を過ごすためだ。
「じゃあ、また明日。」
阿部が立ち上がり、ドアを開けると、キャラキャラと笑う声が聞こえた。
隣の三橋の部屋では、三橋と沢村が盛り上がっているらしい。
阿部が「まったく投手ってヤツは」と顔をしかめたのを見て、御幸は笑った。
御幸もマイペースでお気楽な隣室の2人に、同じことを思っていたからだ。
*****
「意外にオレって必要とされてなかったみたい。」
沢村は肩を落としながら、グチる。
すると「酒癖悪い」と容赦ないツッコミが入ってしまった。
三橋と一緒にアメリカ旅行に出かけることを決めた沢村は、都内某所の居酒屋にいた。
呼び出したのは、かつてのチームメイトの小湊春市。
渡米の前に、友人に会いたくなったのだ。
すると春市が声をかけた同学年の者たちが集まってくれた。
金丸と東条、そして降谷だ。
かくして同期5人の同窓会的な飲み会が始まった。
この中でプロに進んだのは、沢村と降谷、そして小湊の3名だ。
そして現役を続けているのは、小湊のみ。
金丸と東条は、休日に草野球などをしているという。
だがこの中で一番の有名人は、やはり沢村だった。
理由はもちろん、引退後にチョコチョコとテレビに出ていたから。
野球に興味のない人さえ、バラエティ番組などで知ってくれている。
だから乾杯の前に、金丸が沢村に注意した。
「頼むからデカい声出すなよ?お前ってバレたら、無駄に目立つ。」
「心配すんな!大丈夫だ!!」
「「「「その声がデカい!!」」」」
久しぶりに会ったけれど、あの頃のままの空気だ。
みんな今だけ、心は高校生。
まずは乾杯して、それぞれの近況を話す。
沢村は三橋と一緒に長い旅に出ることを話せば、全員のテンションが上がった。
「いいなぁ。栄純君!1年も旅行なんて!」
「三橋とは相変わらず、仲良しか。」
「ってか、お前ら2人で大丈夫か?」
小湊も東条も金丸も程よく酒が回り、沢村に話しかけてくる。
上機嫌の沢村も「大丈夫だって!」と笑った。
するとここまで無口だった降谷がおもむろに口を開いた。
「栄純、テレビの仕事は大丈夫なの?」
ポツリと呟くように、投げられた質問に、他の3人が「確かに」と首を傾げた。
テレビのバラエティ番組に、チョコチョコ出ている沢村なのだ。
それなりに結構先まで出演予定があったのではないか?
「それがさぁ」
沢村は一転して情けない顔になった。
実は沢村もそれを心配していた。
だからすでに入っているオファーのうち、断れるものは断る。
でもそうしてもダメなものだけ、受けるつもりだった。
だからおそらく先に渡米した三橋を追いかける形になると思っていたのだ。
なのに契約している事務所に話したら、あっけなく全部断れてしまった。
本職のテレビタレントではない沢村、代わりは簡単に見つかるのだ。
「意外にオレって必要とされてなかったみたい。」
沢村は肩を落としながら、グチる。
すると「酒癖悪い」と容赦ないツッコミが入ってしまった。
沢村は「お前ら、冷たい」と泣き真似をしながら、さらにビールを煽った。
楽しい時間を過ごした後、沢村は滞在している三橋宅に戻った。
すると三橋や御幸に「酒くさい」と文句を言われる。
だけどつかの間の友人たちとの再会を楽しんだ沢村はどこ吹く風。
心許せる友との時間は、あっという間に過ぎていった。
*****
「それじゃ、乾杯!」
4人はそれぞれの飲み物を掲げる。
4つの缶がゴツンと鈍い音を立て、飲み会が始まった。
沢村が高校時代の仲間と集ってから数日後。
今夜は三橋宅で、部屋飲みをすることになった。
明日、御幸はチームに合流するために渡米する。
専属トレーナーに就任した阿部も一緒に。
だからこれが送別会だ。
御幸と阿部は缶ビール、沢村と三橋は缶チューハイ。
そしてテーブルに広げたスナック菓子や乾き物を摘まむ。
簡単で気楽な飲み会は楽しく進んでいた。
「栄純君が、ずっと一緒で、嬉しいなぁ。」
中でも一番上機嫌だったのは、三橋だった。
沢村を旅行に誘ったものの、全行程に付き合ってくれるとは思わなかった。
だから完全に浮かれていて、飲むピッチも早い。
「ところで廉、どこ回るかは決まった?」
沢村が隣でニコニコ笑顔の三橋に話題を振る。
三橋は「ウヒ」と笑うと、沢村の方に身を乗り出した。
よくぞ聞いてくれましたといわんばかりだ。
「最初は、絶対、ニューヨーク!」
「おぉ!ニューヨーク!自由の女神!」
「メッツやヤンキース、見たいよね!」
「ブロードウェイのミュージカルも見たい!」
「そこから、ワシントン、かな。ホワイトハウス、見たい。」
「テレビでしか、見たことないもんな!」
「後、ボストン。時間があれば、遠出して、ナイアガラの滝。」
「ナイアガラ!」
「東海岸はそんな感じ、次は南、マイアミとか」
「泳いだり、できるかな?」
「あと、ニューオリンズ。本場のジャズ、聞きたい。」
「おおぉ~!」
「次は西海岸、サンフランシスコ、ロサンゼルス」
「ジャイアンツとドジャース!」
「ラスベガス!グランドキャニオン見よう!カジノはほどほどで。」
「おおぉ~!」
「最後は絶対、ハワイ!大筋は、こんな感じ」
「ハワイ~!!」
三橋と沢村が盛り上がっているのを、御幸と阿部は黙って聞いていた。
最初は呆れていたけれど、だんだん興味が湧いてくる。
三橋は案外しっかり計画を立てていたのだ。
しかも実に楽しそうで、最後の方は羨ましくさえなった。
「おいおい、オレらの送別会だろうが」
「そんなの、こいつら気にしませんよ」
御幸のツッコミに、阿部は静かに首を振った。
三橋と沢村は「ごめんなさい」と言いながら、また酒を煽る。
かくしてしばしの別れの前夜、4人は愉快な飲み会を満喫したのだった。
【続く】