「おお振り」×「◆A」15年後
【アメリカに行こう!】
「What's for dinner?(今日の夕飯、何?)」
御幸が三橋に問いかけた。
三橋は阿部を指差しながら「He makes 肉じゃが!」と答える。
沢村はそんな2人のやりとりを見ながら「何でこうなった?」と首を傾げた。
シーズンオフは長いようで短い。
4人で過ごす時間はあっという間に過ぎていく。
御幸は久しぶりの日本を楽しみながら、しっかりと自主トレしていた。
阿部は御幸の専属トレーナーになるべく、準備をしている。
そしてなぜか三橋まで、アメリカに行くと言い出した。
「英語、教えてください!」
三橋が御幸に頼んだのは、数日前のことだ。
アメリカに行くなら、やはり英語が喋れた方が良いだろう。
メジャーリーグで活躍中の御幸は、英語が堪能だ。
それなら習いに行くより、頼んだ方が手っ取り早いとなったらしい。
かくして今は御幸先生の英語教室の真っただ中だ。
とは言っても、マンションの部屋でひたすら英語で話すだけ。
普段なら日本語で叩く軽口もすべて英語。
三橋も阿部も果敢に御幸に話しかけている。
「Nikujaga is Japanese(肉じゃがは日本語だろ)」
「How do you say in english?(英語でなんて言う?)」
「Meat and potatoes?(肉とじゃがいも?)」
3人が肉じゃがトークで盛り上がっている。
だけど沢村は肉じゃがという単語以外がまるで聞き取れなかった。
当然会話には入れず、無口になる。
微妙に疎外感を覚えていたところで、三橋から声がかかった。
「栄純君、ごめんね。」
日本語で申し訳なさそうに言われ、沢村は「いや」と首を振った。
そう、寂しくはあったけれど、怒りはない。
英語が習いたいところに、御幸がいる。
教えてもらうのが合理的だし、経済的だ。
「あのさ。栄純君」
三橋は不意に勢い込んで、沢村に詰め寄った。
沢村は驚き「何?」と聞き返す。
だが御幸と阿部が会話を遮った。
「You are in english class now(今は英語の授業中だぞ)」
「More on that later!(込み入った話は後で!)」
2人にツッコミを入れられ、三橋は「Sorry」と頭を下げる。
そしてまた会話は英語だけになり、沢村は沈黙せざるを得なかった。
*****
「「「「うまそぉ!いただきます!」」」」
西浦高校時代の食事の合図だが、今は御幸や沢村の習慣にもなっている。
そして4人は手を合わせて、目の前に並ぶご馳走に箸を伸ばした。
マンションの三橋と阿部の部屋、テーブルの上に料理が並ぶ。
さんざんトークの話題に上がった肉じゃがだけじゃない。
肉に魚に野菜に、豆や発酵食品など。
栄養バランスが整った手作り料理が並ぶ。
自分たちで作り自分たちで食べる、おうちディナーの醍醐味だ。
「食べてる間は英語じゃなくて、いいんだよな?」
沢村がまず確認した。
御幸が「っていうか、今日はもう終わりだけど」と苦笑する。
沢村だけ仲間外れ状態になっていたのを、御幸も気にしていたのだ。
阿部も「付き合わせて、悪かったな」と声をかける。
沢村は「気にしてないっす」と笑った。
「それにしても阿部も廉も、英語結構イケるんだな。」
沢村は率直な驚きを口にした。
そう、2人とも結構しっかりと英語ペラペラの御幸に付いていけていた。
御幸に時々言い回しを注意されていたようだが、それすら英語だ。
沢村だったら、こんなにすんなり会話ができなかっただろう。
「阿部君と、英語の勉強、してたんだ」
三橋はモグモグと肉じゃがを頬張りながら、そう言った。
その横でサラダをつついていた阿部が頷く。
阿部は三橋がプロ野球選手になったころから、英語を勉強していた。
三橋は阿部に巻き込まれる形で、簡単な日常会話ならできるくらいになっていた。
もちろん阿部には目的があった。
三橋が将来、メジャーリーガーになる場合を考慮してのことだ。
もちろんその確率は決して高くない。
それでももしそうなった場合でも、三橋に寄り添いたかった。
結局三橋がメジャーリーグに行くことはなかった。
だけど今、それは思いもよらない形で役に立とうとしていたのだ。
「栄純君、さっきの話」
「ああ、そっか。何?」
三橋に声を掛けられ、沢村は頷いた。
そう、先程三橋は何かを言いかけていた。
だけど御幸と阿部に「今は英語の授業中」と遮られたのだ。
「栄純君も、一緒に行かない?」
「一緒に?ってどこへ?」
「アメリカ」
あまりにも意外な提案に、沢村の箸が止まった。
掴んでいたじゃがいもが、ポロリとテーブルに落ちる。
だがそんなことにすら気付かないほど、沢村は見事に固まってしまったのだった。
*****
「思ったよりも簡単な話だったな。」
御幸が苦笑しながら、沢村を見る。
沢村はコクリと頷きながら、考え込んでいた。
三橋と阿部の部屋で食事をした御幸と沢村は自室に戻った。
そしてリビングのソファに並んで座る。
2人の心を占めるのは、三橋から沢村への誘い。
それは思いのほか、簡単な話だった。
「オレ、先生になると思う。」
三橋は沢村にそう言った。
祖父が経営する三星学園で、教職に就かないか。
両親や親戚からそんな風に誘われているのだという。
ちなみに大学に進学した時、三橋は教員資格も取得していたのだ。
それを知った沢村と御幸は素直に喜んだ。
三橋は阿部との仲が家に知られ、一時期は勘当状態だった。
それが三星学園に就職を打診されるほどになったのだ。
まさかの絶縁からの関係修復。
三橋家が良い方向に進んでいるのは、自分のことのように嬉しい。
「だけど少し、時間、もらうことにした。」
三橋はさらにそんな風に説明した。
三星学園に就職するのは、良い。
だけど2、3年猶予が欲しい。
ここまでずっと全力で走り続けていたのだ。
第二の人生をスタートする前に、リセットする時間が必要だ。
三橋のその願いはあっさり受け入れられた。
そこで三橋は2、3年の猶予の最初の1年をアメリカで過ごすことにした。
と言っても、別に阿部に付いていくわけじゃない。
アメリカの名所を見て回り、たまには御幸の試合を見に行く。
つまり1年かけて、壮大な観光旅行を計画していたのである。
「まさか誘われるとは」
沢村は先程の三橋の言葉を反芻していた。
一緒に行かない?
三橋のその言葉は恐ろしく軽かった。
別に1年間同行してくれという話じゃない。
もし数日でも時間が取れたら、一緒に旅行しようという意味だったのだ。
沢村のことを気が合う友人と思う三橋は、単純に沢村と旅行がしたかったのだ。
「アメリカかぁ」
ソファにどっぷりと身体を埋めながら、沢村は考え込んでいる。
御幸は敢えて何も言わず、黙って沢村を見ていた。
最近はテレビタレントとして、そこそこ名前が売れ始めている沢村。
だけど将来については悩んでおり、このことで大きく人生が変わることになる。
【続く】
「What's for dinner?(今日の夕飯、何?)」
御幸が三橋に問いかけた。
三橋は阿部を指差しながら「He makes 肉じゃが!」と答える。
沢村はそんな2人のやりとりを見ながら「何でこうなった?」と首を傾げた。
シーズンオフは長いようで短い。
4人で過ごす時間はあっという間に過ぎていく。
御幸は久しぶりの日本を楽しみながら、しっかりと自主トレしていた。
阿部は御幸の専属トレーナーになるべく、準備をしている。
そしてなぜか三橋まで、アメリカに行くと言い出した。
「英語、教えてください!」
三橋が御幸に頼んだのは、数日前のことだ。
アメリカに行くなら、やはり英語が喋れた方が良いだろう。
メジャーリーグで活躍中の御幸は、英語が堪能だ。
それなら習いに行くより、頼んだ方が手っ取り早いとなったらしい。
かくして今は御幸先生の英語教室の真っただ中だ。
とは言っても、マンションの部屋でひたすら英語で話すだけ。
普段なら日本語で叩く軽口もすべて英語。
三橋も阿部も果敢に御幸に話しかけている。
「Nikujaga is Japanese(肉じゃがは日本語だろ)」
「How do you say in english?(英語でなんて言う?)」
「Meat and potatoes?(肉とじゃがいも?)」
3人が肉じゃがトークで盛り上がっている。
だけど沢村は肉じゃがという単語以外がまるで聞き取れなかった。
当然会話には入れず、無口になる。
微妙に疎外感を覚えていたところで、三橋から声がかかった。
「栄純君、ごめんね。」
日本語で申し訳なさそうに言われ、沢村は「いや」と首を振った。
そう、寂しくはあったけれど、怒りはない。
英語が習いたいところに、御幸がいる。
教えてもらうのが合理的だし、経済的だ。
「あのさ。栄純君」
三橋は不意に勢い込んで、沢村に詰め寄った。
沢村は驚き「何?」と聞き返す。
だが御幸と阿部が会話を遮った。
「You are in english class now(今は英語の授業中だぞ)」
「More on that later!(込み入った話は後で!)」
2人にツッコミを入れられ、三橋は「Sorry」と頭を下げる。
そしてまた会話は英語だけになり、沢村は沈黙せざるを得なかった。
*****
「「「「うまそぉ!いただきます!」」」」
西浦高校時代の食事の合図だが、今は御幸や沢村の習慣にもなっている。
そして4人は手を合わせて、目の前に並ぶご馳走に箸を伸ばした。
マンションの三橋と阿部の部屋、テーブルの上に料理が並ぶ。
さんざんトークの話題に上がった肉じゃがだけじゃない。
肉に魚に野菜に、豆や発酵食品など。
栄養バランスが整った手作り料理が並ぶ。
自分たちで作り自分たちで食べる、おうちディナーの醍醐味だ。
「食べてる間は英語じゃなくて、いいんだよな?」
沢村がまず確認した。
御幸が「っていうか、今日はもう終わりだけど」と苦笑する。
沢村だけ仲間外れ状態になっていたのを、御幸も気にしていたのだ。
阿部も「付き合わせて、悪かったな」と声をかける。
沢村は「気にしてないっす」と笑った。
「それにしても阿部も廉も、英語結構イケるんだな。」
沢村は率直な驚きを口にした。
そう、2人とも結構しっかりと英語ペラペラの御幸に付いていけていた。
御幸に時々言い回しを注意されていたようだが、それすら英語だ。
沢村だったら、こんなにすんなり会話ができなかっただろう。
「阿部君と、英語の勉強、してたんだ」
三橋はモグモグと肉じゃがを頬張りながら、そう言った。
その横でサラダをつついていた阿部が頷く。
阿部は三橋がプロ野球選手になったころから、英語を勉強していた。
三橋は阿部に巻き込まれる形で、簡単な日常会話ならできるくらいになっていた。
もちろん阿部には目的があった。
三橋が将来、メジャーリーガーになる場合を考慮してのことだ。
もちろんその確率は決して高くない。
それでももしそうなった場合でも、三橋に寄り添いたかった。
結局三橋がメジャーリーグに行くことはなかった。
だけど今、それは思いもよらない形で役に立とうとしていたのだ。
「栄純君、さっきの話」
「ああ、そっか。何?」
三橋に声を掛けられ、沢村は頷いた。
そう、先程三橋は何かを言いかけていた。
だけど御幸と阿部に「今は英語の授業中」と遮られたのだ。
「栄純君も、一緒に行かない?」
「一緒に?ってどこへ?」
「アメリカ」
あまりにも意外な提案に、沢村の箸が止まった。
掴んでいたじゃがいもが、ポロリとテーブルに落ちる。
だがそんなことにすら気付かないほど、沢村は見事に固まってしまったのだった。
*****
「思ったよりも簡単な話だったな。」
御幸が苦笑しながら、沢村を見る。
沢村はコクリと頷きながら、考え込んでいた。
三橋と阿部の部屋で食事をした御幸と沢村は自室に戻った。
そしてリビングのソファに並んで座る。
2人の心を占めるのは、三橋から沢村への誘い。
それは思いのほか、簡単な話だった。
「オレ、先生になると思う。」
三橋は沢村にそう言った。
祖父が経営する三星学園で、教職に就かないか。
両親や親戚からそんな風に誘われているのだという。
ちなみに大学に進学した時、三橋は教員資格も取得していたのだ。
それを知った沢村と御幸は素直に喜んだ。
三橋は阿部との仲が家に知られ、一時期は勘当状態だった。
それが三星学園に就職を打診されるほどになったのだ。
まさかの絶縁からの関係修復。
三橋家が良い方向に進んでいるのは、自分のことのように嬉しい。
「だけど少し、時間、もらうことにした。」
三橋はさらにそんな風に説明した。
三星学園に就職するのは、良い。
だけど2、3年猶予が欲しい。
ここまでずっと全力で走り続けていたのだ。
第二の人生をスタートする前に、リセットする時間が必要だ。
三橋のその願いはあっさり受け入れられた。
そこで三橋は2、3年の猶予の最初の1年をアメリカで過ごすことにした。
と言っても、別に阿部に付いていくわけじゃない。
アメリカの名所を見て回り、たまには御幸の試合を見に行く。
つまり1年かけて、壮大な観光旅行を計画していたのである。
「まさか誘われるとは」
沢村は先程の三橋の言葉を反芻していた。
一緒に行かない?
三橋のその言葉は恐ろしく軽かった。
別に1年間同行してくれという話じゃない。
もし数日でも時間が取れたら、一緒に旅行しようという意味だったのだ。
沢村のことを気が合う友人と思う三橋は、単純に沢村と旅行がしたかったのだ。
「アメリカかぁ」
ソファにどっぷりと身体を埋めながら、沢村は考え込んでいる。
御幸は敢えて何も言わず、黙って沢村を見ていた。
最近はテレビタレントとして、そこそこ名前が売れ始めている沢村。
だけど将来については悩んでおり、このことで大きく人生が変わることになる。
【続く】