「おお振り」×「◆A」15年後

【ピッチングハンター】

「また命中した!」
「逃げろ!とにかく逃げろ!」
「うわ、2人とも足はやっ!」

テレビから芸能人たちの悲鳴に近い叫びが続いている。
それを見た御幸と阿部は「マジか」「容赦ない」と呟いた。
三橋と沢村は笑うだけだ。
ここは三橋と阿部が暮らすマンション。
4人は三橋と沢村が出演したテレビ番組を見ていた。

群馬で自主トレを終えた4人は自宅マンションに戻っていた。
三橋の祖父が所有し、サービス価格で借りている部屋だ。
ちなみにこのフロア全部、かつてのチームメイトが住んでいた時期もある。
だが今は2部屋だけ。
三橋と阿部の部屋と、沢村と御幸の部屋だ。

放送しているのは、国民的人気のバラエティ番組。
黒スーツとサングラスのハンターから、芸能人が逃げ回る番組だ。
時間内に捕まらず、逃げ切った者は賞金ゲット。
視聴者は誰が逃走成功するのか、ドキドキしながら見守る。

三橋と沢村が出演したのは、時間にして10分程度。
役どころは「ピッチングハンター」だ。
出場する芸能人の前に立ちふさがり、ボールを投げる。
当たってしまった者は、アウトとなる。

「2人とも似合ってねぇな」
「そうっすね。」

登場した途端、御幸と阿部が吹き出した。
童顔な2人に、黒スーツとサングラスはまったく似合っていない。
沢村は「カッコよくないっすか~?」と頬を膨らませる。
だが三橋は「ウヒ」と笑うだけだ。
なぜなら三橋も似合っていないと思っていたから。

だが笑いはそこまでだった。
ピッチングハンター2人は、いきなり全開で走り出した。
とにかく投げる。連続で、勢いよく。
相手が逃げれば、追いかけてまた投げる。
俊足の上に体力もあり、さらにコントロールもある。
出演している芸能人たちは、阿鼻叫喚で逃げ惑っていた。
だけどそこに絶え間なくボールが投げ込まれ、次々と脱落していった。

「マジか」
「容赦ない」
御幸と阿部はその様子に唖然としている。
だけど沢村は「オレら、すごいっしょ」とドヤ顔だ。
そして三橋は「こんな風に見えるんだ」と感心している。
逃げる側のアングルで見られるのが、面白いらしい。
そして程なくして、2人の出演シーンが終わった。

「面白かったなぁ」
「うん。楽しかった。」
沢村と三橋が顔を見合わせて笑う。
御幸と阿部は出演者たちに同情しながら、苦笑した。

「また一緒にやりたいなぁ!」
沢村は三橋の肩をポンポンと叩きながら、そう言った。
先に引退し、テレビ出演も多い沢村にとっては、いつもの仕事。
だけど三橋と一緒で、いつもより面白かったのだが。

「ごめん。オレは。」
三橋はフルフルと首を振った。
沢村の顔が一瞬、強張る。
だけどすぐに「そっか。残念」と返した。

*****

「三橋投手、番組新記録達成~!沢村投手も素晴らしい成績です!」
テレビの中から、男性アナウンサーの興奮した声が響く。
阿部は「やったな!」と三橋の頭をポンポンと叩き、三橋は「ウヘへ」と笑った。

先日、三橋と沢村の「ピッチングハンター」が放送されてから、数日後。
今度は別のバラエティ番組が放送された。
いわゆるガチのスポーツ系。
芸能人やアスリートが、さまざまな企画にチャレンジする番組だ。

今回も三橋と阿部の部屋。
見ているのは、2人だけだ。
おそらく隣の部屋では、御幸と沢村が見ているだろう。

三橋が沢村と共に挑んだのは、的当てだった。
いわゆる「ストラックアウト」というヤツだ。
縦横3段、合計9個に仕切られた的にボールを当てて落とす。
何枚落とせるか、その記録を競うのだ。

最初に登場したのは沢村だった。
まず真ん中を落とした後、順に落としていく。
プロの投手でも、全てを落とすのはむずかしい。
だけど沢村は順調だった。
3回ほど失敗したけれど、全ての的を落とした。
そして続いた三橋も、同じだった。

「素晴らしい!パーフェクトです!しかも2人連続!!」
テレビではアナウンサーが絶叫し、出演している芸能人からも称賛の声が上がる。
めったに出ないパーフェクトが2人。
番組は大いに盛り上がった。
そして次のコーナーに移り、引退したJリーガーが登場する。
そのタイミングで、阿部はテレビを消した。

「オレ、御幸先輩のトレーナー、やることにした。」
静かになった部屋で、阿部はポツリと呟いた。
三橋は「そっか」と頷く。
わかっていたことだ。
三橋をサポートするために、阿部は必死に学んだ。
それを三橋の引退と共に、終わりにするのはもったいない。

「じゃ、オレもまずはアメリカに行こっかな。」
三橋は軽い口調でそう答えた。
阿部は「は?」と声を上げる。
だがすぐに「それもありか」と笑った。

*****

「素晴らしい!パーフェクトです!しかも2人連続!!」
テレビから聞こえるアナウンサーの大袈裟な叫びに、沢村は顔をしかめる。
だが御幸は「すげぇじゃん」と笑い、沢村の頭をポンポンと叩いた。

三橋と阿部と同様、御幸と沢村も部屋でテレビを見ていた。
沢村と三橋の的当て。
2人とも全ての的を落とす、見事なピッチングを見せた。
御幸としては、2人の後輩の快挙が誇らしい。

だけど沢村は不満なようだ。
記録上は2人ともパーフェクト。
だけど何球か失敗した沢村に対して、三橋はノーミスだ。
つまり少ない球数で落としており、順位的には上になる。

「三橋はちょっと前まで現役で、お前はブランクあるんだから」
子供のように頬を膨らます沢村に、三橋は言葉をかけた。
三橋は「そうっすね」と頷くが、納得していないようだ。
負けず嫌い、極まれりというヤツだ。

「そういや阿部、来年、御幸先輩のトレーナーになるんすか?」
不意に沢村がそう聞いてきた。
御幸は「多分」と答える。
確かに阿部にそういう申し入れをしている。
阿部は「少し考えさせてほしい」と答えたが、感触は悪くなかった。

「阿部がなってくれたら、三橋も来るかも」
「え?何で?」
「海外旅行に行きたいとか、言ってたからさ」
「三橋、いいなぁ。自由だなぁ。」

沢村がまた頬を膨らませている。
御幸は「お前だって、自由にできるだろ」と言った。
沢村が不完全燃焼な思いを抱えているのは、知っていた。
まだ投げたかったのに自由契約になり、今はテレビタレントと化している。
そんな沢村にとって、今の三橋は心がざわつくらしい。
引退を自分で決め、テレビ出演も数本だけと決めたその潔さに動揺していた。

「お前もちゃんと納得する道を選べ。」
「納得する道?」
「ああ。ここから先の人生だって短くないんだぞ。」

沢村は御幸の言葉を噛みしめるような顔で、考え込んでいる。
御幸はそんな沢村に「頑張れ」とエールを送るのだった。

【続く】
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