「おお振り」×「◆A」15年後

【やっぱり自主トレ】

「「マジかよ」」
御幸と沢村が呆然と固まり、阿部は「そうなるよな」と苦笑する。
だけど三橋は動じる様子もなく「自宅だと思って」と笑った。

シーズンオフ、彼らは集まって「自主トレ」をすることにした。
チームのキャンプが始まる前に、身体を動かすのである。
これは彼らが高校を卒業した頃から続けている恒例行事だ。
毎年、宿泊ができる施設を使って、しっかりと基礎作りをするのだ。

そして今年は群馬のとある施設を借りることにした。
広いグラウンドと使いやすいトレーニングジムがあり、4人での自主トレには充分だ。
料金も実にリーズナブルであり、文句のつけようがない。
唯一問題なのは宿泊施設がないことだったが、あっさりクリアした。
なぜならそこは三橋の実家から、車で15分ほどの場所にあったのだ。
そして三橋本家はあっさりと4人での宿泊滞在を許可してくれた。
それどころか「ぜひ来てほしい」と熱望されたのだ。

「結構デカいんで、多分ビックリしますよ。」
自主トレ初日、三橋本家に向かう車の中で、阿部はそう言った。
三橋が運転し、阿部が助手席。
後部座席には、御幸と沢村が納まっている。

まぁ、そうだろうな。
御幸も沢村も、そう思っていた。
三橋の家が裕福であるのは、知っている。
そして三橋の祖父の家が輪をかけた資産家であることも。
だからその家がデカいことは想定内だ。

「それにしても、まさか今年も自主トレできるとはな」
御幸が苦笑交じりにそう言った。
沢村に続いて、三橋も引退した。
もう現役を続けているのは、御幸だけだ。
だけど三橋も沢村もしっかり肩を作るつもりでいる。
理由は明快、投げる予定があるからだ。
スポーツ系のテレビ番組で的当てゲームのようなことをする。
世にいうストラックアウトというやつだ。

「絶対、全部抜いてやるんだ!」
「オ、オレも。頑張る!」
「おうおう、頑張れ。」

意気込む投手2人に、御幸は笑ってエールを送った。
たとえテレビ番組でも、2人が投げるのを見るのは嬉しい。
それに今年もこの4人で自主トレできるのだ。
もう多分これが最後だろうと思うと、寂しさがこみ上げる。
だが今は楽しんでおこうと思った。

「つきました。ここです。」
不意に車が止まり、三橋が目の前の建物を指差した。
御幸と沢村が「「マジかよ」」と声を上げ、呆然と固まる。
それを見た阿部は「そうなるよな」と苦笑した。
三橋本家はそんじょそこらの豪邸とは訳が違う。
広大な敷地に、文化財と言っても信じてしまうほどの豪邸が建っているのだ。

「自宅だと思って、くつろいで下さい。」
三橋は驚いている御幸や沢村に動じることなく、そう言った。
だけど2人は見事なユニゾンで「「それは無理」」と答えていた。

*****

「よ~し、あと10球!」
阿部が沢村に声をかける。
沢村は「おぉ!」と答え、振りかぶった。

御幸と沢村、そして阿部は自主トレに入った。
寝泊りは三橋本家の豪邸で、行う。
そして昼間は、借りている施設で身体を動かす。
とはいえ、昔のように同じメニューをこなすことはなかった。

なぜなら御幸はまだ現役のプロ野球選手。
今はまだ眠った身体を呼び覚ますような、ゆっくりした練習だ。
シーズンの始まりまでに、じっくりと身体を仕上げれば良い。
だが三橋と沢村は、近日中に行われるテレビ収録のためのもの。
急ピッチでベストに持っていく必要がある。
とはいえ、所詮はバラエティ番組。
わざわざ自主トレする必要があるのかということはあるが。

今は沢村が阿部を相手に投球練習していた。
全力投球ではなく、6割程度の力だろう。
御幸にしてみれば、散々見慣れた沢村の投球。
それでも違和感があるのは否めない。

「どうして軟球?」
緩めのキャッチボールをしていた御幸は、思わず呟く。
沢村が硬球ではなく、軟球で練習していたからだ。
キャッチボールの相手をしているのは、三橋だ。
御幸の球を受けると、同じく緩いボールを投げ返す。
そして御幸の疑問に「人を狙って、投げるから」と答えた。

先日三橋と沢村が受けたのは、スポーツ系のバラエティ番組のオファーだ。
古典的に的当て、つまりストラックアウトをして、勝ち負けを競う。
その後にもう1つ、オファーが来た。
出演者が黒スーツにサングラスのハンターから逃げ回る、あの番組だ。
三橋と沢村はそのワンコーナーに出演する。
どういう状況かわからないが、2人が出演者にボールを投げる。
それに当たってしまえば、出演者はアウト、つまり脱落するらしい。

もちろんその番組の場合、硬球を使うのは危険だ。
だから番組で用意した柔らかいボールを使うことになっている。
でも硬球を投げるのに慣れている投手からすれば、違和感は否めない。
だから柔らかいボールで投げる練習をしているのだ。

「三橋も沢村みたいに、テレビタレントになるのか?」
御幸は三橋にそう聞いた。
沢村は今はそんな感じになっている。
底抜けに明るくて、いつもチームの中心にいた沢村だ。
テレビ出演は天職ではないか思えるくらい、上手くやっている。
だが三橋はフルフルと首を振った。

「テレビはこのオフだけです。最後の思い出に」
三橋は笑って答えながら、ボールを投げる。
それを受け止めながら、御幸は少しだけ寂しいと思った。
ついに現役選手は自分だけになってしまったのだ。

*****

「ここは天国か?」
マッサージチェアに揺られながら、沢村は気持ち良さに目を閉じる。
窓際に立つ阿部は「それ、オレも高校の時に思った」と笑った。

自主トレ初日を終えた夜、4人は三橋家のサンルームにいた。
ここにはマッサージチェアが3台ある。
食事を終え、源泉かけ流しの銭湯につかり、帰宅した後。
就寝前の時間、このサンルームにあるマッサージチェアに揺られている。

サンルームには、マッサージチェアが3台ある。
そこに御幸、沢村、三橋が揺られていた。
阿部は窓際に立ち、外を見ている。
マッサージチェアの振動音だけが響く、静かな夜だ。

「変なホテルより、よっぽど待遇がいいな。」
「食事も美味かったし」
「建物も広くて、豪華で、旅館並みだ。」
「銭湯が温泉って、スゲェ」
「群馬は温泉大国だそうですよ。」

ひとしきり感心する御幸と沢村に、阿部が豆知識を教えてやる。
ちなみに阿部も高校時代に、ここで聞いた知識だ。
群馬は温泉大国で、三橋本家の近隣の銭湯はすべて温泉源泉かけ流し。
実に贅沢な話である。

「おばさんたち、ガッカリしてた。食事」
「そうか。そりゃ悪いことしたな。」

今度は三橋の話に、御幸が答える。
4人で宿泊するとなったとき、三橋家の女性陣はご馳走を並べるつもりだったらしい。
だけど御幸は現役のアスリート。
栄養価やカロリーなどいろいろコントロールしている。
だからメニューをかなり減らしてもらったのだ。

再びマッサージチェアの振動音だけが響く。
東京からそんなに遠くない、ここ群馬の三橋本家。
だけど別世界のようだ。
雰囲気のあるこの屋敷のせいだろう。

「阿部君」
不意に三橋が口を開いた。
窓から外を見ていた阿部が「何?」と振り返る。
三橋は目を閉じ、マッサージチェアの揺れに身を任せたまま「あのさ」と続けた。

「アメリカ、行っていいよ?」
「あ?」
「御幸先輩のトレーナー、やりたいんでしょ?」

不意打ちを食らった阿部は返事に詰まった。
御幸には専属トレーナーがいたが、今年で契約が切れた。
そこで御幸は後任を阿部に頼みたいと思い、打診した。
だけど阿部は決心がつかないでいた。
御幸はメジャーリーガー、了承すれば職場はアメリカだ。
つまり三橋とは遠距離恋愛になる。

「御幸先輩と栄純君もエンレンだし。オレらもきっと大丈夫。」
三橋は目を閉じたまま、そう言った。
阿部はすぐに返事が出来ず、言葉に詰まる。
沢村も御幸も何も言わなかった。
マッサージチェアの音だけが、ずっとサンルームに響いていた。

【続く】
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