「おお振り」×「◆A」15年後
【テレビ共演】
「三橋さん、現役時代を振り返って、どんな感じですか?」
沢村が真面目な顔で、そんなことを問う。
だが三橋は答える前に、吹き出した。
質問の内容ではなく、沢村に「三橋さん」などと呼ばれたのが可笑しかったのだ。
三橋と沢村はとある部屋にいた。
隣り合って置かれた椅子に座っている。
そして2人の前には、数台のテレビカメラ。
そう、ここはテレビ局のスタジオである。
彼らはテレビ番組の収録を行なっているのだ。
三橋は現役時代から、試合中継以外のテレビなどには出ていなかった。
理由は簡単、人前で喋るのが得意でないからだ。
もっともオファー自体がほとんどなかったということもある。
沢村や御幸のような目立つ選手ではなかったので、知名度は高くないのだ。
だが引退時には、さまざまな取材オファーが殺到した。
選手生活の最後の方は、クローザーとしてまずまずの活躍をしたからだ。
三橋は迷った末に、1つだけ出演することにした。
ニュース番組のスポーツコーナーで、インタビューを受ける。
これに決めたのは、インタビュアーが沢村だったからだ。
ちなみに沢村は最近、テレビなどにちょくちょく出演していた。
スポーツキャスターとして、こんな風にアスリートの取材をすることもある。
またはバラエティ番組で、持ち前の運動神経を生かした企画に参加したりもする。
元気でデカい声で喋るやや天然気味な沢村は、向いているのだろう。
「いきなり笑うってダメじゃね?」
「だって、可笑しくて。栄純君が、真面目な顔で」
「まぁ確かに。今さら改まってもなぁ。普段通りにするか」
「そ、それがいい!」
冒頭から一気に雰囲気が軽くなり、2人は笑う。
そんな2人の様子を見ていた番組のスタッフたちは口を挟まなかった。
この方が視聴者には受けるだろうとの判断だ。
沢村はニカっと笑うと、最初の質問に戻った。
「ついに廉も現役引退だけど、選手生活を振り返ってどう思う?」
「ええと。楽しかったよ。すごく」
ごくごく自然な空気のまま、インタビューが始まった。
かくして沢村のリードで、三橋はポツポツと語り始めたのだった。
*****
「まさか、こんな時が来るとはなぁ」
御幸はしみじみとした口調で、ポツリと呟く。
阿部は「まったくです」と頷き、同意を示した。
御幸と沢村はテレビ局のスタジオにいた。
現役を引退した三橋が、今はタレントとして活躍中の沢村のインタビューを受ける。
その話を聞き、見学に来たのだ。
本来なら、気軽に見学など出来るものではない。
だがそこは現在はメジャーリーガーとして、絶賛活躍中の御幸。
お願いしたら、テレビ局からあっさりOKが出た。
「廉はいつから引退を考えてた?」
「半年前、くらい」
「きっかけは?」
「調子が悪くないのに、ボールが思う通りに行かない感じで」
「そうか?変わらなく見えたけど」
「ううん。自分でダメだって思ったから」
淡々と語る三橋に、御幸も阿部も感無量だった。
あの言動がハチャメチャだった沢村が、しっかりインタビューしている。
そして吃音気味で時に意思疎通が難しい三橋が、ちゃんと答えている。
「悔いはない?」
「全然ないよ。プロに入れたのがそもそも奇跡だったから」
「そうなのか?」
「うん。だから長く続けられると思わなかった。この結果は上出来すぎる。」
三橋の引退理由はもう4人の間では知られている話だった。
努力しても、今まで通りのパフォーマンスが出来なくなった。
いわゆる「衰え」というヤツだ。
「で、今後はどうするんだ?」
沢村は淡々と話を進め、三橋は答えていく。
高校生の頃とは違う、落ち着いたトーンで。
そんな2人を見ながら、御幸も阿部も思うことは共通していた。
お前ら、大人になったなぁ。
*****
「で、今後はどうするんだ?」
沢村はさりげなく、三橋の将来について聞いてくる。
三橋は迷うことなく「野球以外」と答えた。
「野球以外?」
「うん。今までは野球しかしてこなかった。だからそれ以外のことをする。」
「そっか。確かにオレも野球しかしてこなかったもんな。」
「そういえば、なんで栄純君はテレビに出るようになったの?」
ずっと質問に答えていた三橋が、質問に転じた。
実は沢村が今、テレビタレントになっている理由を、三橋は聞いていない。
だから良い機会だと思い、この場で聞いてみたのだ。
「オレはなりゆき」
「え、そうなの?」
「うん。何をしようかなって思ってたら、テレビ出演の話をもらって」
「へぇ」
「ああ。断らないでいたら、どんどん依頼?が来るようになっちゃって。」
「そんな、感じなんだ」
第二の人生を、沢村は勢いで決めていた。
三橋は「なるほど」と興味深げに頷いている。
御幸と阿部も内心「そんな理由?」とツッコミを入れていたのだが。
「お前はどうすんの?」
御幸は阿部の耳元で、こっそりと囁いた。
三橋が引退するということは、阿部も職を失うのだ。
何しろ三橋の専属トレーナーだったのだから。
阿部は「まだ決まってませんよ」と答えたのだが。
「オレのトレーナーになる気、ない?」
御幸は収録の邪魔にならないほどの小声で、爆弾を落とした。
まさかのスカウトである。
だけど阿部は動じることなく「考えさせてください」と答えた。
阿部にとっては想定外ではなく、むしろ予想していたのだ。
三橋のトレーナーとして積んだキャリアを有効に生かせる仕事だし。
「それじゃ今日はありがとうな」
「こちらこそ。ありがと」
沢村と三橋は気さくな雰囲気のまま、インタビューを終えた。
阿部と御幸はゆっくりと二人に向かって歩き出す。
今日は4人で、一緒に帰ろう。
将来のことは将来のこと。
しばらくはこの面々で過ごせる日々を楽しんでいたかった。
【続く】
「三橋さん、現役時代を振り返って、どんな感じですか?」
沢村が真面目な顔で、そんなことを問う。
だが三橋は答える前に、吹き出した。
質問の内容ではなく、沢村に「三橋さん」などと呼ばれたのが可笑しかったのだ。
三橋と沢村はとある部屋にいた。
隣り合って置かれた椅子に座っている。
そして2人の前には、数台のテレビカメラ。
そう、ここはテレビ局のスタジオである。
彼らはテレビ番組の収録を行なっているのだ。
三橋は現役時代から、試合中継以外のテレビなどには出ていなかった。
理由は簡単、人前で喋るのが得意でないからだ。
もっともオファー自体がほとんどなかったということもある。
沢村や御幸のような目立つ選手ではなかったので、知名度は高くないのだ。
だが引退時には、さまざまな取材オファーが殺到した。
選手生活の最後の方は、クローザーとしてまずまずの活躍をしたからだ。
三橋は迷った末に、1つだけ出演することにした。
ニュース番組のスポーツコーナーで、インタビューを受ける。
これに決めたのは、インタビュアーが沢村だったからだ。
ちなみに沢村は最近、テレビなどにちょくちょく出演していた。
スポーツキャスターとして、こんな風にアスリートの取材をすることもある。
またはバラエティ番組で、持ち前の運動神経を生かした企画に参加したりもする。
元気でデカい声で喋るやや天然気味な沢村は、向いているのだろう。
「いきなり笑うってダメじゃね?」
「だって、可笑しくて。栄純君が、真面目な顔で」
「まぁ確かに。今さら改まってもなぁ。普段通りにするか」
「そ、それがいい!」
冒頭から一気に雰囲気が軽くなり、2人は笑う。
そんな2人の様子を見ていた番組のスタッフたちは口を挟まなかった。
この方が視聴者には受けるだろうとの判断だ。
沢村はニカっと笑うと、最初の質問に戻った。
「ついに廉も現役引退だけど、選手生活を振り返ってどう思う?」
「ええと。楽しかったよ。すごく」
ごくごく自然な空気のまま、インタビューが始まった。
かくして沢村のリードで、三橋はポツポツと語り始めたのだった。
*****
「まさか、こんな時が来るとはなぁ」
御幸はしみじみとした口調で、ポツリと呟く。
阿部は「まったくです」と頷き、同意を示した。
御幸と沢村はテレビ局のスタジオにいた。
現役を引退した三橋が、今はタレントとして活躍中の沢村のインタビューを受ける。
その話を聞き、見学に来たのだ。
本来なら、気軽に見学など出来るものではない。
だがそこは現在はメジャーリーガーとして、絶賛活躍中の御幸。
お願いしたら、テレビ局からあっさりOKが出た。
「廉はいつから引退を考えてた?」
「半年前、くらい」
「きっかけは?」
「調子が悪くないのに、ボールが思う通りに行かない感じで」
「そうか?変わらなく見えたけど」
「ううん。自分でダメだって思ったから」
淡々と語る三橋に、御幸も阿部も感無量だった。
あの言動がハチャメチャだった沢村が、しっかりインタビューしている。
そして吃音気味で時に意思疎通が難しい三橋が、ちゃんと答えている。
「悔いはない?」
「全然ないよ。プロに入れたのがそもそも奇跡だったから」
「そうなのか?」
「うん。だから長く続けられると思わなかった。この結果は上出来すぎる。」
三橋の引退理由はもう4人の間では知られている話だった。
努力しても、今まで通りのパフォーマンスが出来なくなった。
いわゆる「衰え」というヤツだ。
「で、今後はどうするんだ?」
沢村は淡々と話を進め、三橋は答えていく。
高校生の頃とは違う、落ち着いたトーンで。
そんな2人を見ながら、御幸も阿部も思うことは共通していた。
お前ら、大人になったなぁ。
*****
「で、今後はどうするんだ?」
沢村はさりげなく、三橋の将来について聞いてくる。
三橋は迷うことなく「野球以外」と答えた。
「野球以外?」
「うん。今までは野球しかしてこなかった。だからそれ以外のことをする。」
「そっか。確かにオレも野球しかしてこなかったもんな。」
「そういえば、なんで栄純君はテレビに出るようになったの?」
ずっと質問に答えていた三橋が、質問に転じた。
実は沢村が今、テレビタレントになっている理由を、三橋は聞いていない。
だから良い機会だと思い、この場で聞いてみたのだ。
「オレはなりゆき」
「え、そうなの?」
「うん。何をしようかなって思ってたら、テレビ出演の話をもらって」
「へぇ」
「ああ。断らないでいたら、どんどん依頼?が来るようになっちゃって。」
「そんな、感じなんだ」
第二の人生を、沢村は勢いで決めていた。
三橋は「なるほど」と興味深げに頷いている。
御幸と阿部も内心「そんな理由?」とツッコミを入れていたのだが。
「お前はどうすんの?」
御幸は阿部の耳元で、こっそりと囁いた。
三橋が引退するということは、阿部も職を失うのだ。
何しろ三橋の専属トレーナーだったのだから。
阿部は「まだ決まってませんよ」と答えたのだが。
「オレのトレーナーになる気、ない?」
御幸は収録の邪魔にならないほどの小声で、爆弾を落とした。
まさかのスカウトである。
だけど阿部は動じることなく「考えさせてください」と答えた。
阿部にとっては想定外ではなく、むしろ予想していたのだ。
三橋のトレーナーとして積んだキャリアを有効に生かせる仕事だし。
「それじゃ今日はありがとうな」
「こちらこそ。ありがと」
沢村と三橋は気さくな雰囲気のまま、インタビューを終えた。
阿部と御幸はゆっくりと二人に向かって歩き出す。
今日は4人で、一緒に帰ろう。
将来のことは将来のこと。
しばらくはこの面々で過ごせる日々を楽しんでいたかった。
【続く】