「おお振り」×「◆A」15年後

【野球人生最後の日】

『三橋廉投手に、みなさま盛大な拍手をお願いいたします。』
球場内にはアナウンスが響き、歓声が巻き起こっている。
マウンドで花束を抱えた三橋は、球場を見まわすと深々と頭を下げた。

今年もシーズンが終わった。
三橋の所属チームはCSまで進んだものの、日本シリーズには手が届かなかった。
そしてシーズンオフのファン感謝デーイベントの最後。
三橋は花束を渡され、拍手と歓声を浴びている。
そう、今日は三橋の野球人生最後の日。
今シーズンをもって、プロ野球選手を引退する。

ちなみに花束を渡したのは、御幸だった。
かつて同じチームに所属しており、現在はメジャーリーガー。
だが今はシーズンオフで帰国している。
そしてこの日、サプライズゲストとして現れたのだ。

「まだやれるのに、もったいねぇな」
御幸は三橋に花束を渡すとき、そう言った。
球場の歓声のせいで、他の者には聞こえない。
三橋にだけ聞こえる音量で言ったのだ。
だが三橋はフルフルと首を振りながら、花束を受け取った。

三橋の引退は、三橋から申し出たものだった。
チームは契約更新を打診してきたのだ。
実際、三橋の成績は悪くなかった。
先発ローテーションには入れなかった。
だがセットアッパーやクローザーとして、チームの期待に応えてきたのだ。

だけどもう決めたから。
三橋は声に出さず、心の中だけでそう答えた。
もう充分、野球はした。
悔いはない。
惜しまれて、こうしてイベントで歓声を浴びながらグラウンドを去る。
これは野球選手としては、かなり幸せな終わり方ではなかろうか。

三橋は花束を抱きしめながら、もう一度球場を見回した。
華やかな舞台に上がるのは、これが最後。
感謝を込めて大きく手を振ると、ゆっくりとマウンドを降りた。

*****

「羨ましいなぁ。廉のヤツ」
沢村はマウンドに拍手を送りながら、ボヤく。
阿部はそんな沢村に「お前だって、カッコよかったぜ?」と茶化した。

沢村と阿部は球場のスタンドにいた。
シーズンオフのファン感謝デーイベント。
すでに野球から離れた2人がやって来た理由はたった1つしかない。
三橋の最後のユニフォーム姿を見るためだ。

その瞬間はイベントの最後だった。
球場の証明がワントーン暗くなり、マウンドにスポットが当たる。
その真ん中にいるのは、三橋だ。
そしてサプライズゲストの御幸が三橋に花束を渡していた。

「羨ましいなぁ」
沢村は三橋に拍手を送りながら、何度もボヤいた。
三橋より2年前に、沢村は引退していた。
だけどこんな終わり方じゃない。
メジャーには手が届かなかった。
チームから契約を切られ、トライアウトも受けた。
それでもどこからも声がかからなかったのだ。
あがいて、あがいて、あがいた結果の引退。
惜しまれながら、こうして送り出される三橋とは大違いだ。

「お前だって、カッコよかったぜ?」
阿部はそんな沢村を茶化したが、嘘は言っていない。
三橋のように、ここだと決めてやめるのも美しい。
だけどできるところまでとあがくのも、また美しいと思う。
そもそもプロ野球の世界に入れただけで、すでに尊敬モノなのだ。

「ありがとな」
沢村はやや照れながら、笑った。
三橋には三橋の、沢村には沢村の生き方がある。
阿部がそのどちらにも敬意を持ってくれているのが嬉しかったのだ。

やがて三橋が花束を抱きながら、退場していく。
そしてサプライズゲストの御幸が大きく手を振り、それに続いた。
これまた粋な演出に、球場は大盛り上がりだった。
このチームを去り、アメリカに渡ったかつての仲間。
今や国民的人気を誇る御幸が、プレゼンターを務めたのだから。

沢村は御幸にも拍手を送りながら、ふと思った。
三橋は、そして三橋の専属トレーナーだった阿部は。
いったいこれからどうするのだろう?

【続く】
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