「おお振り」×「◆A」10年後

【球界を盛り上げる2人の投手】

「うぉぉ!カッコ、いい!!」
三橋は声を上げながら、何度も表紙をなでる。
沢村が「だよなぁ!」と豪快に笑った。

プロ野球シーズンは順調にスタートした。
三橋は相変わらずチームの守護神、クローザーとして活躍している。
そして沢村も絶好調だ。
2人はチームは違うが、同じリーグの投手。
友人として、好敵手として、切磋琢磨しながら頑張っている。

好調を保ちながら、シーズン序盤が過ぎていく。
そして梅雨明けの声を聞いた頃のこと。
試合後の深夜に帰宅した2人は、近所のコンビニに出かけた。
お目当ては、この日発売のスポーツ総合雑誌。
今月号の特集は「球界を盛り上げる2人の投手」だ。
三橋と沢村のインタビューが掲載されているのである。

発売日に日付が変わったところで、三橋は沢村と一緒にコンビニに入る。
そしてちょうど店頭に並んだそれを見て「うぉぉ!カッコ、いい!!」と本の表紙をなでた。
表紙はそれぞれのチームのユニフォームに身を包んだ三橋と沢村だ。
背中合わせにポーズを決めて、カメラに挑戦的な視線を向けている。
こんな表情は三橋のキャラではないので、少々苦労した。
だけどカメラマンはカッコいい瞬間を、見事に切り取ってくれたようだ。

「早く買って、帰ろうぜ!」
「うん!」

三橋と沢村は1冊ずつ手に取ると、レジに向かう。
編集部に頼んで、知り合いに配るための冊数は確保している。
だけどどうしても今、1冊欲しかったのだ。
自分で買って、贈りたい相手がいるのだ。
おそらく沢村も同じだろう。
レジの店員は表紙の2人が雑誌を買うのに気づいて驚いていたようだが、何も言わずに会計してくれた。

「す、すごい!栄純、君、カッコいい!」
「廉だって、カッコいいじゃん!」

マンションに戻るなり、2人は阿部の部屋に飛び込んだ。
そしてすぐに買ってきたばかりの雑誌を読み始める。
特集記事は三橋と沢村のこれまでの経歴や現在の成績などを書いている。
そして2人を比較しながら、一方で仲の良さにも触れていた。
同じマンションに住んでおり、寮生活のようなノリで仲良くしていることも。
私服姿の2人の写真もあり、硬派でありながら親しみやすい記事になっていた。

「すごいよな。こんなメジャーな雑誌の特集になるなんて」
阿部は苦笑しながら、2人に冷たいお茶を出してくれた。
そして三橋が読んでいる雑誌の表紙を覗き込み「実物よりカッケェな」と苦笑する。
沢村が「阿部、ひどいぞ」と文句を言うが、もちろん本気ではないだろう。
写真写りはともかくとして、ライターはかなりカッコよくまとめてくれたのは間違いない。

「阿部、君!これ!」
雑誌を読み終えた三橋は、それを阿部に差し出した。
表紙の余白には三橋自身、そして沢村のサインを入れてある。
ファンなら垂涎の品。
三橋は自分で買ったこの本を、どうしても阿部に贈りたかったのだ。
ここまでずっと自分を支えてくれた阿部に、ささやかな感謝を込めて。

「いいのか?」
阿部はめんどくさそうな表情で、そう聞いてきた。
三橋は「うん!」と頷く。
わかっているのだ。
素っ気ない表情は照れ隠しで、内心すごく喜んでくれていると。

「今まで、ありがと、ございます。これからも」
「ああ。よろしくな。」

三橋が笑顔で手を差し出せば、阿部が握り返してくれる。
そして沢村が穏やかな表情で、2人の握手を見届けてくれた。

*****

「すっごく、嬉しかったんすよ。」
阿部はそう言って、ビールを缶のままゴクゴクと飲む。
電話の向こうでは御幸が『よくわかるよ』と言ってくれた。

スポーツ総合雑誌に、三橋と沢村の特集記事が載って約2週間。
その間の反響はすごかった。
三橋には両親や祖父母、親戚や友人などから連絡が相次いだ。
中には名前も思い出せないような、自称クラスメイトまで。
サインをくれとか、一緒に写真を撮ってくれとか、少々迷惑な依頼も多かった。
球場には出待ちのファンが増えたし、球団に届くファンレターも激増したらしい。

とにかく身辺がうるさくなったが、三橋本人のペースは変わらなかった。
どんなに騒がれても、決して驕り高ぶることはない。
トレーニングをして、体調を整え、登板が告げられれば淡々と投げる。
ニコニコ笑い、良く寝て、良く食べるいつもの三橋だ。

阿部の周辺も少々騒がしくなった。
三橋と会わせろとか、三橋のラインを教えろとか、不穏な問い合わせが多数。
また編集部から三橋に送られてきた雑誌を、知り合いに送るのを手伝わされた。
三橋は雑誌を祖父母や両親の他に、百枝や志賀を含めた西浦時代の仲間などに郵送することにしたのだ。
その袋詰めやあて名書きなどさせられ、慌ただしく時間が過ぎた。

そして雑誌発売から2週間、ようやく落ち着いてきたある日の深夜。
部屋でそろそろ寝ようとしていたところで、スマホが鳴った。
表示された名前は「御幸一也」。
アメリカからの国際電話だ。

「もしもし。お久しぶりです。」
『ああ。そうだな』
「そっちは何時ですか?」
『朝の11時だ』

阿部はそんなことを言いながら、壁に掛けられた時計を見た。
こちらの時刻はちょうど深夜1時。
おそらくこちらの時間を考慮して、電話をしてきたのだろう。

『今日、雑誌が届いたんだ。しかも沢村と三橋のサイン入り。』
「高く売れるかもですよ。で、読んでどうでした?」
『何だか泣きそうになった。感無量ってやつ?』
「わかります。でもなんで」

なんでオレに電話をしてきたんですか?
沢村は思わずそう聞きそうになった。
雑誌の話は載った2人、特に恋人の沢村と話せばよいと思う。
どうして阿部に電話をしてきたのか。

そう聞きかけた阿部だったが、すぐに思い直した。
御幸も雑誌を読んで、嬉しかったはずだ。
だから阿部とその気持ちを共有したかったのだろう。
メジャーなスポーツ雑誌、これに特集されるのはアスリートとして一流の証。
そこに恋人が選ばれた、この誇らしさを。

「御幸先輩も何年か前に、あの雑誌に載りましたよね?」
『ああ。俺は2人でじゃなく、単独で』
「何気に自慢、入ってます?」
『まぁな。まだまだ追いつかれるわけにはいかないから。』

電話の向こうの御幸は、相変わらずの負けず嫌い。
だけどやはり喜びは隠せない。
沢村の成長が認められることが、嬉しいのだろう。
阿部は御幸と喋りながら、キッチンに向かう。
そして缶ビールを取り出した。
もう寝るつもりだったけれど、すごく飲みたい気分だった。

「すっごく、嬉しかったんすよ。」
阿部はそう言って、ビールを缶のままゴクゴクと飲んだ。
電話の向こうでは御幸が『よくわかるよ』と言ってくれる。
阿部は「今夜は良い夜です」と笑った。

三橋も沢村も、好調のままシーズンを駆け抜けた。
そして新たなステージの入口に立つことになる。
だがそれはまだもう少し先の話。
阿部と御幸は遠く離れた日本とアメリカで、恋人の成功を喜んでいた。

【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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