「おお振り」×「◆A」10年後

【新しいシーズン】

「バックのみなさん、よろしくお願いしやす!」
沢村がマウンドで声を張る。
高校時代から続く、お馴染みのルーティーンだ。
御幸はパソコン画面でそれを見ながら、思わず笑みを漏らしていた。

御幸はアメリカで順調な日々を過ごしていた。
それは長い時間をかけた下調べの結果だ。
アメリカと日本の違いは徹底的に研究した。
英語もしっかり磨いていたので、すんなりチームに溶け込めた。

そして開幕戦の先発捕手の座も射止めた。
まったくここまでは怖いくらいに順調だ。
だけど御幸は驕ることなく、調整を重ねていた。
ここはアメリカ、日本以上にシビアな世界。
結果を出さなければ、すぐにお払い箱だ。

そして3月某日。
日本のプロ野球は、アメリカより先に開幕した。
御幸はそれをパソコンで観戦している。
まったく便利な世の中だ。
アメリカにいながらにして、リアルタイムで日本の試合が見られるのだから。

ちなみに時刻は午前2時。
時差は14時間、正直言って身体にはキツい夜更かしだ。
それでもやはり開幕戦は見逃せない。
試合開始時間にチャンネルを合わせれば、画面越しに懐かしい声が聞こえた。

「いよいよ開幕、シーズンの始まりです!」
「今年こそ優勝を目指して、突っ走りましょう!」
「それではガンガン打たせていきますんで!」
「バックのみなさん、よろしくお願いしやす!」

高校生の頃からお馴染みの沢村の雄叫び。
もはや野球ファンで知らない者はいない。
そう、沢村はマウンドにいる。
昨シーズンの終わりから調子を上げて、開幕投手になったのだ。

「変わらねーな。お前は。」
御幸はパソコン画面の中の沢村に笑いかけた。
そして「オレも負けてられねーな」と頷く。
正直言って、日本との勝手の違いにまだ戸惑いも多い。
だけど二軍落ちから這い上がった沢村の雄姿を見せられれば、闘志が湧く。

沢村は7回まで投げて、無失点。
そしてチームは3点リードの状態で、次の投手にマウンドを譲った。
御幸はそこでチャンネルを変える。
今度は古巣である、元のチームの試合だ。
タイミングよく、マウンドには三橋が上がったところだった。
そして御幸が座っていた場所には、奥村がいた。

「頑張れ。三橋!」
思わず声が出た。
それに答えるように、三橋は淡々と投げていく。
沢村とは対照的に、表情からはまったく感情が読めない。
だが決して冷めているわけではない。
沢村と負けず劣らず、心の奥底はしっかり熱い。
昨年まで御幸と一緒に戦った頼もしい守護神だ。

三橋も無失点で投げ抜き、チームは初戦を勝利で飾った。
そこで御幸はパソコンを落とす。
寝不足は必至だが、その価値はあった。
御幸が愛した投手たちは、日本で頑張っている。
彼らは投球で御幸に気合いを入れてくれたのだ。

「おやすみ。」
御幸は最愛の恋人を心に思い浮かべながら、ベットに入った。
こちらの開幕戦を、彼らは見てくれるだろう。
だから絶対に負けられない。

*****

「御幸先輩!」
沢村は元気いっぱい声を張る。
だがすぐに「うるせぇよ」と拳骨を落とされてしまった。

4月某日の朝、沢村は三橋の部屋にいた。
そこには阿部と奥村、倉持とこのフロアの住人が集合している。
全員がヨレヨレのスウェット上下で、頭もくしゃくしゃ。
そう、わかりやすく寝起きだった。
それでもどうしても、この日この時間に集まる必要があった。

何しろこの日はアメリカメジャーリーグの開幕なのだ。
4人はそれを一緒に観戦することに決めた。
完全に寝起きの彼らは阿部が淹れた濃いコーヒーで眠気を覚ます。
そしてテレビのCS放送に見入っていた。

「ユニフォーム、カッコいい!」
テレビ越しで新天地にいる御幸を見た、沢村の第一声だ。
三橋も「そう、だね!」と頷く。
見慣れないメジャー球団のユニフォームに身を包む御幸は新鮮だったのだ。

「御幸先輩!頑張れ~!」
完全に目が覚めた沢村が、朝っぱらからテンション高く声を張る。
すると倉持が「うるせぇよ」と拳骨を落とした。
そして奥村が「近所迷惑ですよ」とすかさずツッコミを入れる。
そう、ここは普通のマンション。
このフロアは問題ないが、上下にも人が住んでおり、早朝から大声などもっての他だ。

「あれ?御幸、先輩、リード、してない?」
試合が始まってすぐに、そんなことを言い出したのは三橋だった。
画面の中の御幸は一球ごとに自軍のベンチを見ていたからだ。
おどらく配球はベンチが決めている。

「アメリカはそういうもんらしいぞ。」
阿部がすかさずそう説明した。
日本では捕手が考えると思われている配球。
だがアメリカでは投手が投げたいボールが優先されるのだ。
例えば打たれた場合、それがネガティブな成績が加算されるのは投手。
たとえば被安打数とか、防御率など。
捕手にリードさせて、その責任を投手が被るのは理不尽という考え方なのだ。

「ちなみに捕球のとき、ミットが鳴るのもよくないそうだ。」
阿部がさらに説明してくれる。
これまた日本では良い音がするのは、ミットの芯で捕球する技術と思われている。
だがアメリカでは違う。
捕手が芯で捕れるような、あまり動かないボールとこれまた投手のネガティブ要素になるのだ。

「いろいろ違って、苦労してんすね。」
沢村は阿部のいうことに、いちいち頷いて見せる。
だがまたしても倉持に拳骨を食らった。
仮にも沢村もメジャーに行きたいと球団に掛け合い、捜してもらっている身なのだ。
このくらいの知識は勉強して、しかるべきだ。
倉持は容赦なくそれを指摘し、沢村はしょんぼりと肩を落とした。
それでも試合が盛り上がれば、元気になるのも沢村だ。
そして今度は「うるせぇ」とまた拳骨の無限ループだ。

結局、御幸たちのチームは勝った。
投手陣は少々打たれたものの、それ以上に点を取ったのだ。
御幸は4打席で1安打、まずまずだ。
この調子が続けば、おそらく御幸の地位は安泰となるだろう。

「オレも頑張る!」
試合が終わると、沢村はグッと拳を握りしめた。
御幸は渡米早々、頑張って結果を出した。
これはお前も頑張れっていう御幸からのエール。
沢村はそんな風に解釈をしたし、それは間違っていない。

こうして沢村と御幸の新しいシーズンは始まった。
遠距離恋愛は正直言ってつらい。
だけどモチベーションは高かった。
開幕戦で恋人に恥じるようなプレイだけはしないと、固く心に誓ったからだ。

【続く】
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