「おお振り」×「◆A」10年後
【スマホデビュー】
「栄純、君。栄純、君!」
三橋に揺すられて、沢村は目を覚ました。
時刻は深夜、涙と冷たい寝汗が容赦なく沢村を冷やしていた。
シーズンオフになり、御幸は旅立った。
本格的な渡米ではなく、まずは生活の基盤を作るため。
新しい球団に挨拶をしたり、住む場所を整える。
そして一度帰国し、年末年始は日本で過ごす予定だった。
御幸がいなくなった後、沢村は三橋の部屋で寝ることが増えた。
覚悟はしていたものの、やはり猛烈に寂しいからだ。
三橋はごく普通にそれを受け入れていた。
沢村の世話を焼き、一緒に食事をして、夜は同じベットで寝る。
実は三橋と阿部の時間を奪っているのだが、そこは沢村。
邪魔をしているというところに頭が働かない。
ちなみに阿部は少々不満はあるけれど、今は仕方がないと諦めている。
そんなある夜のこと。
沢村は三橋と一緒にベットに入った。
阿部が作った夕飯で腹も膨れ、寝つきの良い2人はすぐに眠りに落ちる。
そして沢村は御幸の夢を見た。
夢の中の御幸は、アメリカで大成功していた。
メジャー球団ですぐに正捕手となり、スターになった。
そしてその横には見知らぬ可愛い女性がいた。
沢村は御幸に駆け寄る。
だけど御幸はその女性の腕を取り、沢村には気づかず去っていく。
そんなベタな悪夢だ。
「栄純、君。栄純、君!」
三橋に揺すられて、沢村は目を覚ました。
顔は涙で濡れているし、身体中冷たい寝汗をかいている。
三橋は心配そうな顔で沢村を覗き込んでいた。
どうやらかなりうなされていたらしい。
「だい、じょぶ?」
三橋は心配そうに声をかけてくれた。
沢村が頷くと、ベットから出ていく。
そしてすぐにタオルとミネラルウォーターのボトルを持って戻って来た。
「ありがとな。廉」
「ううん。気に、しないで」
沢村は三橋からタオルを受け取り、ガシガシと顔と身体を拭く。
そしてミネラルウォーターをゴクゴクと飲んだ。
三橋が使ったタオルと空のボトルを手に、また出ていく。
そこで沢村は時計を見た。深夜2時40分。
「また、寝よ?」
再び戻って来た三橋がベットに潜り込むと、電気を消した。
沢村は「うん」と頷く。
だが変な起き方をしてしまったせいだろう。
今度は三橋も沢村もなかなか眠れなくなってしまった。
「御幸、先輩。連絡、ないね。」
暗闇の中で、三橋がポツリと呟いた。
何とはなしに四六時中沢村と一緒に過ごしている。
2人があまり連絡を取り合っていないことに気付いていたのだ。
「メールは来るけど」
「でも、少ない、よ。テレビ、電話とか、しないの?」
「御幸先輩は今回、パソコン持って行ってないから。」
「スマホ、は?」
「あの人は今時珍しいガラケーの人だぞ?」
沢村は深い深いため息をつく。
そう、テレビ電話くらいはしたいのだ。
だが御幸はスマートに見えて、ITに関して保守的だった。
やがて三橋の寝息が聞こえ始めた。
その前に「よし」とか何とか言った気がするが、聞いても返事はなさそうだ。
沢村は三橋の身体に抱きつくようにして、眠りに落ちた。
御幸がいない今、三橋を抱き枕にすると妙に落ち着く。
*****
「御幸、先輩!これ、に、しましょう!」
テンション高いその声に、御幸は完全に気圧されていた。
普段おとなしいヤツが強気になると怖いと、今さらのように思い知らされた。
渡米して生活の基盤を固めた御幸は、帰国した。
いろいろ迷ったけれど、年末年始は実家で過ごすことにしている。
だがクリスマスと三が日以降は、元いたマンションだ。
もう自分の部屋は奥村に譲ったが、沢村の部屋に泊めてもらう。
御幸は知らない。
沢村が御幸と離れて人知れず涙したことを。
悪夢の件は誰にも秘密にして欲しいと、三橋にしっかり口止めしたからだ。
だけど御幸は御幸で寂しい思いはしていたのだ。
沢村がいない生活がこんなにつらいとは思わなかった。
だからこそ残された時間は、2人で柄にもなくラブラブに過ごそうと思っていたのだが。
「御幸、先輩!買い物、行きましょう!」
空港から直接沢村に部屋にやって来た御幸を出迎えたのは、なぜか三橋だった。
挨拶もそこそこどころか、ほぼなし。
そして御幸の手を引いて、出かけようとする。
沢村が「オレも行く!」と続き、事情を知っているらしい阿部が苦笑していた。
「おい!どこに行くんだよ!?」
「行け、ば、わかり、ます!」
「そうっすよ!」
三橋と沢村に両側を固められ、連行されたのは携帯ショップだった。
御幸が今時珍しいガラケーを契約している会社の系列だ。
なんで携帯ショップ?
唖然としている御幸を置き去りにして、沢村と三橋が機種を選び始める。
見ているのは、最新のスマホのラインナップだ。
「今回は三橋が燃えてまして。」
呆然と2人を見ていた御幸の隣で、阿部が口を開いた。
御幸は思わず「何で?何を?」と聞き返す。
何がどうなっているのか、さっぱりわからない。
すると阿部が「栄純、君、の、ために、頑張る!」と裏声になる。
三橋に少しも似ていないのに、なぜか三橋の口真似だとわかった。
「御幸先輩。アメリカにいる間、あんまり沢村と連絡取ってないでしょう?」
「ああ。まぁ。」
「それで三橋が怒ってるんですよ。電話ぐらいしろって。」
「でもガラケーだし。」
「だからその言い訳を封じようとしているらしいです。」
あまりのことに、御幸の顎が落ちた。
確かにあまり連絡できなかった自覚はある。
だけどあくまで一時的な渡米だし、いいかと思ったのだ。
それがまさか沢村ではなく三橋の逆鱗に触れるとは、夢にも思わなかった。
「御幸、先輩!これ、に、しましょう!」
「カッコいいなぁ。オレもお揃いに買い替えようかな。」
「替え、ちゃえ!」
「黒がいいかな。シルバーもクールだし。」
「どっちも、いい!」
三橋と沢村が子供のようにはしゃいでいる。
御幸は観念して「わかった」と頷いた。
どうやら買い替えさせられるのは必須のようだ。
だが阿部は「それだけじゃないっすよ」と教えてくれた。
「帰ったら、ビデオチャットアプリをダウンロードさせられますよ。」
「何、それ?」
「テレビ電話です。日本にいる間に使いこなせるようにさせるそうです。」
「何で。メールとかじゃダメなのかよ?」
「いつどこにいても顔見て話せるようにさせるそうです。」
「ガラケーユーザーにいきなりハードル高けぇよ。」
「だから。そういう言い訳を封じるそうです。」
御幸はガックリと肩を落とした。
電話など通話とメールができれば充分、余計なものはいらない。
そんな御幸のささやかなポリシーはあっさりと破壊されてしまったようだ。
それでもいつでも沢村の顔を見て、話ができるというのは嬉しい。
これから始まる異国での長い戦いの支えになるはずだ。
「ゲ!高けぇ!」
スマホの値段を見た御幸は最後にささやかな抵抗をした。
だが三橋に「年俸、高い、くせに!」とあっけなく敗北だ。
こうしてずっと守り続けた御幸のガラケー生活は終わりを告げたのだった。
【続く】
「栄純、君。栄純、君!」
三橋に揺すられて、沢村は目を覚ました。
時刻は深夜、涙と冷たい寝汗が容赦なく沢村を冷やしていた。
シーズンオフになり、御幸は旅立った。
本格的な渡米ではなく、まずは生活の基盤を作るため。
新しい球団に挨拶をしたり、住む場所を整える。
そして一度帰国し、年末年始は日本で過ごす予定だった。
御幸がいなくなった後、沢村は三橋の部屋で寝ることが増えた。
覚悟はしていたものの、やはり猛烈に寂しいからだ。
三橋はごく普通にそれを受け入れていた。
沢村の世話を焼き、一緒に食事をして、夜は同じベットで寝る。
実は三橋と阿部の時間を奪っているのだが、そこは沢村。
邪魔をしているというところに頭が働かない。
ちなみに阿部は少々不満はあるけれど、今は仕方がないと諦めている。
そんなある夜のこと。
沢村は三橋と一緒にベットに入った。
阿部が作った夕飯で腹も膨れ、寝つきの良い2人はすぐに眠りに落ちる。
そして沢村は御幸の夢を見た。
夢の中の御幸は、アメリカで大成功していた。
メジャー球団ですぐに正捕手となり、スターになった。
そしてその横には見知らぬ可愛い女性がいた。
沢村は御幸に駆け寄る。
だけど御幸はその女性の腕を取り、沢村には気づかず去っていく。
そんなベタな悪夢だ。
「栄純、君。栄純、君!」
三橋に揺すられて、沢村は目を覚ました。
顔は涙で濡れているし、身体中冷たい寝汗をかいている。
三橋は心配そうな顔で沢村を覗き込んでいた。
どうやらかなりうなされていたらしい。
「だい、じょぶ?」
三橋は心配そうに声をかけてくれた。
沢村が頷くと、ベットから出ていく。
そしてすぐにタオルとミネラルウォーターのボトルを持って戻って来た。
「ありがとな。廉」
「ううん。気に、しないで」
沢村は三橋からタオルを受け取り、ガシガシと顔と身体を拭く。
そしてミネラルウォーターをゴクゴクと飲んだ。
三橋が使ったタオルと空のボトルを手に、また出ていく。
そこで沢村は時計を見た。深夜2時40分。
「また、寝よ?」
再び戻って来た三橋がベットに潜り込むと、電気を消した。
沢村は「うん」と頷く。
だが変な起き方をしてしまったせいだろう。
今度は三橋も沢村もなかなか眠れなくなってしまった。
「御幸、先輩。連絡、ないね。」
暗闇の中で、三橋がポツリと呟いた。
何とはなしに四六時中沢村と一緒に過ごしている。
2人があまり連絡を取り合っていないことに気付いていたのだ。
「メールは来るけど」
「でも、少ない、よ。テレビ、電話とか、しないの?」
「御幸先輩は今回、パソコン持って行ってないから。」
「スマホ、は?」
「あの人は今時珍しいガラケーの人だぞ?」
沢村は深い深いため息をつく。
そう、テレビ電話くらいはしたいのだ。
だが御幸はスマートに見えて、ITに関して保守的だった。
やがて三橋の寝息が聞こえ始めた。
その前に「よし」とか何とか言った気がするが、聞いても返事はなさそうだ。
沢村は三橋の身体に抱きつくようにして、眠りに落ちた。
御幸がいない今、三橋を抱き枕にすると妙に落ち着く。
*****
「御幸、先輩!これ、に、しましょう!」
テンション高いその声に、御幸は完全に気圧されていた。
普段おとなしいヤツが強気になると怖いと、今さらのように思い知らされた。
渡米して生活の基盤を固めた御幸は、帰国した。
いろいろ迷ったけれど、年末年始は実家で過ごすことにしている。
だがクリスマスと三が日以降は、元いたマンションだ。
もう自分の部屋は奥村に譲ったが、沢村の部屋に泊めてもらう。
御幸は知らない。
沢村が御幸と離れて人知れず涙したことを。
悪夢の件は誰にも秘密にして欲しいと、三橋にしっかり口止めしたからだ。
だけど御幸は御幸で寂しい思いはしていたのだ。
沢村がいない生活がこんなにつらいとは思わなかった。
だからこそ残された時間は、2人で柄にもなくラブラブに過ごそうと思っていたのだが。
「御幸、先輩!買い物、行きましょう!」
空港から直接沢村に部屋にやって来た御幸を出迎えたのは、なぜか三橋だった。
挨拶もそこそこどころか、ほぼなし。
そして御幸の手を引いて、出かけようとする。
沢村が「オレも行く!」と続き、事情を知っているらしい阿部が苦笑していた。
「おい!どこに行くんだよ!?」
「行け、ば、わかり、ます!」
「そうっすよ!」
三橋と沢村に両側を固められ、連行されたのは携帯ショップだった。
御幸が今時珍しいガラケーを契約している会社の系列だ。
なんで携帯ショップ?
唖然としている御幸を置き去りにして、沢村と三橋が機種を選び始める。
見ているのは、最新のスマホのラインナップだ。
「今回は三橋が燃えてまして。」
呆然と2人を見ていた御幸の隣で、阿部が口を開いた。
御幸は思わず「何で?何を?」と聞き返す。
何がどうなっているのか、さっぱりわからない。
すると阿部が「栄純、君、の、ために、頑張る!」と裏声になる。
三橋に少しも似ていないのに、なぜか三橋の口真似だとわかった。
「御幸先輩。アメリカにいる間、あんまり沢村と連絡取ってないでしょう?」
「ああ。まぁ。」
「それで三橋が怒ってるんですよ。電話ぐらいしろって。」
「でもガラケーだし。」
「だからその言い訳を封じようとしているらしいです。」
あまりのことに、御幸の顎が落ちた。
確かにあまり連絡できなかった自覚はある。
だけどあくまで一時的な渡米だし、いいかと思ったのだ。
それがまさか沢村ではなく三橋の逆鱗に触れるとは、夢にも思わなかった。
「御幸、先輩!これ、に、しましょう!」
「カッコいいなぁ。オレもお揃いに買い替えようかな。」
「替え、ちゃえ!」
「黒がいいかな。シルバーもクールだし。」
「どっちも、いい!」
三橋と沢村が子供のようにはしゃいでいる。
御幸は観念して「わかった」と頷いた。
どうやら買い替えさせられるのは必須のようだ。
だが阿部は「それだけじゃないっすよ」と教えてくれた。
「帰ったら、ビデオチャットアプリをダウンロードさせられますよ。」
「何、それ?」
「テレビ電話です。日本にいる間に使いこなせるようにさせるそうです。」
「何で。メールとかじゃダメなのかよ?」
「いつどこにいても顔見て話せるようにさせるそうです。」
「ガラケーユーザーにいきなりハードル高けぇよ。」
「だから。そういう言い訳を封じるそうです。」
御幸はガックリと肩を落とした。
電話など通話とメールができれば充分、余計なものはいらない。
そんな御幸のささやかなポリシーはあっさりと破壊されてしまったようだ。
それでもいつでも沢村の顔を見て、話ができるというのは嬉しい。
これから始まる異国での長い戦いの支えになるはずだ。
「ゲ!高けぇ!」
スマホの値段を見た御幸は最後にささやかな抵抗をした。
だが三橋に「年俸、高い、くせに!」とあっけなく敗北だ。
こうしてずっと守り続けた御幸のガラケー生活は終わりを告げたのだった。
【続く】