「おお振り」×「◆A」10年後
【オオカミ小僧】
「すごく良い部屋ですね。」
物静かな男が部屋を見回しながら、感想を言う。
三橋は「でしょ?」と答え、「ウヒ」と笑った。
日本シリーズも終わり、いよいよシーズンオフ。
三橋は契約を更改し、昨年より年俸がアップした。
これなら来年、専属トレーナーを続けてくれる阿部のギャラも上げられる。
沢村は現状維持での契約となった。
二軍降格の後の快進撃と、なかなか激動の1年だったのだ。
どうやらチームはトータルでトントンという判断をしたようだ。
そして来年からは御幸のように、移籍できるアメリカの球団を捜すつもりだそうだ。
そんな中、御幸だけは淡々とここを去る準備を進めていた。
具体的には引越しの準備だ。
アメリカに送る荷物を段ポールに詰めていく。
持って行かない物は、沢村や三橋たちにくれたり、実家に送ったりしていた。
そしてこの日、三橋は新たな人物をマンションに案内していた。
このフロアの住人全員と顔見知りであるプロ野球選手。
そして今まで住んでいた球団の寮を出て、都内に部屋を捜していた人物だ。
「ここ、だよ~!」
彼を案内してきた三橋は、荷造り中の御幸の部屋に案内した。
御幸も事前に知らされており「よぉ。来たな」と軽く応じる。
そして箱詰めを手伝っていた沢村が「オオカミ小僧!久しぶりだな」と高笑いした。
オオカミ小僧こと奥村光舟。
彼こそ御幸の部屋を引継ぎ、この部屋に住むことになった男である。
青道高校で沢村の1年後輩の捕手。
態度こそあまりよろしくないが、打倒御幸を目標に頑張って来た男だ。
長めの髪や雰囲気からオオカミと評された彼の雰囲気は、今も健在。
家主代行の三橋に案内されて、部屋に入った奥村は「すごく良い部屋ですね」と評した。
「御幸先輩、大きな家具とか置いていくそうだから、そのまま使えるぞ。」
「それに、縁起、いい、よ!」
「助かります。」
阿部と三橋が説明すると、奥村は礼儀正しく頭を下げる。
高校は違うが、合同練習などで顔見知りなのだ。
投手としての三橋も尊敬してくれているらしい。
三橋も奥村も言葉数は多くないわりには、結構話をした記憶がある。
だが沢村が「楽しくやろうぜ!」などと声をかけても、奥村はサクッとスルーだ。
いや、沢村のことだってそれなりに尊敬はしていると思う。
でも沢村の無駄に高いテンションは、マイナス評価らしい。
「何だよぉ~!オオカミ小僧」
「いいかげんその呼び名はやめてください。」
「何でだよ!?」
「もう小僧って歳じゃありませんから。」
「じゃあ、オオカミ野郎?」
「素直にやめられないんですか?」
まるで高校の頃のように、沢村と奥村がポンポンと言い合う。
でも楽しそうにじゃれ合っているようで、三橋は「ウヘヘ」と笑った。
奥村は部屋を見る前から、引っ越しを決めていたようだ。
この内見もあくまで形式的なもの。
御幸の家具や家電類はそのまま奥村に引き継がれ、引っ越しも最小限で済む。
いろいろな意味でウィンウィンだ。
「よろしく!奥村君!」
三橋が手を差し出すと、奥村が「どうも」と握手をする。
だが沢村が手を出しても、またしてもシカトだ。
三橋はそれを見ながら「でも仲良し」と笑う。
そしてよかったと思いながら、阿部を見たのだが。
阿部は何とも微妙な表情で、御幸を見ていた。
御幸は苦虫をかみ殺したように、沢村と奥村を見ている。
あれ?何かまずかった?
三橋はその意味がわからずに、ただただ首を傾げていた。
*****
大丈夫か、これ?
阿部は微妙な気分で、御幸を見た。
予想通り御幸は苦虫をかみ殺したような顔で、じゃれ合う沢村と奥村を見ていた。
シーズンが終わり、ついに御幸が渡米することになった。
御幸は毎日荷造りに明け暮れており、日に日に見慣れた部屋がガランとしていく。
これはこれで寂しいことだと、感傷に浸るヒマはなかった。
三橋が話をつけ、新しい住人がやって来たのだ。
「御幸先輩、大きな家具とか置いていくそうだから、そのまま使えるぞ。」
阿部は顔馴染みである後輩、奥村にそう言ってやった。
当初、御幸は家具や家電の類は処分しようと思っていたのだ。
だが奥村は独身寮住まいで、引っ越すならこれらのものを買うしかない。
つまりこの譲渡はウィンウィンなのである。
「それに、縁起、いい、よ!」
三橋がそんな風に言い添えた。
今や日本球界を代表すると言っても過言ではない捕手、御幸。
その御幸の部屋は、同じ捕手の奥村としても縁起が良いはずだ。
しかも奥村は高校時代から御幸を追い抜くことを目標にしていたようだし。
「助かります。」
礼儀正しく頭を下げる奥村は、三橋とは何気に気が合う。
捕手は基本、コントロールが良い投手は大好物なのだ。
阿部もそうだったが、御幸も初めて三橋の投球を見たときには大いに興奮した。
頭脳派と呼ばれる奥村だって、同じはずだ。
面白いのは、沢村と奥村の関係だった。
一見、言い争っているようで、見事な掛け合いになっている。
ボケとツッコミ、さながら漫才。
気兼ねなくポンポンと言い合う2人が見ていて楽しくはあるのだが。
御幸先輩、妬いてねぇか?
阿部は御幸をチラリと見ながら、そう思った。
沢村と奥村が即興漫才を繰り広げるのを、何とも微妙な表情で見ているからだ。
何だかんだで仲が良い2人が、来年からは隣人になる。
もしかして、などと考えているのではなかろうか。
「よろしく!奥村君!」
阿部の考えなどお構いなしに三橋が手を差し出すと、奥村が「どうも」と握手をする。
そう、来シーズンから奥村は三橋のチームに移籍するのだ。
絶対的捕手の御幸がチームを去る。
そこで捕手の補強を図ったわけである。
だからこれからチームでは正捕手争いが激化するだろう。
奥村が勝ち残れば、三橋とバッテリーを組む可能性が高いのだ。
「三橋先輩と組めるなんて、光栄です。」
自信家であり、野心家である奥村はそう言った。
彼にとって、正捕手になるのは決定事項。
守護神の三橋と組むのは当たり前なのだ。
「そうだ!後で、キャッチボール、しよう!」
「いいですね。ぜひ。」
三橋の子供のような提案に、奥村は頷いている。
その時、阿部はハタと思った。
御幸と沢村には素っ気ない奥村が、なぜか三橋には懐いている。
沢村との漫才より、こっちの方がヤバくないか?
ふと気づくと、御幸はニヤニヤとこちらを見ている。
阿部は思わず「ハァァ」とため息をついた。
投手と捕手は惹かれ合うもの。
つまり投手に恋した捕手の恋敵は、捕手なのだ。
「とりあえずコーヒーでも淹れるか。」
阿部は三橋と奥村の会話を遮るように、そう言った。
カッコ悪い?何とでも言うがいい。
御幸が沢村と遠距離恋愛を決意したように、阿部もまた三橋を離す気はないのだ。
【続く】
「すごく良い部屋ですね。」
物静かな男が部屋を見回しながら、感想を言う。
三橋は「でしょ?」と答え、「ウヒ」と笑った。
日本シリーズも終わり、いよいよシーズンオフ。
三橋は契約を更改し、昨年より年俸がアップした。
これなら来年、専属トレーナーを続けてくれる阿部のギャラも上げられる。
沢村は現状維持での契約となった。
二軍降格の後の快進撃と、なかなか激動の1年だったのだ。
どうやらチームはトータルでトントンという判断をしたようだ。
そして来年からは御幸のように、移籍できるアメリカの球団を捜すつもりだそうだ。
そんな中、御幸だけは淡々とここを去る準備を進めていた。
具体的には引越しの準備だ。
アメリカに送る荷物を段ポールに詰めていく。
持って行かない物は、沢村や三橋たちにくれたり、実家に送ったりしていた。
そしてこの日、三橋は新たな人物をマンションに案内していた。
このフロアの住人全員と顔見知りであるプロ野球選手。
そして今まで住んでいた球団の寮を出て、都内に部屋を捜していた人物だ。
「ここ、だよ~!」
彼を案内してきた三橋は、荷造り中の御幸の部屋に案内した。
御幸も事前に知らされており「よぉ。来たな」と軽く応じる。
そして箱詰めを手伝っていた沢村が「オオカミ小僧!久しぶりだな」と高笑いした。
オオカミ小僧こと奥村光舟。
彼こそ御幸の部屋を引継ぎ、この部屋に住むことになった男である。
青道高校で沢村の1年後輩の捕手。
態度こそあまりよろしくないが、打倒御幸を目標に頑張って来た男だ。
長めの髪や雰囲気からオオカミと評された彼の雰囲気は、今も健在。
家主代行の三橋に案内されて、部屋に入った奥村は「すごく良い部屋ですね」と評した。
「御幸先輩、大きな家具とか置いていくそうだから、そのまま使えるぞ。」
「それに、縁起、いい、よ!」
「助かります。」
阿部と三橋が説明すると、奥村は礼儀正しく頭を下げる。
高校は違うが、合同練習などで顔見知りなのだ。
投手としての三橋も尊敬してくれているらしい。
三橋も奥村も言葉数は多くないわりには、結構話をした記憶がある。
だが沢村が「楽しくやろうぜ!」などと声をかけても、奥村はサクッとスルーだ。
いや、沢村のことだってそれなりに尊敬はしていると思う。
でも沢村の無駄に高いテンションは、マイナス評価らしい。
「何だよぉ~!オオカミ小僧」
「いいかげんその呼び名はやめてください。」
「何でだよ!?」
「もう小僧って歳じゃありませんから。」
「じゃあ、オオカミ野郎?」
「素直にやめられないんですか?」
まるで高校の頃のように、沢村と奥村がポンポンと言い合う。
でも楽しそうにじゃれ合っているようで、三橋は「ウヘヘ」と笑った。
奥村は部屋を見る前から、引っ越しを決めていたようだ。
この内見もあくまで形式的なもの。
御幸の家具や家電類はそのまま奥村に引き継がれ、引っ越しも最小限で済む。
いろいろな意味でウィンウィンだ。
「よろしく!奥村君!」
三橋が手を差し出すと、奥村が「どうも」と握手をする。
だが沢村が手を出しても、またしてもシカトだ。
三橋はそれを見ながら「でも仲良し」と笑う。
そしてよかったと思いながら、阿部を見たのだが。
阿部は何とも微妙な表情で、御幸を見ていた。
御幸は苦虫をかみ殺したように、沢村と奥村を見ている。
あれ?何かまずかった?
三橋はその意味がわからずに、ただただ首を傾げていた。
*****
大丈夫か、これ?
阿部は微妙な気分で、御幸を見た。
予想通り御幸は苦虫をかみ殺したような顔で、じゃれ合う沢村と奥村を見ていた。
シーズンが終わり、ついに御幸が渡米することになった。
御幸は毎日荷造りに明け暮れており、日に日に見慣れた部屋がガランとしていく。
これはこれで寂しいことだと、感傷に浸るヒマはなかった。
三橋が話をつけ、新しい住人がやって来たのだ。
「御幸先輩、大きな家具とか置いていくそうだから、そのまま使えるぞ。」
阿部は顔馴染みである後輩、奥村にそう言ってやった。
当初、御幸は家具や家電の類は処分しようと思っていたのだ。
だが奥村は独身寮住まいで、引っ越すならこれらのものを買うしかない。
つまりこの譲渡はウィンウィンなのである。
「それに、縁起、いい、よ!」
三橋がそんな風に言い添えた。
今や日本球界を代表すると言っても過言ではない捕手、御幸。
その御幸の部屋は、同じ捕手の奥村としても縁起が良いはずだ。
しかも奥村は高校時代から御幸を追い抜くことを目標にしていたようだし。
「助かります。」
礼儀正しく頭を下げる奥村は、三橋とは何気に気が合う。
捕手は基本、コントロールが良い投手は大好物なのだ。
阿部もそうだったが、御幸も初めて三橋の投球を見たときには大いに興奮した。
頭脳派と呼ばれる奥村だって、同じはずだ。
面白いのは、沢村と奥村の関係だった。
一見、言い争っているようで、見事な掛け合いになっている。
ボケとツッコミ、さながら漫才。
気兼ねなくポンポンと言い合う2人が見ていて楽しくはあるのだが。
御幸先輩、妬いてねぇか?
阿部は御幸をチラリと見ながら、そう思った。
沢村と奥村が即興漫才を繰り広げるのを、何とも微妙な表情で見ているからだ。
何だかんだで仲が良い2人が、来年からは隣人になる。
もしかして、などと考えているのではなかろうか。
「よろしく!奥村君!」
阿部の考えなどお構いなしに三橋が手を差し出すと、奥村が「どうも」と握手をする。
そう、来シーズンから奥村は三橋のチームに移籍するのだ。
絶対的捕手の御幸がチームを去る。
そこで捕手の補強を図ったわけである。
だからこれからチームでは正捕手争いが激化するだろう。
奥村が勝ち残れば、三橋とバッテリーを組む可能性が高いのだ。
「三橋先輩と組めるなんて、光栄です。」
自信家であり、野心家である奥村はそう言った。
彼にとって、正捕手になるのは決定事項。
守護神の三橋と組むのは当たり前なのだ。
「そうだ!後で、キャッチボール、しよう!」
「いいですね。ぜひ。」
三橋の子供のような提案に、奥村は頷いている。
その時、阿部はハタと思った。
御幸と沢村には素っ気ない奥村が、なぜか三橋には懐いている。
沢村との漫才より、こっちの方がヤバくないか?
ふと気づくと、御幸はニヤニヤとこちらを見ている。
阿部は思わず「ハァァ」とため息をついた。
投手と捕手は惹かれ合うもの。
つまり投手に恋した捕手の恋敵は、捕手なのだ。
「とりあえずコーヒーでも淹れるか。」
阿部は三橋と奥村の会話を遮るように、そう言った。
カッコ悪い?何とでも言うがいい。
御幸が沢村と遠距離恋愛を決意したように、阿部もまた三橋を離す気はないのだ。
【続く】