「おお振り」×「◆A」10年後

【お祭り騒ぎ】

「行っけぇぇ!守護神~!!」
観客席の沢村は元気に声を張り、応援する。
隣に座る阿部が「おい」と窘めるが、知ったこっちゃなかった。

日本シリーズの第7戦。
沢村は観客席にいた。
バックネット裏の中段、ロケーション的には実に良い席だ。
本来ならマウンドに立っていたかったので、残念ではある。
だが気持ちはもう吹っ切れており、今日は完全に応援モードだった。

沢村の隣には阿部がいた。
普段は球場の駐車場に車を起き、タブレット端末で観戦するのだという。
だが今年最後のこの試合は、観客席で見ることにした。
目的は沢村と同じ。
大事な恋人の最高の舞台での活躍を見届けるためだ。

「この試合、オレは一ファンとして応援するからな!」
沢村は試合前、阿部にそう宣言した。
そして試合開始から盛大に声を張り、ヤジを飛ばし続けている。
阿部は完全に引いているけれど、気にしない。
いやそもそも気付いてさえいないのだ。

「あの。沢村選手ですよね。サイン、いいっすか?」
「一緒に写真もお願いします!」

もう試合開始から何度も声をかけられている。
沢村はその都度「いいっすよ!」と気さくに応じていた。
阿部は「お前、もう少し声のトーンを落としたら」と苦笑する。
なぜなら沢村のデカい声は目立つ。
だから観客に気付かれてしまい、声をかけられるのだ。
でも沢村は「別に問題ねーし」と平然としていた。
本当に何の気兼ねもなく、自然に振る舞っているのだ。

「お前って投球は進化したけど、性格は高校の頃と一緒だな。」
「失礼な。少しは大人になってるだろ?」
「いいや。何しろいきなりアメリカに行くなんて言い出すヤツだからなぁ。」

阿部は少し前の沢村の言動を持ち出して、茶化した。
沢村は「それを言うなって」と顔をしかめる。
今シーズン、沢村は二軍に降格していた時期があった。
その最中、今シーズンで退団して渡米すると言い出したのだ。
結局チームから強く慰留され、御幸からも説得されて思い止まった。

「御幸先輩とかすっげぇ怒ったんだぜ?」
「そりゃそうだろ。アメリカなんて簡単にいかねぇよ。」
「うん。行きたいならしっかり調べて準備しろってさ。」
「来シーズンは無理でも、再来年は狙うのか?」
「ああ。チームと相談しながら進めていく。」

沢村も阿部も目だけは試合を追いながら、喋り続けた。
もうすぐ御幸が渡米し、さらに沢村もいつかは旅立つのだろう。
沢村と御幸、阿部と三橋、4人の生活は本当に楽しかった。
もうすぐ終わってしまうと思うと寂しいが、今は考えない。
このお祭り騒ぎを楽しむだけだ。

「三橋~、最後決めろよ!」
沢村は最終回のマウンドに上がった三橋に、思い切り声を張る。
マウンドの三橋の口元がわずかに笑みを浮かべた。
阿部が「ありゃ絶対聞こえてるな」と苦笑する。
心なしかこちらに背を向けている御幸も笑っているような気がした。

「こいつだけは、絶対に打ち取れ!」
沢村はさらにそう怒鳴ると、豪快に高笑いした。
そう、打席には沢村にとって、そして御幸にとってもゆかりの人物が立っていたのだった。

*****

「こいつだけは、絶対に打ち取れ!」
聞き覚えのあるデカイ声に、打席に入った男が顔をしかめている。
御幸は思わず「悪りぃな」とあやまり、打席の男はかすかに頷いた。

正直なところ、微妙だな。
御幸は今の状況をそんな風に考えていた。
日本シリーズ第7戦、最後までもつれた最終戦。
1点リードで9回表、マウンドには守護神。
この回を無失点に抑えれば、日本一だ。

まるで絵に描いたような劇的な展開。
ぶっちゃけもっと楽に勝ちたいという気がしないでもない。
だが御幸にとっては、日本でプレイする最後の試合だ。
この方がドラマチックで良いと割り切ることもできる。
だが問題は、背後から聞こえる声だった。
聞き慣れたバカデカいヤジが、どうにも調子を狂わせる。

何度も振り返りたい衝動はあった。
バックネット裏の中段、おそらくすぐに見つけられる位置にいるあいつ。
マウンドの三橋はもうわかりやすく笑っている。
おそらく表情までしっかり見えているのだろう。

最初はそれで三橋が調子を崩さないかと危惧したが、無用な心配だった。
ひとたびプレイのコールが掛かれば、三橋は投球に集中できる。
さすがは守護神。
御幸は苦笑しながら、自分のことに集中した。
沢村のヤジのせいで、ドラマチック度合いは下がっている。
だけどまぁこれはこれ、思い出になるのは間違いない。

三橋は淡々と内野ゴロの三振でアウトを取った。
あと1つで日本一。
だが次の打者に出塁されてしまった。
完全に打ち取った流れだったが、外野手がフライを落球したのだ。

「大丈夫か?」
御幸はタイムを取り、マウンドに駆け寄った。
三橋は「ウヒ」と笑って頷く。
その表情はいつもとまったく変わらない。
まったく頼もしい守護神に成長したものだと改めて思った。

「栄純君、ちょっと、うるさい、です。」
三橋はチラリとスタンドを見ながら、そう言った。
だけど御幸は「そうか」と答えるだけにした。
今、沢村を見たら、気持ちが揺れそうな気がしたからだ。

「最後まで、頑張ろうな。」
「御幸先輩、に、優勝、プレゼント、します!」

御幸が最後に三橋に声をかけると、頼もしい答えが返って来た。
思わず一瞬、言葉に詰まる。
だがすぐに気を取り直して「生意気」と言ってやった。
内心は嬉しくてたまらないが、まだ浮かれてはいられない。

「あとひとり!あとひとり!」
球場内ではファンが応援の声を振り絞っている。
御幸はそのコールをシャワーのように浴びながら、ホームベースまで戻った。
そして相手チームの打者と目が合う。
何の因縁か、最後の打者は高校時代のチームメイトだった。
かつて沢村とエースナンバーを争った降谷暁だ。

「こいつだけは、絶対に打ち取れ!」
一段と大きく聞こえる沢村のヤジに、降谷が顔をしかめている。
御幸は思わず「悪りぃな」とあやまった。
降谷がかすかに頷くのを見て、御幸は苦笑する。
ヤジのせいで混沌としているが、最後に降谷とはこれまた劇的だ。
高校時代、そしてプロでも一時期、御幸はその球を受けていた。
だが今は移籍して、敵として相対している。

御幸がホームベース前に座り、再びプレイがかかった。
サインを出し、三橋が頷く。
この慣れたルーティーンも、もうすぐ終わりだ。
そして三橋の投球は、小気味よい音を立てて御幸のミットに納まった。

三橋は最後の打者、降谷を三球三振で打ち取った。
ついに優勝だ。
御幸はマウンドに駆け寄ると、三橋を抱きしめた。
本当は沢村とこうしたかったとか、阿部が嫉妬しているかもとか。
いろいろ思うところはあったけれど、すべてスルー。
こうして御幸は日本での最後の試合を締めくくったのだった。

【続く】
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