「おお振り」×「◆A」10年後

【青道フィーバー】

「沢村栄純、素晴らしいピッチング!」
実況アナウンサーが興奮気味に捲し立てている。
阿部はタブレット端末の画面で観戦しながら、思わずグッと拳を握りしめた。

シーズンももう終盤。
この日は御幸や三橋のチームと沢村のチームの最後の試合だ。
阿部は例によって、球場の駐車場の車内にいた。
ここで試合を見るのが、阿部のいつものルーティーンだ。

とはいえ、おそらく三橋の出番はない。
もうチームは優勝を決めており、クルージング状態に入っているからだ。
控えの選手や若手を多く使い、勝ち負けより調整重視だ。
ここでわざわざ守護神を使うことはないだろう。

沢村のチームもまたすでに4位が確定していた。
つまりクライマックスシリーズの目はなくなったのだ。
だからこちらももう勝敗は二の次。
来シーズンの戦力を見据えた選手起用になる。

所謂消化試合というヤツだ。
それなのに観客は盛り上がっている。
その答えは、一軍復帰した沢村が先発だからだ。
御幸と沢村が青道時代バッテリーを組んで活躍していたことを覚えているファンは多い。
そして御幸は来シーズンは日本にいない。
おそらく最後になる先輩後輩対決に、観客は熱狂していたのだ。

「にしても、キレッキレだなぁ」
阿部はタブレット端末の中の沢村を見ながら、苦笑した。
そう、一軍復帰した沢村は絶好調だったのだ。
何試合か登板したが、ほとんど無失点。
変化球はキレが増しているし、コントロールも冴え渡っている。
結果ヒットは何本か打たれたが、ここまで無失点に抑えていた。

「ここで4番の御幸、沢村と本日3度目の勝負ですね。」
実況アナウンサーが、興奮気味に捲し立てている。
すでに試合は後半に差し掛かっていた。
打席には御幸、マウンドに沢村。
ちなみに一打席目は外野フライ、二打席目は内野安打。
ここまでは完璧に沢村が勝っていた。

「第一球、御幸空振り!」
「カットボールですね。完全に御幸の裏をかきました。」
「見事に決まりましたね。」

実況と解説の掛け合いを聞きながら、阿部も思わず「よし!」と叫んでいた。
幸いなことに、車内には他に誰もいない。
だから今日だけは沢村を応援したっていいだろう。

来シーズン、お前はどうするんだ?
阿部は画面の中の沢村を見ながら、無言のまま問いかける。
渡米すると言い出したときには、大いに驚いた。
あの御幸さえ焦って、慌てて止めたほどだ。
だけど三橋だけが沢村に賛成した。
あの子供のような笑顔で「応援する!」と言い切ったのだ。

おそらく沢村は三橋の言葉で吹っ切れたんじゃないのか。
阿部は秘かにそう思っている。
やりたいようにやればいい。応援する。
たったそれだけの言葉が、沢村を解き放ったのではないかと。

最初は止める側だった阿部も、今は三橋寄りに傾いている。
この投球ならメジャーでも通用すると思えるからだ。
さすがに来シーズンは無理かもしれないが、勝ち目のないギャンブルでもない。
沢村ならば、頑張ればきっと手が届くだろう。

「空振り三振~!沢村栄純、素晴らしいピッチング!」
実況アナウンサーが興奮気味に捲し立てている。
阿部はタブレット端末の画面で観戦しながら、思わずグッと拳を握りしめた。
今夜の主役は間違いなく沢村だ。

*****

「栄純、君、すごい!」
沢村が御幸を三振に取った瞬間、三橋は声を上げる。
すかさず他の選手から「一応敵だぞ」と苦笑されてしまった。

今夜はついてる。
三橋は能天気にもそんなことを考えていた。
最終戦で登板してきた沢村、そのピッチングは見事なものだった。
三橋はベンチにこそ入っているが、今日は登板しない予定だ。
少なくても今のところ、ブルペンに入れという指示はない。
つまりこの特等席で、沢村の投球をじっくりと見ることができるのだ。

「栄純、君。絶好調、ですね」
三橋は三振し、ベンチに戻った御幸に声をかけた。
御幸は今日はDH、つまり指名打者での起用だ。
優勝が決まった後、御幸は捕手としての出場が減っていた。
理由は簡単、御幸は今シーズンでチームを去るからだ。
来シーズン以降の正捕手候補の選手がマスクをかぶるのは必然だった。

「ったく。渡米する先輩に花を持たせるって発想はないのかね?」
「多分、ない、です。」
「だよなぁ。まったく。」
「で、でも。気持ち、伝わって、きますよ?」

ベンチで並んで座り、三橋と御幸は顔を見合わせて笑う。
そう、沢村に御幸に花を持たせようなんて考えはまるでない。
その代わり、全ての想いを球に込めているのだ。
尊敬、感謝、そして恋心。
だから御幸への投球は、一段と切れ味が鋭い。

「ったく」
御幸は苦笑しながら、ため息をついている。
三橋は「受けたかった、ですか?」と聞いてみた。
また1つ、大きく成長した沢村。
御幸は打者としての対戦ではなく、捕手として受けたかったのだと思う。

「そうだな。日本での最後はあいつの球、受けたかったかな。」
「オレ、で、すみません。」

思わず本音を吐露した御幸に、三橋はお道化てみせた。
御幸への最後のボールを投げるのは、三橋である可能性が高い。
なぜなら三橋は守護神、最後の切り札。
チームの最後のマウンドを任されている可能性が高いのだから。

「悪い!お前じゃダメってわけじゃなくて!」
御幸はらしくもない自分の失言に気付いたようだ。
三橋は「いえ」と余裕で受け流す。
そして「オレも、阿部君、一番だし」と苦笑した。

投手として捕手として、どっちが優れているという話ではない。
好きな相手は特別、ただそれだけのことだ。
御幸は一瞬驚いた顔になったが、すぐに「だなぁ」と笑った。

結局沢村は7回で降板した。
別に沢村に非があったわけではなく、チーム事情だ。
来年の投手陣を見極めるためだろう。
沢村は大歓声を浴びながら、マウンドを降りた。

ダウンを終えた沢村は、ベンチにどっかりと腰を下ろした。
そして誰よりも大きな声を出して、ベンチを盛り上げている。
時折三橋と目が合い、手を振ったりもしてくる。
相変わらずムードメーカーとしても、存在感がすごい。

「あれなら、アメリカ、でも、大丈夫かも」
「っつうか、日本の恥にならなきゃいいけどな。」

御幸と三橋は顔を見合わせて、笑った。
結局試合は三橋たちの勝ちだ。
沢村と交代した投手から、御幸がホームランを打ったのだ。

青道フィーバー。
翌日のスポーツ紙には、そんな見出しがついた。
沢村の快投と、御幸の決勝ホームランで盛り上がったからだ。
そして三橋は結局出番はなく、観客目線で大いに試合を楽しんだのだった。

【続く】
26/31ページ