「おお振り」×「◆A」10年後
【応援する!】
「た、た、た、たい、たいだ、ん!?」
三橋は驚き、声を上げる。
すかさず沢村が「ドモリ過ぎ。しかも全部ひらがな」とツッコミを入れた。
そろそろリーグ優勝のチームが絞られ始めた日曜日の深夜。
沢村は阿部の部屋にいた。
もちろん家主の阿部、そして三橋と御幸もいる。
三連戦が終わり、一段落した夜。
遠征がないのを良いことに、ささやかな部屋飲みをしていた。
「いいっすね。リーグ首位!」
軽く酔いが回り始めた沢村は、明るく声を上げる。
つい最近まで二軍の寮にいた沢村は、先週マンションに戻って来ていた。
何とか一軍に復帰したのだ。
ちなみに本日は中継ぎとして、マウンドに上がった。
2回無失点、勝ち星もセーブもつかないが、まずまずの出来だった。
「リーグ首位ったってまだわかんねぇよ。っていうか声デカいし。」
苦笑しながら応じるのは、御幸だった。
現在御幸や三橋のチームはリーグ首位に立っている。
ただ2位のチームと大してゲーム差はなく、まだまだ混戦中だった。
「沢村んとこだって、まだわかんねぇだろ?」
すかさず会話に入って来たのは、阿部だ。
沢村のチームは現在リーグ4位だが、3位とは僅差なのだ。
シーズン終了時に追い抜いていれば、クライマックスシリーズに出られる。
つまりまだ優勝の目があるのだ。
「え、栄純、君。一軍、おめでと!」
こちらもほろ酔い上機嫌の三橋が、グラスを掲げる。
すると御幸が「それ、もうやっただろ」と苦笑する。
そう、このささやかな宴の名目は沢村の一軍復帰。
だからもう「おめでとう」の乾杯は済んでいたのだ。
「おめでたい、から、何度でも!」
「だよなぁ。ありがとな、廉!」
沢村は三橋の隣に移動すると、カチンとグラスを合わせる。
それを見た御幸は「飲み過ぎるなよ」と嗜めた。
明日は休みだが、まだまだシーズンは終わらない。
まだまだ気を引き締めていなければならないのだ。
「大丈夫っすよ。御幸先輩!」
沢村は上機嫌で、三橋の肩を抱き寄せる。
三橋は何度もコクコクと頷きながら「ウへへ」と笑った。
楽しい嬉しい。平和な夜。
御幸も阿部も三橋もそう思っていた。
沢村が「ここで報告っす!」と能天気な声を上げるまでは。
「オレ、今シーズンで今のチームを退団します!」
沢村は左手を上げ、選手宣誓よろしく宣言したのだ。
御幸は「は?」とグラスを持つ手が止まり、阿部も「え?」と固まる。
三橋に至っては「た、た、た、たい、たいだ、ん!?」と盛大にドモった。
「ドモリ過ぎ。しかも全部ひらがな」
沢村は意味なくドヤ顔でツッコミを入れる。
だが誰も応答しない。
何の前置きもなく「退団」という言葉が出たのは、かなりショックだったのだ。
「あれ?ノーリアクション?」
「ちゃんと説明しろ!」
おどけながら首を傾げる沢村に御幸が詰め寄った。
沢村はその剣幕に驚き「顔、怖いっす」と茶化す。
だが御幸の態度も表情も揺るがないのを見て、ため息をついた。
「オレもアメリカでやりたいって思って、チームに相談したんすよ。」
「アメリカってメジャーか?」
「メジャーで出来ればいいけど、無理ならマイナーでもいいかなと。」
「それで?」
「大反対されまして。それなら退団するって言っちゃいました!」
沢村はケラケラと笑った。
別にふざけているつもりではない。
どうしても笑ってしまうのは、程良く酔っているせい。
だけど一応説明しているつもりなのだ。
それなのに御幸は「このバカ!」と悪態をついた。
「何考えてるんだ。お前!」
御幸が沢村の襟首を掴み、ガクガクと揺すった。
どうやら本当に怒っているらしい。
だけど酒が入った状態で揺すぶられると、気持ち悪い。
それを察したのか、阿部が割って入って御幸の手を解いてくれた。
「御幸先輩、落ち着いて。」
「は、話、聞き、ましょう!」
阿部と三橋が御幸に取りなしてくれた。
沢村は「ハァァ」とため息をつく。
そして「今の効いたっすよ」と胸をさすりながら、文句を言った。
*****
「何考えてるんだ。お前!」
御幸は沢村の襟首を掴み、ガクガクと揺すった。
沢村は胸をさすりながら文句を言っているが、知ったことではなかった。
それは楽しい飲み会のはずだった。
沢村は一軍に復帰し、マンションに戻って来た。
そして遠征もない三連戦の最終日。
少しだけなら酒を飲んでもかまわないだろう。
ほろ酔いの沢村と三橋は、楽しそうにじゃれていた。
1歳しか違わないのに、子供みたいだと思う。
2人ともマウンドでの姿とは大違いだ。
だけど御幸も、そしておそらく阿部もそのギャップにやられていると思う。
恋人の振り幅の大きさに振り回され、でもそれが楽しい。
だけど宴は楽しいまま終わらなかった。
なんと沢村が今シーズンで今の球団をやめると言い出したのだ。
退団し、渡米すると。
それを聞かされた御幸は、らしくなく頭に血が上った。
「なぁ。具体的にどんなプランを考えてるんだ?」
阿部がそっと御幸を目で制すると、沢村に質問を投げた。
怒りに燃える御幸では、まともな会話にならない。
それを察して、場を仕切ってくれたのだ。
御幸は目だけで感謝を示しながら、ゆっくりと呼吸をした。
だけどなかなか怒りが収まりそうにない。
沢村のあまりにも安易な発想に、苛立ちが止まらないのだ。
アメリカでプレイする。
口で言うのは簡単だが、実際は大変なのだ。
御幸だってメジャー行きを決めるのに、何年も時間を要した。
契約の違い、ルールの違い、言葉の壁等々。
クリアしなければならない問題は多く、並みの決意では容易に折れる。
それを身をもって痛感した御幸だからこそ。
まるで思い付きのように渡米を口にした沢村に腹が立った。
「オレ、多分いきなりメジャーは無理だと思う。だからマイナー契約かなと。」
「そりゃ順当だ。行きたいチームとかあるのか?」
「希望を言っている場合じゃないだろ。片っ端からトライアウトを受けるよ。」
「まぁそうなるか。でも金かかるぜ?」
「は?なんで?」
「かかるだろ。旅費に生活費。マイナーは給料とか安いぞ。」
阿部が御幸に変わって、聞いてくれている。
沢村がどれだけ現実を理解しているのか、わかるような問いかけだ。
御幸はそれを聞きながら、冷静になろうと努めた。
沢村が急に渡米を言い出したのは、間違いなく御幸のせいだ。
そうでなければ、退団してまでアメリカに行こうなどとは思わないだろう。
だとすれば、御幸にできることは止めることだ。
マイナーからメジャー契約なんて、簡単じゃない。
色恋沙汰でそんな荊の道を歩かせるなど、ありえない。
どうやら阿部もそれを察して、沢村からいろいろ聞き出そうとしてくれている。
だがここで予想外の動きをする者が現れた。
「栄純、君!カッコ、いい!」
「そうか?」
三橋が何度も頷き、沢村に同調したのだ。
嬉々として、まるで子供のように興奮している。
沢村の安易で壮大な決意に、すっかり感激しているようだ。
当の沢村も気を良くして「わはは」とすっかりご機嫌だ。
「あのな。カッコいいだけでアメリカは難しいぞ。」
予想外の流れに阿部も困惑し、フォローするべく三橋に声をかける。
だが三橋は「でも!」と勢い込んだ。
「オレは、応援する!」
「お前、簡単に」
「だって。オレ、アメリカで、御幸先輩と、栄純君、バッテリー、見たい!」
半ば片言に近い三橋の言葉に、御幸は何も言えなくなった。
アメリカで沢村とバッテリーを組む。
それができたら、素晴らしいと思う。
だが御幸も沢村も選手生命には限りがある。
沢村の渡米を応援するか、諦めさせるか。
どちらが正解なのか、わからなくなってしまった。
「とりあえず。もう一度、カンパ~イ!」
三橋が上機嫌で再びグラスを掲げた。
沢村がゲラゲラと笑いながら、グラスを合わせる。
御幸は「ハァァ」とため息をつくと、グラスに残っていた酒を一気に飲み干した。
【続く】
「た、た、た、たい、たいだ、ん!?」
三橋は驚き、声を上げる。
すかさず沢村が「ドモリ過ぎ。しかも全部ひらがな」とツッコミを入れた。
そろそろリーグ優勝のチームが絞られ始めた日曜日の深夜。
沢村は阿部の部屋にいた。
もちろん家主の阿部、そして三橋と御幸もいる。
三連戦が終わり、一段落した夜。
遠征がないのを良いことに、ささやかな部屋飲みをしていた。
「いいっすね。リーグ首位!」
軽く酔いが回り始めた沢村は、明るく声を上げる。
つい最近まで二軍の寮にいた沢村は、先週マンションに戻って来ていた。
何とか一軍に復帰したのだ。
ちなみに本日は中継ぎとして、マウンドに上がった。
2回無失点、勝ち星もセーブもつかないが、まずまずの出来だった。
「リーグ首位ったってまだわかんねぇよ。っていうか声デカいし。」
苦笑しながら応じるのは、御幸だった。
現在御幸や三橋のチームはリーグ首位に立っている。
ただ2位のチームと大してゲーム差はなく、まだまだ混戦中だった。
「沢村んとこだって、まだわかんねぇだろ?」
すかさず会話に入って来たのは、阿部だ。
沢村のチームは現在リーグ4位だが、3位とは僅差なのだ。
シーズン終了時に追い抜いていれば、クライマックスシリーズに出られる。
つまりまだ優勝の目があるのだ。
「え、栄純、君。一軍、おめでと!」
こちらもほろ酔い上機嫌の三橋が、グラスを掲げる。
すると御幸が「それ、もうやっただろ」と苦笑する。
そう、このささやかな宴の名目は沢村の一軍復帰。
だからもう「おめでとう」の乾杯は済んでいたのだ。
「おめでたい、から、何度でも!」
「だよなぁ。ありがとな、廉!」
沢村は三橋の隣に移動すると、カチンとグラスを合わせる。
それを見た御幸は「飲み過ぎるなよ」と嗜めた。
明日は休みだが、まだまだシーズンは終わらない。
まだまだ気を引き締めていなければならないのだ。
「大丈夫っすよ。御幸先輩!」
沢村は上機嫌で、三橋の肩を抱き寄せる。
三橋は何度もコクコクと頷きながら「ウへへ」と笑った。
楽しい嬉しい。平和な夜。
御幸も阿部も三橋もそう思っていた。
沢村が「ここで報告っす!」と能天気な声を上げるまでは。
「オレ、今シーズンで今のチームを退団します!」
沢村は左手を上げ、選手宣誓よろしく宣言したのだ。
御幸は「は?」とグラスを持つ手が止まり、阿部も「え?」と固まる。
三橋に至っては「た、た、た、たい、たいだ、ん!?」と盛大にドモった。
「ドモリ過ぎ。しかも全部ひらがな」
沢村は意味なくドヤ顔でツッコミを入れる。
だが誰も応答しない。
何の前置きもなく「退団」という言葉が出たのは、かなりショックだったのだ。
「あれ?ノーリアクション?」
「ちゃんと説明しろ!」
おどけながら首を傾げる沢村に御幸が詰め寄った。
沢村はその剣幕に驚き「顔、怖いっす」と茶化す。
だが御幸の態度も表情も揺るがないのを見て、ため息をついた。
「オレもアメリカでやりたいって思って、チームに相談したんすよ。」
「アメリカってメジャーか?」
「メジャーで出来ればいいけど、無理ならマイナーでもいいかなと。」
「それで?」
「大反対されまして。それなら退団するって言っちゃいました!」
沢村はケラケラと笑った。
別にふざけているつもりではない。
どうしても笑ってしまうのは、程良く酔っているせい。
だけど一応説明しているつもりなのだ。
それなのに御幸は「このバカ!」と悪態をついた。
「何考えてるんだ。お前!」
御幸が沢村の襟首を掴み、ガクガクと揺すった。
どうやら本当に怒っているらしい。
だけど酒が入った状態で揺すぶられると、気持ち悪い。
それを察したのか、阿部が割って入って御幸の手を解いてくれた。
「御幸先輩、落ち着いて。」
「は、話、聞き、ましょう!」
阿部と三橋が御幸に取りなしてくれた。
沢村は「ハァァ」とため息をつく。
そして「今の効いたっすよ」と胸をさすりながら、文句を言った。
*****
「何考えてるんだ。お前!」
御幸は沢村の襟首を掴み、ガクガクと揺すった。
沢村は胸をさすりながら文句を言っているが、知ったことではなかった。
それは楽しい飲み会のはずだった。
沢村は一軍に復帰し、マンションに戻って来た。
そして遠征もない三連戦の最終日。
少しだけなら酒を飲んでもかまわないだろう。
ほろ酔いの沢村と三橋は、楽しそうにじゃれていた。
1歳しか違わないのに、子供みたいだと思う。
2人ともマウンドでの姿とは大違いだ。
だけど御幸も、そしておそらく阿部もそのギャップにやられていると思う。
恋人の振り幅の大きさに振り回され、でもそれが楽しい。
だけど宴は楽しいまま終わらなかった。
なんと沢村が今シーズンで今の球団をやめると言い出したのだ。
退団し、渡米すると。
それを聞かされた御幸は、らしくなく頭に血が上った。
「なぁ。具体的にどんなプランを考えてるんだ?」
阿部がそっと御幸を目で制すると、沢村に質問を投げた。
怒りに燃える御幸では、まともな会話にならない。
それを察して、場を仕切ってくれたのだ。
御幸は目だけで感謝を示しながら、ゆっくりと呼吸をした。
だけどなかなか怒りが収まりそうにない。
沢村のあまりにも安易な発想に、苛立ちが止まらないのだ。
アメリカでプレイする。
口で言うのは簡単だが、実際は大変なのだ。
御幸だってメジャー行きを決めるのに、何年も時間を要した。
契約の違い、ルールの違い、言葉の壁等々。
クリアしなければならない問題は多く、並みの決意では容易に折れる。
それを身をもって痛感した御幸だからこそ。
まるで思い付きのように渡米を口にした沢村に腹が立った。
「オレ、多分いきなりメジャーは無理だと思う。だからマイナー契約かなと。」
「そりゃ順当だ。行きたいチームとかあるのか?」
「希望を言っている場合じゃないだろ。片っ端からトライアウトを受けるよ。」
「まぁそうなるか。でも金かかるぜ?」
「は?なんで?」
「かかるだろ。旅費に生活費。マイナーは給料とか安いぞ。」
阿部が御幸に変わって、聞いてくれている。
沢村がどれだけ現実を理解しているのか、わかるような問いかけだ。
御幸はそれを聞きながら、冷静になろうと努めた。
沢村が急に渡米を言い出したのは、間違いなく御幸のせいだ。
そうでなければ、退団してまでアメリカに行こうなどとは思わないだろう。
だとすれば、御幸にできることは止めることだ。
マイナーからメジャー契約なんて、簡単じゃない。
色恋沙汰でそんな荊の道を歩かせるなど、ありえない。
どうやら阿部もそれを察して、沢村からいろいろ聞き出そうとしてくれている。
だがここで予想外の動きをする者が現れた。
「栄純、君!カッコ、いい!」
「そうか?」
三橋が何度も頷き、沢村に同調したのだ。
嬉々として、まるで子供のように興奮している。
沢村の安易で壮大な決意に、すっかり感激しているようだ。
当の沢村も気を良くして「わはは」とすっかりご機嫌だ。
「あのな。カッコいいだけでアメリカは難しいぞ。」
予想外の流れに阿部も困惑し、フォローするべく三橋に声をかける。
だが三橋は「でも!」と勢い込んだ。
「オレは、応援する!」
「お前、簡単に」
「だって。オレ、アメリカで、御幸先輩と、栄純君、バッテリー、見たい!」
半ば片言に近い三橋の言葉に、御幸は何も言えなくなった。
アメリカで沢村とバッテリーを組む。
それができたら、素晴らしいと思う。
だが御幸も沢村も選手生命には限りがある。
沢村の渡米を応援するか、諦めさせるか。
どちらが正解なのか、わからなくなってしまった。
「とりあえず。もう一度、カンパ~イ!」
三橋が上機嫌で再びグラスを掲げた。
沢村がゲラゲラと笑いながら、グラスを合わせる。
御幸は「ハァァ」とため息をつくと、グラスに残っていた酒を一気に飲み干した。
【続く】