「おお振り」×「◆A」10年後

【廉をよろしくお願いします】

「ジ、ジィ、ちゃん!」
三橋は思わず驚きの声を上げた。
予想外の人物の来訪に、一気に緊張するのがわかった。

オールスターゲームが終わった翌日。
三橋は自宅マンションで寛いでいた。
もっと言うなら、絶賛爆睡中である。。
どうやら夢の舞台の登板は、思ったよりも緊張していたらしい。
マンションに戻れば通常の試合の時より、はるかに疲労感があったのだ。
そして何も予定がないのを良いことに、惰眠を貪ったのである。

「あれ?え?うぉ!」
そして目を覚まし、スマホで時間を確認した三橋は声を上げた。
時間はそろそろ午後1時だ。
午前中に掃除と洗濯をする予定で、アラームをかけていたはず。
だけど疲れが勝っていたらしく、すっかり寝こけてしまったようだ。

三橋は「ハァァ」とため息をつくと、身体を起こした。
今から洗濯しても、夕方までには乾かない。
洗濯はまたにしようか、それとも乾燥機を使うか。
そんなことを考えてきたとき、ドアチャイムが鳴った。

多分、阿部だろう。
ベットの中で悪あがきしていた三橋は、ようやくベットを出た。
いくら何でも寝過ぎだと説教でも食らうだろうか?
そんなことを考えながら玄関に向かい、確認もせずにドアを開ける。
そして立っていた予想外の人物に驚愕することになった。

「ジ、ジィ、ちゃん!」
「廉。オールスターゲームを見たぞ。よく投げたな。」
「は、はぃぃ!え、えぇ!?」

予告もなしに現れたのは、三橋の祖父だった。
このマンションのこのフロア5部屋のオーナーでもある。
半分寝惚けていた三橋だったが、眠気も完全に吹っ飛んだ。
そして改めて自分の格好に気付き、呆然とする。
寝間着にしているヨレヨレのスウェット上下と、寝ぐせで爆発状態の髪。
対する祖父はきっちりプレスされたジャケットとスラックスだ。

「と、とと、とりあえず、あ、上がって」
三橋は祖父を部屋に通した。
そして「す、座って」とソファを指す。
さらに慌てて電気ポットで湯を沸かしながら、洗面所に飛びこんだ。
そして顔をガシガシと洗っていると、もう1度ドアチャイムが鳴った。

「おい。起きたのか?部屋の鍵、開いてるぞ。不用心な」
阿部が無遠慮に部屋に入って来たのを見て、三橋は「わわ!」と声を上げた。
ただでさえ混乱しているのに、さらにややこしくなる。
案の定、部屋に入って来た阿部から「うわ!」と声が上がった。

「すみません。ご無沙汰しています。」
阿部は三橋の祖父に気付くと、丁寧に頭を下げた。
その様子を見た三橋は「いいなぁ」とため息をつく。
阿部はこの状況下でも普通に冷静だ。
どうして同じ歳なのに、こんなに落ち着きに違いがあるのだろう。

「お茶は俺が淹れるから、もう少しマシな服に着替えて来いよ。」
「え?でも」
「いいから。あと寝ぐせを何とかしろ」
「・・・はぁい」

三橋より家主らしいのが不本意ではあるが、三橋は阿部に従った。
とりあえず阿部の言う通りにした方が良い気がしたからだ。
実際、三橋が身支度を整えてリビングに入ると、すべて準備はできていた。
テーブルには湯気を立てた緑茶の湯飲みが2つ、置かれている。

「じゃあ。また後で」
帰ろうとする阿部の腕を、三橋は慌てて掴んでいた。
これから話されるのは、きっと三橋の人生に関わる大事な事。
それなら阿部にも一緒にいて欲しい。

「わかったよ。」
阿部は言葉がなくても察してくれたらしい。
三橋は「うん!」と頷くと、2人で並んで祖父の前に座った。
これならもう百人力、怖いものはない。

*****

「「三橋の、ジィちゃん??」」
御幸と倉持の声が、綺麗にハモった。
阿部は思わず「仲いいっすね」と苦笑すると「「よくねーよ!」」と返された。

オールスターゲームが終わった。
その結果は阿部も満足するものだった。
第1戦の7回から最後まで登板した三橋は、3回を無失点に抑えた。
トップ選手が集まる野球の祭典での大活躍。
受けているのが自分ではないのが寂しいが、大した問題じゃない。
阿部は三橋の活躍が嬉しく、誇らしかった。

そして第2戦も終わった翌日。
午前中に起き出して、掃除や洗濯などの家事をしていた阿部は苦笑した。
隣室の三橋の部屋からは、何の物音もしない。
おそらく疲れが出て、まだ寝ているのだろう。
やはりオールスターの熱気は普段とは違う。
三橋も緊張していたようだし、気合いも入っていたようだ。

午後1時を過ぎた頃、阿部は三橋の部屋に向かった。
さすがに寝過ぎだ。
明日からまた通常の公式戦に戻る。
ここで夜眠れなくなるようだと、リズムが狂う。

三橋の部屋のドアチャイムを鳴らすと、中からバタバタと音が聞こえた。
どうやらようやくお目覚めのようだ。
何の気なしにドアに手をかけると、鍵が開いている。
このフロアの住人は全員顔見知りだが、やはり不用心だ。
阿部は苦笑しながら、三橋の部屋に入った。

「おい。起きたのか?部屋の鍵、開いてるぞ。不用心な」
阿部は声をかけながら、勝手知ったるリビングに上がる。
そして予想外の人物がいるのに、驚いた。
三橋の祖父だ。
阿部は慌てて「御無沙汰しています」と頭を下げた。
会ったのは数える程度、最後に会ったのがいつだったのかさえ思い出せない。
それでも最後にあった時より、やや痩せて小さくなったように見えた。

どうやら寝起きらしい三橋がバタバタと身支度をしている。
阿部はその横で、茶を淹れた。
三橋の祖父と、三橋2人分だ。
そしてそのまま部屋を出ようとしたとき、三橋に手を掴まれた。
一緒に話を聞いてほしいと言う合図だ。
阿部は「わかったよ」頷き、祖父と孫の話し合いに加わった。

「三橋のジィちゃんってことは、オレらの大家さんだよな。」
一連の話を聞いていた倉持が、そう言った。
阿部は「そうっすよ」と頷く。
話し合いを終えた後、三橋は祖父を送って行った。
残った阿部は自分の部屋で、御幸、倉持と共にコーヒータイムを楽しんでいた。

「ジィちゃんは三橋が早く野球をやめて、家に入って欲しいんだろ?」
「え?そうなの?」

三橋家の事情を良く知っている御幸と、まったく知らない倉持が顔を見合わせている。
阿部は「まぁ、いろいろと」と曖昧に笑う。
そして三橋と祖父の話し合いを思い出していた。

「ジィちゃん、ゴメン、なさい。オレ、野球、したいんだ。」
三橋は恐縮しながらも、しっかりと自分の意見を申し立てた。
三橋の祖父はそんな三橋を見ながら、寂しそうに笑う。
理事を務める三星学園で働いてほしいというのが、希望なのだ。
だけど三橋を咎めたり、声を荒げるようなことはなかった。

「野球をやめても、もう三星に席はない。それでいいのか?」
三橋の祖父は厳しく、そして優しい表情で問いかけた。
自分の道を行くなら、その後の安泰な居場所はない。
それでも野球を続けるのかと聞いている。

「それで、いい。」
三橋はきっぱりとそう答えたのだ。
阿部はそんな2人のやり取りをただ黙って見届けた。
やがて三橋の祖父が阿部に「廉をよろしくお願いします」と頭を下げる。
阿部は「わかりました」と答えながら、まるで嫁をもらったみたいだと思った。

「お~い、阿部。顔がニヤけてんぞ?」
もの思いに耽っていた阿部は、倉持の声で我に返った。
ふと気づくと倉持だけでなく阿部までニヤニヤ笑っている。
阿部は慌てて「別にニヤけてませんよ」と顔をしかめた。
そう、嬉しくて笑ったかもしれないが、断じてニヤけてはいない。

「三橋が帰って来たら、メシでも食いに行くか」
御幸がニヤニヤ笑いのまま、そう聞いてきた。
阿部はやや不本意ながらも「いいっすね」と笑った。
明日からまた公式戦、英気を養っておくのも悪くないだろう。

【続く】
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