「おお振り」×「◆A」10年後
【オールスターゲーム】
「す、すごい、です」
三橋はマウンドに上がると、いつになく上ずっている。
御幸はその柔らかい髪をくしゃりと撫でで「普段通りにな」と笑った。
今夜は年に一度のプロ野球の祭典。
オールスターゲームである。
セリーグとパリーグの選抜チームによる対抗試合。
プロ野球選手の中でも、さらに選ばれし者が立てる舞台だ。
御幸がこれに出るのは初めてではない。
実力があり、ルックスも良い御幸は人気選手なのだ。
プロ野球選手になって間もない頃から、ポジション別のファン投票は常に1位。
今やすっかりオールスターの常連だった。
それでも今年のオールスターは特別だ。
来年の今頃、おそらく御幸は海外でプレイしている。
つまり日本でオールスターの舞台に立つのは、多分最後だ。
そので最後にバッテリーを組むのが三橋というのも、また縁なのだと思う。
「オールスター、す、すごい、です」
マウンドに上がった三橋は、完全に上ずっている。
しかもキョドキョドと独特の動きを繰り返す。
これは緊張しているときの三橋のクセだ。
「普段通りにな」
御幸はその柔らかい髪をくしゃりと撫でた。
キョドっていても、心配はいらない。
三橋は何だかんだ言っても、勝負強い。
サインを出せば、きっちり期待通りの球をくれる。
「本当は阿部に投げたいだろ。」
「御幸、先輩、こそ。栄純君、の、球、受けたい、でしょ?」
御幸は茶化すつもりでネタを振ったが、見事に返されてしまった。
そう、御幸はいつかこの舞台で沢村とバッテリーを組むことを願っていた。
チームが別れてしまった以上、公式戦では組めない。
オールスターこそ、貴重なチャンスだったのだ。
今年、沢村はオールスターのファン投票から漏れた。
調子を崩した後、未だに二軍調整中なのだ。
過去に沢村が選ばれた年もあったが、その時捕手は御幸ではなかった。
御幸はベンチから沢村の投球を見るだけだったのだ。
沢村は今、1人でマンションにいるはずだ。
最後の御幸のオールスターを見ていてくれているだろうか。
そして出かける前、御幸は沢村にある告白をした。
もしかして悩ませてしまったかもしれない。
だけどやはり言わずにはいられなかった。
「阿部君、と、栄純君、の分。頑張り、ましょう!」
一瞬感傷にひたった御幸だが、三橋の声で我に返った。
そして「だな」と笑う。
2人とも、一番組みたい相手はここにいない。
だけどこのバッテリーだって、悪くないのだ。
相性は良いし、気心も知れているし、付き合いも長い。
そして相棒として、相手を信頼している。
「最高の舞台にしような。」
「はい!」
キャッチャーミットを三橋のグローブに合わせて、最後の打ち合わせは終わりだ。
御幸はホームベース前に座り、審判から「プレイ」がコールされる。
そして三橋はサインに頷き、振りかぶって投げた。
要求通りの球が小気味よい音を立ててミットに納まり、御幸はニヤリと笑った。
*****
『ピッチャーは三橋、現在リーグ首位の守護神がマウンドに上がります!』
テレビの中でアナウンサーが実況している。
沢村はソファで膝を抱えて、それをじっと見ていた。
沢村は1人、自宅マンションにいた。
このフロアには他に誰もいない。
御幸も三橋も倉持も、今この時間オールスターゲームに出場している。
阿部はもちろん三橋に同行、おそらく球場で見ているだろう。
「オレだけ、ひとり」
沢村はポツリと呟いた。
元々独り言が多いけれど、この状況ではさらに増える。
オールスターに選ばれなかったのは、実力が足りないせい。
誰かを恨む筋合いでもない。
だけどやはり仲間はずれにされた感は否めなかった。
「いいなぁ」
またしても独り言だ。
沢村はついにオールスターで御幸に受けてもらうことはなかった。
だから今、三橋が羨ましくてたまらない。
それにしても、あのヤロー。
沢村はテレビ画面を睨みつけた。
画面には既定の投球練習を終え、マウンドで話をする御幸と三橋を映っている。
沢村が悪態をついているのは、御幸だ。
今朝マンションを出る時、御幸はとんでもない告白をしていったのだ。
「来年、オレと一緒に渡米する気はないか?」
「ハァ?どういう意味だよ?」
「そのままの意味だ。」
「オレに専業主夫になれってか?」
「いや。アメリカで野球をすることだって不可能じゃない。」
御幸は謎めいた言葉を残して、出かけてしまった。
沢村は1人でずっとその意味を考え、沢村なりに理解した。
御幸は間違いなく来年渡米する。
だけど今の沢村はまったくの白紙だ。
このまま不調が続けば、契約終了もありえる。
そうなった時には一緒に来てもいいと言ってくれているのだ。
アメリカで所属できる球団を捜すというのも手だ。
メジャーは無理でもマイナー契約なら、何とかなるかもしれない。
そして結果を残せれば、新たな道が開ける可能性もある。
「そんな簡単に行くもんかよ。」
沢村は浮かれそうになる気を引き締めて、呻いた。
御幸は道の1つを示してくれただけだ。
だけどそれは荊の道。
日本で野球を続けるより、苦難が多いのはわかっている。
決断するのはあくまで沢村なのだ。
『三橋、見事なピッチング!三者凡退に抑えました~!』
テレビの中では、三橋が小さくガッツポーズをした。
そしてベンチ前で御幸と顔を見合わせ、笑っている。
沢村はまた「いいなぁ」とため息をついた。
三橋だって、苦労しているのはわかっている。
だがこの瞬間、三橋が羨ましくてたまらない。
「どうすりゃいいんだよ。」
沢村は髪を掻き毟りながら、文句を言う。
他に誰もいない部屋で、声は思いのほか大きく響いた。
【続く】
「す、すごい、です」
三橋はマウンドに上がると、いつになく上ずっている。
御幸はその柔らかい髪をくしゃりと撫でで「普段通りにな」と笑った。
今夜は年に一度のプロ野球の祭典。
オールスターゲームである。
セリーグとパリーグの選抜チームによる対抗試合。
プロ野球選手の中でも、さらに選ばれし者が立てる舞台だ。
御幸がこれに出るのは初めてではない。
実力があり、ルックスも良い御幸は人気選手なのだ。
プロ野球選手になって間もない頃から、ポジション別のファン投票は常に1位。
今やすっかりオールスターの常連だった。
それでも今年のオールスターは特別だ。
来年の今頃、おそらく御幸は海外でプレイしている。
つまり日本でオールスターの舞台に立つのは、多分最後だ。
そので最後にバッテリーを組むのが三橋というのも、また縁なのだと思う。
「オールスター、す、すごい、です」
マウンドに上がった三橋は、完全に上ずっている。
しかもキョドキョドと独特の動きを繰り返す。
これは緊張しているときの三橋のクセだ。
「普段通りにな」
御幸はその柔らかい髪をくしゃりと撫でた。
キョドっていても、心配はいらない。
三橋は何だかんだ言っても、勝負強い。
サインを出せば、きっちり期待通りの球をくれる。
「本当は阿部に投げたいだろ。」
「御幸、先輩、こそ。栄純君、の、球、受けたい、でしょ?」
御幸は茶化すつもりでネタを振ったが、見事に返されてしまった。
そう、御幸はいつかこの舞台で沢村とバッテリーを組むことを願っていた。
チームが別れてしまった以上、公式戦では組めない。
オールスターこそ、貴重なチャンスだったのだ。
今年、沢村はオールスターのファン投票から漏れた。
調子を崩した後、未だに二軍調整中なのだ。
過去に沢村が選ばれた年もあったが、その時捕手は御幸ではなかった。
御幸はベンチから沢村の投球を見るだけだったのだ。
沢村は今、1人でマンションにいるはずだ。
最後の御幸のオールスターを見ていてくれているだろうか。
そして出かける前、御幸は沢村にある告白をした。
もしかして悩ませてしまったかもしれない。
だけどやはり言わずにはいられなかった。
「阿部君、と、栄純君、の分。頑張り、ましょう!」
一瞬感傷にひたった御幸だが、三橋の声で我に返った。
そして「だな」と笑う。
2人とも、一番組みたい相手はここにいない。
だけどこのバッテリーだって、悪くないのだ。
相性は良いし、気心も知れているし、付き合いも長い。
そして相棒として、相手を信頼している。
「最高の舞台にしような。」
「はい!」
キャッチャーミットを三橋のグローブに合わせて、最後の打ち合わせは終わりだ。
御幸はホームベース前に座り、審判から「プレイ」がコールされる。
そして三橋はサインに頷き、振りかぶって投げた。
要求通りの球が小気味よい音を立ててミットに納まり、御幸はニヤリと笑った。
*****
『ピッチャーは三橋、現在リーグ首位の守護神がマウンドに上がります!』
テレビの中でアナウンサーが実況している。
沢村はソファで膝を抱えて、それをじっと見ていた。
沢村は1人、自宅マンションにいた。
このフロアには他に誰もいない。
御幸も三橋も倉持も、今この時間オールスターゲームに出場している。
阿部はもちろん三橋に同行、おそらく球場で見ているだろう。
「オレだけ、ひとり」
沢村はポツリと呟いた。
元々独り言が多いけれど、この状況ではさらに増える。
オールスターに選ばれなかったのは、実力が足りないせい。
誰かを恨む筋合いでもない。
だけどやはり仲間はずれにされた感は否めなかった。
「いいなぁ」
またしても独り言だ。
沢村はついにオールスターで御幸に受けてもらうことはなかった。
だから今、三橋が羨ましくてたまらない。
それにしても、あのヤロー。
沢村はテレビ画面を睨みつけた。
画面には既定の投球練習を終え、マウンドで話をする御幸と三橋を映っている。
沢村が悪態をついているのは、御幸だ。
今朝マンションを出る時、御幸はとんでもない告白をしていったのだ。
「来年、オレと一緒に渡米する気はないか?」
「ハァ?どういう意味だよ?」
「そのままの意味だ。」
「オレに専業主夫になれってか?」
「いや。アメリカで野球をすることだって不可能じゃない。」
御幸は謎めいた言葉を残して、出かけてしまった。
沢村は1人でずっとその意味を考え、沢村なりに理解した。
御幸は間違いなく来年渡米する。
だけど今の沢村はまったくの白紙だ。
このまま不調が続けば、契約終了もありえる。
そうなった時には一緒に来てもいいと言ってくれているのだ。
アメリカで所属できる球団を捜すというのも手だ。
メジャーは無理でもマイナー契約なら、何とかなるかもしれない。
そして結果を残せれば、新たな道が開ける可能性もある。
「そんな簡単に行くもんかよ。」
沢村は浮かれそうになる気を引き締めて、呻いた。
御幸は道の1つを示してくれただけだ。
だけどそれは荊の道。
日本で野球を続けるより、苦難が多いのはわかっている。
決断するのはあくまで沢村なのだ。
『三橋、見事なピッチング!三者凡退に抑えました~!』
テレビの中では、三橋が小さくガッツポーズをした。
そしてベンチ前で御幸と顔を見合わせ、笑っている。
沢村はまた「いいなぁ」とため息をついた。
三橋だって、苦労しているのはわかっている。
だがこの瞬間、三橋が羨ましくてたまらない。
「どうすりゃいいんだよ。」
沢村は髪を掻き毟りながら、文句を言う。
他に誰もいない部屋で、声は思いのほか大きく響いた。
【続く】