「おお振り」×「◆A」10年後
【ヒーローインタビュー】
『三橋、セーブ数、リーグトップに躍り出ました~!』
スマホからアナウンサーの声が聞こえる。
阿部は車内で1人、それを聞きながらうっすらと笑った。
関東某所で、三橋たちは試合中。
阿部は球場の駐車場にいた。
車の中で1人、スマホでネット中継を見ている。
阿部は球団スタッフではなく、三橋が雇っているトレーナー。
つまり試合中、ベンチに入ることはできないのだ。
「スタンドで、見れば、いいのに」
三橋はいつもそう言う。
狭い車内より、観客席の方が落ち着くのではないかと。
だけど阿部は車内の方がよかった。
観客席にいれば、どうしても周りの熱気に当てられてしまう気がする。
でも阿部は三橋のトレーナー、プロとしての冷静さは保ちたい。
だから静かに車内で観戦した方がよかった。
阿部はスマホを運転席の前に立て、試合を流しっぱなしにする。
それとは別に、タブレット端末を操作していた。
他の試合の状況のチェックだ。
高校時代の頼れるチームメイト、田島はホームランを打ったらしい。
マンションのご近所さん、倉持は盗塁数を増やしている。
阿部はそれらをチェックして「よし!」と小さく拳を握った。
やはりお馴染みのメンバーの活躍を見るのは嬉しい。
「だけど、なぁ」
タブレットの画面に指を滑らせていた阿部は、表情を曇らせた。
沢村はあれからずっと二軍だ。
今日は二軍戦で途中登板し、2回程度投げたようだ。
無失点に押さえたようだが、内容まではわからない。
なぜなら二軍の試合はスコアではない。
あくまで一軍で通用するかどうか、内容を確認するのが目的だ。
沢村が球団にどう判断され、いつ一軍に上がれるかはわからなかった。
『最終回、ここでマウンドには三橋が上がります。』
スマホ画面は、試合終盤を映し出している。
三橋がマウンドに上がり、投球練習を開始していた。
阿部は画面越しに、三橋の雄姿を見守る。
この時間が実は至福の幸せであることは、誰にも秘密だ。
「頑張れ。守護神」
阿部は小さく呟きながら、食い入るようにスマホ画面を見た。
野球中継の場合、やはりメインで画面に映るのはバッターだ。
だから投手である三橋は、顔より後ろ姿が映る方が多かった。
投手にしては小さくて細身。
だけど高校時代に比べれば、格段にパワーアップしている。
三橋はリズムよく、淡々と投げていた。
阿部はそれを静かに見ている。
三橋がプロになったばかりの頃は、自分なりに配球を考えたりもした。
だがもう今はしない。
御幸のリードとの違いに、もどかしくなるからだ。
今や球界を代表するまでになった御幸に、三橋を預けておけばそれで良い。
阿部は三橋のフォームを見て、異変がないかチェックしていた。
『試合終了~!守護神三橋、無失点に押さえました~!』
三橋は最終回をあっさり三者凡退に押さえた。
阿部は「ハァ」と大きくため息をつく。
今や三橋は守護神、1、2試合負けたところでその地位は揺るがない。
それでもやはり勝ってくれた方が嬉しかった。
「あんた、もういいかげん、うちを手伝いなさいよ。」
不意に母親の声が、阿部の脳裏によぎった。
ここ最近、実家の母からよく電話がかかって来る。
会社を経営している父は腰を悪くしており、仕事がつらいらしい。
トレーナー業は早々に畳んで、実家を継いでほしい。
それが両親の希望だった。
折しも三橋も実家から、同じようなことを言われているらしい。
そろそろこの生活も終わりなのだと、2人で話し合ったところだった。
『三橋、セーブ数、リーグトップに躍り出ました~!』
スマホからアナウンサーの声が聞こえる。
阿部は車内で1人、それを聞きながらうっすらと笑った。
ここへ来て、最高の成績。
これで有終の美を飾れると、阿部は自分に言い聞かせている。
だが実際は違う。
もっともっと、まだまだ三橋を見ていたい。
そんな気持ちを抑えられないのだ。
阿部は動画を止めると、両手で頬をパンと叩いた。
あと少しで、三橋が帰って来る。
阿部にできるのは、戦い終えた三橋の身体をケアすることだけだ。
*****
「今日のヒーローは勝ち越しのホームランを打った御幸選手です~!」
試合後のヒーローインタビュー、お立ち台に御幸が呼ばれている。
次に呼ばれる三橋は、そのすぐ横で笑顔で手を振る御幸を見ていた。
今日も試合が終わった。
三橋は9回に登板し、三者凡退に抑えた。
勝利の余韻にまだ頬が赤い。
何度も試合に登板したけれど、やはり勝つのは嬉しいものだ。
「御幸選手、素晴らしいホームランでした!」
アナウンサーの男性が、御幸にマイクを向けている。
御幸は「ありがとうございます」と穏やかに答えていた。
それを見る三橋は、うらやましいと思う。
三橋はあんな風に落ち着いて受け答えすることができない。
何しろ普通の日常会話でさえ、少々吃音気味なのだから。
「三橋にセーブをプレゼントしたかったので。」
「ああ。そうですね。三橋投手はこれでセーブ数、リーグトップですからね。」
自分の名前が出たことで、三橋は「うぉ!」と驚いてしまい、慌てて口を押えた。
幸い球場は観客の声援で盛り上がっている。
誰も三橋の声には気づかなかったようだ。
三橋は大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
そして改めて「あれ?」と首を傾げた。
セーブ数、リーグトップ。
三橋は今までそこに気付かなかった。
テレビやネット配信などでは実況のアナウンサーが連呼している。
だけど試合中の三橋が聞けるはずもない。
そもそも毎回、ただ無心で投げているだけなのだ。
セーブの数など、気にしたことがなかった。
すごく嬉しい。だけど。
三橋は観客席の熱狂を見ながら、素直に喜べない自分を持て余していた。
自分がプロの世界でトップに立つ。
そんなことができるなんて、夢にも思わなかった。
これで有終の美が飾れたと思うべきなのだろう。
群馬で学校を経営する三橋の祖父は、最近体調を崩している。
普通の勤め人なら、とっくにリタイヤしている年齢だ。
その年齢で学校の理事長という激務をこなしているのだ。
その無理がたたったのかもしれない。
ここ何年か、入退院を繰り返している状態だった。
「もう野球は満足するほどやっただろう。そろそろ戻りなさい。」
先日、もう何度目かわからない入院の前に、祖父は電話口でそう言った。
そろそろ理事長職は後継に譲る。
そのとき三橋にも経営スタッフに入って欲しい。
それが祖父だけでなく、両親の希望でもあった。
三橋にそれを拒否するという選択肢はなかった。
ここまで野球を続けて来られたのは、両親のおかげ。
そして今、阿部や御幸たちと楽しくやっているのは祖父のおかげだ。
祖父が所有するマンションで、まるで学生寮の延長のようにわいわい暮らしている。
そこまでしてもらったのだから、そろそろ三橋が役に立つときなのだ。
「このままリーグ優勝まで、突っ走りたいですね!」
「はい。もちろんです。」
「最後にファンの皆様に一言お願いします!」
「はい。シーズン最後まで応援よろしくお願いします。」
考えに耽っている間に、御幸のインタビューが終わっていた。
そしてアナウンサーが「続いて、三橋投手!」と三橋を呼び込む。
三橋は「うわわ」と焦りながら、お立ち台に上がった。
我ながら堂々とした御幸に比べて、オタオタしているなと思う。
実はそれが可愛いなんていうファンもいるのだが、三橋自身は気付いていない。
「セーブ数、リーグトップ。すばらしいですね!」
「あ、ありがと、ございます!」
アナウンサーに称えられ、答える三橋に大観衆が声援を送る。
思い切り投げて、認めてもらえる素晴らしい世界。
だがこれもあと少しで終わる。
とりあえずインタビューを済ませたい。
早く車で1人、待っているであろう阿部の元に行きたい。
阿部が作る夜食を食べたい。
そして沢村がマンションに、そして一軍に戻って欲しい。
三橋の願いはいつだってシンプルだ。
何とかインタビューを終えた。
やれやれ、やっと帰れる。
だがロッカールームに引き上げたところで、まだ今日は終わらないと知った。
なぜなら御幸はいつになく真剣な顔で「話がある」と告げたからだ。
【続く】
『三橋、セーブ数、リーグトップに躍り出ました~!』
スマホからアナウンサーの声が聞こえる。
阿部は車内で1人、それを聞きながらうっすらと笑った。
関東某所で、三橋たちは試合中。
阿部は球場の駐車場にいた。
車の中で1人、スマホでネット中継を見ている。
阿部は球団スタッフではなく、三橋が雇っているトレーナー。
つまり試合中、ベンチに入ることはできないのだ。
「スタンドで、見れば、いいのに」
三橋はいつもそう言う。
狭い車内より、観客席の方が落ち着くのではないかと。
だけど阿部は車内の方がよかった。
観客席にいれば、どうしても周りの熱気に当てられてしまう気がする。
でも阿部は三橋のトレーナー、プロとしての冷静さは保ちたい。
だから静かに車内で観戦した方がよかった。
阿部はスマホを運転席の前に立て、試合を流しっぱなしにする。
それとは別に、タブレット端末を操作していた。
他の試合の状況のチェックだ。
高校時代の頼れるチームメイト、田島はホームランを打ったらしい。
マンションのご近所さん、倉持は盗塁数を増やしている。
阿部はそれらをチェックして「よし!」と小さく拳を握った。
やはりお馴染みのメンバーの活躍を見るのは嬉しい。
「だけど、なぁ」
タブレットの画面に指を滑らせていた阿部は、表情を曇らせた。
沢村はあれからずっと二軍だ。
今日は二軍戦で途中登板し、2回程度投げたようだ。
無失点に押さえたようだが、内容まではわからない。
なぜなら二軍の試合はスコアではない。
あくまで一軍で通用するかどうか、内容を確認するのが目的だ。
沢村が球団にどう判断され、いつ一軍に上がれるかはわからなかった。
『最終回、ここでマウンドには三橋が上がります。』
スマホ画面は、試合終盤を映し出している。
三橋がマウンドに上がり、投球練習を開始していた。
阿部は画面越しに、三橋の雄姿を見守る。
この時間が実は至福の幸せであることは、誰にも秘密だ。
「頑張れ。守護神」
阿部は小さく呟きながら、食い入るようにスマホ画面を見た。
野球中継の場合、やはりメインで画面に映るのはバッターだ。
だから投手である三橋は、顔より後ろ姿が映る方が多かった。
投手にしては小さくて細身。
だけど高校時代に比べれば、格段にパワーアップしている。
三橋はリズムよく、淡々と投げていた。
阿部はそれを静かに見ている。
三橋がプロになったばかりの頃は、自分なりに配球を考えたりもした。
だがもう今はしない。
御幸のリードとの違いに、もどかしくなるからだ。
今や球界を代表するまでになった御幸に、三橋を預けておけばそれで良い。
阿部は三橋のフォームを見て、異変がないかチェックしていた。
『試合終了~!守護神三橋、無失点に押さえました~!』
三橋は最終回をあっさり三者凡退に押さえた。
阿部は「ハァ」と大きくため息をつく。
今や三橋は守護神、1、2試合負けたところでその地位は揺るがない。
それでもやはり勝ってくれた方が嬉しかった。
「あんた、もういいかげん、うちを手伝いなさいよ。」
不意に母親の声が、阿部の脳裏によぎった。
ここ最近、実家の母からよく電話がかかって来る。
会社を経営している父は腰を悪くしており、仕事がつらいらしい。
トレーナー業は早々に畳んで、実家を継いでほしい。
それが両親の希望だった。
折しも三橋も実家から、同じようなことを言われているらしい。
そろそろこの生活も終わりなのだと、2人で話し合ったところだった。
『三橋、セーブ数、リーグトップに躍り出ました~!』
スマホからアナウンサーの声が聞こえる。
阿部は車内で1人、それを聞きながらうっすらと笑った。
ここへ来て、最高の成績。
これで有終の美を飾れると、阿部は自分に言い聞かせている。
だが実際は違う。
もっともっと、まだまだ三橋を見ていたい。
そんな気持ちを抑えられないのだ。
阿部は動画を止めると、両手で頬をパンと叩いた。
あと少しで、三橋が帰って来る。
阿部にできるのは、戦い終えた三橋の身体をケアすることだけだ。
*****
「今日のヒーローは勝ち越しのホームランを打った御幸選手です~!」
試合後のヒーローインタビュー、お立ち台に御幸が呼ばれている。
次に呼ばれる三橋は、そのすぐ横で笑顔で手を振る御幸を見ていた。
今日も試合が終わった。
三橋は9回に登板し、三者凡退に抑えた。
勝利の余韻にまだ頬が赤い。
何度も試合に登板したけれど、やはり勝つのは嬉しいものだ。
「御幸選手、素晴らしいホームランでした!」
アナウンサーの男性が、御幸にマイクを向けている。
御幸は「ありがとうございます」と穏やかに答えていた。
それを見る三橋は、うらやましいと思う。
三橋はあんな風に落ち着いて受け答えすることができない。
何しろ普通の日常会話でさえ、少々吃音気味なのだから。
「三橋にセーブをプレゼントしたかったので。」
「ああ。そうですね。三橋投手はこれでセーブ数、リーグトップですからね。」
自分の名前が出たことで、三橋は「うぉ!」と驚いてしまい、慌てて口を押えた。
幸い球場は観客の声援で盛り上がっている。
誰も三橋の声には気づかなかったようだ。
三橋は大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
そして改めて「あれ?」と首を傾げた。
セーブ数、リーグトップ。
三橋は今までそこに気付かなかった。
テレビやネット配信などでは実況のアナウンサーが連呼している。
だけど試合中の三橋が聞けるはずもない。
そもそも毎回、ただ無心で投げているだけなのだ。
セーブの数など、気にしたことがなかった。
すごく嬉しい。だけど。
三橋は観客席の熱狂を見ながら、素直に喜べない自分を持て余していた。
自分がプロの世界でトップに立つ。
そんなことができるなんて、夢にも思わなかった。
これで有終の美が飾れたと思うべきなのだろう。
群馬で学校を経営する三橋の祖父は、最近体調を崩している。
普通の勤め人なら、とっくにリタイヤしている年齢だ。
その年齢で学校の理事長という激務をこなしているのだ。
その無理がたたったのかもしれない。
ここ何年か、入退院を繰り返している状態だった。
「もう野球は満足するほどやっただろう。そろそろ戻りなさい。」
先日、もう何度目かわからない入院の前に、祖父は電話口でそう言った。
そろそろ理事長職は後継に譲る。
そのとき三橋にも経営スタッフに入って欲しい。
それが祖父だけでなく、両親の希望でもあった。
三橋にそれを拒否するという選択肢はなかった。
ここまで野球を続けて来られたのは、両親のおかげ。
そして今、阿部や御幸たちと楽しくやっているのは祖父のおかげだ。
祖父が所有するマンションで、まるで学生寮の延長のようにわいわい暮らしている。
そこまでしてもらったのだから、そろそろ三橋が役に立つときなのだ。
「このままリーグ優勝まで、突っ走りたいですね!」
「はい。もちろんです。」
「最後にファンの皆様に一言お願いします!」
「はい。シーズン最後まで応援よろしくお願いします。」
考えに耽っている間に、御幸のインタビューが終わっていた。
そしてアナウンサーが「続いて、三橋投手!」と三橋を呼び込む。
三橋は「うわわ」と焦りながら、お立ち台に上がった。
我ながら堂々とした御幸に比べて、オタオタしているなと思う。
実はそれが可愛いなんていうファンもいるのだが、三橋自身は気付いていない。
「セーブ数、リーグトップ。すばらしいですね!」
「あ、ありがと、ございます!」
アナウンサーに称えられ、答える三橋に大観衆が声援を送る。
思い切り投げて、認めてもらえる素晴らしい世界。
だがこれもあと少しで終わる。
とりあえずインタビューを済ませたい。
早く車で1人、待っているであろう阿部の元に行きたい。
阿部が作る夜食を食べたい。
そして沢村がマンションに、そして一軍に戻って欲しい。
三橋の願いはいつだってシンプルだ。
何とかインタビューを終えた。
やれやれ、やっと帰れる。
だがロッカールームに引き上げたところで、まだ今日は終わらないと知った。
なぜなら御幸はいつになく真剣な顔で「話がある」と告げたからだ。
【続く】