「おお振り」×「◆A」

【3日目、試合前!】

「何だ、あれ!すげぇ!」
青道高校Aチームの面々は、驚き、声をあげる。
それは前日のBチームとまったく同じリアクションだった。

「次、ショート!」
監督の百枝の声がグラウンドに響く。
合宿3日目、ついに西浦高校と青道高校Aチームの練習試合。
西浦高校の面々が、試合前のシートノックを行なっていた。

「何だ、あれ!すげぇ!」
青道高校Aチームの面々は、驚き、声をあげる。
それは前日のBチームとまったく同じリアクションだった。
若い女性である百枝が、強豪校の監督に引けを取らないノックを披露したからだ。
ゴロもフライも簡単には捕れない絶妙の場所に飛ぶし、キャッチャーフライは綺麗な垂直だ。
もしかしたら片岡よりも上手いかもしれない。

「なるほど。礼ちゃんと気が合うわけだね、こりゃ。」
御幸はベンチの中から、百枝のノックを見ていた。
礼ちゃんこと青道高校副部長の高島は、女だてらに野球バカだ。
その高島と意気投合するのだから、百枝も相当の野球バカなのだろう。

ふと見ると、ネット裏にはBチームのメンバーが集まっている。
今日のBチームは、試合観戦するも自主練するも自由ということになっている。
観戦するのはどうやら半分ほどのようだ。
その中にはもちろん沢村もいて、最前列を陣取っている。

「何かあったら、オレ、投げますから~!」
沢村はベンチの片岡に向かって、声を張り上げた。
ベンチからは部員たちが「黙って見とけ!」と叫んでいる。
昨日は落ち込んでいたようだが、今日はすっかり元気になったようだ。

ふと見ると、3年生たちも何人か見に来ている。
その中で、クリスと昨日捕手を勤めた小野が何やら真剣に話し込んでいた。
彼らがじっと注視しているのは、ブルペンで投球練習をする三橋だ。
御幸はチラリとしか見ていないが、三橋の球筋はどうも普通の投手と違う気がする。
彼らもその話をしているのではないだろうか。

「事前に聞いちゃいけねーんだったよなぁ。。。」
御幸はポツリとそう呟いた。
2人の捕手の意見を聞きたいが、今回は禁止事項だ。
御幸は少々恨めしい思いで、百枝のノックに視線を戻した。

*****

「なぁ、熱い?」
阿部は三橋にそう聞いた。
三橋は首を振って「フ、フツー」と答える。
だがこの状況に覚えがあって、阿部は嫌な予感がした。

試合前のノックも終わり、三橋のウォーミングアップも終わった。
試合開始の時間まであと数分、両校ともベンチに座り、その時を待っている。
阿部は青道のベンチを見回すと、各打者のデータを頭の中で反芻する。
大丈夫。データはちゃんと入っているようだ。

「降谷の球って、高瀬の球より早いけど、打ちやすそうだよなぁ」
「球種が少ないしな」
頼もしく話すのは、我らが4番田島と5番花井だ。
かつて公式戦で対戦した桐青高校のエースと比較して、降谷の球を分析している。

「オレらはとにかく振っていくしかないよな。」
打撃に自信がない沖が、同じくバッティングペケ組の水谷に声をかける。
水谷もうんうんと頷いて、顔を見合わせため息をついている。
そこへ泉が「いい心がけじゃん」と茶化した。

そう、とにかく振っていくしかないのだ。
降谷は確かに本格派の剛球投手だが、このクラスの投手を打てないようなら甲子園優勝はない。
ましてや今は公式戦ではなく、プレッシャーの少ない練習試合なのだ。

そんなチームメイトたちのお喋りを聞きながら、阿部は三橋に目を移す。
三橋は頬を紅潮させて、見開いた大きな目はかすかに潤んでいるようだ。
試合前の緊張と興奮のため?
いや三橋は公式戦のときだって、こんな風にはならない。

「なぁ、熱い?」
阿部は三橋にそう聞いた。
三橋は首を振って「フ、フツー」と答える。
だがこの状況に覚えがあって、阿部は嫌な予感がした。

あの桐青高校との試合のとき、三橋はこんな感じだった。
妙にハイテンションで飛ばして、最後にヘロヘロになりながら投げ切った。
だけどその投球内容は上出来だった。
あれがなかったら、きっと負けていただろう。

まさかまた、ああなるのだろうか。
阿部は思わず眉をひそめ、どうしたものかと迷う。
だが選択肢は1つしかない。
もう試合は始まるし、今のところはただの予感だ。
このままスタートするしかないだろう。

「勝とう、ね!」
三橋が元気よく阿部にそう告げる。
阿部は半ば自棄になりながら「頼むぞ!」と叫んだ。

【続く】
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