「おお振り」×「◆A」10年後
【覚悟】
「どうっすか!?」
沢村は期待と不安が入り混じった顔で、こちらを見上げてくる。
御幸は困惑しながら、どう答えたものかと真剣に迷った。
地方に遠征し、三連戦を終えた御幸は自宅マンションに戻った。
もちろん三橋と阿部も一緒だ。
三橋は今日も9回に登板し、無失点に抑えた。
今シーズンは絶好調だ。
三橋がクローザーになった試合は、すべて勝っている。
部屋着に着替えたところで、ドアがガンガンと叩かれた。
御幸が「ハァァ」とため息をつく。
こんなに無遠慮な訪問は沢村しかいない。
沢村は試合での負傷が原因で、今はチームから外れている。
体力が落ちないようにトレーニングしつつ、怪我が治るのを待っている状態だ。
本人は至って元気で、体力を持て余しているようだ。
今もその勢いで、帰宅の気配を察して押しかけて来たのだろう。
「何だ?」
御幸はドアスコープを確認することなく、ドアを開ける。
すると予想通り、沢村が満面の笑顔で立っていた。
そして御幸の顔を見るなり「オレの部屋、来てください!」と叫ぶ。
理由を聞こうと御幸が口を開く前に、今度は三橋の部屋のドアを叩いた。
まったく、相変わらず嵐みたいなヤツ。
呆れながら沢村の部屋に入った御幸は「うわ!」と声を上げた。
テーブルの上には食事の用意がしてあったからだ。
ハンバーグと煮物、野菜サラダとご飯に味噌汁。
おそらくこれは沢村なりの善意だろう。
阿部はよく手料理を振る舞ってくれるし、三橋は買い置きの菓子などを分けてくれる。
時間がある今、そのお礼も兼ねて料理をしたということだ。
「どうっすか!?」
沢村は期待と不安が入り混じった顔で、こちらを見上げてくる。
御幸はどう答えてよいものか、答えに詰まった。
なぜなら料理はお世辞にも良い出来には見えなかったからだ。
ハンバーグはかなり焦げているし、煮物はかなり色が濃い。
サラダの野菜は切り方が歪だし、ご飯は水の量を間違えたのか少々柔らかそうだ。
これが2人だけなら、御幸は「美味い」と笑顔で食べただろう。
何しろ可愛い恋人の手料理、それだけで嬉しい。
だけど三橋と阿部も呼んだとなると、大丈夫だろうか?
御幸が返す言葉に困っていたところに「沢村、入るぞ」と阿部の声が聞こえた。
「うお!うまそぉ!」
テーブルを見るなり、三橋が声を上げた。
阿部も「すげぇな。沢村の手料理?」と笑顔を見せる。
沢村が「ホントに!?」と嬉しそうだ。
御幸は2人に感謝しながら「わざわざ悪かったな」と沢村を労った。
「うまそぉ!いただきます!」
かくして4人はテーブルにつき、手を合わせて食事前の儀式を行なう。
三橋や阿部が高校時代、食事のときはかならずこれをしていた。
これもまたメントレの1つらしい。
最初は一緒にするのが少々照れ臭かった御幸だが、もう慣れた。
むしろこれをすると、食事が美味く感じるから不思議なものだ。
三橋が早速、表面が焦げて固くなったハンバーグをバクリ。
そして「噛み応え、ある!」と笑った。
阿部はどう見ても味の濃そうな煮物を食べながら「メシに合うな」と呟く。
御幸は不揃いな切り口のサラダをつつきながら「野菜、美味いな」と頷いた。
「まぁ、阿部ほどうまくはできなかったけど」
「あ、阿部君、最初は、下手だった、よ!」
「そうなのか?」
「うん。高校、合宿で、一緒に、作った、とき!」
笑いながら食べる2人を見ながら、御幸は苦笑した。
沢村もやはり出来がイマイチであることは、わかっているのだ。
三橋や阿部、そして御幸が普通に食べていることにホッとしているのだろう。
あとで三橋と阿部に礼を言わなきゃな。
御幸はかなり柔らかいご飯を食べながら、そう思った。
食べられなくはないし、不味くはない。
だけど店で出て来たら、クレームレベルの料理だ。
それを普通に食べてくれるのは、彼らの優しさだろう。
「栄純、君。ごはん、おかわり!」
三橋が上機嫌で茶碗を差し出した。
沢村が「おうよ!」と笑顔で茶碗を受け取る。
御幸は思わず「早!」とツッコミを入れた。
こうして遠征後の夜はいつもの通り、楽しく過ぎていったのだった。
*****
「三橋、今日も絶好調だったな!」
沢村は笑顔で三橋の好投を称えた。
だが三橋は困ったような顔で「まぁ」と言葉を濁した。
沢村の手料理はすべて4人の胃袋におさまった。
三橋と阿部はお礼だと言って、キッチンに立って皿を洗ってくれる。
そして御幸が茶を淹れて、食後のティータイム突入となった。
そこで沢村が三橋の好投を称えたのである。
部屋にいた沢村はCS放送で御幸たちの試合を見た。
本来なら自分のチームの試合を見ろとツッコまれる場面かもしれない。
だがやはり恋人のプレイを見たいと思ってしまうのだ。
9回、三橋がマウンドに上がったときにはシビれた。
テレビの画面越しにも、その投球の迫力が伝わって来たからだ。
三橋より球が速い投手も、変化球のキレが鋭い投手もそこそこいる。
だが三橋が守護神と呼ばれる所以はそこではない。
気迫というか、魂が乗り移ったような凄味があったのだ。
「そのことだけど。三橋、何かあったか?」
不意にズズッと茶を啜っていた御幸が口を挟んだ。
その途端、阿部も三橋もバツの悪い顔になる。
御幸はそれを見て「あったんだな」とため息をついた。
「ジィちゃん、から。手紙、来て」
三橋は心持ち肩を落としながら、そう答えた。
沢村は「あ、この前の!」と声を上げる。
エントランスのポストに届いていた手紙を三橋に届けた。
きっとあの手紙のことだろう。
「帰ってきて、欲しいって」
三橋はポツリとそう呟く。
すると阿部が「オレもっすよ。実家から連絡きて」と苦笑した。
意外な展開に沢村はポカンとしてしまう。
御幸は静かに「そうなのか?」と聞いた。
「オレたち、もうすぐ、終わる。そう、思ったら」
三橋はそう言ってから、茶を啜った。
どうやら上手い言葉を思いつかないらしい。
御幸は「そうか」と頷いた。
もうすぐ終わることで、三橋の中で覚悟が固まったのだ。
だから球に凄味が増した。
野球をよく知らない人は「そんな根性論」と笑うかもしれない。
だが投球とはそういうものだ。
フォームや握り、気の持ち方。
そんなちょっとしたことで劇的に変わるのである。
「御幸先輩って、そういうのないんすか?」
沢村はふと気づいて、御幸に話を振った。
三橋の祖父は学校経営、阿部の父は会社社長。
家を継ぐ話が出てくるのはよくわかる。
だがそれを言えば、御幸の実家は町工場なのだ。
兄弟もいないのだし、そういう話があってもおかしくない。
「オレは野球で生きていくって決めてる。親にも言ってあるし。」
「現役を引退しても?」
「ああ。教える側に回りたいかな。」
「それってコーチとか、監督?」
「だな。そんな感じ」
沢村はそんな話をしながら、不思議な気分だった。
恋人になって、ずっと一緒にいたいと願っている。
だけど案外、将来の話なんかしたことがなかった。
そのことに今気づいたのだ。
「そんなことより、来年」
御幸がそう言った途端、三橋と阿部が息を飲む気配がした。
2人の反応に沢村は首を傾げる。
すると御幸が「フッ」と笑い、すぐに「あのさ」と三橋たちの方を見た。
「お前らだって、家を継がないって選択肢もあるんじゃねぇの?」
「そりゃ、ないことはないっすけど」
「お前らが幸せになること。それがジィちゃんやオヤジさんの願いだろ。」
「そうなんすかね。」
今度は御幸と阿部が喋り出す。
御幸は今、明らかに話題を変えた。
そして三橋と阿部は何だかホッとしたような顔になっている。
沢村はその微妙な雰囲気に首を傾げたが、何も言わなかった。
質問がうまく言葉になりそうな気がしなかったからだ。
このとき御幸にもっとツッコんでいたら、どうだったろう?
後になって沢村はそんなことを考える。
だが今は違和感を覚えつつ、普通に楽しい夜だった。
そして覚悟を決めているらしい三橋と阿部の幸せを、ただ祈っていた。
【続く】
「どうっすか!?」
沢村は期待と不安が入り混じった顔で、こちらを見上げてくる。
御幸は困惑しながら、どう答えたものかと真剣に迷った。
地方に遠征し、三連戦を終えた御幸は自宅マンションに戻った。
もちろん三橋と阿部も一緒だ。
三橋は今日も9回に登板し、無失点に抑えた。
今シーズンは絶好調だ。
三橋がクローザーになった試合は、すべて勝っている。
部屋着に着替えたところで、ドアがガンガンと叩かれた。
御幸が「ハァァ」とため息をつく。
こんなに無遠慮な訪問は沢村しかいない。
沢村は試合での負傷が原因で、今はチームから外れている。
体力が落ちないようにトレーニングしつつ、怪我が治るのを待っている状態だ。
本人は至って元気で、体力を持て余しているようだ。
今もその勢いで、帰宅の気配を察して押しかけて来たのだろう。
「何だ?」
御幸はドアスコープを確認することなく、ドアを開ける。
すると予想通り、沢村が満面の笑顔で立っていた。
そして御幸の顔を見るなり「オレの部屋、来てください!」と叫ぶ。
理由を聞こうと御幸が口を開く前に、今度は三橋の部屋のドアを叩いた。
まったく、相変わらず嵐みたいなヤツ。
呆れながら沢村の部屋に入った御幸は「うわ!」と声を上げた。
テーブルの上には食事の用意がしてあったからだ。
ハンバーグと煮物、野菜サラダとご飯に味噌汁。
おそらくこれは沢村なりの善意だろう。
阿部はよく手料理を振る舞ってくれるし、三橋は買い置きの菓子などを分けてくれる。
時間がある今、そのお礼も兼ねて料理をしたということだ。
「どうっすか!?」
沢村は期待と不安が入り混じった顔で、こちらを見上げてくる。
御幸はどう答えてよいものか、答えに詰まった。
なぜなら料理はお世辞にも良い出来には見えなかったからだ。
ハンバーグはかなり焦げているし、煮物はかなり色が濃い。
サラダの野菜は切り方が歪だし、ご飯は水の量を間違えたのか少々柔らかそうだ。
これが2人だけなら、御幸は「美味い」と笑顔で食べただろう。
何しろ可愛い恋人の手料理、それだけで嬉しい。
だけど三橋と阿部も呼んだとなると、大丈夫だろうか?
御幸が返す言葉に困っていたところに「沢村、入るぞ」と阿部の声が聞こえた。
「うお!うまそぉ!」
テーブルを見るなり、三橋が声を上げた。
阿部も「すげぇな。沢村の手料理?」と笑顔を見せる。
沢村が「ホントに!?」と嬉しそうだ。
御幸は2人に感謝しながら「わざわざ悪かったな」と沢村を労った。
「うまそぉ!いただきます!」
かくして4人はテーブルにつき、手を合わせて食事前の儀式を行なう。
三橋や阿部が高校時代、食事のときはかならずこれをしていた。
これもまたメントレの1つらしい。
最初は一緒にするのが少々照れ臭かった御幸だが、もう慣れた。
むしろこれをすると、食事が美味く感じるから不思議なものだ。
三橋が早速、表面が焦げて固くなったハンバーグをバクリ。
そして「噛み応え、ある!」と笑った。
阿部はどう見ても味の濃そうな煮物を食べながら「メシに合うな」と呟く。
御幸は不揃いな切り口のサラダをつつきながら「野菜、美味いな」と頷いた。
「まぁ、阿部ほどうまくはできなかったけど」
「あ、阿部君、最初は、下手だった、よ!」
「そうなのか?」
「うん。高校、合宿で、一緒に、作った、とき!」
笑いながら食べる2人を見ながら、御幸は苦笑した。
沢村もやはり出来がイマイチであることは、わかっているのだ。
三橋や阿部、そして御幸が普通に食べていることにホッとしているのだろう。
あとで三橋と阿部に礼を言わなきゃな。
御幸はかなり柔らかいご飯を食べながら、そう思った。
食べられなくはないし、不味くはない。
だけど店で出て来たら、クレームレベルの料理だ。
それを普通に食べてくれるのは、彼らの優しさだろう。
「栄純、君。ごはん、おかわり!」
三橋が上機嫌で茶碗を差し出した。
沢村が「おうよ!」と笑顔で茶碗を受け取る。
御幸は思わず「早!」とツッコミを入れた。
こうして遠征後の夜はいつもの通り、楽しく過ぎていったのだった。
*****
「三橋、今日も絶好調だったな!」
沢村は笑顔で三橋の好投を称えた。
だが三橋は困ったような顔で「まぁ」と言葉を濁した。
沢村の手料理はすべて4人の胃袋におさまった。
三橋と阿部はお礼だと言って、キッチンに立って皿を洗ってくれる。
そして御幸が茶を淹れて、食後のティータイム突入となった。
そこで沢村が三橋の好投を称えたのである。
部屋にいた沢村はCS放送で御幸たちの試合を見た。
本来なら自分のチームの試合を見ろとツッコまれる場面かもしれない。
だがやはり恋人のプレイを見たいと思ってしまうのだ。
9回、三橋がマウンドに上がったときにはシビれた。
テレビの画面越しにも、その投球の迫力が伝わって来たからだ。
三橋より球が速い投手も、変化球のキレが鋭い投手もそこそこいる。
だが三橋が守護神と呼ばれる所以はそこではない。
気迫というか、魂が乗り移ったような凄味があったのだ。
「そのことだけど。三橋、何かあったか?」
不意にズズッと茶を啜っていた御幸が口を挟んだ。
その途端、阿部も三橋もバツの悪い顔になる。
御幸はそれを見て「あったんだな」とため息をついた。
「ジィちゃん、から。手紙、来て」
三橋は心持ち肩を落としながら、そう答えた。
沢村は「あ、この前の!」と声を上げる。
エントランスのポストに届いていた手紙を三橋に届けた。
きっとあの手紙のことだろう。
「帰ってきて、欲しいって」
三橋はポツリとそう呟く。
すると阿部が「オレもっすよ。実家から連絡きて」と苦笑した。
意外な展開に沢村はポカンとしてしまう。
御幸は静かに「そうなのか?」と聞いた。
「オレたち、もうすぐ、終わる。そう、思ったら」
三橋はそう言ってから、茶を啜った。
どうやら上手い言葉を思いつかないらしい。
御幸は「そうか」と頷いた。
もうすぐ終わることで、三橋の中で覚悟が固まったのだ。
だから球に凄味が増した。
野球をよく知らない人は「そんな根性論」と笑うかもしれない。
だが投球とはそういうものだ。
フォームや握り、気の持ち方。
そんなちょっとしたことで劇的に変わるのである。
「御幸先輩って、そういうのないんすか?」
沢村はふと気づいて、御幸に話を振った。
三橋の祖父は学校経営、阿部の父は会社社長。
家を継ぐ話が出てくるのはよくわかる。
だがそれを言えば、御幸の実家は町工場なのだ。
兄弟もいないのだし、そういう話があってもおかしくない。
「オレは野球で生きていくって決めてる。親にも言ってあるし。」
「現役を引退しても?」
「ああ。教える側に回りたいかな。」
「それってコーチとか、監督?」
「だな。そんな感じ」
沢村はそんな話をしながら、不思議な気分だった。
恋人になって、ずっと一緒にいたいと願っている。
だけど案外、将来の話なんかしたことがなかった。
そのことに今気づいたのだ。
「そんなことより、来年」
御幸がそう言った途端、三橋と阿部が息を飲む気配がした。
2人の反応に沢村は首を傾げる。
すると御幸が「フッ」と笑い、すぐに「あのさ」と三橋たちの方を見た。
「お前らだって、家を継がないって選択肢もあるんじゃねぇの?」
「そりゃ、ないことはないっすけど」
「お前らが幸せになること。それがジィちゃんやオヤジさんの願いだろ。」
「そうなんすかね。」
今度は御幸と阿部が喋り出す。
御幸は今、明らかに話題を変えた。
そして三橋と阿部は何だかホッとしたような顔になっている。
沢村はその微妙な雰囲気に首を傾げたが、何も言わなかった。
質問がうまく言葉になりそうな気がしなかったからだ。
このとき御幸にもっとツッコんでいたら、どうだったろう?
後になって沢村はそんなことを考える。
だが今は違和感を覚えつつ、普通に楽しい夜だった。
そして覚悟を決めているらしい三橋と阿部の幸せを、ただ祈っていた。
【続く】