「おお振り」×「◆A」10年後
【よかったねパーティ】
「心配、したんだからね~!」
怒っているのになぜか可愛い三橋の姿に、場の空気は妙に和む。
沢村はそのやわらかい髪をわしゃわしゃとかき回して「ごめんな」と詫びた。
沢村が試合の最中にケガをした。
折れたバットが足に当たり、マウンド上で出血。
そしてそのまま降板となり、そのまま病院に運ばれた。
もしもすぐに復帰できなかったら、どうしよう。
沢村は病院で手当てを受けるまで、そのことばかりを考えていた。
昨年は今1つ不調で、今年は先発ローテーション内から外された。
だが他の投手陣もピリッとしない展開で、棚ボタ的に回って来た先発だったのだ。
ここで結果を残さなければと、かなり気合いも入れていた。
それがこのザマとは、情けなさ過ぎる。
だけど実際は大したケガではなかった。
折れたバットは刺さったのではなく、かすめただけだった。
出血が少々多いので衝撃が大きかったが、実際は擦過傷。
要するにちょっと派手な擦り傷だったのだ。
医師も消毒さえきちんとすれば、練習もすぐに再開可能と言ってくれた。
「ったく、ついてねぇな。」
沢村はブツブツ文句を言いながら、自宅に戻った。
だが家に帰って、スマホを確認したところで「ハァ!?」と声を上げる。
恐ろしい数のメッセージが届いていたからだ。
その全てが沢村のケガを心配するものだ。
「ありがたいけど、これ返すの大仕事じゃん。」
沢村はテレビをつけると、CS放送の野球中継にチャンネルを合わせた。
自分が退場してしまった試合、マウンドには三橋がいた。
沢村は思わず「ああ、チクショウ!」と悪態をつく。
三橋にではなく、不本意な形でマウンドを降りた自分にだ。
御幸たちが戻ってきたのは深夜。
沢村がようやく全てのメッセージに返信して、程なくのことだった。
関東での試合の場合、御幸と三橋は一緒に移動する。
正確に言うなら、阿部が三橋のために運転する車に御幸が便乗していた。
つまり3人一緒に沢村の部屋に来たのだった。
「心配、したんだからね~!」
三橋は部屋に入るなり、子犬のように駆け寄って来た。
どうやら怒っているようだが、妙に可愛い。
これで同じ歳なんて詐欺だと、沢村は場違いなことを思った。
「ごめんな。」
沢村は三橋のやわらかい髪をわしゃわしゃとかき回した。
三橋は「ううん」と首を振ると、シャンプーが香る。
髪もまだ生乾きのようだし、おそらくシャワーもそこそこに帰って来たのだろう
試合終了直後に三橋から来たメッセージには返信済みだ。
それでもやはり元気な顔を見るまで、安心できなかったらしい。
「よかったよ。たいしたことなさそうで。」
阿部も沢村に声をかけてくれた。
三橋が他の男と親しくしていると、阿部は不機嫌になる。
だけど沢村はその対象ではないようで、笑いながらじゃれ合う2人を見ていた。
沢村は「ありがとな」と笑顔を返しながら、御幸を見た。
御幸は何も言わず、まったくいつも通りに見えた。
三橋と沢村がじゃれ合うのを見て笑うだけだ。
いやむしろ三橋を見て、癒されているような雰囲気だ。
沢村としては面白くない。
無駄に心配はかけなくないが、優しい言葉の1つくらいは欲しい。
すると三橋が「栄純、君」と小さな声で沢村を手招きした。
沢村が顔を寄せると、三橋は沢村の耳元で囁いた。
「御幸、先輩。すごく、心配してた」
「え?」
「あんなに、動揺してるの、初めて、見た」
「そうか?」
「うん。で、今、必死に、普通の、顔してる」
三橋の密告(?)に沢村は驚きながら、御幸を見た。
御幸はバツの悪そうな顔で目を逸らす。
2人のヒソヒソ話が聞こえたか、察したか。
すると阿部がニヤニヤ笑いながら、御幸を茶化し始めた。
そっか。そんなに動揺させたのか。
沢村は申し訳ないと思いつつ、嬉しかった。
昔からいつも御幸はなかなか本心を見せてくれない。
感情がすぐ出てしまう沢村とは対照的だ。
そんな御幸が好きではあるが、ちょっと悔しかったりもするのだ。
「栄純、君!軽いケガ、で、よかったねパーティ、しよう!」
「ノンアルコールだぞ!」
テンション上がる三橋に、すかさず阿部のチェックが入る。
沢村は大いに気を良くしながら「パーティだな!」と笑った。
こんなことなら、たまにはケガも悪くない。
ただしこの程度の軽いケガ限定だが。
沢村は上機嫌で、未だにバツが悪そうな御幸を見ていた。
*****
「それじゃ、失礼します」
ベットに寝そべる御幸の身体を、阿部が丁寧に解していく。
御幸は「悪いな」と声をかけると、さっそく訪れた心地よさに目を閉じた。
少し前まで御幸は迷っていた。
今日はショッキングなことが起こった。
よりによって御幸の目の前で、沢村がケガをしたのだ。
幸いなことに、見た目ほど重傷ではないそうだ。
実際沢村は普段とまったく変わらず元気に騒いでいた。
ついさっきまで沢村の部屋で、いつもの4人で話し込んでいた。
三橋曰く「栄純君!軽いケガでよかったねパーティ!」だ。
ノンアルコール飲料で乾杯し、阿部が用意した軽食でしばし歓談。
だが明日も試合があるのだし、そうそう夜ふかしもできない。
程なくしてお開きとなり、自分の部屋に戻った。
御幸が迷い始めたのは、そこからだ。
差し当たって明日に備えて、さっさと寝なければならない。
だがベットに入ったところで、眠れる自信がなかった。
おそらくグルグルと沢村のことを考えてしまうだろう。
それなら今日だけ特別、酒の力を借りようか。
ただ飲みだすと止まらなくなる気がしなくもない。
さてどうしたものかと冷蔵庫の前で迷う。
そこでドアが控えめにノックされる音を聞いた。
「何だ?どうした?」
「やっぱり起きてましたね。」
ドアを開けると、立っていたのは阿部だった。
どうやら御幸が眠っていた場合を考え、ドアチャイムでなく小さなノックにしたらしい。
御幸は「まぁ入れよ」と阿部を招き入れる。
阿部は「おじゃまします」と上がり込み「眠れないっすか?」と聞いてきた。
「よかったらマッサージでもしましょうか?よく寝られるヤツ」
「そりゃありがたいが、お前三橋の専属だろ?」
「仕事としては。これは友人として、後輩としてサービスです。」
「そうか。じゃあありがたく受けるわ」
御幸は軽口で応じながら、阿部に感謝していた。
今日の一件の後、御幸が眠れなくなっているのではないかと心配してくれた。
そこでわざわざ部屋に来てくれたのだ。
後輩に気を使わせたのは心苦しいが、素直にありがたい。
酒を飲むよりは、マッサージでリラックスする方がよほどマシだろう。
「それじゃ失礼します。」
「悪いな。」
「気にしないで下さい。」
御幸がベットにうつ伏せに寝そべると、早速阿部が背中を解してくれる。
心地よさに思わず「ううう」と声が出た。
阿部が「まるでオッサンっすよ」と笑うが、御幸は「いいんだよ」と受け流した。
他に誰が聞いているわけでもなし、好きにリアクションさせてくれ。
「三橋、気にしてたか?」
御幸は目を閉じ、阿部に完全に身体を預けながら、そう聞いた。
三橋は以前、沢村がケガをする夢を見たと言っていた。
そこで沢村をキャッチボールに誘う振りをして、神社にお参りさせていたのだ。
果たして御利益はあったのかどうか。
沢村がケガをした瞬間も、三橋は何か考え込んでいる風だったのだ。
「ええ、まぁ」
「そっか。でも三橋のおかげで、沢村は軽傷だったんじゃないか?」
「それはどうだか。とりあえず軽傷でホッとはしてるみたいですけど。」
「そうか。そうだよな。やっぱり三橋のおかげだよ。」
「伝えておきます。」
阿部は丁寧に御幸の全身を揉み解してくれる。
おかげで御幸はすっかりリラックスしていた。
それと同時に次第に眠気を感じる。
沢村のケガでプレイに影響が出てはいけないと、今日はいつも以上に張りつめていた。
やはり身体は正直で、疲れを訴えてくる。
「おわりました。御幸先輩。オレ帰りますね。」
眠りに落ちかけた御幸は、夢うつつ状態で阿部の声を聞いた。
そして翌朝、目を覚ました御幸は「あれ?」と首を傾げる。
昨夜、阿部がマッサージしてくれたのは現実か、それとも夢か。
だが郵便受けに部屋の鍵が入っているのを見て、現実だとわかった。
阿部は帰り際テーブルの上に置きっぱなしだった鍵で施錠して、出ていったようだ。
とりあえず良い目覚めだ。
阿部と三橋のおかげで、心も身体も軽い。
そのうちヤツらにメシでも奢るか。
御幸はそんなことを思いながら、朝のコーヒーの準備を始めた。
【続く】
「心配、したんだからね~!」
怒っているのになぜか可愛い三橋の姿に、場の空気は妙に和む。
沢村はそのやわらかい髪をわしゃわしゃとかき回して「ごめんな」と詫びた。
沢村が試合の最中にケガをした。
折れたバットが足に当たり、マウンド上で出血。
そしてそのまま降板となり、そのまま病院に運ばれた。
もしもすぐに復帰できなかったら、どうしよう。
沢村は病院で手当てを受けるまで、そのことばかりを考えていた。
昨年は今1つ不調で、今年は先発ローテーション内から外された。
だが他の投手陣もピリッとしない展開で、棚ボタ的に回って来た先発だったのだ。
ここで結果を残さなければと、かなり気合いも入れていた。
それがこのザマとは、情けなさ過ぎる。
だけど実際は大したケガではなかった。
折れたバットは刺さったのではなく、かすめただけだった。
出血が少々多いので衝撃が大きかったが、実際は擦過傷。
要するにちょっと派手な擦り傷だったのだ。
医師も消毒さえきちんとすれば、練習もすぐに再開可能と言ってくれた。
「ったく、ついてねぇな。」
沢村はブツブツ文句を言いながら、自宅に戻った。
だが家に帰って、スマホを確認したところで「ハァ!?」と声を上げる。
恐ろしい数のメッセージが届いていたからだ。
その全てが沢村のケガを心配するものだ。
「ありがたいけど、これ返すの大仕事じゃん。」
沢村はテレビをつけると、CS放送の野球中継にチャンネルを合わせた。
自分が退場してしまった試合、マウンドには三橋がいた。
沢村は思わず「ああ、チクショウ!」と悪態をつく。
三橋にではなく、不本意な形でマウンドを降りた自分にだ。
御幸たちが戻ってきたのは深夜。
沢村がようやく全てのメッセージに返信して、程なくのことだった。
関東での試合の場合、御幸と三橋は一緒に移動する。
正確に言うなら、阿部が三橋のために運転する車に御幸が便乗していた。
つまり3人一緒に沢村の部屋に来たのだった。
「心配、したんだからね~!」
三橋は部屋に入るなり、子犬のように駆け寄って来た。
どうやら怒っているようだが、妙に可愛い。
これで同じ歳なんて詐欺だと、沢村は場違いなことを思った。
「ごめんな。」
沢村は三橋のやわらかい髪をわしゃわしゃとかき回した。
三橋は「ううん」と首を振ると、シャンプーが香る。
髪もまだ生乾きのようだし、おそらくシャワーもそこそこに帰って来たのだろう
試合終了直後に三橋から来たメッセージには返信済みだ。
それでもやはり元気な顔を見るまで、安心できなかったらしい。
「よかったよ。たいしたことなさそうで。」
阿部も沢村に声をかけてくれた。
三橋が他の男と親しくしていると、阿部は不機嫌になる。
だけど沢村はその対象ではないようで、笑いながらじゃれ合う2人を見ていた。
沢村は「ありがとな」と笑顔を返しながら、御幸を見た。
御幸は何も言わず、まったくいつも通りに見えた。
三橋と沢村がじゃれ合うのを見て笑うだけだ。
いやむしろ三橋を見て、癒されているような雰囲気だ。
沢村としては面白くない。
無駄に心配はかけなくないが、優しい言葉の1つくらいは欲しい。
すると三橋が「栄純、君」と小さな声で沢村を手招きした。
沢村が顔を寄せると、三橋は沢村の耳元で囁いた。
「御幸、先輩。すごく、心配してた」
「え?」
「あんなに、動揺してるの、初めて、見た」
「そうか?」
「うん。で、今、必死に、普通の、顔してる」
三橋の密告(?)に沢村は驚きながら、御幸を見た。
御幸はバツの悪そうな顔で目を逸らす。
2人のヒソヒソ話が聞こえたか、察したか。
すると阿部がニヤニヤ笑いながら、御幸を茶化し始めた。
そっか。そんなに動揺させたのか。
沢村は申し訳ないと思いつつ、嬉しかった。
昔からいつも御幸はなかなか本心を見せてくれない。
感情がすぐ出てしまう沢村とは対照的だ。
そんな御幸が好きではあるが、ちょっと悔しかったりもするのだ。
「栄純、君!軽いケガ、で、よかったねパーティ、しよう!」
「ノンアルコールだぞ!」
テンション上がる三橋に、すかさず阿部のチェックが入る。
沢村は大いに気を良くしながら「パーティだな!」と笑った。
こんなことなら、たまにはケガも悪くない。
ただしこの程度の軽いケガ限定だが。
沢村は上機嫌で、未だにバツが悪そうな御幸を見ていた。
*****
「それじゃ、失礼します」
ベットに寝そべる御幸の身体を、阿部が丁寧に解していく。
御幸は「悪いな」と声をかけると、さっそく訪れた心地よさに目を閉じた。
少し前まで御幸は迷っていた。
今日はショッキングなことが起こった。
よりによって御幸の目の前で、沢村がケガをしたのだ。
幸いなことに、見た目ほど重傷ではないそうだ。
実際沢村は普段とまったく変わらず元気に騒いでいた。
ついさっきまで沢村の部屋で、いつもの4人で話し込んでいた。
三橋曰く「栄純君!軽いケガでよかったねパーティ!」だ。
ノンアルコール飲料で乾杯し、阿部が用意した軽食でしばし歓談。
だが明日も試合があるのだし、そうそう夜ふかしもできない。
程なくしてお開きとなり、自分の部屋に戻った。
御幸が迷い始めたのは、そこからだ。
差し当たって明日に備えて、さっさと寝なければならない。
だがベットに入ったところで、眠れる自信がなかった。
おそらくグルグルと沢村のことを考えてしまうだろう。
それなら今日だけ特別、酒の力を借りようか。
ただ飲みだすと止まらなくなる気がしなくもない。
さてどうしたものかと冷蔵庫の前で迷う。
そこでドアが控えめにノックされる音を聞いた。
「何だ?どうした?」
「やっぱり起きてましたね。」
ドアを開けると、立っていたのは阿部だった。
どうやら御幸が眠っていた場合を考え、ドアチャイムでなく小さなノックにしたらしい。
御幸は「まぁ入れよ」と阿部を招き入れる。
阿部は「おじゃまします」と上がり込み「眠れないっすか?」と聞いてきた。
「よかったらマッサージでもしましょうか?よく寝られるヤツ」
「そりゃありがたいが、お前三橋の専属だろ?」
「仕事としては。これは友人として、後輩としてサービスです。」
「そうか。じゃあありがたく受けるわ」
御幸は軽口で応じながら、阿部に感謝していた。
今日の一件の後、御幸が眠れなくなっているのではないかと心配してくれた。
そこでわざわざ部屋に来てくれたのだ。
後輩に気を使わせたのは心苦しいが、素直にありがたい。
酒を飲むよりは、マッサージでリラックスする方がよほどマシだろう。
「それじゃ失礼します。」
「悪いな。」
「気にしないで下さい。」
御幸がベットにうつ伏せに寝そべると、早速阿部が背中を解してくれる。
心地よさに思わず「ううう」と声が出た。
阿部が「まるでオッサンっすよ」と笑うが、御幸は「いいんだよ」と受け流した。
他に誰が聞いているわけでもなし、好きにリアクションさせてくれ。
「三橋、気にしてたか?」
御幸は目を閉じ、阿部に完全に身体を預けながら、そう聞いた。
三橋は以前、沢村がケガをする夢を見たと言っていた。
そこで沢村をキャッチボールに誘う振りをして、神社にお参りさせていたのだ。
果たして御利益はあったのかどうか。
沢村がケガをした瞬間も、三橋は何か考え込んでいる風だったのだ。
「ええ、まぁ」
「そっか。でも三橋のおかげで、沢村は軽傷だったんじゃないか?」
「それはどうだか。とりあえず軽傷でホッとはしてるみたいですけど。」
「そうか。そうだよな。やっぱり三橋のおかげだよ。」
「伝えておきます。」
阿部は丁寧に御幸の全身を揉み解してくれる。
おかげで御幸はすっかりリラックスしていた。
それと同時に次第に眠気を感じる。
沢村のケガでプレイに影響が出てはいけないと、今日はいつも以上に張りつめていた。
やはり身体は正直で、疲れを訴えてくる。
「おわりました。御幸先輩。オレ帰りますね。」
眠りに落ちかけた御幸は、夢うつつ状態で阿部の声を聞いた。
そして翌朝、目を覚ました御幸は「あれ?」と首を傾げる。
昨夜、阿部がマッサージしてくれたのは現実か、それとも夢か。
だが郵便受けに部屋の鍵が入っているのを見て、現実だとわかった。
阿部は帰り際テーブルの上に置きっぱなしだった鍵で施錠して、出ていったようだ。
とりあえず良い目覚めだ。
阿部と三橋のおかげで、心も身体も軽い。
そのうちヤツらにメシでも奢るか。
御幸はそんなことを思いながら、朝のコーヒーの準備を始めた。
【続く】