「おお振り」×「◆A」10年後
【小学生か!】
「キャッチボール、しよう!」
少年のような三橋が、少年のように顔を輝かせて、少年のようなことを言う。
沢村は驚き一瞬言葉に詰まったが、すぐに「それ、いいな!」と笑った。
年が明け、自主トレ、春季キャンプ、そしてオープン戦。
オフシーズンからプレシーズンへ、季節はあっという間に過ぎていく。
一年が過ぎるのは早いが、沢村はこの時期は特に早いと思っている。
速球のスピードアップとか、コントロール強化とか、球種を増やすとか。
やりたいことがたくさんあるのに、全部できずに終わってしまうのだ。
ともかくオープン戦が終わり、開幕目前の貴重なオフ日。
沢村は倉持の部屋でダラダラと過ごしていた。
御幸は「実家に顔を出してくる」と言って、出かけてしまった。
三橋と阿部はおそらく2人きりでのんびりしている。
そうなると沢村の行き場所は、もう一つしかない。
倉持の部屋でゲームや思い出話などで、まったり過ごしていたのだが。
「栄純君、いますか~?」
ドアの外から、三橋の声が聞こえた。
倉持が「子供か」とツッコミを入れる。
おそらく沢村が自分か御幸が倉持か、誰の部屋にいるかわからなかったのだろう。
普通はそこでスマホで呼び出すか、ドアチャイムを鳴らすものだ。
なのに廊下で名前を呼ばわるとは、ひと昔の小学生の誘い方だ。
「わははは!廉、ここだ!」
沢村はご機嫌で高笑いし、大声で答えた。
そしておもむろに立ち上がり、ドアを開ける。
さらに「まぁ入れよ」と家主のような振る舞いだ。
倉持はまたしても「オレの家なんだけど」とツッコミを入れた。
「キャッチボール、しよう!」
三橋は部屋には入らず、目をキラキラさせながら、そう言った。
その手には言葉通り、グローブとボールがある。
倉持は「小学生か!」と三度目のツッコミだ。
沢村も驚いたが、すぐに「それ、いいな!」と笑った。
そして沢村と三橋がやって来たのは、マンション近くの神社だった。
有名なところではなく、名前も知らない小さな寂れた神社だ。
かろうじて荒れてはいないが、人の気配はない。
「誰もいないのもったいねぇな。子供の遊び場としちゃ最高だと思うけど」
「最近の、子供、外で、遊ばない。」
「だよなぁ。家でゲームとかしてんのかね。」
「そう、かも。公園、とか、にも、いないし」
沢村と三橋は軽くストレッチをしながら、そんなお喋りをする。
本当に最近、子供が外で遊んでいるのを見かけない。
代わりに公園などでは野球など球技の類は禁止という看板があったりする。
世知辛い気はしないでもないが、それが今の風潮なのだろう。
「それじゃ、やろうぜ!」
「うん!」
しっかりと身体を動かした2人は距離を取った。
神社の敷地は野球の内野くらいの広さしかない。
だけどキャッチボールには充分だ。
一応ボールは硬球ではなく、ゴムの柔らかいものにした。
万が一にも当たっても痛くないし、何かを壊すこともない。
そして2人は童心に帰り、キャッチボールを楽しんだ。
硬球とはもちろん感覚が違うが、それは別に大した問題じゃない。
ただボールを投げて捕るのが楽しいのだ。
静かな境内にパシ、パシと、捕球の音が響くのも良い。
時には冗談を言い笑い合いながら、沢村も三橋もこのひと時を楽しんだ。
「お参り、して、帰ろうよ!」
キャッチボールを切り上げたところで、三橋がそんなことを言い出した。
沢村は「え?ここで?」と古びた小さな本殿を見た。
今さらという気がするが、三橋は「お参り!」と言い張った。
「だな。境内でキャッチボールしたし、お礼がてらお参りしとくか。」
沢村がそう言うと、三橋が何度もコクコクと頷く。
そして2人は並び、手持ちの小銭を賽銭箱に入れると、パンパンと手を合わせた。
「ケガなく1年、頑張れ、ます、ように」
三橋は目を閉じ、手を合わせながら、そんな願いを口にする。
沢村は「オレも同じでお願いします」と呟き、もうすぐ始まるシーズンの無事を祈ったのだった。
*****
「それで、キャッチボール?」
御幸は思わず間の抜けた声をあげてしまう。
三橋が沢村と出かけた理由は、思いもよらないものだった。
久しぶりに実家に戻った御幸は、穏やかな時間を過ごしていた。
主目的はメジャー行きの話をすること。
ついでに親孝行の真似事とばかりに、昼食に手料理を振る舞った。
父は「美味い」と喜び、御幸の決断に「頑張れよ」とエールをくれた。
これで問題は1つクリアだ。
後は日本にいる間、なるべく実家には顔を出したいと思う。
マンションに戻り、自室の前に立ったところで阿部の部屋のドアが開いた。
そして顔を出した男に「コーヒーでもどうだ?」と誘われる。
御幸は思わず「お前の部屋じゃねーだろ」とツッコミを入れた。
なぜなら阿部の部屋の玄関口から声をかけてきたのは、倉持だったのである。
「コーヒー、飲まねぇのかよ?」
「・・・飲むけど」
家主みたいな顔をしている倉持はスルーして、御幸は阿部の部屋を訪れた。
とりあえず阿部のコーヒーは美味いからだ。
リビングに入るなり、阿部が「ちわっす」と体育会系の挨拶をする。
そしてローテーブルの上に、芳醇な香りを放つマグカップを置いてくれた。
「すいません。三橋が沢村を連れ出してまして。」
阿部はコーヒーポットを持ち、倉持と自分の空のカップにおかわりを注ぐ。
どうやら御幸が帰って来たら声をかけるつもりで、多目に準備してくれていたようだ。
御幸は「ああ」と頷きながら座り、まずは阿部のコーヒーを味わった。
「美味い。で、ヤツらはどこに行ったんだ?」
「裏にある、ちっこい神社。」
「は?神社?」
「キャッチボールするんだと。」
阿部に聞いたはずなのに、なぜか倉持が答える。
御幸は「あいつら、子供か」と呆れる。
すると阿部が「何か、本当にすみません」となぜか恐縮していた。
「で、何でキャッチボール?」
またしても倉持が、今度は御幸より先に阿部に聞いた。
阿部は「何と言ったらいいのか」と困った顔だ。
御幸は助け船のつもりで「言いたくないなら別にいいぞ」と口を挟む。
だが阿部は意を決したように「言います」と告げた。
「実は三橋が夕べうなされてて。」
「は?」
「不吉な夢を見たそうで」
「夢って」
歯切れが悪く、つかみどころがない話だ。
しかも阿部はここで迷うような素振りを見せる。
だがすぐに「沢村がケガをする夢、だそうです」と畳みかける勢いで告げた。
御幸と倉持が「「ハァァ?」」とユニゾンで驚く。
阿部はますます恐縮し「ホント、すみません」と頭を下げた。
「三橋って霊感とかあるタイプ?」
「いや、そういうのはないっすね。」
「じゃあ気にする必要は。」
「変なところで無駄に勘が鋭いんすよ。」
そう、三橋と阿部が気にしているのはそこだ。
三橋は無駄に勘が鋭い。
例えばマウンドで打たれそうな気がするとか、点を取られそうなきがするとか。
ネガティブでしかも外れて欲しい予感に限って、妙に当たる。
「でも沢村に言ったところで、困るだけでしょ。」
「・・・それで、キャッチボール?」
「そうっす。」
御幸は思わず「なるほど」と頷いてしまった。
お前がケガをする夢を見た。当たるかもしれない。
そんなことを言われてもどうしようもない。
むしろ気にしすぎて、ペースが狂うことさえある。
そこで三橋は沢村を連れ出したのだ。
キャッチボールなど、ただの口実。
本当の目的は、沢村を神社でお参りさせることだった。
沢村には何も言わず、災厄を避ける方法を考えた結果だった。
「ヒャハハ!三橋、面白れぇ!」
倉持は腹を抱えて笑い出した。
御幸も「確かになぁ」と苦笑する。
だが倉持のように、爆笑はできない。
なぜなら沢村は可愛い恋人でもあるのだ。
まさかとは思うが、万が一にも何かあったらと思うと心配なのだ。
「すみません。本当に」
「いや。三橋なりに真剣に考えてくれたんだろ?」
御幸は気にしてない素振りを装いながら、笑顔で不安を押し隠した。
もうすぐシーズン開幕、つまり一緒にはいられない。
三橋は三橋なりにできることをしてくれたし、御幸にできることもない。
おそらくは笑い話で終わるであろうエピソード。
御幸はコーヒーと一緒に、苦い思いを飲み込んだのだった。
【続く】
「キャッチボール、しよう!」
少年のような三橋が、少年のように顔を輝かせて、少年のようなことを言う。
沢村は驚き一瞬言葉に詰まったが、すぐに「それ、いいな!」と笑った。
年が明け、自主トレ、春季キャンプ、そしてオープン戦。
オフシーズンからプレシーズンへ、季節はあっという間に過ぎていく。
一年が過ぎるのは早いが、沢村はこの時期は特に早いと思っている。
速球のスピードアップとか、コントロール強化とか、球種を増やすとか。
やりたいことがたくさんあるのに、全部できずに終わってしまうのだ。
ともかくオープン戦が終わり、開幕目前の貴重なオフ日。
沢村は倉持の部屋でダラダラと過ごしていた。
御幸は「実家に顔を出してくる」と言って、出かけてしまった。
三橋と阿部はおそらく2人きりでのんびりしている。
そうなると沢村の行き場所は、もう一つしかない。
倉持の部屋でゲームや思い出話などで、まったり過ごしていたのだが。
「栄純君、いますか~?」
ドアの外から、三橋の声が聞こえた。
倉持が「子供か」とツッコミを入れる。
おそらく沢村が自分か御幸が倉持か、誰の部屋にいるかわからなかったのだろう。
普通はそこでスマホで呼び出すか、ドアチャイムを鳴らすものだ。
なのに廊下で名前を呼ばわるとは、ひと昔の小学生の誘い方だ。
「わははは!廉、ここだ!」
沢村はご機嫌で高笑いし、大声で答えた。
そしておもむろに立ち上がり、ドアを開ける。
さらに「まぁ入れよ」と家主のような振る舞いだ。
倉持はまたしても「オレの家なんだけど」とツッコミを入れた。
「キャッチボール、しよう!」
三橋は部屋には入らず、目をキラキラさせながら、そう言った。
その手には言葉通り、グローブとボールがある。
倉持は「小学生か!」と三度目のツッコミだ。
沢村も驚いたが、すぐに「それ、いいな!」と笑った。
そして沢村と三橋がやって来たのは、マンション近くの神社だった。
有名なところではなく、名前も知らない小さな寂れた神社だ。
かろうじて荒れてはいないが、人の気配はない。
「誰もいないのもったいねぇな。子供の遊び場としちゃ最高だと思うけど」
「最近の、子供、外で、遊ばない。」
「だよなぁ。家でゲームとかしてんのかね。」
「そう、かも。公園、とか、にも、いないし」
沢村と三橋は軽くストレッチをしながら、そんなお喋りをする。
本当に最近、子供が外で遊んでいるのを見かけない。
代わりに公園などでは野球など球技の類は禁止という看板があったりする。
世知辛い気はしないでもないが、それが今の風潮なのだろう。
「それじゃ、やろうぜ!」
「うん!」
しっかりと身体を動かした2人は距離を取った。
神社の敷地は野球の内野くらいの広さしかない。
だけどキャッチボールには充分だ。
一応ボールは硬球ではなく、ゴムの柔らかいものにした。
万が一にも当たっても痛くないし、何かを壊すこともない。
そして2人は童心に帰り、キャッチボールを楽しんだ。
硬球とはもちろん感覚が違うが、それは別に大した問題じゃない。
ただボールを投げて捕るのが楽しいのだ。
静かな境内にパシ、パシと、捕球の音が響くのも良い。
時には冗談を言い笑い合いながら、沢村も三橋もこのひと時を楽しんだ。
「お参り、して、帰ろうよ!」
キャッチボールを切り上げたところで、三橋がそんなことを言い出した。
沢村は「え?ここで?」と古びた小さな本殿を見た。
今さらという気がするが、三橋は「お参り!」と言い張った。
「だな。境内でキャッチボールしたし、お礼がてらお参りしとくか。」
沢村がそう言うと、三橋が何度もコクコクと頷く。
そして2人は並び、手持ちの小銭を賽銭箱に入れると、パンパンと手を合わせた。
「ケガなく1年、頑張れ、ます、ように」
三橋は目を閉じ、手を合わせながら、そんな願いを口にする。
沢村は「オレも同じでお願いします」と呟き、もうすぐ始まるシーズンの無事を祈ったのだった。
*****
「それで、キャッチボール?」
御幸は思わず間の抜けた声をあげてしまう。
三橋が沢村と出かけた理由は、思いもよらないものだった。
久しぶりに実家に戻った御幸は、穏やかな時間を過ごしていた。
主目的はメジャー行きの話をすること。
ついでに親孝行の真似事とばかりに、昼食に手料理を振る舞った。
父は「美味い」と喜び、御幸の決断に「頑張れよ」とエールをくれた。
これで問題は1つクリアだ。
後は日本にいる間、なるべく実家には顔を出したいと思う。
マンションに戻り、自室の前に立ったところで阿部の部屋のドアが開いた。
そして顔を出した男に「コーヒーでもどうだ?」と誘われる。
御幸は思わず「お前の部屋じゃねーだろ」とツッコミを入れた。
なぜなら阿部の部屋の玄関口から声をかけてきたのは、倉持だったのである。
「コーヒー、飲まねぇのかよ?」
「・・・飲むけど」
家主みたいな顔をしている倉持はスルーして、御幸は阿部の部屋を訪れた。
とりあえず阿部のコーヒーは美味いからだ。
リビングに入るなり、阿部が「ちわっす」と体育会系の挨拶をする。
そしてローテーブルの上に、芳醇な香りを放つマグカップを置いてくれた。
「すいません。三橋が沢村を連れ出してまして。」
阿部はコーヒーポットを持ち、倉持と自分の空のカップにおかわりを注ぐ。
どうやら御幸が帰って来たら声をかけるつもりで、多目に準備してくれていたようだ。
御幸は「ああ」と頷きながら座り、まずは阿部のコーヒーを味わった。
「美味い。で、ヤツらはどこに行ったんだ?」
「裏にある、ちっこい神社。」
「は?神社?」
「キャッチボールするんだと。」
阿部に聞いたはずなのに、なぜか倉持が答える。
御幸は「あいつら、子供か」と呆れる。
すると阿部が「何か、本当にすみません」となぜか恐縮していた。
「で、何でキャッチボール?」
またしても倉持が、今度は御幸より先に阿部に聞いた。
阿部は「何と言ったらいいのか」と困った顔だ。
御幸は助け船のつもりで「言いたくないなら別にいいぞ」と口を挟む。
だが阿部は意を決したように「言います」と告げた。
「実は三橋が夕べうなされてて。」
「は?」
「不吉な夢を見たそうで」
「夢って」
歯切れが悪く、つかみどころがない話だ。
しかも阿部はここで迷うような素振りを見せる。
だがすぐに「沢村がケガをする夢、だそうです」と畳みかける勢いで告げた。
御幸と倉持が「「ハァァ?」」とユニゾンで驚く。
阿部はますます恐縮し「ホント、すみません」と頭を下げた。
「三橋って霊感とかあるタイプ?」
「いや、そういうのはないっすね。」
「じゃあ気にする必要は。」
「変なところで無駄に勘が鋭いんすよ。」
そう、三橋と阿部が気にしているのはそこだ。
三橋は無駄に勘が鋭い。
例えばマウンドで打たれそうな気がするとか、点を取られそうなきがするとか。
ネガティブでしかも外れて欲しい予感に限って、妙に当たる。
「でも沢村に言ったところで、困るだけでしょ。」
「・・・それで、キャッチボール?」
「そうっす。」
御幸は思わず「なるほど」と頷いてしまった。
お前がケガをする夢を見た。当たるかもしれない。
そんなことを言われてもどうしようもない。
むしろ気にしすぎて、ペースが狂うことさえある。
そこで三橋は沢村を連れ出したのだ。
キャッチボールなど、ただの口実。
本当の目的は、沢村を神社でお参りさせることだった。
沢村には何も言わず、災厄を避ける方法を考えた結果だった。
「ヒャハハ!三橋、面白れぇ!」
倉持は腹を抱えて笑い出した。
御幸も「確かになぁ」と苦笑する。
だが倉持のように、爆笑はできない。
なぜなら沢村は可愛い恋人でもあるのだ。
まさかとは思うが、万が一にも何かあったらと思うと心配なのだ。
「すみません。本当に」
「いや。三橋なりに真剣に考えてくれたんだろ?」
御幸は気にしてない素振りを装いながら、笑顔で不安を押し隠した。
もうすぐシーズン開幕、つまり一緒にはいられない。
三橋は三橋なりにできることをしてくれたし、御幸にできることもない。
おそらくは笑い話で終わるであろうエピソード。
御幸はコーヒーと一緒に、苦い思いを飲み込んだのだった。
【続く】