「おお振り」×「◆A」10年後

【男前なのは】

「三橋って、実はすごくカッコいいよな。」
沢村は思わず心の内を漏らす。
だがあっさりと「カッコいい、のは、栄純君、だよ」と返された。

沢村がその「事件」に出くわしたのは偶然だった。
今日は御幸、三橋、阿部と外で食事をする予定。
そして店は御幸たちが所属する球団事務所の近くのダイニングバーだ。
ここは4人の中で一番大食漢の三橋、お気に入りの店。
沢村も何度か行ったことがあり、味も量も折り紙付きだ。

その道すがら、御幸たちの球団事務所の前を通りかかる。
今日は三橋も御幸も呼ばれているという話だが、2人とも中にいるのだろうか?
そんなことを思いながら通り過ぎたところで「あれ?」」と足を止めた。
見覚えのある、茶色ががったフワフワの髪。
三橋が誰かと立ち話をしているようだ。

近づいていくと、相手が誰だかもわかった。
三橋たちと同じ球団の先輩投手だ。
話し込んでいるなら、邪魔をしない方が良いだろう。
どうせ三橋とは後で会うのだし、そのまま通り過ぎよう。
そう思ったところで、沢村はその男が激しい口調で捲し立てるのを聞いた。

「いいよな。お前は」
「運がよくって」
「自分の方が上だなんて、思うなよ」

断片的に聞こえたそれは、どうにも険悪だ。
沢村はわざと歩調を緩めながら、考えた。
これはわかりやすい。
先輩が活躍している後輩を妬んでいるというヤツだ。
チーム事情はあるだろうし、沢村は完全に部外者ではある。
だけどやはり見過ごせるような状況ではない。

「おい、あんた!」
沢村は三橋の横に立ち、男と対峙した。
三橋は「栄純、君?」と驚いている。
いくら近くで待ち合わせしているとはいえ、沢村の登場は予想外なのだろう。
だが沢村は構うことなく、男を睨みつけた。

「こんな場所でみっともないっすよ。」
沢村はゆっくりと丁寧な言葉を選んだ。
男は「お前には関係ないだろ」と吐き捨てる。
一応同じプロではあり、沢村が誰だかがわかるようだ。

「こいつのせいで、オレは自由契約になったんだ!」
「ハァァ!?何でこいつのせいなんすか!?」
「実力もないのに、守護神なんて呼ばれてるだろ!」
「ちゃんと実績があるから、守護神なんじゃないんすか!?」

男の「自由契約」という叫びに、沢村の心は痛む。
プロ野球選手なら、誰もが恐れる事態なのだから。
だけどそんなのが三橋のせいであるはずがない。
非情だが、男の実力が足りなかっただけの話なのだ。

「いいよな。オトモダチ同士のかばい合いか?いつまでも学生気分かよ。」
「学生気分はお前だろ。こんな子供じみた八つ当たりして。」

怒り心頭に発した沢村は、丁寧な言葉使いもやめた。
言っていることはめちゃくちゃで、まともな話も通じそうにないからだ。
やがて男は怒り狂い、沢村を突き飛ばそうとしてきた。
まったく子供じみた男だと呆れるしかない。
どうしたものか、警察を呼ぶべきか。
迷ったところで御幸が駆け付けてきてくれたのである。

「三橋って、実はすごくカッコいいよな。」
その夜、予定通りの店に落ち着き、程良く酒が回った沢村はそう言った。
あの男のせいで、気分は最悪になった。
それを取り戻すために、ハイペースで飲んだせいで酔っ払い、本音が零れ落ちたのだ。

聞けば、三橋は日頃からあの男によくからまれていたらしい。
だけどまったく相手にしなかったようだ。
あんなムカつく男を軽くいなしていたとは、まさに大人の対応。
そして最後には怒りを見せたが、それも普段の三橋からは想像できない迫力だった。
男の挑発に乗るように怒鳴った沢村に比べ、これまた大人の対応だ。
それらひっくるめて、今日の三橋はひどくカッコよく見える。

「カッコいい、のは、栄純君、だよ!」
三橋はフルフルと首を振ると「オレ、今日、助けてもらった!」と笑う。
やはりハイペースで飲む三橋だが、酒に強いのでいつもとまったく同じだ。
沢村は二カッと笑うと「カッコいいオレたちに乾杯!」とグラスを掲げた。

終わり良ければ、なぁとりあえず良し。
こうして4人の飲み会は大いに盛り上がった。
唯一の沢村の後悔は、飲み過ぎてしまったこと。
途中から盛大に寝てしまい、楽しい宴の最後の方の記憶がないのが無念だった。

*****

「沢村って、何気に男前っすよね。」
阿部は思わず心の内を漏らす。
だがあっさりと「男前なのは三橋だろ」と返された。

阿部は実は何気に悔しかった。
三橋に何だかんだとからんでいたあの男のことだ。
常日頃鬱陶しいと思っており、三橋に当たるのを見つけては割って入った。
自由契約になったと聞き、これでようやく縁が切れると喜んでいたのだ。
それがまさかここで偶然出くわし、トラブルになるとは思わなかった。

「にしても、助かりましたよ。」
阿部は酔い潰れて、テーブルに突っ伏して寝息を立てる沢村を見た。
三橋曰く、からまれて困っているところを沢村が助けに入ってくれたとか。
自分のことのように怒ってくれたと、喜んでいた。

「まぁそういうの、放っておけないのが沢村だからな。」
御幸もまんざらでもなさそうな顔で、いつもより早いペースで飲んでいる。
唯一その場に居合わせなかった阿部は、やや疎外感を覚える。
それでも三橋が元気ならば、それで良いのだが。

「あいつのこと、球団には報告したよ」
御幸は真剣な表情になると、そう言った。
いつの間にか、三橋も酔い潰れた沢村の隣で舟を漕ぎだしている。
これは酒のせいではなく、おそらく満腹になったからだろう。

「報告ですか。今さら感が強いっすけど。」
「だな。だけど今回はオレも三橋も見過ごせない。」
「え?何かあったんすか?」

何か言いたげな御幸に、阿部は首を傾げた。
飲み始めて、三橋と沢村から事の顛末を聞いた。
だが御幸の口からは、まだ何も聞いていない。
阿部は一番冷静な御幸の話に、じっと耳を傾けた。

「あいつな。怒りに任せて、沢村を突き飛ばそうとした。こんな感じで」
御幸は自分の右手を伸ばし、阿部の左肩に軽く触れた。
そう対峙した相手を突き飛ばそうと右手を真っ直ぐ伸ばせば、相手の左肩に当たる。
だが沢村はサウスポー、つまり利き腕がもろに攻撃されるのだ。

「沢村、大丈夫だったんすか?」
阿部は思わず身を乗り出していた。
その話は初耳だ。
御幸が「オレもヒヤッとしたよ」と苦笑する。
ちょうど御幸が割って入ろうと駆け寄る最中に起こったらしい。

「三橋がな。ヤツの手を掴んで阻止した。」
「そうなんですか?」
「ああ。こんな感じで。」

御幸は自分の右腕の手首を、左手で掴んで見せた。
阿部は「そりゃよかった」と胸を撫で下ろした。
万が一にも沢村はこんなことでケガでもしたら。
それを想像しただけで、背筋が寒くなる。

「沢村って、何気に男前っすよね。」
阿部は思わず心の内を漏らす。
からまれている三橋のために割って入るなんて、わかりやすくヒーローだ。
そういうキャラと言えばそれまでだが、沢村は何だかんだで絵になる男なのだ。

「男前なのは三橋だろ」
御幸は静かにグラスを傾けながら、そう言った。
阿部は「そう、すかね?」と首を傾げる。
童顔で細身の三橋は、そちらかと言えば可愛いと評されることが多いのだが。

「三橋、あいつに啖呵を切ったんだよ。」
「え?徹底的にスルーで、相手にしてなかったのに?」
「沢村を突き飛ばそうとしたのが、相当ムカついたらしい。」
「で、何て言ったんです?」
「栄純君を傷つけようとしたのは許せない、だとさ。」
「何か、こいつら恋人同士みたいっすね。」

阿部と御幸は完全におねむになってしまった2人を見て、苦笑した。
思わぬ邪魔が入ってしまった、災厄の日。
だけど最後に美味い酒を飲み、笑っていられればOKだ。

そして阿部はチラリと未来のことを思った。
御幸が渡米したら、そして三橋が選手を引退したら。
遠からずやって来る、笑ってはいられない未来。
だが阿部はグラスに残っていた酒と一緒に、そんな思いを飲み込んだ。
とにかく今、一緒にいられるこの瞬間を大事にするべきだろう。

【続く】
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