「おお振り」×「◆A」10年後
【御幸熱愛事件】
「いったい!どういうことっすか!」
勢いよく飛び込んできた沢村は、テーブルに1冊の本を叩きつける。
御幸はその剣幕に引きながらも「お前なぁ」と呆れていた。
その日は実に平和だった。
阿部は「実家に顔を出す」と、朝から出かけていた。
沢村は「買い物がある」と外出している。
残された形となった御幸と三橋は、三橋の部屋でランチタイムだ。
2人の前には、近所のコンビニで買った弁当が置かれていた。
「三橋って相変わらず胃袋が丈夫だな。」
御幸は三橋が買ったものを見て、苦笑した。
大盛り牛カルビ弁当とハンバーグ唐揚げ弁当。
ボリュームたっぷり、茶色味が多く、カロリーも高そうだ。
普通に考えれば多過ぎだが、三橋はこのくらいペロリと食べてしまう。
「あ、阿部君、には、内緒、で」
指摘された三橋はオロオロと弁解するようにそう言った。
そう、阿部がいるときにはこんな暴挙はできない。
阿部は三橋の食事のメニューにさえ、細かく口を出すからだ。
栄養バランスだの何だのと「お前は母親か?女房か?」とツッコみたくなるほどだ。
対する御幸は彩りの良い幕の内弁当とサラダだった。
御幸は意外と学生時代から食事メニューを気にしている。
彩りやバランス、そして揚げ物の衣を外したりもする。
そんな自分を嫌いではない。
だけど三橋のようにただただ食べたいものを選んでみたい気もする。
だがそれだけのことだった。
御幸は三橋の部屋で一緒に弁当を食べた後、自室に戻ってのんびり過ごした。
三橋は三橋で阿部が戻るまで、昼寝をしていたらしい。
夕方もは阿部も沢村も戻って来たので、4人で夕飯だ。
本当に何事もない、穏やかな1日だった。
事件が起こったのは、その半月後のことだった。
倉持も含めた5人で、三橋の部屋で部屋飲みをしていた。
今では料理の腕もプロ並みになった阿部が、大量の酒のツマミを用意した。
5人は大いに盛り上がり、楽しい時間を過ごしたのだが。
「シメに、甘いモノ、食べたい。」
三橋がそんなことを言いだし、御幸も倉持も「だな」と同調する。
阿部も「たまにはいいか」と許可し、5人でじゃんけん。
そして負けてしまった沢村が、近所のコンビニまで買い出しに向かったのだが。
「いったい!どういうことっすか!」
沢村はあっという間に戻ってくるなり、そう叫んだ。
全員が呆気にとられ、御幸が「何事だよ?」と聞き返した。
いくら何でも帰ってくるのが早すぎる。
沢村は完全に息切れしているし、全力疾走で戻って来たようだ。
沢村は無言で手にしていた本をテーブルに叩きつけた。
幾多の有名人のスキャンダルを報じた週刊誌。
その表紙には「御幸一也、熱愛発覚!」の文字が躍っていた。
「この女!誰っすか!?」
沢村は週刊誌を取ると、問題のページを開いてまた叩きつける。
そこには「御幸一也、自宅マンション付近でデート」と書かれている。
そして御幸が謎の女性の肩を抱いている後ろ姿が映っていた。
御幸はその女性の耳元で何か話しかけており、横顔が映っている。
女性の方は完全に後ろ姿なので顔は見えず、肩までのウェーブヘアしかわからない。
「お前なぁ」
「もしかしてオレがいない間に部屋に女を」
「沢村」
「やっぱり先輩も女の方がいいんすか!?」
「いや、だから」
「あ~!オレ、捨てられるんすか~!?」
御幸は何とか口を挟もうとするが、沢村の剣幕にそれができない。
倉持が週刊誌を見ながら「なぁ、これって」と呟く。
沢村がそこには反応し「倉持先輩、知ってるんすか!?」と身を乗り出す。
そのタイミングで三橋が「ごめん、なさい!」と叫んだ。
「栄純、君。それ、オレ」
「え?」
「一緒にいるの、オレ。この前、一緒に、コンビニ、行った。」
「・・・ハァァ!?」
沢村はマジマジと三橋を見て、今度は週刊誌を見た。
三橋は切りに行くのが面倒だという理由で、髪を伸ばしていた。
肩まで伸びたフワフワウェーブヘアを、今はゴムで束ねている。
ある程度伸びてしまえば、この方が楽なのだ。
御幸とコンビニに出た時には、ゴムを外して垂らしていたのである。
「マジか」
「マ、マジ、です」
完全に目が点になった沢村が三橋をガン見する。
三橋は完全に腰が引けた状態で、何度もコクコクと頷いた。
次の瞬間、まず倉持が爆笑した。
さらに阿部が、そして釣られるように御幸もだ。
沢村だけが憮然とした表情で、三橋はただただオロオロ。
結局シメの甘いものはないまま、部屋飲みは終わってしまった。
後にこのエピソードは沢村と御幸の仲を知る仲間内に秘かに広まった。
そして事あるごとに散々冷やかされることになる。
そのたびに御幸はニヤニヤと笑い、沢村は一生の不覚と悔しがったのだった。
*****
「マジ、受ける~♪」
田島がまるで学生のように軽口を叩きながら、爆笑する。
小湊も弾けるように笑い、倉持は「だろ?」となぜかドヤ顔になった。
週刊誌騒動の数日後。
倉持の部屋には、来客があった。
高校時代の後輩の小湊春市と、三橋や阿部の元チームメイトの田島悠一郎だ。
2人ともプロ野球選手として、絶賛活躍中。
オフシーズンは時間があるが、一般企業などに就職している友人とは時間が合わない。
必然的に野球選手同志が集まることが多くなる。
ちなみに小湊は来訪する予定だったが、田島は違う。
たまたま三橋の部屋に遊びに来たが、留守だった。
阿部も御幸も沢村も運悪く不在。
諦めて帰ろうとしたところで、倉持を訪ねてきた小湊と鉢合わせしたのである。
「三橋だったら沢村と一緒に出かけたぜ。髪を切るって言ってた。」
倉持は茶を出しながら、田島に教えてやる。
田島は「そうなんすか?」と首を傾げた。
ここ最近、三橋はオフシーズン、髪を伸ばしていることが多いからだ。
ゴムで縛ってやり過ごし、キャンプイン前に切るのがジンクスのようになっていた。
それを知っている田島は怪訝に思ったのである。
「いや、実はさ」
倉持は三橋が髪を切ることにしたきっかけを説明した。
例の週刊誌の「御幸熱愛」事件だ。
髪を伸ばした小柄で細身の三橋が、御幸の熱愛恋人に間違われた。
聞き終えた田島は「マジ、受ける~♪」と爆笑、小湊も然りだ。
沢村らしいといえばらしいエピソードだった。
「でも写真週刊誌って、事前に本人に連絡が行くんですよね。御幸先輩は」
「記事が出ることは知ってたらしい。だけどガセだと思って放っておいたって」
「まぁ当人は身に覚えがないんですもんね。」
「ああ。でも沢村にくらいは言っておいてやりゃあ良かったのにな。」
未だに腹を抱えて笑う田島の横で、倉持と小湊がそんな話をする。
そう、御幸は知らせは受けたが、実際の写真は見ていなかった。
まさか自分と三橋のツーショットとは夢にも思わなかったのだそうだ。
「てか沢村、大丈夫なんすか?」
ようやく笑いがおさまった田島が、真顔でそう聞いた。
倉持は「まぁなぁ」と曖昧に言葉を繋ぐ。
だが内心、田島の鋭さに驚いていた。
いや、元々田島はそういうヤツだった。
確か実家は四世代の大家族育ち、そのせいか意外と人間観察をしている。
そう、今回の一件、表向きは笑い話ではある。
だが実は沢村の危うさが露見した由々しき事態でもあった。
あの週刊誌の写真、三橋は確かに後ろ姿で顔は見えない。
だが知り合いが見れば、すぐにわかるものだった。
実際、倉持だって見た瞬間「これ、三橋じゃん」と思ったのだ。
だが沢村はわからなかった。
冷静に見られなかったからだ。
御幸がからむと、沢村はここまで動揺する。
沢村の御幸への依存度の強さは並大抵ではない。
「御幸先輩、再来年は多分メジャーですよね?」
小湊ももちろん気付いており、切実な心配を口にした。
倉持は「だな」と神妙な顔で頷く。
御幸が海外に出たら、沢村は耐えられるのだろうか。
微妙な沈黙を破るように、ドアの外から賑やかな笑い声が聞こえた。
聞き覚えのある高笑いだ。
すぐに田島が勢いよく立ち上がり、ドアに向かう。
そしてドヤドヤと入って来たのは、嘘みたいに髪を短くした三橋と沢村だった。
「ずいぶんスッキリしたなぁ」
倉持が三橋の頭を撫でながら、苦笑した。
女性と間違われるくらい伸びていた髪は、ベリーショートになっていた。
あの記事は三橋にとっても、不名誉なことだった。
短い髪はそれをしっかりと主張している。
「沢村も切ったか?」
「へへ。三橋ほどバッサリじゃないっすけどね。」
沢村は自分の頭を軽く叩きながら、笑った。
小湊が「どこで切ったの?」と聞く。
すると三橋が「駅前、の、10カット」と答えた。
10分間1000円の激安カット専門店だ。
それを聞いた倉持が「ハァァ!?」と声を上げた。
「仮にもプロ野球選手だろ。美容室行け!」
「え、でも。もったい、ない」
「うるせぇ!顔が売れてる自覚、ねぇのかよ」
「そこそこ試合に出てる選手が激安カットなんて夢がねぇよ。」
「それこそ写真誌に狙われそうだね。」
倉持の怒声に、田島と小湊も頷いた。
三橋も沢村も、そこそこ稼いでいるくせに庶民的だ。
そこが魅力ではあるけれど、無防備すぎて心配になる。
御幸も阿部もそういうトコ、ちゃんとさせとけよ。
倉持は心の中でここにはいない2人に悪態をついた。
恋愛感情こそ持っていない。
だが沢村も三橋も倉持にとっては、守ってやりたい可愛い後輩なのだ。
【続く】
「いったい!どういうことっすか!」
勢いよく飛び込んできた沢村は、テーブルに1冊の本を叩きつける。
御幸はその剣幕に引きながらも「お前なぁ」と呆れていた。
その日は実に平和だった。
阿部は「実家に顔を出す」と、朝から出かけていた。
沢村は「買い物がある」と外出している。
残された形となった御幸と三橋は、三橋の部屋でランチタイムだ。
2人の前には、近所のコンビニで買った弁当が置かれていた。
「三橋って相変わらず胃袋が丈夫だな。」
御幸は三橋が買ったものを見て、苦笑した。
大盛り牛カルビ弁当とハンバーグ唐揚げ弁当。
ボリュームたっぷり、茶色味が多く、カロリーも高そうだ。
普通に考えれば多過ぎだが、三橋はこのくらいペロリと食べてしまう。
「あ、阿部君、には、内緒、で」
指摘された三橋はオロオロと弁解するようにそう言った。
そう、阿部がいるときにはこんな暴挙はできない。
阿部は三橋の食事のメニューにさえ、細かく口を出すからだ。
栄養バランスだの何だのと「お前は母親か?女房か?」とツッコみたくなるほどだ。
対する御幸は彩りの良い幕の内弁当とサラダだった。
御幸は意外と学生時代から食事メニューを気にしている。
彩りやバランス、そして揚げ物の衣を外したりもする。
そんな自分を嫌いではない。
だけど三橋のようにただただ食べたいものを選んでみたい気もする。
だがそれだけのことだった。
御幸は三橋の部屋で一緒に弁当を食べた後、自室に戻ってのんびり過ごした。
三橋は三橋で阿部が戻るまで、昼寝をしていたらしい。
夕方もは阿部も沢村も戻って来たので、4人で夕飯だ。
本当に何事もない、穏やかな1日だった。
事件が起こったのは、その半月後のことだった。
倉持も含めた5人で、三橋の部屋で部屋飲みをしていた。
今では料理の腕もプロ並みになった阿部が、大量の酒のツマミを用意した。
5人は大いに盛り上がり、楽しい時間を過ごしたのだが。
「シメに、甘いモノ、食べたい。」
三橋がそんなことを言いだし、御幸も倉持も「だな」と同調する。
阿部も「たまにはいいか」と許可し、5人でじゃんけん。
そして負けてしまった沢村が、近所のコンビニまで買い出しに向かったのだが。
「いったい!どういうことっすか!」
沢村はあっという間に戻ってくるなり、そう叫んだ。
全員が呆気にとられ、御幸が「何事だよ?」と聞き返した。
いくら何でも帰ってくるのが早すぎる。
沢村は完全に息切れしているし、全力疾走で戻って来たようだ。
沢村は無言で手にしていた本をテーブルに叩きつけた。
幾多の有名人のスキャンダルを報じた週刊誌。
その表紙には「御幸一也、熱愛発覚!」の文字が躍っていた。
「この女!誰っすか!?」
沢村は週刊誌を取ると、問題のページを開いてまた叩きつける。
そこには「御幸一也、自宅マンション付近でデート」と書かれている。
そして御幸が謎の女性の肩を抱いている後ろ姿が映っていた。
御幸はその女性の耳元で何か話しかけており、横顔が映っている。
女性の方は完全に後ろ姿なので顔は見えず、肩までのウェーブヘアしかわからない。
「お前なぁ」
「もしかしてオレがいない間に部屋に女を」
「沢村」
「やっぱり先輩も女の方がいいんすか!?」
「いや、だから」
「あ~!オレ、捨てられるんすか~!?」
御幸は何とか口を挟もうとするが、沢村の剣幕にそれができない。
倉持が週刊誌を見ながら「なぁ、これって」と呟く。
沢村がそこには反応し「倉持先輩、知ってるんすか!?」と身を乗り出す。
そのタイミングで三橋が「ごめん、なさい!」と叫んだ。
「栄純、君。それ、オレ」
「え?」
「一緒にいるの、オレ。この前、一緒に、コンビニ、行った。」
「・・・ハァァ!?」
沢村はマジマジと三橋を見て、今度は週刊誌を見た。
三橋は切りに行くのが面倒だという理由で、髪を伸ばしていた。
肩まで伸びたフワフワウェーブヘアを、今はゴムで束ねている。
ある程度伸びてしまえば、この方が楽なのだ。
御幸とコンビニに出た時には、ゴムを外して垂らしていたのである。
「マジか」
「マ、マジ、です」
完全に目が点になった沢村が三橋をガン見する。
三橋は完全に腰が引けた状態で、何度もコクコクと頷いた。
次の瞬間、まず倉持が爆笑した。
さらに阿部が、そして釣られるように御幸もだ。
沢村だけが憮然とした表情で、三橋はただただオロオロ。
結局シメの甘いものはないまま、部屋飲みは終わってしまった。
後にこのエピソードは沢村と御幸の仲を知る仲間内に秘かに広まった。
そして事あるごとに散々冷やかされることになる。
そのたびに御幸はニヤニヤと笑い、沢村は一生の不覚と悔しがったのだった。
*****
「マジ、受ける~♪」
田島がまるで学生のように軽口を叩きながら、爆笑する。
小湊も弾けるように笑い、倉持は「だろ?」となぜかドヤ顔になった。
週刊誌騒動の数日後。
倉持の部屋には、来客があった。
高校時代の後輩の小湊春市と、三橋や阿部の元チームメイトの田島悠一郎だ。
2人ともプロ野球選手として、絶賛活躍中。
オフシーズンは時間があるが、一般企業などに就職している友人とは時間が合わない。
必然的に野球選手同志が集まることが多くなる。
ちなみに小湊は来訪する予定だったが、田島は違う。
たまたま三橋の部屋に遊びに来たが、留守だった。
阿部も御幸も沢村も運悪く不在。
諦めて帰ろうとしたところで、倉持を訪ねてきた小湊と鉢合わせしたのである。
「三橋だったら沢村と一緒に出かけたぜ。髪を切るって言ってた。」
倉持は茶を出しながら、田島に教えてやる。
田島は「そうなんすか?」と首を傾げた。
ここ最近、三橋はオフシーズン、髪を伸ばしていることが多いからだ。
ゴムで縛ってやり過ごし、キャンプイン前に切るのがジンクスのようになっていた。
それを知っている田島は怪訝に思ったのである。
「いや、実はさ」
倉持は三橋が髪を切ることにしたきっかけを説明した。
例の週刊誌の「御幸熱愛」事件だ。
髪を伸ばした小柄で細身の三橋が、御幸の熱愛恋人に間違われた。
聞き終えた田島は「マジ、受ける~♪」と爆笑、小湊も然りだ。
沢村らしいといえばらしいエピソードだった。
「でも写真週刊誌って、事前に本人に連絡が行くんですよね。御幸先輩は」
「記事が出ることは知ってたらしい。だけどガセだと思って放っておいたって」
「まぁ当人は身に覚えがないんですもんね。」
「ああ。でも沢村にくらいは言っておいてやりゃあ良かったのにな。」
未だに腹を抱えて笑う田島の横で、倉持と小湊がそんな話をする。
そう、御幸は知らせは受けたが、実際の写真は見ていなかった。
まさか自分と三橋のツーショットとは夢にも思わなかったのだそうだ。
「てか沢村、大丈夫なんすか?」
ようやく笑いがおさまった田島が、真顔でそう聞いた。
倉持は「まぁなぁ」と曖昧に言葉を繋ぐ。
だが内心、田島の鋭さに驚いていた。
いや、元々田島はそういうヤツだった。
確か実家は四世代の大家族育ち、そのせいか意外と人間観察をしている。
そう、今回の一件、表向きは笑い話ではある。
だが実は沢村の危うさが露見した由々しき事態でもあった。
あの週刊誌の写真、三橋は確かに後ろ姿で顔は見えない。
だが知り合いが見れば、すぐにわかるものだった。
実際、倉持だって見た瞬間「これ、三橋じゃん」と思ったのだ。
だが沢村はわからなかった。
冷静に見られなかったからだ。
御幸がからむと、沢村はここまで動揺する。
沢村の御幸への依存度の強さは並大抵ではない。
「御幸先輩、再来年は多分メジャーですよね?」
小湊ももちろん気付いており、切実な心配を口にした。
倉持は「だな」と神妙な顔で頷く。
御幸が海外に出たら、沢村は耐えられるのだろうか。
微妙な沈黙を破るように、ドアの外から賑やかな笑い声が聞こえた。
聞き覚えのある高笑いだ。
すぐに田島が勢いよく立ち上がり、ドアに向かう。
そしてドヤドヤと入って来たのは、嘘みたいに髪を短くした三橋と沢村だった。
「ずいぶんスッキリしたなぁ」
倉持が三橋の頭を撫でながら、苦笑した。
女性と間違われるくらい伸びていた髪は、ベリーショートになっていた。
あの記事は三橋にとっても、不名誉なことだった。
短い髪はそれをしっかりと主張している。
「沢村も切ったか?」
「へへ。三橋ほどバッサリじゃないっすけどね。」
沢村は自分の頭を軽く叩きながら、笑った。
小湊が「どこで切ったの?」と聞く。
すると三橋が「駅前、の、10カット」と答えた。
10分間1000円の激安カット専門店だ。
それを聞いた倉持が「ハァァ!?」と声を上げた。
「仮にもプロ野球選手だろ。美容室行け!」
「え、でも。もったい、ない」
「うるせぇ!顔が売れてる自覚、ねぇのかよ」
「そこそこ試合に出てる選手が激安カットなんて夢がねぇよ。」
「それこそ写真誌に狙われそうだね。」
倉持の怒声に、田島と小湊も頷いた。
三橋も沢村も、そこそこ稼いでいるくせに庶民的だ。
そこが魅力ではあるけれど、無防備すぎて心配になる。
御幸も阿部もそういうトコ、ちゃんとさせとけよ。
倉持は心の中でここにはいない2人に悪態をついた。
恋愛感情こそ持っていない。
だが沢村も三橋も倉持にとっては、守ってやりたい可愛い後輩なのだ。
【続く】