「おお振り」×「◆A」

【2日目、夜、捕手×捕手!】

「ちょっと話をしないか?」
御幸は西浦の捕手、阿部に声をかけた。

西浦高校が青道の寮に滞在する最初の夜。
1年のレギュラー3人は、西浦のメンバー3人と楽しそうに話し込んでいる。
沢村はともかく、小湊と降谷も笑顔であることに御幸は驚いていた。
とにかく感情を表に出すことが得意でない2人なのだ。
西浦は1年生ばかりだし、人数も少ないからレギュラー争いもギスギスはしていないだろう。
そんな彼らの雰囲気が、彼らを和ませているのだろうか。

夕食後、話し込んでいた連中も、徐々に部屋に引き上げ、食堂に残る人間も減ってきた。
御幸はそっと立ち上がると、目指す人物の隣に立った。
明日の試合前にデータ収集は禁止されているが、ちょっとカマをかけるくらいいいだろう。
阿部は御幸の気配を察知すると、不機嫌そうに「なんすか?」と尖った声を上げた。

「ちょっと話をしないか?」
御幸は西浦の捕手、阿部に声をかけた。
阿部は少し考えた後「別にいいっすけど」と答えた。
そして2人で食堂の隅に移動する。

「今日の試合、どうだった?」
「負けた相手に聞くことじゃないですね。ちなみに明日の先発って降谷ですよね?」
阿部は御幸の質問には答えずに、別の質問を投げてきた。
御幸は思わずニンマリと笑ってしまう。
こちらの手の内を見せずに、相手の情報だけ得ようとする。
この男は捕手向きの男、つまり御幸と同類だ。
実はこれこそが御幸が得たかった情報だったりする。

「ああ。明日は降谷先発だけど。そっちは三橋だよな?」
「うちは他に青道と戦える投手がいないんで。」
阿部は特に卑下するわけでもなく、淡々とそう言った。
1年だけ10名のチームだというのに、青道の主将相手に引く気配もない。
そんな強気も、御幸は嫌いじゃない。むしろ大好物だ。

そのとき、食堂に歓声が上がった。
3対3で盛り上がっている食堂の中央。
田島が何か冗談を言い、それに沢村が応じて、大爆笑になったのだ。
阿部が苦笑しながら、その輪の中にいる三橋を見た。
その視線に御幸は「あれ?」と思う。
何だか好きな女の子を見るような目のように見えるのは、気のせいだろうか。

「そういや、沢村って打撃全然ダメなのに、バントだけ妙に上手いっすね。」
視線をこちらに戻した阿部が不意にそんなことを言ったので、御幸は苦笑した。
それは青道の七不思議の1つだ。

*****

「ああ。明日は降谷先発だけど。そっちは三橋だよな?」
「うちは他に青道と戦える投手がいないんで。」
阿部は特に卑下するわけでもなく、淡々とそう言った。

やっぱりこの人、すごい。
御幸と向かい合った阿部は、そう思った。
東京の強豪、青道の主将。捕手で4番。
肩書を並べるだけでも、十分にすごい。
阿部が打率が悪くないのに、下位打線に置かれるのは、捕手という仕事で手一杯だからだ。
一応副主将だが、本人的にはそれっぽいことは何もしていない。

「オレも聞きたいことあるんすけど。」
阿部はおもむろに、そう聞いた。
御幸はそれっぽく、いくつか質問を投げてくる。
その中で、何か探りたいことがあるのだろう。
そしてそれは多分、阿部の度量を計ることだと思う。
御幸は「今日はどうだった」とか当たり障りのない質問をしながら、阿部の反応を観察している。

「何だよ?聞きたいことって」
「投手が何人もいると、好き嫌いってないんですか?」
阿部は思い切って、素朴な疑問を口にした。
基本的に阿部は、同じ時期には1人の投手としか組んでない。
シニア時代は榛名。西浦では三橋だ。
控え投手の球を受けることもあったが、それはあくまで仮初め。
基本的にはエースの球を受けていたのだ。

だが青道は現在、3人の投手の継投で試合を組み立てている。
一応降谷がエースだが、他の2人だって充分エース級だ。
その3人と向かい合うとき、どうやって気持ちを切り替えているのか。
それは阿部の素朴な疑問だった。

「好き嫌いなんかないよ。みんな面白いからな。」
御幸は鷹揚にそう答えると、食堂の中央で「ナハハ!」と高笑いする沢村をチラリと見た。
その瞬間、阿部は御幸の言葉が嘘だと思った。
御幸はどの投手にも同じように接しているかもしれない。
だが好き嫌いがないというのは嘘だ。
っていうより、気に入っている投手とそれほどでもない投手はいる。
そしておそらく沢村のことは、かなり気に入っている。

「そういうことにしておきます。」
「何だよ。思わせぶりだな。」
「そんなことないっすよ。明日、よろしくお願いします。」
阿部は頭を下げると、さっさと御幸から離れた。
三橋が阿部にとって特別であるように、御幸にも特別がいる。
何の根拠もないけれど、それは沢村であるような気がした。

「お手やわらかに。」
御幸はぬけぬけとそう言った。
名門青道の主将が、県立高校の1年生捕手にいうセリフじゃない。
その人を食った態度に内心ムッとしながら、阿部は「こちらこそ」と言ってやった。

【続く】
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