「おお振り」×「◆A」10年後

【先輩、ようこそ!】

「オレ、手伝い、ます!」
三橋は勢い込んで、ダンボール箱を持ち上げようとする。
だが「バカ!やめろ!」と怒鳴られて、しょんぼりと肩を落とした。

自主トレも終わった年の暮れ。
三橋や沢村たちに新たな展開が訪れた。
彼らが住んでいるのは、三橋の祖父が所有するマンション。
都内の一等地の分譲マンション、1フロア5部屋だ。
ここで問題なのは、5部屋ということ。
現在は三橋、阿部、御幸、沢村が住んでおり、もう1部屋ある。

この部屋はつい最近まで、若い夫婦が住んでいた。
もちろん三橋たちとは関係なく、会えば挨拶する程度の関係だ。
彼らはどうやら野球に詳しくないようで、幸いだった。
つまりプロ野球選手の顔を見てもわからず、普通に接してくれたのである。

だがその若夫婦も仕事の都合とやらで引っ越してしまった。
そして新しい住人は、不動産屋を通すまでもなくすぐに決まった。
御幸や沢村のかつてのチームメイト。
現在現役バリバリのプロ野球選手、倉持洋一である。

これは4人にとって、喜ばしいことだった。
やはり知らない一般人だと気をつかうことになる。
野球に詳しかったりしたら、なおさらだ。
彼らの恋愛事情はやはり世間に大っぴらにはできない。

その点、倉持なら問題なかった。
4人の関係は熟知しているし、何より気さくで気の良い男だ。
人見知りな三橋でさえ、懐いている。
これなら今まで以上に、楽しい生活ができそうだ。

「すげぇ広い。家賃格安じゃねーか。」
それが最初に部屋を見た倉持の第一声だった。
三橋の祖父は何だかんだで三橋に甘い。
その友人ということで、家賃は破格の安さだった。
かくして倉持は一発で、ここの入居を決めた。
そして年末のこの日に、入居となったのだ。

「倉持先輩、ようこそ!」
「い、いら、しゃい、ませ!」

倉持の入居にテンションダダ上がりなのが、沢村と三橋だ。
沢村は何といっても、高校時代の寮のルームメイト。
そして三橋にとっても、思い入れは深い。
何しろ中学では孤立し、高校の野球部は新設で上の代がいない。
つまり学校は違えど、青道の上級生は初めての心許せる先輩だった。

「ヒャハ!沢村!三橋!これからよろしくな!」
先輩の高校時代と同じ口グセに、2人のテンションはますます上がる。
御幸も阿部もその浮かれっぷりには苦笑するばかりである。
そして引越し業者の若者たちが、荷物を運びこんでいく。

「オレ、手伝い、ます!」
三橋はエレベーター横に積まれたダンボール箱を持ち上げようとする。
引越し業者の若者たちが運んできた倉持の荷物だ。
手伝えば、早く終わるだろう。
そんな単純な思い付きだったのだが。

「バカ!やめろ!」
倉持がいつになく真剣な表情で、三橋に怒鳴った。
強い怒声は引越し業者の若者たちさえ、ビクッと驚くほどの迫力だ。
怒鳴られた三橋がしょんぼりと肩を落とす。
すると倉持が苦笑しながら「悪りぃ」と三橋の頭をくしゃくしゃなでた。

「気持ちは嬉しいけどダメだ。投手は指とか手を大事にしねぇと。」
倉持は照れ隠しで、ぶっきら棒な口調になる。
だが三橋は「ウヒ」と上機嫌だ。
大好きな先輩に気を使ってもらったのが、嬉しいのである。

「倉持先輩、終わったら引越しパーティっすね。」
オレの存在も忘れるなとばかりに、今度は沢村がアピールだ。
倉持は「だな!」と頷き、二カッと笑う。
そして今度は沢村の頭をワシャワシャとかき回した。

「これも両手に花か?」
三橋と沢村に囲まれながら、倉持は御幸と阿部を見た。
2人は微妙な表情でこちらを見ている。
微笑ましくはあるけれど、やはり少しは嫉妬する。

三橋と阿部、そして沢村と御幸。
恋人になった今、誰よりも距離は近い。
だがこんな風に高校時代のノリには、多分もう戻れないのだろうから。

「とりあえず買い出しでもして来ますよ。」
阿部が敢えて気軽な口調で、そう言った。
すぐに三橋が「オレ、も!」と阿部に駆け寄る。
そして2人は寄り添いながら、並んで歩き出した。

「あとは出前も取るか」
「引越しだから、一応蕎麦っすか?」
「いや、オレ寿司がいい。ピザとかでもいいけど」
残された青道OB3人はワイワイと盛り上がる。
かくして4人の生活に、楽しい仲間が増えたのだった。

*****

「沢村って、こんなに酒弱かったか?」
「いや、ペースが早すぎただけだろ」
倉持と御幸は苦笑する。
その視線の先では、沢村が酔い潰れて眠っていた。

倉持の引っ越しはつつがなく終わった。
そして一同は三橋の部屋に移動。
ちなみに彼らが部屋飲みをするときは、だいたい三橋の部屋になる。
理由は簡単、一番奥なので騒ぎやすいだけだ。

結局寿司もピザもデリバリーを頼んだ。
酒やその他のツマミは阿部と三橋が買い出してきた。
かくしてお手軽で豪華なパーティの始まりだ。

「それじゃ、カンパイ!」
4人は缶のままの飲み物を掲げる。
御幸、倉持、阿部はビール。
三橋と沢村は缶チューハイだ。

「うわ、初っ端から甘そうなの飲むなぁ」
三橋の缶チューハイを見て、倉持は呆れる。
だが三橋は「これ、美味しい!」と言い返す。
そう、三橋が好むのは甘くて、しかもアルコール度数が高いもの。
そして好奇心旺盛な沢村は、三橋の真似をすることが多い。

「にしても、うまく隠れてるよなぁ。」
倉持は一同を見回しながら、苦笑した。
それはもちろん、彼らの恋愛関係のことだ。
阿部以外の3名は曲がりなりにもプロ野球選手。
街中でイチャイチャとデートでもしようものなら、ほぼ間違いなくニュースになる。

だからこの同じマンションの同じフロアは効果的だ。
三橋の祖父の持ち物というのも、カモフラージュになる。
オーナーが孫と気の合う友人たちに貸していると思うだろう。
こうして彼らは自分たちの部屋で、思う存分イチャつける。

「まぁな。おまけに格安物件」
「いろいろ便利ですよね」
御幸と阿部が頷きながら、応じる。
スタートはビール組3名対チューハイ組2名に分かれる感じになった。
三橋と沢村は何が面白いのか、盛大にゲラゲラと笑っている。

「にしても倉持先輩、随分寮に居座りましたね。」
阿部が本日の主役である倉持に話を振った。
そう、倉持はつい最近まで球団の寮にいたのだ。
本来ならとっくに出ていく年齢ではある。
だが空室があることを理由に居座っていた。

「まぁな。粘ったけど、ついに追い出されたわ。」
豪快に笑う倉持に、御幸も阿部も苦笑した。
寮なんて、それこそ格安で食事も付くのだ。
野球だけを考えている者にとっては、まずまず居心地が良いのだろう。

「そういや知ってるか?ゾノがさぁ」
そこから話題は共通の友人の話に移る。
まずは高校時代、御幸が主将だったとき、倉持と共に副主将だった前園の話。
そこから他のチームメイトたちの動向、そして思い出話。
そういうしているうちに三橋が「うわ、栄純君!」と叫んだ。
ハイペースで缶チューハイを飲んでいた沢村がまずは潰れたのだ。

「沢村って、こんなに酒弱かったか?」
「いや、ペースが早すぎただけだろ」
倉持と御幸は苦笑する。
そうこうしている間に家主の三橋が毛布を持ってきた。
そして眠り込んでしまった沢村にかけてやる。
こういうとき部屋飲みは便利だ。
眠くなったら、すぐに眠れるのだから。

「同じモンを同じペースで飲んでも、三橋は平気なんだな。」
「こいつ、燃費が悪いんすよ。大食いだけど太んねぇし、大酒飲んでも酔わねぇし」
「まぁいいや。寝かしとけ。三橋はこっち来いよ。」

呆れる倉持に阿部が説明し、御幸が話し相手を失った三橋を手招きする。
かくして沢村のイビキをBGMに4人トークが始まった。
そして話題は再び共通の知り合いの動向になったのだが。

「成宮、メジャーに行くらしいな。」
倉持が口にしたのは、高校時代のライバル、成宮鳴の話だ。
御幸や倉持を散々苦しめた左腕投手は、すでにメジャーリーグへの移籍希望を発表していた。
すると御幸は微妙な表情になり、眠っている沢村を見た。

実は御幸もメジャー行きを考えており、すでに球団にも伝えてあった。
同じ球団である三橋も知っているし、阿部も察している。
だが肝心の沢村にだけ、言えずにいたのである。

「御幸、お前」
聡い倉持は今の視線で理解した。
そして眠りこけている沢村を見る。
もしも御幸のメジャー移籍が決まったら。
沢村はきっとかなり動揺するだろう。

「いつまでも隠しておけるこっちゃねぇぞ?」
「わかってる。」

御幸は手持ちのビールを飲み切ると、新しいビールを取りにキッチンに向かう。
倉持はその後ろ姿に「バカヤロー」と悪態をついた。
三橋と阿部は言葉もなく、無言のまま飲んでいた。

【続く】
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