「おお振り」×「◆A」6年後

【引っ越し完了!】

「御幸、セン、パイ、荷物、少、ない。」
「で、沢村は多すぎだろ」
三橋と阿部は、ダンボールの山を見ながら呆然とした。
運び込まれた荷物の量が、あまりにも違いすぎたからだ。

年が明けて、御幸と沢村が寮からマンションへ引っ越してきた。
住民票や球団への届け出などの書類上では、沢村は三橋と同居していることになっている。
だが実際は、御幸の部屋で一緒に暮らすことになる。
そして2日間に渡る引っ越し。
2人とも大きな家具はないので、ワゴン車で充分だ。
そこで阿部が実家から車を借りて、一気に引っ越しとなったのだが。

驚いたのは、2人の荷物の量の差だった。
初日に運んだ御幸の荷物は、とにかく少ない。
野球の道具の他は、少々の衣類と本、そしてノートパソコンだ。
その衣類や本でさえ、寮で欲しがっている後輩に譲ったりして、減らしてきたのだ。

それに引き換え、2日目に運んだ沢村の荷物は多かった。
結局ワゴン車に積み切れず、2往復したほどだ。
そしてその荷物も、とにかく雑多なものが多かった。
衣類は御幸の3倍以上、漫画本やフィギュアなどもある。
それにコンビニでペットボトルについてくるストラップだとか、限定版の菓子の空き箱だとか。

「栄純、君。洗濯、苦手?」
三橋がそう聞いたのは、衣類の多さを見たからだ。
実は三橋自身も、疲れて洗濯をせずに寝てしまい、慌ててコンビニで下着の替えなどを買ったりする。
そうして知らないうちに、衣類が増えてしまうのだ。

「あ~そうそう。洗濯面倒で、買って済ませたりするんだよな~」
沢村の言葉に、三橋がコクコクと頷く。
それを見た阿部と御幸は「「お前らなぁ」」と呆れていた。

「今日の夜は、三橋の部屋でパーティだからな。荷物片づけたら来いよ。」
阿部はそう言って、三橋と一緒に2人の新居から出て行こうとする。
すると沢村があろうことか「オレも行く!」と言い出した。

「片づけなんか、明日でいいし。この部屋まだテレビもないしさぁ。」
阿部と三橋の後について行こうとした沢村の襟首を、御幸が掴んだ。
まるで猫あつかいだ。

「バカ。片づけが先だ。最低限、寝る場所作んねーと」
「寝るって、御幸センパイ、やらしーっす!!」
「お前~~!?」

傍から見れば、完全にバカップル。
阿部と三橋はそんな2人を置いて、そっと部屋を出た。

*****

「え?西、浦、の、コー、チ?」
驚いた三橋は、いつもより吃音が多くなった。
御幸と沢村は「「へぇぇ」」と興味深げに聞いていた。

三橋の部屋で開催されている、御幸と沢村の歓迎パーティ。
とはいえ、そんなに豪華ではない部屋飲みだ。
阿部と三橋の、まぁまぁそこそこの手料理が並ぶ。
そして冷蔵庫にぎっしりとひしめくビールと缶チューハイが、宴たけなわの出番を待っている。

まずは完全に浮かれた沢村と、表面上は平静を装いつつも少し浮かれた御幸のバカップルタイムだ。
御幸がさっさと自分の荷物を片づけて、沢村の荷物も手伝ってくれたとか。
沢村がドジって、フィギュアが入ったダンボールを落として、大騒ぎだったとか。
アルコールの力も借りて、一緒に暮らせる嬉しいオーラ満載の2人が喋っている。
阿部も三橋も笑顔で頷きながら、何だか胸やけがしそうだとこっそりため息をついた。
そしてバカップル話が落ち着いたころに、阿部がポツリと西浦高校野球部のコーチを頼まれたと告げたのだった。

「すご、い!阿部、君!!」
「すごくねぇ。オレらの代はほぼ全員、声がかかってるんだから。」
「オレ、かかって、ない。」
「当たり前だ。お前はプロなんだから。」

沢村と御幸の母校、青道高校は野球の強豪校として有名であり、環境も恵まれている。
だが三橋と阿部の母校である西浦高校は、その真逆と言える。
だから練習場所も、スタッフもギリギリのところでやっている。
監督の百枝ですら、監督業の傍ら、バイトに勤しんでいるのが実情だ。
コーチなど雇う金などなく、監督の百枝や卒業生の人脈が頼りになる。
そこで阿部たち初代メンバーに、ヘルプの声がかかったのだ。
だが田島と三橋はその対象外だ。
現役のプロ野球選手は、高野連に加盟する高校の野球部の指導はできないのだ。

「でも阿部、時間ないだろ。」
御幸が現実的な問題を指摘した。
そう、会社勤めをしながら、スポーツトレーナーの専門学校にも通っている。
その上、母校のコーチなんて、とてもできるはずがない。

「会社辞めて、スポーツトレーナー修行しようかなとも思ってて。」
「そ、そう、なの?」
「そりゃすごい決心だな。」
「お、父、さん、お、お母、さん、怒ら、ない?」
「・・・それが問題なんだよな。」

阿部はため息をつくと、缶ビールをぐいっと飲み干した。
それを見て御幸が静かに「どっちに転んでもお前なら大丈夫」と、沢村が「頑張れ!」と励ます。
三橋は阿部の横顔を見つめるが、何と言っていいかわからなかった。
もしかしたら阿部の人生を大きく帰るかもしれない分岐点なのだ。

【続く】
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