「おお振り」×「◆A」6年後
【いかがですか?】
「マンション、あり、ます。」
あまりにも軽い口調で言われて、御幸と沢村は「「ハァァ?」」と叫んだ。
高校卒業後にプロ野球入りした御幸は、5つのシーズンを過ごした。
それでいて、未だに寮生活である。
不自由を感じたことはなかった。
部屋を借りるよりは格段に安いし、食堂もある。
チームメイトには「彼女いないのか?」となどとよく聞かれる。
寮の部屋に女性を連れ込むことはできないし、御幸がめったに外泊をしないからだ。
御幸は笑って「そんなのいませんよ」と答えた。
恋人はいるけど、彼女ではないからだ。
たまに会う時には、三橋の部屋を借りる。
それで充分だ。
だがそんな御幸にも、年貢の納め時というべき時が来た。
球団からそろそろ寮を出るようにと言われたのだ。
そもそも寮は、新人選手の生活をサポートするためのものなのだ。
御幸のようにキャリアも実力もある選手は、普通出ろと言われる前に出て行く。
それでも空き部屋があるうちはと、大目に見てもらっていた。
だがいいかげん部屋を明け渡せと、寮の管理人に半ばキレ気味に宣告されてしまった。
だからこのオフは部屋探しになるはずだった。
日本シリーズが終わり、しばらくの間、御幸と沢村は2人きりの時間を楽しんだ。
三橋の部屋でグダグダと何をするでもなく過ごす。
プロ野球選手にとっては、本当に貴重な時間だ。
御幸と沢村、三橋の3人は、三橋の部屋で朝兼昼の遅い食事をとっていた。
阿部は会社に行ってしまったが、彼らの食事はその阿部が用意したものだ。
三橋の世話焼きの阿部が「1人分も3人分も一緒です」と作っていったのだ。
そのマメさに感謝しつつ、3人はオフを満喫していた。
「オレ、今日不動産屋に行ってくるわ」
「そっか、寮、出るっすよね」
「・・・寮、出る、ですか?」
「そう。もう出ろって、うるさく言われてるんだ。」
御幸が苦笑しつつも、眉をしかめている。
すると三橋が「マンション、あり、ます。」と言い出した。
そして「よか、ったら、いかが、です、か?」とも。
御幸と沢村は顔を見合わせ、そして再び三橋を見ると「「ハァァ!?」」と叫んだ。
「いかがですかって、お前。そんな軽く」
ようやく我に返った御幸は、ぼやくようにそう呟く。
そしてしばらくぶりに、三橋の実家が資産家であることを思い知らされたのだった。
*****
「は?じゃあ御幸センパイも、このマンションに住むのかよ」
あまりにも意外な展開に、阿部は驚く。
だが三橋は「楽しく、なる!」とはしゃでいた。
会社から帰宅した阿部は、三橋の部屋で夕食に呼ばれた。
居候の礼にと、御幸が作った夕食を4人で食べるのだ。
この4人の中で、料理が一番上手いのは間違いなく御幸だ。
聞けば寮に入るまでは父親と二人暮らしで、食事作りは御幸が担当していたのだという。
かくしてテーブルにはボリュームがあり、栄養バランスもよく、彩りもきれいなメニューが並んだ。
阿部が席に着くとまず御幸が「報告がある」と言い出した。
沢村も三橋もわかっているようで、ニコニコとしている。
御幸から報告なんて、見当もつかない。
首を傾げる阿部に、御幸は「オレもこのマンションの住人になる」と告げたのだった。
三橋や阿部が住むマンションは、分譲だ。
つまり部屋ごとにオーナーがいるのだが、三橋の祖父はワンフロア5つの部屋を所有している。
そのうちの2つを、三橋と阿部が借りているのである。
その他の3部屋は、普通に賃貸していたのだが、そのうちの一部屋が今年いっぱいで空くことになっていた。
それを聞かされていた三橋は「いかがですか」などと言い出したのだ。
最初は驚いた御幸だったが、いい物件であることはよく知っている。
御幸は「家賃次第だけど」と言うと、三橋は早速祖父に連絡してくれた。
そして「廉の先輩なら」と破格の家賃を提示してくれた上、敷金礼金はいらないとまで言ってくれたのだ。
かくして御幸は不動産屋を回ることなく、即決したのだった。
「なーんかオレだけ、のけ者?」
沢村は不機嫌な声を上げた。
何しろ4にんのうち3人が、このマンションの住人になるのだから。
だが三橋が「次に、部屋、空いたら、栄純、君に、知らせる!」と言ったら、あっけなくご機嫌になる。
そして投手2人は「そうなったら楽しいな」「楽しく、なる!」とはしゃいだ。
「で、阿部、君、自主、トレ!」
三橋が笑顔のまま、話題を変えた。
過去4年は、4人で毎年自主トレをしていた。
今年もその習慣を変えるつもりはなく、三橋はウキウキしていたのだが。
「悪いけど、今年からオレは無理だ。」
阿部は素っ気なくそう答えた。
三橋が「え?」と驚き、笑顔が固まる。
だが阿部は黙々と箸を進めながら「休み、取れねーよ」と言った。
沢村と御幸は、顔を見合わせた。
そして御幸が「1、2日でもダメなのか」と聞く。
だが阿部は硬い表情で首を横に振り、三橋は泣きそうな顔で箸を置いてしまった。
【続く】
「マンション、あり、ます。」
あまりにも軽い口調で言われて、御幸と沢村は「「ハァァ?」」と叫んだ。
高校卒業後にプロ野球入りした御幸は、5つのシーズンを過ごした。
それでいて、未だに寮生活である。
不自由を感じたことはなかった。
部屋を借りるよりは格段に安いし、食堂もある。
チームメイトには「彼女いないのか?」となどとよく聞かれる。
寮の部屋に女性を連れ込むことはできないし、御幸がめったに外泊をしないからだ。
御幸は笑って「そんなのいませんよ」と答えた。
恋人はいるけど、彼女ではないからだ。
たまに会う時には、三橋の部屋を借りる。
それで充分だ。
だがそんな御幸にも、年貢の納め時というべき時が来た。
球団からそろそろ寮を出るようにと言われたのだ。
そもそも寮は、新人選手の生活をサポートするためのものなのだ。
御幸のようにキャリアも実力もある選手は、普通出ろと言われる前に出て行く。
それでも空き部屋があるうちはと、大目に見てもらっていた。
だがいいかげん部屋を明け渡せと、寮の管理人に半ばキレ気味に宣告されてしまった。
だからこのオフは部屋探しになるはずだった。
日本シリーズが終わり、しばらくの間、御幸と沢村は2人きりの時間を楽しんだ。
三橋の部屋でグダグダと何をするでもなく過ごす。
プロ野球選手にとっては、本当に貴重な時間だ。
御幸と沢村、三橋の3人は、三橋の部屋で朝兼昼の遅い食事をとっていた。
阿部は会社に行ってしまったが、彼らの食事はその阿部が用意したものだ。
三橋の世話焼きの阿部が「1人分も3人分も一緒です」と作っていったのだ。
そのマメさに感謝しつつ、3人はオフを満喫していた。
「オレ、今日不動産屋に行ってくるわ」
「そっか、寮、出るっすよね」
「・・・寮、出る、ですか?」
「そう。もう出ろって、うるさく言われてるんだ。」
御幸が苦笑しつつも、眉をしかめている。
すると三橋が「マンション、あり、ます。」と言い出した。
そして「よか、ったら、いかが、です、か?」とも。
御幸と沢村は顔を見合わせ、そして再び三橋を見ると「「ハァァ!?」」と叫んだ。
「いかがですかって、お前。そんな軽く」
ようやく我に返った御幸は、ぼやくようにそう呟く。
そしてしばらくぶりに、三橋の実家が資産家であることを思い知らされたのだった。
*****
「は?じゃあ御幸センパイも、このマンションに住むのかよ」
あまりにも意外な展開に、阿部は驚く。
だが三橋は「楽しく、なる!」とはしゃでいた。
会社から帰宅した阿部は、三橋の部屋で夕食に呼ばれた。
居候の礼にと、御幸が作った夕食を4人で食べるのだ。
この4人の中で、料理が一番上手いのは間違いなく御幸だ。
聞けば寮に入るまでは父親と二人暮らしで、食事作りは御幸が担当していたのだという。
かくしてテーブルにはボリュームがあり、栄養バランスもよく、彩りもきれいなメニューが並んだ。
阿部が席に着くとまず御幸が「報告がある」と言い出した。
沢村も三橋もわかっているようで、ニコニコとしている。
御幸から報告なんて、見当もつかない。
首を傾げる阿部に、御幸は「オレもこのマンションの住人になる」と告げたのだった。
三橋や阿部が住むマンションは、分譲だ。
つまり部屋ごとにオーナーがいるのだが、三橋の祖父はワンフロア5つの部屋を所有している。
そのうちの2つを、三橋と阿部が借りているのである。
その他の3部屋は、普通に賃貸していたのだが、そのうちの一部屋が今年いっぱいで空くことになっていた。
それを聞かされていた三橋は「いかがですか」などと言い出したのだ。
最初は驚いた御幸だったが、いい物件であることはよく知っている。
御幸は「家賃次第だけど」と言うと、三橋は早速祖父に連絡してくれた。
そして「廉の先輩なら」と破格の家賃を提示してくれた上、敷金礼金はいらないとまで言ってくれたのだ。
かくして御幸は不動産屋を回ることなく、即決したのだった。
「なーんかオレだけ、のけ者?」
沢村は不機嫌な声を上げた。
何しろ4にんのうち3人が、このマンションの住人になるのだから。
だが三橋が「次に、部屋、空いたら、栄純、君に、知らせる!」と言ったら、あっけなくご機嫌になる。
そして投手2人は「そうなったら楽しいな」「楽しく、なる!」とはしゃいだ。
「で、阿部、君、自主、トレ!」
三橋が笑顔のまま、話題を変えた。
過去4年は、4人で毎年自主トレをしていた。
今年もその習慣を変えるつもりはなく、三橋はウキウキしていたのだが。
「悪いけど、今年からオレは無理だ。」
阿部は素っ気なくそう答えた。
三橋が「え?」と驚き、笑顔が固まる。
だが阿部は黙々と箸を進めながら「休み、取れねーよ」と言った。
沢村と御幸は、顔を見合わせた。
そして御幸が「1、2日でもダメなのか」と聞く。
だが阿部は硬い表情で首を横に振り、三橋は泣きそうな顔で箸を置いてしまった。
【続く】