「おお振り」×「◆A」

【2日目、夜、3×3!】

どうしてこれで太らないんだろう。
小湊は半ば呆然としながら、自分と同じくらいの体型の小さなエースから目が離せなかった。

小湊春市は、寮の食堂で夕食をとっていた。
隣に座るのは、沢村、さらにその隣には降谷。
そして彼らと向い合せに座っているのは、西浦の三橋、田島、泉だ。
なんだか3対3の合コンみたいだ。
小湊は一瞬だけそう思ったが、すぐに違うと思い直した。
対面の3人は「うまそぉ!」と大声で叫んだ後、ものすごい勢いで食べ始めたからだ。
小湊は合コンに行ったことはないが、こんなにガツガツと食べるのはあり得ないと思う。

青道高校Bチームと西浦高校の試合が終わった。
結果は10対8で、青道の勝利だ。
勝つつもりでいた西浦の落胆は言うまでもない。

だが青道も決して浮かれてはいなかった。
勝てたのは、予期せぬデットボールでエースの三橋が交代したことが大きい。
西浦は事実上、公式戦を投げきれる投手が1人しかいない。
そして、三橋が降板した5回終了時点では7-5で、西浦がリードしていたのだ。
最後まで三橋が投げ切っていたら、負けていたかもしれない。

ちなみにAチームは、結果だけを知らされている。
勝ったと聞いて喜んだが、Bチームの面々の沈んだ表情を見て、笑いも消えた。
いい勝ち方をしたとは言えないのだということだけはわかった。
やはり西浦高校は、只者ではないのだろう。

「ねぇ、そのうまそぉ!ってヤツ、西浦では食べる時にやる決まりなの?」
小湊は小さな身体で信じられないほど食べる三橋にそう声をかけた。
すると三橋は「う、お!」と叫んで、慌てて口の中の食べ物を飲み込んでいる。
どうやら一心不乱に食べることに集中していたところを、驚かしてしまったようだ。

「う、うまそぉ!は反射、の、訓練、だ、よ!」
「それってもしかしてメントレ?」
「た、多分」
三橋の答えは要領を得ないが、何となくわかる気もする。
練習時間の短い県立高校が強くなるためには、食事時さえトレーニングという考えなのだろう。

それにしてもよく食べる。
食べっぷりだけなら、あの増子よりも上かも知れない。
どうしてこれで太らないんだろう。
小湊は半ば呆然としながら、自分と同じくらいの体型の小さなエースから目が離せなかった。

*****

ったく。分けてほしいぜ、その能力。
阿部は賑やかに談笑する我らが4番、田島の背中を見ながらそう思った。

試合は負けてしまったが、これは仕方がないことだ。
今回の練習試合は2試合とも三橋が完投する予定だった。
その三橋が途中降板したのは、いわばアクシデントだ。
そもそも公式戦ではまだ使えない花井、沖は、心の準備さえできていなかったのだ。
結局少々打たれたが、点差はそれほど離されていない。
むしろ結果的には収穫だったと言えるだろう。
ここは明日に向けて、切り替えるしかない。

夕食時、沢村が三橋に「一緒に食おうぜ」と誘った。
三橋を誘えば、必然的に兄ちゃん2人がついていく。
沢村は沢村で他の1年2人を引き連れており、結果的に3対3の合コン状態で向かい合っていた。
阿部は少し離れた席で、花井や栄口たちと食事だ。
だがあのデットボールが気になり、ついつい三橋の方をチラチラと見てしまう。

「うまそぉ!は脳神経を鍛えるんだ。集中して食って、普段から活発に脳を働かせるんだって!」
沢村に西浦名物「うまそぉ!」を説明しているのは、田島だった。
デカい声で宣言して食べるのは、確かに異様に見えるかもしれない。

「脳を活発に?スゲェな!もしかして授業中に眠くならなかったり、成績上がったりする?」
「それはない。オレも三橋も成績は赤点スレスレ!」
「そうか。オレも授業中、最後まで1回も寝なかった授業はほとんどねぇし!」
「わかる、わかる!」
田島と沢村が盛大に笑うと、倉持と前園が「威張れることじゃねーぞ」とヤジを飛ばす。
その瞬間、食堂内がドッと湧いた。

ったく。分けてほしいぜ、その能力。
阿部は賑やかに談笑する我らが4番、田島の背中を見ながらそう思った。
どうも見ていると、沢村も直感で行動するタイプの人間のようで、理解不能な言動も多い。
青道の部員たちは、もっぱらツッコミをいれるような会話が多いようだ。
だが田島とはごく普通に、いやむしろ楽しそうに話している。
まったく田島の投手に対するコミュニケーション能力は、うらやましい限りだ。

「阿部、三橋ばっかり見過ぎ」
ふと横から声を掛けられて、阿部は一瞬ムッとした。
声の主は空気を読まないライスな男、水谷だ。
阿部はすぐに気を取り直すと「うるせぇ。全打席凡退」と言ってやる。
本日ノーヒットだった水谷が「ひどい!」と叫ぶが、知ったことではない。

どうやら腕は大丈夫そうだな。
阿部はバクバクと飯を頬張る三橋を見ながら、こっそりと頬を緩めた。

*****

悪いな。うちの選手、フォローしてもらって。
御幸は心の中で感謝すると、そっとその場を離れた。

目立ってるな。あの合コンもどき。
御幸は食事を取りながら、1年生のグループをチラリと見た。
すっかり意気投合した沢村と三橋。そして降谷と小湊、そして西浦の田島。
もう1人はたしか泉だったか。

沢村と田島は話が合うようで、デカい声で笑っていた。
試合内容は話すことを禁じられている。
つまり共通の話題がほとんどない状態で、よくもというくらい盛り上がっている。
聞くとはなしに聞いてみれば「オレもジイちゃんがいる」とか「勉強が苦手」とか。
つまりどうでもいい話ばかりだ。
唯一ためになる話は、西浦の連中がする「うまそぉ!」の意味くらいか。
とにかく試合直後に落ち込んでいた沢村が元気になったのは、喜ばしいことだった。

小湊と三橋も、意外と話が弾んでいるようだ。
こちらの話は、あまり聞こえてこない。
沢村たちの声にかき消されているせいだ。
それでも笑顔で何か喋っているのはわかった。
小湊はあまり感情を外に出す方じゃないし、三橋もどうやらそうらしい。
だからこそなのか、案外この2人は気が合うのかもしれない。

御幸はふともう1人の1年生、降谷を見た。
いつものように無口で無表情、小湊とは別の意味で、感情が見えにくい男だ。
だが毎日接していれば、何となく気持ちもわかるようになってくる。
そして今はどうも浮かない顔をしているように見えた。
明日は先発なのだし、フォローしておいた方がいいだろうか。
御幸はさり気なく近づくと、ちょうど泉が降谷に声をかけたところだった。

「こういう騒ぎ、嫌いなの?」
「別に。でもオレ、人の輪が苦手だから、このままでいいのかなって思う。」
「何で?」
「エースなのに、人付き合いがダメだから」

泉と降谷の会話が聞こえて、御幸はいよいよフォローの必要性を感じた。
どうやら降谷はあのわかりにくい表情で、少し落ち込んでいるらしい。
だが御幸が声を掛けようとするより先に、泉が口を開いた。

「別に人付き合いは関係ないんじゃねーの?一番勝てる投手がエースだし」
「そう、かな。」
「これだけの人数がいて、お前が背番号1だろ?充分スゲーじゃん!」
「・・・ありがと」
「どういたしまして」

泉と降谷の会話をこっそりと聞いていた御幸は、声をかけるのを止めた。
言おうとしていたことは、皮肉にも敵チームの選手が言ってくれたのだ。
そう、降谷が背負っているのは、このチームのエースナンバー。
人付き合いなど関係なく、降谷が実力で手にした1番だ。

悪いな。うちの選手、フォローしてもらって。
御幸は心の中で感謝すると、そっとその場を離れた。

【続く】
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